ツーバス抱えて幻想入り   作:sakusan07

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王の炎

 低い女声が、古い館の壁に沿って入る。

 

 弦は歌声の後ろを細く上がり、金管はまだ遠い。ギターとベースが大きな拍を作り、その内側を低音が行き来する。

 

 右足を深く、左足を浅く踏む。

 

 ドン。

 

 ドドン。

 

「次は右ね」

 

 レミリアが右のクラッシュを見る。

 

 次の小節には必要だった。

 

 ジャァン。

 

「そのあとは両足」

 

 ドドドドン。

 

「分かりやすいわ」

 

「聞いてればな」

 

「では、左のタム」

 

 ギターが歌声の後ろで高く伸びる。

 

 左へ回せば、同じ高さへ音を重ねることになる。

 

 俺はスネアの縁を軽く打った。

 

 カッ。

 

 レミリアの笑みが止まる。

 

「外れ」

 

「左は要らない」

 

「私が言ったのよ」

 

「曲は言ってない」

 

「ここは私の広間」

 

「今は曲の中だ」

 

 レミリアの指先へ紅い光が集まる。

 

 光はスネア、右のクラッシュ、フロアタムの順に打面を照らした。こちらが振る前に、次の動きを決める線だった。

 

 最初のスネアだけを使う。

 

 タン。

 

 二つ目と三つ目は叩かず、ハイハットを閉じたまま歌の場所を残す。

 

「合わせなさい」

 

「全部入れたら、歌が隠れる」

 

「私の光を空振りさせるの?」

 

「先に走ったのはお前だ」

 

 光が天井へ大きな弧を描く。

 

「ここで上げるわ」

 

「まだ早い」

 

「上げなさい」

 

 スネアを一つ。

 

 タン。

 

 紅い弧だけが先へ行った。

 

「お嬢様」

 

 壁際の咲夜が口を開く。

 

「演奏中の位置は、演奏者へ委ねる方が合理的かと」

 

「時計塔のあとから、ずいぶんそちら寄りね」

 

「職務上の意見です」

 

「本当に便利な言葉」

 

 Pre-Chorus。

 

 弦と金管が一段ずつ上がり、遠くの合唱が形を持つ。

 

 レミリアは次の打面を言わない。

 

 上げた右手も動かさず、俺の両足、歌声、ギターへ視線を移した。

 

 Chorusが開く。

 

 弦、金管、ギター、ベース、合唱が同じ入口から立ち上がる。

 

 そこで紅い光が降りる。

 

 俺はクラッシュを一枚。キックを一つ。

 

 ジャァン。

 

 ドン。

 

 中央を歌声が抜けた。

 

 紅い光は中央へ入らず、左右へ分かれて合唱の外側を持ち上げる。

 

「二つだけ?」

 

「聞こえるだろ」

 

「ええ」

 

 レミリアは不満そうに答えた。

 

 それでも、次を当てようとはしない。

 

 サビの後半で細かな低音が増える。

 

 右、左、右、左。

 

 ドドドド、ドン。

 

 紅い光は先回りせず、鳴ったキックの外側へ輪を置いた。

 

「そこは増やすのね」

 

「必要だからな」

 

「誰が決めたの」

 

「俺だ」

 

 レミリアが笑う。

 

 当てたときの笑い方ではなかった。

 

 彼女は片足で床を鳴らす。

 

 コツ。

 

 大拍の中央。

 

 俺はスネアを少し後ろへ置く。

 

 タン。

 

「遅れた」

 

「遅らせた」

 

「同じでしょう」

 

「違う」

 

「咲夜もそう言った?」

 

「あいつは数字で測った」

 

「私は数字を使わないわ」

 

「なら、鳴った方を聞け」

 

 次の靴音は前より軽い。

 

 俺はスネアを使わず、ハイハットを半分だけ開いた。

 

 シャッ。

 

 同じ拍でも、返す音は変わる。

 

 レミリアは次に、爪先を床へ触れさせるだけで止めた。

 

 音になり切らない動きへ、俺もすぐには返さない。

 

 ギターが短く下降し、歌声が一語を置く。

 

 そのあとで、スネアを軽く鳴らす。

 

 タン。

 

「今のは遅すぎるわ」

 

「お前の足音は鳴ってない」

 

「見えたでしょう」

 

「演奏は当て物じゃない」

 

「最初に予測を外せと言ったのは私よ」

 

「今は聞いてる」

 

 レミリアの口元が上がる。

 

「誰がそう言ったの」

 

「次を言わなくなった」

 

 返事の代わりに、紅い光が合唱の外側へ一本だけ伸びた。

 

 俺は中央へキックを置く。

 

 ドン。

 

 光は先回りせず、その低音が消える長さに合わせて細くなった。

 

 三度目の靴音は中央を外れた。俺は直さない。空いた場所へベースが入り、サビはそのまま終わった。

 

 音圧が引き、月明かりが石床へ戻る。

 

 レミリアが階段を一段だけ降りた。

 

「朝に神社へ向かうことは報告で聞いているわ」

 

「なら話は早い」

 

「この曲のあと、片づけて食べたら出る」

 

「ああ」

 

「霊夢に何を聞くの」

 

「外の世界へ戻す方法だ」

 

「巫女は知っているの?」

 

「来た場所と越え方が分かれば、戻す方法は考えられると言っていた」

 

「それなら、なぜ先に紅魔館へ来たの」

 

「境界を越え直したとき、戻った腕とこの力がどうなるかは分からないとも言った。先に調べろと、パチュリーを教えられた」

 

 レミリアの爪先が、段の縁で止まる。

 

「調査は」

 

「終わった」

 

「能力の確認も」

 

「止めて、同じ場所から戻せた」

 

「だから、結果を持って巫女へ戻る」

 

「そうだ」

 

「霊夢は、あなたを帰す約束をしたわけではない」

 

「まだ方法を考えるところだ」

 

「それでも、ここを出る」

 

「調べるために来た。終わったら戻る」

 

「帰れるか分からないのに、帰るための順番だけは決めているのね」

 

「順番まで捨てたら、何も確かめられない」

 

 レミリアは答えず、一段下から右腕を見る。

 

 演奏中の腕は、スネアからタムへ動き、クラッシュの手前で戻る。調べ終わった腕であると同時に、境界を越え直したあとも残るとは誰も言えない腕だ。

 

 次の一打を置く。

 

 タン。

 

 レミリアの視線だけが、その動きを最後まで追った。

 

 Verse 2の低い弦が戻る。

 

 レミリアは、組み上がったドラムと、広間の端に置いた台車を順に見た。

 

「ここは最初から、帰る途中だったのね」

 

「門を通ったときからな」

 

「巫女が神社にいなければ?」

 

「待つ」

 

「戻れると決まっていなくても?」

 

「決めるために話す」

 

「腕がどうなるかも、まだ」

 

「分からない」

 

「それでも行くのね」

 

「ここで確かめることは終わった」

 

「パチュリーにも、同じ言い方をした?」

 

「用事が終わったとは言った」

 

「咲夜には」

 

「朝に出ると」

 

「美鈴には」

 

「腕と力を調べるために、門を通りたいと言った」

 

「三人には、それぞれ次へ進む理由を話していたのね」

 

「聞かれたからな」

 

「私には報告だけ」

 

 レミリアは玉座へ戻らない。

 

「知っていることと、聞くことは違うわ」

 

 紅い光も靴音も、数小節ぶん消えた。

 

 旅人を歌う声が、広い部屋の中央を通る。

 

 歌声が過ぎてから、その後ろへ赤い線が一本だけ伸びた。

 

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