ツーバス抱えて幻想入り   作:sakusan07

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知識が伴奏へ変わる

 パチュリーは七枚の板の位置を変えなかった。

 

 代わりに、板同士を結んでいた細い線を消した。

 

「順番を決める線はいらない」

 

 火から水へ。

 

 水から木へ。

 

 あらかじめ引かれていた流れがなくなる。

 

「物差しまで捨てるのか」

 

「捨てないわ。順番だけが仮説だった」

 

「ならいい」

 

「理論を壊しに来たのではないの?」

 

「壊したいなら、最初から調べてもらいに来てない」

 

 パチュリーの指が、消した線の端で止まる。

 

「そう。なら、残せるものは残す」

 

「次は?」

 

「一音ではなく、一小節を見る」

 

「広がったな」

 

「あなたが条件を増やしたのよ」

 

「曲が増やした」

 

「同じことではないの?」

 

「今から確かめるんだろ」

 

 パチュリーの口元が、笑う手前で止まった。

 

 それも記録せず、椅子から立つ。

 

「小悪魔。記録をお願い」

 

「はい」

 

「安全円の維持も」

 

「はい」

 

 頭上を横切った本が、透明な膜へ当たって向きを変えた。

 

「飛んでいる本の回収も」

 

 小悪魔は右手に記録板、左手に三本のペンを持ち、尻尾で長い柄の網をつかんだ。

 

「助手が演奏へ参加しない理由が、よく分かりました」

 

「お願いね」

 

「はい。すべて私ですね」

 

 パチュリーは安全円の内側へ入った。

 

 楽器は持っていない。

 

 両手を胸の前で開く。

 

 七つの印から細い光が立ち上がり、空中で横へ並んだ。

 

 鍵盤の形になる。

 

 指を下ろす。

 

 低く、太い持続音が図書館の空気へ入った。

 

 古いオルガンに似ている。

 

 だが風で鳴っているのではない。

 

 火の熱。

 

 水の流れ。

 

 木の伸び。

 

 金の輪郭。

 

 土の重さ。

 

 日の明るさ。

 

 月の陰り。

 

 七つの性質を、和音の中へ別々に残した声だった。

 

 俺はハイハットを細かく刻み、持続音の下へキックを置く。

 

 最初の和音は、小節の頭から動かなかった。

 

 俺がスネアをわずかに後ろへ置く。

 

 パチュリーの指は同じ位置にある。

 

 だが、月の印だけが遅れたスネアへ引かれた。

 

 次の小節で、彼女は和音の終わりを少し伸ばした。

 

 俺はその余りへタムを二つ入れる。

 

 木の光が枝分かれし、土へ落ちるはずだった低音が水へ流れた。

 

 同じ短い型を、もう一度使う。

 

 スネア、キック、低いタム。

 

 一度目は小節の頭へ置く。

 

 金、土、月の順に灯った。

 

 二度目は歌声の語尾へ重ねる。

 

 金の光が弱まり、火と木が先に伸びる。

 

 三度目は、パチュリーの和音が切れる直前へ押し込む。

 

 七枚の板すべてが、ごく薄く反応した。

 

 打面も強さも変えていない。

 

 変わったのは、置いた場所と、前後にいた音だけだった。

 

「三回とも同じ型だ」

 

「ええ。だから差を無視できない」

 

 彼女は空中の鍵盤へ新しい線を一本足した。

 

 単音を属性へ結ぶ線ではない。

 

 前の和音から次の一打へ、流れそのものを囲う線だった。

 

「今、変えたな」

 

「あなたも」

 

「聞こえたなら十分だ」

 

 歌声が二度目のVerseへ入る。

 

 空中に古い円がいくつも開き、ルーンが一行ずつ光る。

 

 パチュリーは説明しない。

 

 一行目を和音にする。

 

 俺が拍で返す。

 

 二行目は前より短い。

 

 キックを一つ抜き、空いた場所へベースが入る。

 

 三行目は左右へ分かれた。

 

 タムを中央から両側へ散らす。

 

 知識が紙から離れても、知識であることをやめていない。

 

 魔法の式は音の中に残り、音は式どおりに終わらない。

 

 小悪魔の三本のペンが、別々の紙を走る。

 

 一冊の本が頭上を越えた。

 

 尻尾の網がそれを捕まえる。

 

 もう一冊が反対側へ飛ぶ。

 

「回収対象が増えています」

 

「観測対象も増えているわ」

 

「記録する手は増えていません」

 

「あとで手伝う」

 

「演奏が終わったら、お願いします」

 

 声は困っていても、ペンは止まっていなかった。

 

 二度目の上昇へ入る。

 

 最初は俺の拍へ七つの印を合わせた。

 

 今度は、パチュリー自身が線の外から半歩入る。

 

 オルガンの声がギターの隙間へ滑り込み、同じ旋律をなぞらず別の道を進む。

 

 俺は二つの道の間へスネアを置く。

 

 七つの印が点く。

 

 順番はない。

 

 火の中に金が立ち、水の流れを木が支え、月の陰りから日が開く。

 

 同じスネアが、今度は火の印を短く揺らした。

 

「残響じゃない」

 

 パチュリーが演奏の中で言った。

 

「前後の音によって、働きが転じている」

 

「分類不能ですか?」

 

 小悪魔の問いに、彼女はすぐ答えなかった。

 

 二度目のChorusが開く。

 

 低域が床を持ち上げるのではなく、床の奥まで沈んで支える。

 

 パチュリーの和音がその上へ立つ。

 

 俺のドラムだけを測っていた七つの光が、彼女の指にも反応する。

 

 研究者と検体を分けていた線が、消えたのではない。

 

 二人とも観測の内側へ入った。

 

「分類はできる」

 

 パチュリーの声が、太い和音の間から届く。

 

「ただし、一音を一つへ固定する分類では足りない」

 

「長くなりましたね」

 

「一回叩くたびに答えが変わる、でいい」

 

「それは短すぎるわ」

 

「だいたいは合っていますよね?」

 

 小悪魔が先ほどと同じ言葉を返す。

 

 パチュリーは今度は否定しなかった。

 

 ただし、感覚だけへ任せたわけでもない。

 

 次の和音では、直前に月が強く出た音程を避け、木の持続が残りやすい間隔を選んだ。

 

 俺がそこへ同じ型を返すと、木の光から火が枝分かれする。

 

 彼女は結果を見て、さらに一音を低くする。

 

 記録してきた差を、今度は音を選ぶために使っている。

 

 理論が即興を縛るのではない。

 

 即興の中で、次に試す場所を示している。

 

 俺も細かなキックを一つ増やし、その仮説へ返事をする。

 

 曲がChorusを越え、音場が左右へ開き始める。

 

 彼女は最後の和音を残したまま、安全円の外へ手を伸ばした。

 

 記録書を閉じる。

 

「記録を止めるわ」

 

「失敗ですか?」

 

「逆よ。書いている間にも条件が変わり続けている」

 

「次はどうする」

 

「直接聴く」

 

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