ツーバス抱えて幻想入り   作:sakusan07

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One Last Beat

 最初の数小節で分かった。

 

 もう、俺が二人の間を作る必要はない。

 

 フランドールが先に出る。

 

 レミリアは潰さない。

 

 半拍待って、その外側へ紅い光を置く。

 

 俺が下からツーバスを通す。

 

 ドドドドドド。

 

 次はレミリア。

 

 紅い線が高く走る。

 

 フランドールは競わない。

 

 空いたところへ結晶の色を一つだけ弾く。

 

 パキン。

 

 俺はスネア。

 

 タン。

 

 ギターが二人の間を抜ける。

 

 オーケストラが持ち上げる。

 

 声が重なる。

 

 誰も誰かを止めない。

 

 誰も誰かを待たせない。

 

 それでも、全員が勝手に一拍ずつ待っている。

 

「今の、私が先!」

 

「ええ。だから次は私」

 

「競争?」

 

「違うわ。順番よ」

 

「同じじゃない?」

 

「全然違う」

 

「何が?」

 

「次を聞けば分かる」

 

 レミリアが言った。

 

 フランドールが一瞬きょとんとする。

 

 俺は笑った。

 

「お姉様、今この人みたい」

 

「心外ね」

 

「俺もだ」

 

「二人ともひどい」

 

 音がさらに上がる。

 

 速いのに、急いでいない。

 

 誰も先に答えを取りに行かない。

 

 フランドールの赤い光がギターの高音へ跳ねる。

 

 レミリアの紅がその下を走る。

 

 俺の両足が床を押す。

 

 ドドドドドドドド。

 

 この夜で初めて。

 

 いや。

 

 幻想郷へ来てから初めてかもしれない。

 

 俺は、誰かを試していない。

 

 誰かの安全を確かめてもいない。

 

 能力の条件を測ってもいない。

 

 帰る方法も考えていない。

 

 ただ叩いている。

 

 フランドールが笑う。

 

 レミリアも笑っている。

 

 さっきまで止めるために使っていた力が、今は全部、曲を前へ押している。

 

 高いギターが二本に分かれる。

 

 左右から駆け上がる。

 

 その間へオーケストラ。

 

 奥でHammondが太く鳴る。

 

 声が重なる。

 

 俺はクラッシュを開き、すぐツーバスへ戻る。

 

 ドドドドドド。

 

「もっと!」

 

 フランドールが叫ぶ。

 

「壊すなよ!」

 

「分かってる!」

 

「本当に?」

 

「今は!」

 

「最後まで付けろ!」

 

 笑い声が曲へ混じる。

 

 レミリアの紅い光が天井近くまで上がる。

 

「なら、置いていかれないようにしなさい!」

 

「お姉様がね!」

 

 三人分の音が、一気に広がった。

 

 これだ。

 

 誰が正しいかを決めなくても、三人で一曲を前へ進められる。

 

 俺が間を作らなくても。

 レミリアが順番を決めなくても。

 フランドールが先に壊さなくても。

 

 それぞれが次を聞いて、次を返す。

 

 歌声が次の節へ入る。

 

 まだ長い。

 

 まだ行ける。

 

 右手は動く。

 

 指先にスティックのざらつき。

 

 肩に疲労。

 

 いつもの、演奏中の身体だ。

 

 そのとき。

 

 キィ――。

 

 さっきの細い音が、今度ははっきり聞こえた。

 

 足元を見る。

 

 白い線が一本。

 

 スローンの脚の外側を、円を描くように走っている。

 

「何、それ」

 

 フランドールの笑いが止まる。

 

「知らない」

 

 叩きながら答える。

 

「あなたの能力?」

 

 レミリア。

 

「違う」

 

 白い線が閉じる。

 

 輪になる。

 

 床の上に浮いている。

 

 右足を踏む。

 

 普通に動く。

 

 左足も。

 

 右手。

 

 左手。

 

 全部ある。

 

 輪の外へ右腕を出す。

 

 何も起きない。

 

 戻す。

 

 感覚も変わらない。

 

「止まりなさい」

 

 レミリアが白い輪へ言う。

 

 何も起きない。

 

 今度は手を向ける。

 

 紅い光が輪へ触れた。

 

 すり抜けた。

 

 輪だけが残る。

 

「……反応がない」

 

 声が硬い。

 

 命令が届かないことより、正体が分からないことを警戒している声だった。

 

「壊す」

 

