ツーバス抱えて幻想入り   作:sakusan07

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音が消えた場所

 静かだった。

 

 曲の途中とは思えない。

 

 シンバルの残響だけは、左手で縁をつかんで止めた。

 

 金属の震えが掌の中で消える。

 

 それきり。

 

 何も鳴らない。

 

 二秒。

 

 咲夜と試したとき、確実に止められた長さを越える。

 

 三秒。

 

 音は勝手に戻らない。

 

 俺が戻そうとしない限り、止まったままだ。

 

 それを確認してから、スティックを膝へ置く。

 

 フランドールの赤い光が、音を失ったまま手の中で揺れている。

 

 レミリアの紅い光も同じだ。

 

「……止めたの?」

 

 フランドールが聞く。

 

「ああ」

 

「全部?」

 

「ああ」

 

「どうして」

 

「俺が叩いても、誰も聞いてない」

 

 それだけ言う。

 

 フランドールはレミリアを見る。

 

 レミリアも妹を見る。

 

「聞いてる」

 

「何を」

 

「曲」

 

「嘘」

 

「何ですって?」

 

「私を止めることしか考えてなかった」

 

「あなたが――」

 

 レミリアが言いかける。

 

 フランドールの翼が光る。

 

「危ないから?」

 

 レミリアが止まる。

 

「壊すから?」

 

「……実際、壊しかけたわ」

 

「だから閉じる?」

 

「その話は今――」

 

「今だよ」

 

 声は大きくない。

 

 その方が地下ではよく響いた。

 

「お姉様、いつも今じゃないって言う」

 

「そんなことは」

 

「じゃあいつ?」

 

 レミリアの口が開く。

 

 閉じる。

 

 俺が入る場所じゃない。

 

 スティックを膝へ置く。

 

 フランドールは待っている。

 

 さっきまで一拍も待てなかったやつが。

 

 レミリアはそれを見ている。

 

「……あなたを外へ出して、何が起きるか分からなかった」

 

「私が何するか?」

 

「そう」

 

「聞けばよかったのに」

 

「聞いて、あなたが出たいと言ったら?」

 

「出たかったかもしれない」

 

「だから聞けなかったのよ」

 

 レミリアの声が初めて揺れた。

 

「それで、閉めた?」

 

「ええ」

 

「私が嫌って言っても?」

 

「……あの頃は」

 

「今の話してる」

 

「分かっているわ!」

 

 声が跳ね返る。

 

 フランドールの翼の結晶が一斉に鳴った。

 

 チリ、と小さな音。

 

 でも赤い光は出ない。

 

「ほら。怒る」

 

「怒っているわよ」

 

「私が言うから?」

 

「違う」

 

「じゃあ何」

 

「私が、言えないからよ」

 

 レミリア自身がその言葉に止まった。

 

 フランドールも。

 

 俺も何も足さない。

 

 こんなとき、スネア一発で綺麗に次へ行けたら楽だ。

 

 でも今は、それをやったら駄目だ。

 

 曲を止めた意味がなくなる。

 

 フランドールの眉が寄る。

 

「それ、私のため?」

 

 レミリアはすぐ答えない。

 

「……最初は、そうだったと思う」

 

「最初?」

 

「そのうち、私が怖くなった」

 

「私が?」

 

「あなたの答えが」

 

 フランドールの手の光が消える。

 

「お姉様でも怖いんだ」

 

「当主は怖がってはいけないとでも?」

 

「いつも怖くない顔してる」

 

「顔くらい作るわよ」

 

「ずるい」

 

「あなたにだけは言われたくないわ」

 

 少しだけ、空気が緩む。

 

 だが、終わってはいない。

 

 フランドールは翼の結晶を一つ触る。

 

「じゃあ、明日から外に出ていい?」

 

 レミリアが反射的に口を開く。

 

「それは――」

 

 止まる。

 

 フランドールが目を細める。

 

「ほら」

 

「……今、決める話ではないわ」

 

「また」

 

「違う」

 

「何が」

 

「逃げない」

 

 レミリアは一歩だけ妹へ近づく。

 

「でも、今ここで『いいわ』と言うのも、あなたの答えを聞くのと同じくらい雑よ」

 

「じゃあ何を決めるの?」

 

「今のことだけ」

 

「今?」

 

「ええ」

 

 レミリアの手が上がる。

 

 妹を押さえない。

 

 腕をつかまない。

 

 途中で止める。

 

「……今は、どうしたい?」

 

 フランドールはすぐには答えなかった。

 

 その手を見る。

 

 俺を見る。

 

 空のドラムを見る。

 

 さっきまでなら、待たされる前に自分で次を作っていた。

 光を投げるか、壊すか、先へ出るか。

 

 今は違う。

 

 答えを急がせる音もない。

 姉の命令もない。

 

 フランドールは自分の口から出す言葉を、自分で待っている。

 

 その時間を、レミリアも取らない。

 

「曲の最後まで聞きたい」

 

「私がここにいても?」

 

「止めないなら」

 

 レミリアの指が少し曲がる。

 

「怖くても、先にあなたへ聞く」

 

「約束?」

 

「今夜の残りについては」

 

「明日は?」

 

「明日、また聞く」

 

「忘れたら?」

 

「あなたが言いなさい」

 

「怒ったら?」

 

「内容によるわ」

 

「そこは変わらないんだ」

 

「全部変わったら、私ではないでしょう」

 

 フランドールが笑う。

 

 ほんの少し。

 

 手を伸ばす。

 

 レミリアの手を握らない。

 

 小指だけを引っかける。

 

「これなら、すぐ離せる」

 

「子供みたい」

 

「嫌なら離す」

 

「離せとは言っていないわ」

 

 それ以上は近づかない。

 

 抱き合いもしない。

 

 過去が消えたわけでもない。

 

 ただ、同じ場所に立つ。

 

 そのとき。

 

 キィ――。

 

 細い音がした。

 

 金属でもない。

 

 弦でもない。

 

 地下のどこかで、針の先ほどの白い光が走った気がした。

 

 視線を向ける。

 

 何もない。

 

「何?」

 

 フランドールがこっちを見る。

 

「いや」

 

 言わない。

 

 曲は止まったままだ。

 

 さっきまでの続きを待っている。

 

 俺はスティックを持ち直す。

 

「いつ戻すの?」

 

 フランドールが聞く。

 

「お前が決めろ」

 

「私?」

 

「最後まで聞くんだろ」

 

 フランドールは目を閉じた。

 

 今までより長く待つ。

 

 一拍。

 

 まだ。

 

 もう一拍。

 

 レミリアは急かさない。

 

 俺も。

 

 フランドールが目を開く。

 

「……今」

 

 止めた位置から。

 

 ずらさない。

 

 右足。

 

 ドン。

 

 同時にギターが戻る。

 

 ベース。

 

 オーケストラ。

 

 歌声。

 

 全部が、途切れた次の瞬間から再び立ち上がった。

 

 フランドールの翼が大きく開く。

 

 レミリアの紅い光がその横へ並ぶ。

 

 俺は両足を踏み込む。

 

 ドドドドドン。

 

 Final Chorusが始まった。

 

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