ツーバス抱えて幻想入り   作:sakusan07

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王冠は残る

 Final Chorus。

 

 戻った歌声は、最初のサビより高く広い。

 

 玉座の前だけではない。ドラムの周りにも、紅い光の下にも、それぞれ音の立つ場所がある。

 

 クラッシュを開く。

 

 ジャァン。

 

 両足を走らせる。

 

 ドドドドン。

 

 オーケストラが持ち上がり、クワイアが上へ重なる。

 

「もっと上げなさい!」

 

「命令か」

 

「感想よ!」

 

「なら聞く」

 

 大きな拍は百三十六のまま動かさない。

 

 その内側だけ、両足の粒を増やす。

 

 ドドドドドン。

 

 紅い光が天井へ大きな弧を描く。

 

「そう、それ!」

 

「注文が多い」

 

「館の主だもの」

 

「今は演奏者じゃないのか」

 

「両方よ」

 

 レミリアは即答し、合唱の外側へ次の光を放った。

 

 Final Chorus後半。

 

 ツインギターが左右から重なり、Hammondが中央へ戻る。弦も金管も合唱も、速さではなく声部を増やして昇る。

 

 俺は光を先読みしない。

 

 実際に返った赤へ、次の一打を置く。

 

 レミリアも肩の動きではなく、鳴った打面を見る。

 

 別の場所から、同じ小節へ入る。

 

 歌声が複数へ分かれ、天井へ向かう。弦が下から押し、金管が左右に柱を立てる。

 

 紅い光も一本では足りない。

 

 二本、三本に分かれ、ギターと合唱の間へ違う弧を置く。

 

 俺は両足の粒を揃え、増えた声部の足元を一つにする。

 

 ドドドド、ドドドド。

 

 大拍を速めず、その上だけを広げる。

 

 最後のクラッシュ。

 

 ジャァァン――!

 

 残響が広間を一周する。

 

 Outro。

 

 歌声が遠ざかり、弦と合唱が夜の奥へ薄くなる。

 

 レミリアは踵を返した。

 

 階段を上る。

 

 一段ごとに、床へ残っていた紅い光が消えていく。

 

 俺は小さな拍だけを続ける。

 

 赤い椅子の前で、レミリアが振り返った。

 

「最後まで聞きなさい」

 

「座るなら早くしろ」

 

「可愛げがないわね」

 

「さっきも聞いた」

 

 ライドを小さく鳴らす。

 

 チン。

 

 レミリアは椅子へ座った。

 

「私は紅魔館の主よ。同じ床へ降りたからといって、王冠まで捨てる気はないわ」

 

「捨てろとは言ってない」

 

「部屋と役目の話は取り下げる」

 

「助かる」

 

「客として来るなら拒まない」

 

「美鈴が通せばな」

 

「私が命じれば済むでしょう」

 

「門で見る役目を任せたのはお前だ」

 

 レミリアは一瞬だけ目を丸くし、すぐに笑った。

 

「本当に面倒」

 

「客は選べるんだろ」

 

「門前ではね」

 

 Hammondの低い尾が石床へ沈む。

 

 最後の光が細かな粒へほどけた。

 

 スティックを膝へ置く。

 

 曲が終わる。

 

 右手を開き、閉じる。

 

 肩の重さは増えた。痛みはない。指も手首も動く。

 

「時刻は」

 

 咲夜が懐中時計を開く。

 

「設置前の予定から大きな遅れはございません」

 

「神社へ出る時間は」

 

「片づけを予定どおり終え、朝食を簡略にすれば十分に」

 

「なら、そうする」

 

 咲夜は時計を閉じる。

 

 窓の外は、入ったときより薄い青になっていた。

 

 スタンドを畳む。

 

 シンバルをケースへ戻す。

 

 軽く食べ、台車を押して門を出る。朝の神社行きは残っている。

 

 右肩をもう一度回す。

 

