最初の数小節で分かった。
もう、俺が二人の間を作る必要はない。
フランドールが先に出る。
レミリアは潰さない。
半拍待って、その外側へ紅い光を置く。
俺が下からツーバスを通す。
ドドドドドド。
次はレミリア。
紅い線が高く走る。
フランドールは競わない。
空いたところへ結晶の色を一つだけ弾く。
パキン。
俺はスネア。
タン。
ギターが二人の間を抜ける。
オーケストラが持ち上げる。
声が重なる。
誰も誰かを止めない。
誰も誰かを待たせない。
それでも、全員が勝手に一拍ずつ待っている。
「今の、私が先!」
「ええ。だから次は私」
「競争?」
「違うわ。順番よ」
「同じじゃない?」
「全然違う」
「何が?」
「次を聞けば分かる」
レミリアが言った。
フランドールが一瞬きょとんとする。
俺は笑った。
「お姉様、今この人みたい」
「心外ね」
「俺もだ」
「二人ともひどい」
音がさらに上がる。
速いのに、急いでいない。
誰も先に答えを取りに行かない。
フランドールの赤い光がギターの高音へ跳ねる。
レミリアの紅がその下を走る。
俺の両足が床を押す。
ドドドドドドドド。
この夜で初めて。
いや。
幻想郷へ来てから初めてかもしれない。
俺は、誰かを試していない。
誰かの安全を確かめてもいない。
能力の条件を測ってもいない。
帰る方法も考えていない。
ただ叩いている。
フランドールが笑う。
レミリアも笑っている。
さっきまで止めるために使っていた力が、今は全部、曲を前へ押している。
高いギターが二本に分かれる。
左右から駆け上がる。
その間へオーケストラ。
奥でHammondが太く鳴る。
声が重なる。
俺はクラッシュを開き、すぐツーバスへ戻る。
ドドドドドド。
「もっと!」
フランドールが叫ぶ。
「壊すなよ!」
「分かってる!」
「本当に?」
「今は!」
「最後まで付けろ!」
笑い声が曲へ混じる。
レミリアの紅い光が天井近くまで上がる。
「なら、置いていかれないようにしなさい!」
「お姉様がね!」
三人分の音が、一気に広がった。
これだ。
誰が正しいかを決めなくても、三人で一曲を前へ進められる。
俺が間を作らなくても。
レミリアが順番を決めなくても。
フランドールが先に壊さなくても。
それぞれが次を聞いて、次を返す。
歌声が次の節へ入る。
まだ長い。
まだ行ける。
右手は動く。
指先にスティックのざらつき。
肩に疲労。
いつもの、演奏中の身体だ。
そのとき。
キィ――。
さっきの細い音が、今度ははっきり聞こえた。
足元を見る。
白い線が一本。
スローンの脚の外側を、円を描くように走っている。
「何、それ」
フランドールの笑いが止まる。
「知らない」
叩きながら答える。
「あなたの能力?」
レミリア。
「違う」
白い線が閉じる。
輪になる。
床の上に浮いている。
右足を踏む。
普通に動く。
左足も。
右手。
左手。
全部ある。
輪の外へ右腕を出す。
何も起きない。
戻す。
感覚も変わらない。
「止まりなさい」
レミリアが白い輪へ言う。
何も起きない。
今度は手を向ける。
紅い光が輪へ触れた。
すり抜けた。
輪だけが残る。
「……反応がない」
声が硬い。
命令が届かないことより、正体が分からないことを警戒している声だった。
「壊す」
フランドールが一歩出る。
「待て」
「でも」
「何か分からないものを壊すな」
「私なら壊せるかもしれない」
「俺ごとだったらどうする」
フランドールの足が止まった。
白い輪が少しだけ上がる。
足首。
脛。
光は身体を透かさない。
熱もない。
痛みもない。
ただ、そこにある。
霊夢。
頭に浮かぶ。
神社へ行くつもりだった。
調査結果を持っていくつもりだった。
帰る方法を、もう一度相談するつもりだった。
何も決めていない。
「霊夢とは、まだ何も決めてない」
「帰る話?」
レミリアが聞く。
「ああ」
「なら、これは帰還ではないの?」
「知らない」
「でも外へ――」
「知らない!」
自分の声が曲へぶつかった。
フランドールが目を見開く。
レミリアも黙る。
白い輪が膝を越える。
帰りたかった。
それは本当だ。
でも。
機材はここだ。
咲夜には朝食を頼んだ。
霊夢には何も話していない。
レミリアにも。
フランドールにも。
まだ、この曲すら終わっていない。
「……勝手に終わらせるな」
誰に言ったのか分からない。
輪は止まらない。
歌も止まらない。
俺なら、演奏だけは止められる。
咲夜と試して、確認した。
止めるか。
続けるか。
そこだけは、まだ俺の側に残っている。
「止める?」
フランドールが聞く。
「止められる」
「じゃあ――」
「でも止めない」
「何で!」
「最後まで聞くって言っただろ」
「そういう意味じゃない!」
「俺はそういう意味だ」
レミリアが歯を食いしばる。
「……止めないのね」
「ああ」
「そう」
それ以上、何も言わない。
フランドールも黙る。
代わりに、翼を開く。
白い輪へではなく。
曲へ。
赤い光を一つ置く。
さっき覚えた通り。
次を待って。
パキン。
レミリアの紅い光が返る。
俺はスネア。
タン。
もう一度。
キック。
光。
紅。
ギター。
オーケストラ。
三人の演奏が戻る。
白い輪だけが、その外側で上がっていく。
胸。
肩。
視界の端が白い。
右腕はまだある。
指も動く。
握力も落ちない。
打面から返る振動も同じだ。
曲がOutroへ向かう。
声の数が減る。
音が少しずつ広くなる。
フランドールが俺を見る。
「まだ次、ある?」
「ある」
「どれくらい?」
「もう少し」
「そのあとも?」
答えられない。
白が視界を削る。
「最後まで聞け」
フランドールの口が動く。
何か言った。
聞こえない。
でも、頷いたのは見えた。
レミリアが妹の肩へ手を置く。
今度は止めるためじゃない。
二人とも、そこにいる。
俺も、まだここにいる。
右足。
左足。
最後の連打。
ドドドドドドドド。
左手。
タン。
残る一打。
右手を上げる。
スティックは重い。
掌に木の感触がある。
手首。
前腕。
肘。
肩。
全部、自分の腕だ。
振り下ろす。
最後の一打。
打面から硬い反動が返る。
親指。
人差し指。
掌。
手首。
肘。
肩。
最後まで、感じた。
次の瞬間。
白が消えた。
地下も消えた。
俺の身体も。
右腕も。
音の向こうへ切り落とされた。
右手から離れたスティックだけが、地下へ残る。
回る。
落ちる。
フランドールが両手を伸ばした。