懐中時計の蓋が閉じる。
カチン。
真鍮の基準時計が動いた。
六〇の次。
〇〇。
零時零分零秒。
止まっていた振り子が戻る。歯車が噛み合い、カーテンが風を受けて最後まで揺れた。
六十秒目は終わった。
曲は終わっていない。
床には、内側で投げた四本のナイフが残っている。俺は最初の一本が置かれた位置を覚えていた。
「後ろへ置きましたね」
「先に置いたのは、咲夜だ」
咲夜の視線が床の銀色から上がり、俺で止まる。
「ええ」
返事までに、一拍だけ間があった。
懐中時計を持つ左手は、動いていない。
咲夜は俺から視線を外さず、次の靴音で中央へ戻る。
曲はFinal Chorusへ入る。
“Every beat remains!”
姿のない歌声が、零時の先へ六十秒目の一打を運ぶ。
咲夜の靴音は正確な中央へ戻っていた。
コツ。
俺のスネアは少し後ろへ落ちる。
タン。
直そうとはしない。
次の足音も中央。
コツ。
俺はその後ろ。
タン。
違う位置のまま、同じ曲を進む。
Outro。
歌声が遠ざかる。
Hammondが低く残り、二本のギターが一本ずつ消える。
右足。
ドン。
左足。
ドン。
右手でクラッシュを打つ。
ジャァン――。
咲夜は何も足さない。
余韻が時計塔の壁を一周する。
赤黒い照明が粒子へほどけた。アンプも、姿のない演奏者たちも消える。
残ったのは、持ち込んだドラム、基準時計の刻み、二つ折りの記録紙だった。
床の白線も、小机も、演奏前と同じ場所にある。
違うのは、零時へ持ち越された四本のナイフと、二人が覚えている一打だけだ。
カチ。
カチ。
普通の一秒。
「右腕の状態は」
右手を開く。指は五本とも動く。手首を回し、肘を曲げ、肩を上げる。
「一曲分の熱はある。痛みはない。動きも残ってる」
「今の演奏後の状態だけは、朝、パチュリー様へ報告します」
「試験は終わっただろ」
「演奏後の状態は、別の確認です」
「それも仕事か」
「ええ」
咲夜は床のナイフを一本ずつ抜いた。
一。
二。
三。
四。
銀の刃が革ケースへ戻る。
基準時計は、もう三〇を過ぎていた。
「あの一秒は、これからも仕事に使うのか」
「六十秒目は、今後も残しておきます。仕事以外の予定が、一つ増えましたので」
「一秒じゃ短いぞ」
「使い方次第です」
「今のは長かった」
「詳しく説明すると、パチュリー様の仕事が増えます」
「なら聞かない」
「賢明です」
ケースの留め具が閉じる。
カチ。
俺はハイハットのクラッチを外す。
右肩には通常の疲れがある。朝まで休めば、台車を押して神社へ戻れる。
昼に眠り、夜に一曲を叩いた。半日の休息を入れたからこそ、この熱が異常ではなく演奏した分だと分かる。
能力は止められた。止めた位置から再開できた。帰る前に確かめると決めたことは、終わった。
「客室へ戻りますか」
「ああ。朝飯の後、神社へ行く」
「予定どおりですね」
「忘れてなかったのか」
「予定ですので」
時計塔の扉の向こうで、軽い足音がした。
咲夜のものほど一定ではない。それでも迷わず近づいてくる。
扉が開いた。
紅い瞳。背の低い少女。背中には蝙蝠を思わせる翼がある。
咲夜の姿勢が変わった。
「お嬢様」
「零時の報告が来ないから、見に来たわ」
「申し訳ありません」
「謝る前に、何をしていたのか聞かせてちょうだい」
「演奏の確認をしておりました」
少女は、ドラム、畳み始めたスタンド、閉じたナイフケース、記録紙を順に見る。最後に俺へ視線を止めた。
白線の外へ音は漏れていない。曲を聞いて来たわけではない。
「あなたが、パチュリーの客ね」
「用事は終わった」
「私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の主よ」
「そうか」
「普通は、もう少し驚くものじゃない?」
「この館で今さらだ」
レミリアは一度だけ目を丸くし、すぐ口元を上げた。
「美鈴の門前でも鳴らしたそうね」
「安全審査だ」
「図書館では」
「実験」
「時計塔では?」
俺は咲夜を見る。
咲夜は代わりに答えない。
さっきの一拍だけの間も、六十秒目で選んだ一打も、館の主へ説明する言葉には変えなかった。
「確認だ」
「みんな、ずいぶん真面目な理由をつけるのね」
レミリアは二つ折りの記録紙へ目を落とした。
「門番は『安全審査』、パチュリーは『実験』。咲夜の報告だけ、零時を過ぎても来なかった」
「仕事は終わってます」
「終わった報告が来ないから、主がここまで歩いたのよ」
咲夜は否定しない。
レミリアの視線が記録紙から、革ケースへ移る。
「三人とも違う理由で足を止めた。だったら、何がそうさせたのかは気になるでしょう?」
「確認したいだけか」
「今はね」
レミリアがバスドラムへ近づく。縁へ触れる直前で指を止めた。
「私は、そんな理由はいらないわ」
「何がしたい」
「大広間へ来なさい。私にも一曲だけ聞かせて」
フロアタムの脚を畳む。
「朝、神社へ戻る」
「報告で聞いたわ」
「なら、返事も分かるだろ」
「今夜は、ね」
レミリアは扉の脇へ退いた。
「大広間は逃げないわ」
「神社もな」
「それはどうかしら」
「不吉なことを言うな」
レミリアが小さく笑う。
咲夜が台車の反対側へ回った。
「右側を持ちます」
「交換した方か」
「ええ」
二人で機材を載せる。
右の車輪。
コトン。
左の車輪。
コトン。
時計塔を出る。
後ろから、咲夜の靴音が続く。
コツ。
コツ。
もう時計と比べる必要はなかった。
零時を過ぎた廊下へ、三つの音が進んでいった。
第五話「時計仕掛けの運命――Clockwork Destiny――」は、東方Project『月時計 ~ ルナ・ダイアル』を原曲とするアレンジ楽曲「Clockwork Destiny」と連動しています。
楽曲およびMVは、YouTube・ニコニコ動画で公開しています。
【投稿者名】
YouTube:sakusan07 @sakusan07
ニコニコ動画:さくさん ID:234862
【プレイリスト】
YouTube:ドコドコアレンジしよう!
ニコニコ動画:<幻想入りシリーズ>ツーバス抱えて幻想入り