 フランドールが一歩出る。

 

「待て」

 

「でも」

 

「何か分からないものを壊すな」

 

「私なら壊せるかもしれない」

 

「俺ごとだったらどうする」

 

 フランドールの足が止まった。

 

 白い輪が少しだけ上がる。

 

 足首。

 

 脛。

 

 光は身体を透かさない。

 

 熱もない。

 

 痛みもない。

 

 ただ、そこにある。

 

 霊夢。

 

 頭に浮かぶ。

 

 神社へ行くつもりだった。

 

 調査結果を持っていくつもりだった。

 

 帰る方法を、もう一度相談するつもりだった。

 

 何も決めていない。

 

「霊夢とは、まだ何も決めてない」

 

「帰る話?」

 

 レミリアが聞く。

 

「ああ」

 

「なら、これは帰還ではないの?」

 

「知らない」

 

「でも外へ――」

 

「知らない!」

 

 自分の声が曲へぶつかった。

 

 フランドールが目を見開く。

 

 レミリアも黙る。

 

 白い輪が膝を越える。

 

 帰りたかった。

 

 それは本当だ。

 

 でも。

 

 機材はここだ。

 

 咲夜には朝食を頼んだ。

 

 霊夢には何も話していない。

 

 レミリアにも。

 

 フランドールにも。

 

 まだ、この曲すら終わっていない。

 

「……勝手に終わらせるな」

 

 誰に言ったのか分からない。

 

 輪は止まらない。

 

 歌も止まらない。

 

 俺なら、演奏だけは止められる。

 

 咲夜と試して、確認した。

 

 止めるか。

 

 続けるか。

 

 そこだけは、まだ俺の側に残っている。

 

「止める?」

 

 フランドールが聞く。

 

「止められる」

 

「じゃあ――」

 

「でも止めない」

 

「何で!」

 

「最後まで聞くって言っただろ」

 

「そういう意味じゃない!」

 

「俺はそういう意味だ」

 

 レミリアが歯を食いしばる。

 

「……止めないのね」

 

「ああ」

 

「そう」

 

 それ以上、何も言わない。

 

 フランドールも黙る。

 

 代わりに、翼を開く。

 

 白い輪へではなく。

 

 曲へ。

 

 赤い光を一つ置く。

 

 さっき覚えた通り。

 

 次を待って。

 

 パキン。

 

 レミリアの紅い光が返る。

 

 俺はスネア。

 

 タン。

 

 もう一度。

 

 キック。

 

 光。

 

 紅。

 

 ギター。

 

 オーケストラ。

 

 三人の演奏が戻る。

 

 白い輪だけが、その外側で上がっていく。

 

 胸。

 

 肩。

 

 視界の端が白い。

 

 右腕はまだある。

 

 指も動く。

 

 握力も落ちない。

 

 打面から返る振動も同じだ。

 

 曲がOutroへ向かう。

 

 声の数が減る。

 

 音が少しずつ広くなる。

 

 フランドールが俺を見る。

 

「まだ次、ある?」

 

「ある」

 

「どれくらい?」

 

「もう少し」

 

「そのあとも?」

 

 答えられない。

 

 白が視界を削る。

 

「最後まで聞け」

 

 フランドールの口が動く。

 

 何か言った。

 

 聞こえない。

 

 でも、頷いたのは見えた。

 

 レミリアが妹の肩へ手を置く。

 

 今度は止めるためじゃない。

 

 二人とも、そこにいる。

 

 俺も、まだここにいる。

 

 右足。

 

 左足。

 

 最後の連打。

 

 ドドドドドドドド。

 

 左手。

 

 タン。

 

 残る一打。

 

 右手を上げる。

 

 スティックは重い。

 

 掌に木の感触がある。

 

 手首。

 

 前腕。

 

 肘。

 

 肩。

 

 全部、自分の腕だ。

 

 振り下ろす。

 

 最後の一打。

 

 打面から硬い反動が返る。

 

 親指。

 

 人差し指。

 

 掌。

 

 手首。

 

 肘。

 

 肩。

 

 最後まで、感じた。

 

 次の瞬間。

 

 白が消えた。

 

 地下も消えた。

 

 俺の身体も。

 

 右腕も。

 

 音の向こうへ切り落とされた。

 

 右手から離れたスティックだけが、地下へ残る。

 

 回る。

 

 落ちる。

 

 フランドールが両手を伸ばした。

 

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