ツーバス抱えて幻想入り   作:sakusan07

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余白に残る一行

 最後のChorusは、前より大きい音で始まったわけではなかった。

 

 低域は同じ床を支えている。

 

 ギターも、ベースも、ドラムも、先ほどまでそこにいた。

 

 変わったのは、居場所だった。

 

 二本のギターは互いを覆わず、左右に別の線を持つ。

 

 パチュリーのオルガンは中央を埋めず、その間へ太い枝を伸ばす。

 

 ベースはキックの下へ沈まず、同じ低さで別の輪郭を残す。

 

 七つの印も、一色にはならない。

 

 火は火のまま。

 

 水は水のまま。

 

 木、金、土、日、月も、それぞれの色を失わない。

 

 そのまま、同じ曲を鳴らしている。

 

 書架の頁が一斉に開く。

 

 破れるほどではない。

 

 風にめくられるのでもない。

 

 一冊ずつが、自分の重さで次の頁へ移る。

 

 古い本に書かれた知識が、新しい音へ場所を譲るのではない。

 

 書かれているものの横へ、今しか鳴らないものが並ぶ。

 

 歌声が、頁の向こうまで伸びる。

 

 “Beyond the pages!”

 

 俺は両足を交互に踏む。

 

 右、左、右、左。

 

 速さを見せるためではない。

 

 七つの光が流れを切らないよう、下から同じ道を作る。

 

 パチュリーの指が鍵盤を横切る。

 

 水だけではない流れが生まれる。

 

 火の熱も、金の硬さも、月の陰りも、境界を残したまま次へ渡る。

 

 空中の魔法文字が、今度は記録しきれない線を描かない。

 

 一つずつ、鳴った場所へ留まる。

 

 曲を解き明かしたからではない。

 

 追いかける必要がなくなったからだ。

 

 最後の歌が上がる。

 

 “Metal lives on into the night!”

 

 右手でクラッシュを打つ。

 

 左手でスネアを返す。

 

 両足を二度踏む。

 

 ジャァン――。

 

 タン。

 

 ドドン、ドドン。

 

 余韻が天井へ昇る。

 

 七つの印が一つずつ消える。

 

 赤黒い鉄骨が粒子へほどける。

 

 アンプも、姿のない演奏者も、書架へ触れずに消えた。

 

 最後まで残ったオルガンの低い音を、パチュリーが自分の指で閉じる。

 

 静けさが戻る。

 

 演奏前と同じ静けさではない。

 

 床には二台のバスドラムがあり、めくられた頁があり、三人分の呼吸がある。

 

 右腕も残っている。

 

 熱を持ち、疲れ、脈を打っている。

 

 パチュリーは閉じていた記録書を開いた。

 

 巨大な魔導書ではない。

 

 角の擦れた、何度も使われた本だった。

 

 右腕の検査結果がある頁を、もう一度確かめる。

 

 演奏前に書いた四行は変わっていない。

 

 本人由来の生体。

 

 幻想郷内では安定。

 

 境界通過痕は身体と不一致。

 

 右腕側の痕跡が古い。原因不明。

 

 その下へ、一行だけ加える。

 

 演奏後も生体状態に異常なし。

 

「能力の原因も、右腕なのか」

 

「結び付ける根拠はないわ。同じ場で観測した二つの現象、というだけ」

 

 右腕の記録と、演奏の記録の間に線は引かれなかった。

 

 パチュリーは次の頁を開く。

 

 見出しを一語だけ書いた。

 

 Metal

 

 その下へ、短い一行を加える。

 

 共鳴。再現条件未確定。

 

「未分類ではないのか」

 

「七つすべてに分類できる。ただし、固定できない」

 

「七つ全部に入るなら、分類は決まったのか」

 

「逆よ。一つへ固定する必要がないと分かった。七つの間で働きが転じている」

 

「同じ音にそろえる必要はない?」

 

「ええ。違うものが、違うまま応じ合う。それも共鳴よ」

 

 パチュリーは書いたばかりの一行を乾かす。

 

「分からないものを、分からないまま残すんだな」

 

「分からない、だけではない。共鳴したことは分かった。次に同じ条件を作れるかが分からない」

 

「同じ曲なら、また叩ける」

 

「同じ頁、同じ埃、同じ呼吸、同じ順番までは戻せないでしょう」

 

「だから、同じ場所には戻れないと言った」

 

「ええ。今度は、その意味も記録できる」

 

 検体を見る目ではなかった。

 

 答えを持つ者を見る目でもない。

 

 次にもう一度、違う条件で鳴らす価値のある相手を見る目だった。

 

 小悪魔が七枚の板を重ね、記録書の索引紙を開いた。

 

「この『Metal』は、索引のどの欄へ入れますか」

 

「新しい欄を作って」

 

「一行だけですが」

 

「最初は、いつも一行よ」

 

 小悪魔は小さく頷き、空いていた欄へ同じ単語を書いた。

 

 笑い声は起きなかった。

 

 それでも、静かな書庫へ一つ場所が増えた。

 

 扉の外で、硬い靴音が止まる。

 

 一定の間隔だった。

 

 歩数だけで、廊下の長さを測ってきたような足音。

 

 銀色の髪の女が、開いた扉の前に立っていた。

 

 青いメイド服。

 

 姿勢はまっすぐで、白い手袋の片方に銀の懐中時計を持っている。

 

「咲夜」

 

 パチュリーが名を呼ぶ。

 

「いつからいたの」

 

「同じ歌が、二度目に大きく開いた頃からです」

 

「本の被害はありません」

 

 小悪魔が先に報告した。

 

「確認しました。飛翔した書物が四冊、移動した頁が二十七枚。いずれも損傷なし」

 

「数えてたのか」

 

「館内の出来事ですから」

 

 咲夜の視線が、ドラムから俺の両手へ移る。

 

「二拍目と四拍目が、基準よりわずかに遅れていました」

 

「意図的だ」

 

「毎回ですか」

 

「必要な場所では」

 

「再現できますか」

 

「できる」

 

 懐中時計の蓋が閉じる。

 

 カチン。

 

 書庫の余韻を切るほど強くはない。

 

 だが、次の拍の位置を決めるには十分な音だった。

 

「でしたら、その遅れを――私の前でも再現してください」

 

 咲夜は廊下へ身体を向け、一定の歩幅で一歩進んだ。

 

 すぐにはついていかない。

 

 台車へ機材を戻す。

 

 二台のバスドラム。

 

 スネア。

 

 タム。

 

 スタンド。

 

 小悪魔が安全円を消し、裏返していた静粛の札を元へ戻す。

 

「次も例外ですか?」

 

「場所は図書館ではないわ」

 

「では、札はこのままで」

 

 取っ手を握る。

 

 右腕は疲れている。

 

 それでも、台車の重さを受け止める。

 

 右の車輪。

 

 ゴトン。

 

 左の車輪。

 

 コトン。

 

 書庫で共鳴した拍が、今度は廊下の時計に測られようとしていた。

 




第四話「魔導書庫に共鳴せよ――Arcane Resonance――」は、東方Project『ラクトガール~少女密室』を原曲とするアレンジ楽曲「Arcane Resonance」と連動しています。

楽曲およびMVは、YouTube・ニコニコ動画で公開しています。

【投稿者名】
YouTube:sakusan07 @sakusan07
ニコニコ動画:さくさん ID:234862

【プレイリスト】
YouTube:ドコドコアレンジしよう!
ニコニコ動画:<幻想入りシリーズ>ツーバス抱えて幻想入り
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