Verse 2では、歌の言葉が前へ出る。
キックの数を減らし、スネアも軽くする。
レミリアは最初の一段を降りた場所で聞いている。近くはなったが、まだ同じ床ではない。
「終演後の予定は変えない。機材を畳んで、食べて、神社へ戻る」
「聞こえているわ」
「なら忘れるな」
「忘れさせる理由を、今から作ると言ったら?」
レミリアが次の段へ足を下ろす。
「東側の客室を空ける。今夜の部屋より広いわ」
「一晩なら今の部屋で足りた」
「一晩で終わらせなければいいでしょう」
「先に決めるな」
「この大広間も使わせてあげる。機材を運ぶ者も用意するわ」
「妖精メイドに運ばせたら、半分は壊れる」
咲夜がわずかに目を伏せる。
「否定しないのか」
「教育は継続しております」
「では、壊さない者だけを選びなさい」
レミリアは当然のように続ける。
「宴でも客人の前でも叩けばいい。館にあなたの役目を作る」
レミリアが手を広げる。
空いた石床へ紅い光が走り、ドラムの周囲を大きく囲んだ。椅子を並べる場所、客を入れる場所、俺が演奏する場所を、光だけで先に決めていく。
俺は囲まれた中央でハイハットを閉じる。
チッ。
「客がいない日も、この広間は空いているのか」
「使いたいなら空けるわ」
「館の予定と重なったら」
「私が動かす」
「パチュリーが使うと言ったら」
「書庫から出てこないでしょう」
「咲夜の予定と重なったら」
「咲夜が合わせる」
咲夜は肯定も否定もしない。
紅い光は広間を区切ったまま消えず、咲夜の足元まで届いていた。
「叩く日は選べるのか」
「曲も日にちも選ばせてあげる」
「叩かない日も?」
「理由は聞くわ」
「聞いたあと、最後に決めるのは誰だ」
歌声が低く降りる。
レミリアはすぐに答えなかった。
俺は右足を一つだけ踏む。
ドン。
次の歌詞が通り過ぎるまで、返事を待つ。
「私よ」
「なら、選ばせるとは言わない」
「私の用意する部屋も、この広間も気に入らない?」
「誰が選ぶかの話だ」
「私が選べば、何が悪いの」
「俺の残る場所だからだ」
「なら、あなたが選んだと言えばいい」
「今、断ってる」
「選び方が気に入らないわ」
「答えまで指定するな」
レミリアの赤い瞳が細くなる。
歌声は王冠を高く掲げたまま、次の小節へ進んだ。俺はその下へキックを二つ置く。
ドン、ドン。
二つ目だけ少し軽くする。
レミリアの翼が一度目で開き、二度目で止まった。
スネアを一つ。
タン。
レミリアの翼が大きく開く。
赤黒い影が階段の左右を覆い、紅い光が手すりから床へ走った。
「残りなさい」
「断る」
「命令よ」
「俺はこの館の住人じゃない」
「今は私の前にいる」
「一曲を返しに来た」
「終われば、腕も音も持って出ていくのね」
「ああ」
「美鈴が門を開けたことも、パチュリーが調べたことも、咲夜が使った六十秒目も置いて?」
「置いていかない。受け取ったから、この一曲を返してる」
「一曲で足りると、誰が決めたの」
「俺だ」
レミリアの指が手すりへかかる。
「……気に入ったものを、手元へ置きたいのよ」
「物なら置けばいい」
「物ではないから、部屋も役目も用意したのでしょう」
「本人の答えまで用意するな」
紅い光が床を進み、ドラムの手前で止まる。
俺は動かず、キックを一つ返す。
ドン。
低音は線を押し返さず、その下を抜けて広間へ広がった。
レミリアは光を強くしない。
やがて線を自分の方へ引き、消した。
「館の者になれば、美鈴に止められないわ」
「客なら止められていい」
「毎回でも?」
「美鈴が必要だと決めたなら」
「館の主より、門番の判断を取るの?」
「門を任せてるのはお前だ」
レミリアは返さず、咲夜を見る。
二度目のPre-Chorusが近づく。弦が高くなり、合唱が遠くで厚みを増す。
「咲夜。館の者は、私の判断を待つわね」
「お嬢様のご判断に従い、必要な準備を整えます」
「ほら」
「準備と返事は同じか」
レミリアの視線が俺へ戻る。
「あなたは、誰にでもそうやって違う答えを返すのね」
「違うと思えばな」
「美鈴にも、パチュリーにも、咲夜にも」
「三人とも条件を出した。分からないことは分からないと言った。俺の返事も待った」
「私は待っていない?」
「今、待ってる」
「待たせているのは、あなたでしょう」
「答えを先に決めてないからな」
「私が答えるまで、曲は止めない」
「曲はお前の返事を待つためだけにあるんじゃない」
「では、なぜ空けたの」
「次の歌が来る場所だ」
歌声が本当にそこへ戻る。
レミリアは一瞬だけ言葉を失い、咲夜は視線を伏せて笑いを隠した。
「今、笑った?」
「いいえ」
「顔を上げなさい」
「演奏の妨げになりますので」
「誰の味方なのよ」
「職務上、演奏の継続を」
俺はスネアで一度だけ笑いを隠した。
タン。
咲夜は壁際から動かない。
主人の問いへ答えを足さず、俺の言葉を直さず、次にレミリアが何を言うかを待っている。
二度目のPre-Chorusが始まる。
最初と同じ旋律へ、違うフィルを返す。右足を一つ減らし、スネアの前に小さな音を置いた。
レミリアは「次は」と言わない。
「帰る場所は、まだ決まっていないのでしょう」
「元の場所はある。戻れるかが決まってない」
「ここなら、すぐ場所を与えられる」
「戻れなかったとき、必要なら俺が選ぶ」
「今、選べばいいのに」
「決まってない先まで、お前に渡さない」
レミリアの翼が一度強く開き、元へ戻る。
「腹が立つわ」
「答えを聞いた結果だ」
「聞く前は、もっと簡単だと思っていた」
「外れたな」
「ええ」
二度目のChorusが開く。
レミリアの指先に紅い光が集まる。
俺はまだ叩かない。
光も落ちない。
燭台の火が二度揺れる間、どちらも先に答えを決めなかった。
「分からないなら、今から選べ」
「私へ命令するの?」
「選ぶのはお前だ」
「……本当に、可愛げがないわね」
レミリアは残り二段へ目を落とす。
赤い靴は、まだそこを動かなかった。