静かだった。
曲の途中とは思えない。
シンバルの残響だけは、左手で縁をつかんで止めた。
金属の震えが掌の中で消える。
それきり。
何も鳴らない。
二秒。
咲夜と試したとき、確実に止められた長さを越える。
三秒。
音は勝手に戻らない。
俺が戻そうとしない限り、止まったままだ。
それを確認してから、スティックを膝へ置く。
フランドールの赤い光が、音を失ったまま手の中で揺れている。
レミリアの紅い光も同じだ。
「……止めたの?」
フランドールが聞く。
「ああ」
「全部?」
「ああ」
「どうして」
「俺が叩いても、誰も聞いてない」
それだけ言う。
フランドールはレミリアを見る。
レミリアも妹を見る。
「聞いてる」
「何を」
「曲」
「嘘」
「何ですって?」
「私を止めることしか考えてなかった」
「あなたが――」
レミリアが言いかける。
フランドールの翼が光る。
「危ないから?」
レミリアが止まる。
「壊すから?」
「……実際、壊しかけたわ」
「だから閉じる?」
「その話は今――」
「今だよ」
声は大きくない。
その方が地下ではよく響いた。
「お姉様、いつも今じゃないって言う」
「そんなことは」
「じゃあいつ?」
レミリアの口が開く。
閉じる。
俺が入る場所じゃない。
スティックを膝へ置く。
フランドールは待っている。
さっきまで一拍も待てなかったやつが。
レミリアはそれを見ている。
「……あなたを外へ出して、何が起きるか分からなかった」
「私が何するか?」
「そう」
「聞けばよかったのに」
「聞いて、あなたが出たいと言ったら?」
「出たかったかもしれない」
「だから聞けなかったのよ」
レミリアの声が初めて揺れた。
「それで、閉めた?」
「ええ」
「私が嫌って言っても?」
「……あの頃は」
「今の話してる」
「分かっているわ!」
声が跳ね返る。
フランドールの翼の結晶が一斉に鳴った。
チリ、と小さな音。
でも赤い光は出ない。
「ほら。怒る」
「怒っているわよ」
「私が言うから?」
「違う」
「じゃあ何」
「私が、言えないからよ」
レミリア自身がその言葉に止まった。
フランドールも。
俺も何も足さない。
こんなとき、スネア一発で綺麗に次へ行けたら楽だ。
でも今は、それをやったら駄目だ。
曲を止めた意味がなくなる。
フランドールの眉が寄る。
「それ、私のため?」
レミリアはすぐ答えない。
「……最初は、そうだったと思う」
「最初?」
「そのうち、私が怖くなった」
「私が?」
「あなたの答えが」
フランドールの手の光が消える。
「お姉様でも怖いんだ」
「当主は怖がってはいけないとでも?」
「いつも怖くない顔してる」
「顔くらい作るわよ」
「ずるい」
「あなたにだけは言われたくないわ」
少しだけ、空気が緩む。
だが、終わってはいない。
フランドールは翼の結晶を一つ触る。
「じゃあ、明日から外に出ていい?」
レミリアが反射的に口を開く。
「それは――」
止まる。
フランドールが目を細める。
「ほら」
「……今、決める話ではないわ」
「また」
「違う」
「何が」
「逃げない」
レミリアは一歩だけ妹へ近づく。
「でも、今ここで『いいわ』と言うのも、あなたの答えを聞くのと同じくらい雑よ」
「じゃあ何を決めるの?」
「今のことだけ」
「今?」
「ええ」
レミリアの手が上がる。
妹を押さえない。
腕をつかまない。
途中で止める。
「……今は、どうしたい?」
フランドールはすぐには答えなかった。
その手を見る。
俺を見る。
空のドラムを見る。
さっきまでなら、待たされる前に自分で次を作っていた。
光を投げるか、壊すか、先へ出るか。
今は違う。
答えを急がせる音もない。
姉の命令もない。
フランドールは自分の口から出す言葉を、自分で待っている。
その時間を、レミリアも取らない。
「曲の最後まで聞きたい」
「私がここにいても?」
「止めないなら」
レミリアの指が少し曲がる。
「怖くても、先にあなたへ聞く」
「約束?」
「今夜の残りについては」
「明日は?」
「明日、また聞く」
「忘れたら?」
「あなたが言いなさい」
「怒ったら?」
「内容によるわ」
「そこは変わらないんだ」
「全部変わったら、私ではないでしょう」
フランドールが笑う。
ほんの少し。
手を伸ばす。
レミリアの手を握らない。
小指だけを引っかける。
「これなら、すぐ離せる」
「子供みたい」
「嫌なら離す」
「離せとは言っていないわ」
それ以上は近づかない。
抱き合いもしない。
過去が消えたわけでもない。
ただ、同じ場所に立つ。
そのとき。
キィ――。
細い音がした。
金属でもない。
弦でもない。
地下のどこかで、針の先ほどの白い光が走った気がした。
視線を向ける。
何もない。
「何?」
フランドールがこっちを見る。
「いや」
言わない。
曲は止まったままだ。
さっきまでの続きを待っている。
俺はスティックを持ち直す。
「いつ戻すの?」
フランドールが聞く。
「お前が決めろ」
「私?」
「最後まで聞くんだろ」
フランドールは目を閉じた。
今までより長く待つ。
一拍。
まだ。
もう一拍。
レミリアは急かさない。
俺も。
フランドールが目を開く。
「……今」
止めた位置から。
ずらさない。
右足。
ドン。
同時にギターが戻る。
ベース。
オーケストラ。
歌声。
全部が、途切れた次の瞬間から再び立ち上がった。
フランドールの翼が大きく開く。
レミリアの紅い光がその横へ並ぶ。
俺は両足を踏み込む。
ドドドドドン。
Final Chorusが始まった。