Final Chorus。
戻った歌声は、最初のサビより高く広い。
玉座の前だけではない。ドラムの周りにも、紅い光の下にも、それぞれ音の立つ場所がある。
クラッシュを開く。
ジャァン。
両足を走らせる。
ドドドドン。
オーケストラが持ち上がり、クワイアが上へ重なる。
「もっと上げなさい!」
「命令か」
「感想よ!」
「なら聞く」
大きな拍は百三十六のまま動かさない。
その内側だけ、両足の粒を増やす。
ドドドドドン。
紅い光が天井へ大きな弧を描く。
「そう、それ!」
「注文が多い」
「館の主だもの」
「今は演奏者じゃないのか」
「両方よ」
レミリアは即答し、合唱の外側へ次の光を放った。
Final Chorus後半。
ツインギターが左右から重なり、Hammondが中央へ戻る。弦も金管も合唱も、速さではなく声部を増やして昇る。
俺は光を先読みしない。
実際に返った赤へ、次の一打を置く。
レミリアも肩の動きではなく、鳴った打面を見る。
別の場所から、同じ小節へ入る。
歌声が複数へ分かれ、天井へ向かう。弦が下から押し、金管が左右に柱を立てる。
紅い光も一本では足りない。
二本、三本に分かれ、ギターと合唱の間へ違う弧を置く。
俺は両足の粒を揃え、増えた声部の足元を一つにする。
ドドドド、ドドドド。
大拍を速めず、その上だけを広げる。
最後のクラッシュ。
ジャァァン――!
残響が広間を一周する。
Outro。
歌声が遠ざかり、弦と合唱が夜の奥へ薄くなる。
レミリアは踵を返した。
階段を上る。
一段ごとに、床へ残っていた紅い光が消えていく。
俺は小さな拍だけを続ける。
赤い椅子の前で、レミリアが振り返った。
「最後まで聞きなさい」
「座るなら早くしろ」
「可愛げがないわね」
「さっきも聞いた」
ライドを小さく鳴らす。
チン。
レミリアは椅子へ座った。
「私は紅魔館の主よ。同じ床へ降りたからといって、王冠まで捨てる気はないわ」
「捨てろとは言ってない」
「部屋と役目の話は取り下げる」
「助かる」
「客として来るなら拒まない」
「美鈴が通せばな」
「私が命じれば済むでしょう」
「門で見る役目を任せたのはお前だ」
レミリアは一瞬だけ目を丸くし、すぐに笑った。
「本当に面倒」
「客は選べるんだろ」
「門前ではね」
Hammondの低い尾が石床へ沈む。
最後の光が細かな粒へほどけた。
スティックを膝へ置く。
曲が終わる。
右手を開き、閉じる。
肩の重さは増えた。痛みはない。指も手首も動く。
「時刻は」
咲夜が懐中時計を開く。
「設置前の予定から大きな遅れはございません」
「神社へ出る時間は」
「片づけを予定どおり終え、朝食を簡略にすれば十分に」
「なら、そうする」
咲夜は時計を閉じる。
窓の外は、入ったときより薄い青になっていた。
スタンドを畳む。
シンバルをケースへ戻す。
軽く食べ、台車を押して門を出る。朝の神社行きは残っている。
右肩をもう一度回す。
時計塔の終演後より重くはなったが、動きは滑らかだ。ケースを持ち上げても指は抜けない。疲労と異常を混同する状態ではない。
畳んだスタンドを台車の下段へ置く。シンバルは縁がぶつからない向きに重ね、ペダルは二台のバスドラムの間へ固定する。
レミリアは玉座から、その手順を黙って見ていた。
曲が終われば出ると言った言葉が、機材の一つごとに形になっていく。
咲夜がハイハットへ手を伸ばす。
「自分でやる」
「承知しました」
ケースを一つ閉じたところで、レミリアが椅子を離れた。
「もう一つ、頼みがあるわ」
「一曲だけと言った」
「分かっている」
広間の奥へ歩く。
「妹がいるの」
「この館に?」
「ええ。あの子にも、この一曲を聞かせたい」
「館の主としてか」
レミリアの足が止まる。
振り返った顔から、演奏中の笑みが消えた。
「姉として、頼む」
レミリアは条件を足さず、返事を待つ。
「本人は、聞きたいのか」
「私が聞かせたいだけでは、足りないと言うのね」
「本人が聞く一曲だ」
「……そう」
奥を示していた指が下がる。
「朝には神社へ戻る。もう一曲増やすなら、本人の返事が要る」
レミリアは奥の扉を見る。
「来なさい」
「返事を聞くだけだ」
「ええ」
◇
機材と台車は大広間へ残す。
組み直すのは返事のあとだ。スティックのケースだけを持ち、俺とレミリア、その少し後ろの咲夜で地下へ降りた。
狭い階段を進むたび、壁の灯りが一つずつ遠ざかる。
一番下には重い扉があった。
大広間の残響は届かない。三人の靴音だけが、冷たい壁へ返る。
レミリアが取っ手へ手を伸ばす。
触れる直前で止める。
手を握り直し、扉を一度だけ叩いた。
コツ。
返事はない。
俺は右肩の重さを確かめる。
咲夜も、レミリアも動かない。
二度目を急かす者はいない。
数秒のあと、向こう側から小さな音が返った。
コツ。
大広間のどの一打より小さい。
それでも三人には届いた。
返った音が消えるまで、誰も取っ手へ触れない。
レミリアの肩がわずかに下がる。
「聞きたいそうよ」
「一度で分かるのか」
「妹の返事だもの」
右手を握る。
通常の疲労はある。痛みはない。もう一曲は動く。
朝までの時間も残っている。
「神社へ戻る前の一曲だ」
「十分よ」
レミリアが取っ手へ手を掛ける。
重い扉が、ゆっくり内側へ動いた。
開いた隙間の奥で、小さな光が一度だけ揺れる。
姿は見えない。
大広間には、赤い椅子と二台のバスドラムが残っている。
次の一曲のあとには、神社へ向かう予定もある。
地下の冷たい空気が、細い隙間から流れてきた。
第六話「紅い運命を駆け上がれ――Crimson Ascension――」は、東方Project『亡き王女の為のセプテット』を原曲とするアレンジ楽曲「Crimson Ascension」と連動しています。
楽曲およびMVは、YouTube・ニコニコ動画で公開しています。
【投稿者名】
YouTube:sakusan07 @sakusan07
ニコニコ動画:さくさん ID:234862
【プレイリスト】
YouTube:ドコドコアレンジしよう!
ニコニコ動画:<幻想入りシリーズ>ツーバス抱えて幻想入り