 時計塔の終演後より重くはなったが、動きは滑らかだ。ケースを持ち上げても指は抜けない。疲労と異常を混同する状態ではない。

 

 畳んだスタンドを台車の下段へ置く。シンバルは縁がぶつからない向きに重ね、ペダルは二台のバスドラムの間へ固定する。

 

 レミリアは玉座から、その手順を黙って見ていた。

 

 曲が終われば出ると言った言葉が、機材の一つごとに形になっていく。

 

 咲夜がハイハットへ手を伸ばす。

 

「自分でやる」

 

「承知しました」

 

 ケースを一つ閉じたところで、レミリアが椅子を離れた。

 

「もう一つ、頼みがあるわ」

 

「一曲だけと言った」

 

「分かっている」

 

 広間の奥へ歩く。

 

「妹がいるの」

 

「この館に?」

 

「ええ。あの子にも、この一曲を聞かせたい」

 

「館の主としてか」

 

 レミリアの足が止まる。

 

 振り返った顔から、演奏中の笑みが消えた。

 

「姉として、頼む」

 

 レミリアは条件を足さず、返事を待つ。

 

「本人は、聞きたいのか」

 

「私が聞かせたいだけでは、足りないと言うのね」

 

「本人が聞く一曲だ」

 

「……そう」

 

 奥を示していた指が下がる。

 

「朝には神社へ戻る。もう一曲増やすなら、本人の返事が要る」

 

 レミリアは奥の扉を見る。

 

「来なさい」

 

「返事を聞くだけだ」

 

「ええ」

 

     ◇

 

 機材と台車は大広間へ残す。

 

 組み直すのは返事のあとだ。スティックのケースだけを持ち、俺とレミリア、その少し後ろの咲夜で地下へ降りた。

 

 狭い階段を進むたび、壁の灯りが一つずつ遠ざかる。

 

 一番下には重い扉があった。

 

 大広間の残響は届かない。三人の靴音だけが、冷たい壁へ返る。

 

 レミリアが取っ手へ手を伸ばす。

 

 触れる直前で止める。

 

 手を握り直し、扉を一度だけ叩いた。

 

 コツ。

 

 返事はない。

 

 俺は右肩の重さを確かめる。

 

 咲夜も、レミリアも動かない。

 

 二度目を急かす者はいない。

 

 数秒のあと、向こう側から小さな音が返った。

 

 コツ。

 

 大広間のどの一打より小さい。

 

 それでも三人には届いた。

 

 返った音が消えるまで、誰も取っ手へ触れない。

 

 レミリアの肩がわずかに下がる。

 

「聞きたいそうよ」

 

「一度で分かるのか」

 

「妹の返事だもの」

 

 右手を握る。

 

 通常の疲労はある。痛みはない。もう一曲は動く。

 

 朝までの時間も残っている。

 

「神社へ戻る前の一曲だ」

 

「十分よ」

 

 レミリアが取っ手へ手を掛ける。

 

 重い扉が、ゆっくり内側へ動いた。

 

 開いた隙間の奥で、小さな光が一度だけ揺れる。

 

 姿は見えない。

 

 大広間には、赤い椅子と二台のバスドラムが残っている。

 

 次の一曲のあとには、神社へ向かう予定もある。

 

 地下の冷たい空気が、細い隙間から流れてきた。

 




第六話「紅い運命を駆け上がれ――Crimson Ascension――」は、東方Project『亡き王女の為のセプテット』を原曲とするアレンジ楽曲「Crimson Ascension」と連動しています。

楽曲およびMVは、YouTube・ニコニコ動画で公開しています。

【投稿者名】
YouTube:sakusan07 @sakusan07
ニコニコ動画:さくさん ID:234862

【プレイリスト】
YouTube:ドコドコアレンジしよう!
ニコニコ動画:<幻想入りシリーズ>ツーバス抱えて幻想入り
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