ツーバス抱えて幻想入り   作:sakusan07

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旅人も王も一人で立つ

 Verse 2では、歌の言葉が前へ出る。

 

 キックの数を減らし、スネアも軽くする。

 

 レミリアは最初の一段を降りた場所で聞いている。近くはなったが、まだ同じ床ではない。

 

「終演後の予定は変えない。機材を畳んで、食べて、神社へ戻る」

 

「聞こえているわ」

 

「なら忘れるな」

 

「忘れさせる理由を、今から作ると言ったら?」

 

 レミリアが次の段へ足を下ろす。

 

「東側の客室を空ける。今夜の部屋より広いわ」

 

「一晩なら今の部屋で足りた」

 

「一晩で終わらせなければいいでしょう」

 

「先に決めるな」

 

「この大広間も使わせてあげる。機材を運ぶ者も用意するわ」

 

「妖精メイドに運ばせたら、半分は壊れる」

 

 咲夜がわずかに目を伏せる。

 

「否定しないのか」

 

「教育は継続しております」

 

「では、壊さない者だけを選びなさい」

 

 レミリアは当然のように続ける。

 

「宴でも客人の前でも叩けばいい。館にあなたの役目を作る」

 

 レミリアが手を広げる。

 

 空いた石床へ紅い光が走り、ドラムの周囲を大きく囲んだ。椅子を並べる場所、客を入れる場所、俺が演奏する場所を、光だけで先に決めていく。

 

 俺は囲まれた中央でハイハットを閉じる。

 

 チッ。

 

「客がいない日も、この広間は空いているのか」

 

「使いたいなら空けるわ」

 

「館の予定と重なったら」

 

「私が動かす」

 

「パチュリーが使うと言ったら」

 

「書庫から出てこないでしょう」

 

「咲夜の予定と重なったら」

 

「咲夜が合わせる」

 

 咲夜は肯定も否定もしない。

 

 紅い光は広間を区切ったまま消えず、咲夜の足元まで届いていた。

 

「叩く日は選べるのか」

 

「曲も日にちも選ばせてあげる」

 

「叩かない日も?」

 

「理由は聞くわ」

 

「聞いたあと、最後に決めるのは誰だ」

 

 歌声が低く降りる。

 

 レミリアはすぐに答えなかった。

 

 俺は右足を一つだけ踏む。

 

 ドン。

 

 次の歌詞が通り過ぎるまで、返事を待つ。

 

「私よ」

 

「なら、選ばせるとは言わない」

 

「私の用意する部屋も、この広間も気に入らない?」

 

「誰が選ぶかの話だ」

 

「私が選べば、何が悪いの」

 

「俺の残る場所だからだ」

 

「なら、あなたが選んだと言えばいい」

 

「今、断ってる」

 

「選び方が気に入らないわ」

 

「答えまで指定するな」

 

 レミリアの赤い瞳が細くなる。

 

 歌声は王冠を高く掲げたまま、次の小節へ進んだ。俺はその下へキックを二つ置く。

 

 ドン、ドン。

 

 二つ目だけ少し軽くする。

 

 レミリアの翼が一度目で開き、二度目で止まった。

 

 スネアを一つ。

 

 タン。

 

 レミリアの翼が大きく開く。

 

 赤黒い影が階段の左右を覆い、紅い光が手すりから床へ走った。

 

「残りなさい」

 

「断る」

 

「命令よ」

 

「俺はこの館の住人じゃない」

 

「今は私の前にいる」

 

「一曲を返しに来た」

 

「終われば、腕も音も持って出ていくのね」

 

「ああ」

 

「美鈴が門を開けたことも、パチュリーが調べたことも、咲夜が使った六十秒目も置いて?」

 

「置いていかない。受け取ったから、この一曲を返してる」

 

「一曲で足りると、誰が決めたの」

 

「俺だ」

 

 レミリアの指が手すりへかかる。

 

「……気に入ったものを、手元へ置きたいのよ」

 

「物なら置けばいい」

 

「物ではないから、部屋も役目も用意したのでしょう」

 

「本人の答えまで用意するな」

 

 紅い光が床を進み、ドラムの手前で止まる。

 

 俺は動かず、キックを一つ返す。

 

 ドン。

 

 低音は線を押し返さず、その下を抜けて広間へ広がった。

 

 レミリアは光を強くしない。

 

 やがて線を自分の方へ引き、消した。

 

「館の者になれば、美鈴に止められないわ」

 

「客なら止められていい」

 

「毎回でも?」

 

「美鈴が必要だと決めたなら」

 

「館の主より、門番の判断を取るの?」

 

「門を任せてるのはお前だ」

 

 レミリアは返さず、咲夜を見る。

 

 二度目のPre-Chorusが近づく。弦が高くなり、合唱が遠くで厚みを増す。

 

「咲夜。館の者は、私の判断を待つわね」

 

「お嬢様のご判断に従い、必要な準備を整えます」

 

「ほら」

 

「準備と返事は同じか」

 

 レミリアの視線が俺へ戻る。

 

「あなたは、誰にでもそうやって違う答えを返すのね」

 

「違うと思えばな」

 

「美鈴にも、パチュリーにも、咲夜にも」

 

「三人とも条件を出した。分からないことは分からないと言った。俺の返事も待った」

 

「私は待っていない?」

 

「今、待ってる」

 

「待たせているのは、あなたでしょう」

 

「答えを先に決めてないからな」

 

「私が答えるまで、曲は止めない」

 

「曲はお前の返事を待つためだけにあるんじゃない」

 

「では、なぜ空けたの」

 

「次の歌が来る場所だ」

 

 歌声が本当にそこへ戻る。

 

 レミリアは一瞬だけ言葉を失い、咲夜は視線を伏せて笑いを隠した。

 

「今、笑った?」

 

「いいえ」

 

「顔を上げなさい」

 

「演奏の妨げになりますので」

 

「誰の味方なのよ」

 

「職務上、演奏の継続を」

 

 俺はスネアで一度だけ笑いを隠した。

 

 タン。

 

 咲夜は壁際から動かない。

 

 主人の問いへ答えを足さず、俺の言葉を直さず、次にレミリアが何を言うかを待っている。

 

 二度目のPre-Chorusが始まる。

 

 最初と同じ旋律へ、違うフィルを返す。右足を一つ減らし、スネアの前に小さな音を置いた。

 

 レミリアは「次は」と言わない。

 

「帰る場所は、まだ決まっていないのでしょう」

 

「元の場所はある。戻れるかが決まってない」

 

「ここなら、すぐ場所を与えられる」

 

「戻れなかったとき、必要なら俺が選ぶ」

 

「今、選べばいいのに」

 

「決まってない先まで、お前に渡さない」

 

 レミリアの翼が一度強く開き、元へ戻る。

 

「腹が立つわ」

 

「答えを聞いた結果だ」

 

「聞く前は、もっと簡単だと思っていた」

 

「外れたな」

 

「ええ」

 

 二度目のChorusが開く。

 

 レミリアの指先に紅い光が集まる。

 

 俺はまだ叩かない。

 

 光も落ちない。

 

 燭台の火が二度揺れる間、どちらも先に答えを決めなかった。

 

「分からないなら、今から選べ」

 

「私へ命令するの?」

 

「選ぶのはお前だ」

 

「……本当に、可愛げがないわね」

 

 レミリアは残り二段へ目を落とす。

 

 赤い靴は、まだそこを動かなかった。

 

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