Verseへ入る。
速い。
けれど、最初から全部を詰める曲じゃない。
キックを置く。
少し空ける。
スネア。
ギターがその隙間を切っていく。
フランドールは最初の数小節、何もしなかった。
ただ見ている。
俺の右手。
左手。
両足。
次に、音が生まれる空間。
「そこ」
「何だ」
「今、何もなかった」
「空けた」
「どうして?」
「次が入るから」
「何を?」
「何でも」
フランドールの指先に、赤い光が一つ灯る。
レミリアの翼がわずかに動く。
俺は見ないふりをした。
次の小節。
キック。
スネア。
そして一拍だけ空ける。
パキン。
赤い光が床すれすれで弾けた。
石は割れない。
空気だけが乾いた音を返す。
俺はその次へタムを置く。
ドン。
「入った」
フランドールの目が丸くなる。
「一個だけな」
「もう一回」
「同じ場所はやめろ」
「なんで?」
「同じことを繰り返すなら、お前じゃなくてもいい」
一瞬、むっとした顔をする。
次の光は一拍早い。
今度はギターの切れ目へ入った。
パキン。
「どう?」
「さっきよりいい」
「じゃあもう一個」
「待て」
「何で?」
「まだ次が来る」
「分かるよ」
「なら聞け」
歌声が上がる。
フランドールは光を握ったまま、止まった。
半拍。
一拍。
ギターが抜ける。
その瞬間だけ、手を開く。
パキン。
俺は笑いそうになった。
「今のはいい」
「分かった」
すぐ次の光が二つ灯る。
「分かってないな」
「分かったから増やすの」
Chorusへ入る。
オーケストラが一気に広がる。
高いギター。
厚い声。
両足を走らせる。
ドドドドドド。
フランドールの翼が全部光った。
赤い光が一つ、二つ、四つ。
「それは多い」
「大きくなったから!」
「曲がな」
「私も!」
放つ。
赤い閃光が、音の隙間ではなく正面から突っ込む。
空気が破裂した。
ドンッ!
近くのシンバルが風だけで大きく揺れる。
スタンドの脚が床を滑った。
右手でシンバルを叩きながら、左足でスタンドの根元を押さえる。
「フランドール!」
レミリアの紅い光が横から走った。
赤い閃光を押し潰す。
壁まで届かなかった。
代わりに二つの光がぶつかった場所で、空気がひしゃげる。
「何で止めるの!」
「館ごと鳴らす気!?」
「曲が大きくなったから合わせただけ!」
「あなたの合わせるは壊すのと同じなのよ!」
フランドールの顔から笑いが消えた。
「またそれ」
「何が」
「危ないからやめろ。壊すからやめろ。ずっとそれ」
「今、本当に壊しかけたでしょう!」
「壊れてない!」
もう一つ光が灯る。
今度はさっきより強い。
レミリアも手を上げる。
俺はスネアを叩く。
タン。
二人ともこっちを見る。
「演奏中の機材は俺の領分だ」
「でも――」
「レミリアも」
紅い光が止まる。
「何よ」
「止めるなら、先に俺へ言え」
「館を守っているのよ」
「今は演奏中だ」
「それで壊れたら?」
「そのときは俺も止める」
フランドールを見る。
「お前も」
「私?」
「次を聞きたいなら、一拍待て」
「待つの嫌い」
「じゃあ壊して終われ」
赤い光が揺れる。
「……終わったら?」
「次はない」
「もう一回も?」
「ない」
「ずるい」
「四回目」
フランドールは光を消さない。
だが、放たない。
Chorusの最後まで、握ったまま待った。
大きな一打。
次のVerse。
音圧が下がる。
「今?」
「まだ」
「今?」
「まだ」
「今?」
「自分で聞け」
「分かんないから聞いてるの」
「なら、分かるまで待て」
頬が膨らむ。
レミリアが小さく息を吐いた。
「それができれば苦労しないのよ」
「お姉様はできるの?」
「私は――」
そこでフランドールの指先が開いた。
パキン。
歌が切れた直後だった。
きれいに入る。
俺はすぐ二連キックを返す。
ドドン。
フランドールの顔が変わる。
「今の!」
「ああ」
「分かった!」
「今度は本当らしいな」
「もう一回!」
「だから待て」
今度は笑ったまま止まる。
数小節。
何もしない。
その間に、俺がタムを回す。
ギターが上がる。
ベースが押す。
フランドールの視線が忙しく動く。
そして、空いたところへ一つ。
パキン。
すぐにレミリアの紅い光が、その外側を細く走った。
「お姉様」
「何」
「今、止めなかった」
「壊していなかったからでしょう」
「じゃあ、これならいい?」
「今のはね」
「次は?」
「次を見てから決めるわ」
フランドールの笑みが少し薄くなった。
「やっぱり、お姉様が決めるんだ」
音の温度が変わった。
レミリアも気づく。
「あなたが壊すかどうかを見ているだけよ」
「外に出るときも?」
「今その話をする必要は」
「あるよ」
赤い光がまた増える。
今度は音のためじゃない。
「上の音、ずっと聞こえてた」
レミリアの表情が固まる。
「何の話」
「扉の向こう。咲夜の足音。パチェの本。お姉様が怒ってる声」
「フランドール」
「聞こえてた。でも私に言ってるんじゃないから、聞かないふりしてた」
第二Chorusが始まる。
曲は広がる。
二人の間は狭くなる。
「あなたは――」
「何?」
「昔から、力を使うと」
「ほら」
「何が」
「また昔の話」
赤い光。
紅い光。
同時に膨らむ。
俺は叩き続ける。
今度はすぐ止めない。
三人の音が同じ小節へ入る。
だが、さっきまでの楽しさはない。
フランドールはレミリアより先に出ようとする。
レミリアは妹の前へ被せる。
俺が下から押す。
速い。
大きい。
派手だ。
なのに、聴いているやつが一人もいない。
最後の大拍。
右手を上げる。
叩く。
余韻。
その次へ、俺は入らなかった。
キックも。
スネアも。
生成されていたギターも。
ベースも。
オーケストラも。
歌声も。
全部。
消す。
地下から、音がなくなった。