ツーバス抱えて幻想入り   作:sakusan07

22 / 25
止めた二秒の外側

 時計塔の最上階は、巨大な時計の内側だった。

 

 円形の壁を歯車と軸が埋め、振り子が床すれすれまで降りてくる。窓から入る月明かりを、動く部品の影が一定の間隔で切っていた。

 

 床には白い円がある。

 

 咲夜はその内側へ小机を置いた。

 

 記録紙。ペン。懐中時計。

 

 最後に載せたのは、二つの数字窓を持つ真鍮の時計だった。

 

 二一。

 

 壁の秒針と同時に二二へ変わる。

 

「この区画の基準時計です」

 

「普通なら五九の次は零か」

 

「普通なら」

 

 革ケースが開く。

 

 銀のナイフが四本。咲夜は刃先を同じ方向へそろえ、小机へ一本ずつ置いた。

 

「それで測るのか」

 

「拍の位置と、停止中の配置を確認します」

 

「当てるなよ」

 

「当てません」

 

「投げる側の返事だな」

 

「避ける必要はありません」

 

「ならいい」

 

「同意をいただきました」

 

「言い方が固い」

 

「試験ですので」

 

 俺は機材を台車から下ろす。

 

 二台のバスドラム。スネア。二つのタム。フロアタム。ハイハット。シンバル。スタンド。

 

 ペダルを固定し、ビーターの位置をそろえる。書庫より床が硬い。反響を聞きながら、椅子を少し後ろへ引いた。

 

 スネアの高さを右手に合わせる。

 

 タムは左から右へ無理なく届く角度にする。フロアタムを近づけ、二台のバスドラムの間隔を足首一つぶんだけ狭めた。

 

 右腕が戻る前なら、組み方は左手中心だった。

 

 今は両手を使える。それでも右へすべてを任せない。今夜の試験は、腕の限界を測るためではない。

 

 咲夜は白線を指す。

 

「音は円の外へ出しません」

 

「昼に見せたのも使うのか」

 

「ナイフの回収にだけ、短く使います。その間も壁時計と基準時計は通常の時刻を示します」

 

「曲を止めるのは俺の側だけだな」

 

「ええ。あなたが止めるのは、能力が作った演奏と照明です。振り子も風も進みます」

 

「再開は、上げたナイフを合図にする」

 

「遅れの再現は二回。その後、基準位置へ戻してください」

 

「分かってる」

 

 壁の大時計は二十三時五十六分二十八秒。

 

 右手でスティックを握る。

 

 二九。

 

 咲夜が白線の内側へ戻る。

 

 三〇。

 

 踵が床を打つ。

 

 コツ。

 

 右足を踏み込む。

 

 ドン。

 

 何もなかった空間へ、ベースの低音が生まれた。

 

 ギターが続き、Hammond organが歯車の影を押し広げる。赤黒い鉄骨を思わせる照明が、白い円の中だけへ立ち上がった。

 

 姿のない演奏者たちが百五十二の速さへそろう。

 

 壁の歯車は赤い照明を細かく切り、長針の影が白線の手前を横切った。演奏の像と時計塔の機械は同じ場所に重なって見えるが、音だけは円の中へ閉じている。

 

 Intro。

 

 四分音符の格子に、振り子と靴音が重なる。

 

 コツ。

 

 コツ。

 

 二拍目のスネアを少し後ろへ置く。

 

 タン。

 

 四拍目も同じ幅だけ遅らせる。

 

 タン。

 

 咲夜のペンが記録紙を走る。

 

 遅れは乱れではない。

 

 キックとベースが作る格子を崩さず、スネアの重心だけを後ろへずらす。置いた直後に次の拍へ戻れる幅を選ぶ。

 

 咲夜は音の大きさではなく、スティックが打面へ触れる瞬間を見ていた。

 

 Verse 1。

 

 姿のない歌声が、静かな廊下と凍った光を歌う。

 

 ギターの細かな音が銀の輪郭を作り、Hammondの長い和音が時計塔の空気へ残る。ベースは主拍を守りながら、ドラムの後ろ側へ低く沈んだ。

 

 咲夜が一本を取った。

 

 銀色が壁へ飛ぶ。

 

 キン。

 

 次の拍には、壁の刃が消えている。昼と同じ空白の後、投げた一本が指へ戻っていた。

 

 もう一度。

 

 キン。

 

 直後へスネアを返す。

 

 タン。

 

 一本は短い停止の間に回収され、また指にある。

 

 俺には、止められた時間そのものは見えない。

 

 壁に刺さった刃と、指へ戻った刃の間が抜け落ちる。昼の砂糖壺と同じだ。

 

 ただし壁時計は、一秒も巻き戻らない。

 

 Pre-Chorus。

 

 歌声が秒針と炎を呼ぶ。

 

 咲夜は投げず、指先だけを上下させた。

 

 中央。

 

 中央。

 

 示された位置より、二拍目を後ろへ置く。

 

 タン。

 

 四拍目も後ろへ。

 

 タン。

 

「二回、同じ幅です」

 

「次は戻す」

 

 Chorus。

 

 “Beyond the hands of time!”

 

 ツーバスが低音を押し上げ、ギターが左右へ開いた。

 

 スネアを拍の中央へ戻す。

 

 タン。

 

 銀色も同じ場所へ刺さる。

 

 キン。

 

 刃はすぐ指へ戻った。

 

「基準復帰を確認」

 

 次は俺の確認だ。

 

 歌声が伸び、右足を踏み込む直前、両手を開いた。

 

 ドラムが消える。

 

 ギター、ベース、Hammond、歌声、赤黒い照明も同じ小節の途中で切れた。

 

 振り子は動いている。

 

 窓から入る風が、咲夜の銀髪を揺らす。

 

 止まったのは生成された演奏だけだ。

 

 音がない間にも、次に踏む位置は胸の中で続いている。

 

 最初から始めるなら簡単だ。

 

 必要なのは、切った断面へ戻ることだった。

 

 カチ。

 

 一秒。

 

 カチ。

 

 二秒。

 

 咲夜が、指に挟んだ一本のナイフを上げた。

 

 早くも遅くもない。

 

 こちらが決めた二秒を、そのまま返す合図だった。

 

 右足を下ろす。

 

 ドン。

 

 ギターが切れた音の続きから戻った。ベースもHammondも歌声も、止めた小節を最初からやり直さない。照明の赤い線も、消えた形の先から伸びる。

 

 戻った瞬間だけ音量が跳ねることも、テンポが走ることもない。

 

 止めた能力と、再開を選んだ俺の動きが同じ場所でつながった。

 

 咲夜が投げる。

 

 キン。

 

 スネアを返す。

 

 タン。

 

「完全停止。二秒後、同じ位置から再開」

 

 記録紙へ一行が増える。

 

「俺の確認は終わった」

 

「曲は続いています」

 

「最後までは叩く」

 

 Chorusの続きを進む。

 

 回収された一本が机へ戻り、四本の銀色が再びそろった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。