ツーバス抱えて幻想入り   作:sakusan07

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待った一拍、次の小節

 ぱし。

 

 乾いた音がした。

 

 フランドールの両手の中に、一本のスティックが収まった。

 

 折れていない。

 

 赤い光も出ない。

 

 ただ、握っている。

 

 もう一本はスネアの上へ落ちた。

 

 カン。

 

 それきりだった。

 

 ギターも。

 

 ベースも。

 

 オーケストラも。

 

 声も。

 

 全部消えている。

 

 能力の演奏が終わったのか。

 

 彼と一緒に消えたのか。

 

 誰にも分からない。

 

 空のスローンだけが残っている。

 

「……次は?」

 

 フランドールが聞く。

 

 返事はない。

 

「ねえ」

 

 スティックを胸の前へ持つ。

 

「一拍待ったら、次が来る?」

 

 レミリアは答えない。

 

 答えられない。

 

 フランドールは空のドラムを見る。

 

 一拍。

 

 待つ。

 

 何も鳴らない。

 

 もう一拍。

 

 まだ。

 

「……待ったよ」

 

 小さい声だった。

 

 地下には、よく響いた。

 

 レミリアが空のスローンへ歩く。

 

 座面に手を置く。

 

 まだ温度が残っているか確かめるように。

 

「戻りなさい」

 

 当主の声だった。

 

 命令。

 

 この館で何度も使ってきた声。

 

 何も起きない。

 

 レミリアの口がもう一度開く。

 

 声は出なかった。

 

 閉じる。

 

 フランドールが姉を見る。

 

 しばらく、その横顔を見ていた。

 

「お姉様」

 

「……何」

 

 フランドールは少し迷った。

 

 それから、自分がさっき問われた言葉を返す。

 

「今、どうしたい?」

 

 レミリアの目が動いた。

 

 空のスローンから、妹へ。

 

 答えはすぐに出ない。

 

 フランドールは急かさない。

 

 一拍。

 

 今度は、待つために待つ。

 

「……少し、ここにいるわ」

 

「私も」

 

 それだけだった。

 

 帰ってくるとは言わない。

 

 どこへ消えたのかも分からない。

 

 姉妹の間にあったものが全部なくなったわけでもない。

 

 それでも、レミリアは妹に命じなかった。

 

 フランドールも、答えを壊して先へ進まなかった。

 

 二人とも、自分でそこに残ると決めた。

 

 フランドールが手の中のスティックを見る。

 

「これ、取っておいていい?」

 

 レミリアは一度だけ空のスローンを見る。

 

「あなたが持っていなさい」

 

「いいの?」

 

「壊さないと言ったのでしょう」

 

「うん」

 

 スネアの上に落ちたもう一本へ手を伸ばす。

 

 指先が触れる直前で止まった。

 

「こっちも?」

 

「……ええ」

 

 拾う。

 

 二本。

 

 両手に一本ずつ。

 

 叩かない。

 

 振らない。

 

 壊さない。

 

 ただ持つ。

 

 丸窓の紅い月は、壁の縁へ沈みかけている。

 

 夜明け前の藍が、少しずつ白くなる。

 

 館の上では、もう次の時間が始まりかけている。

 

 フランドールがスティックを膝へ置く。

 

「お姉様」

 

「今度は何?」

 

「さっきの続き、また聞いて」

 

 レミリアは妹を見る。

 

「今すぐ?」

 

「今じゃなくてもいい」

 

 その答えに、レミリアの眉がほんの少し上がった。

 

「あなたがそれを言うのね」

 

「待てるから」

 

「一拍だけでしょう」

 

「二拍待った」

 

「そうだったわね」

 

 声はまだ重い。

 

 それでも、二人の間から言葉は消えていない。

 

 次の一打は来ない。

 

     ◇

 

 頬に硬いものが当たっていた。

 

 机だ。

 

 目を開ける。

 

 暗い部屋。

 

 ディスプレイの待機灯。

 

 スピーカー。

 

 MIDIキーボード。

 

 見慣れた、自分の部屋。

 

 身体を起こす。

 

 右側へ手をつこうとして、何も出ない。

 

 肩だけが動く。

 

 左手で机の縁をつかむ。

 

 椅子が鳴る。

 

 右肩を見る。

 

 袖の先には何もない。

 

 十年間見てきた形だった。

 

「……」

 

 頭では知っている。

 

 身体だけが、一瞬遅れた。

 

 もう一度右手で机を押そうとして、肩が動く。

 

 そこで終わる。

 

 幻想郷へ行った直後は、二本目の腕の重さに身体がついてこなかった。

 

 今は逆だ。

 

 二本あることを覚えた身体が、なくなった一本を探している。

 

 左手で机を押す。

 

 重心が戻る。

 

 十年使ってきた身体へ。

 

 時計を見る。

 

 秒針が進んでいる。

 

 チッ。

 

 もう一つ。

 

 チッ。

 

 神社へ行くはずだった。

 

 霊夢へ話すはずだった。

 

 咲夜が朝食を用意しているはずだった。

 

 大広間には台車。

 

 地下には二台のバスドラム。

 

 スネア。

 

 シンバル。

 

 そして、スティック。

 

 左手を見る。

 

 何も握っていない。

 

 最後の一打の感触だけがある。

 

 打面から返った硬さ。

 

 掌。

 

 手首。

 

 肘。

 

 肩。

 

 消える直前まであった。

 

 それだけは夢じゃない。

 

「……ふざけんなよ」

 

 誰も答えない。

 

 さっき地下で吐いた言葉が、今さら自分の部屋へ戻ってくる。

 

 勝手に終わらせるな。

 

 でも、あの一曲は終わった。

 

 最後の一打まで叩いた。

 

 それだけは、奪われなかった。

 

 言っていないことは山ほどある。

 

 神社へ持っていくはずだった話。

 

 朝食を頼んだままの館。

 

 地下に残した機材。

 

 最後まで聞けとしか言えなかった相手。

 

 白に飲まれる直前、フランドールの口が動いた。

 

 何を言ったのか聞こえなかった。

 

 聞き返すこともできなかった。

 

 腹が立つ。

 

 悔しい。

 

 それでも。

 

 あの地下で、何も残せなかったわけじゃない。

 

 最後まで一曲は鳴った。

 

 俺が消える直前まで、三人の音は同じ場所にあった。

 

 そこだけは、誰にも取り消せない。

 

 椅子へ深く座る。

 

 しばらく何もしない。

 

 時計だけが鳴る。

 

 チッ。

 

 チッ。

 

 チッ。

 

 片腕でドラムを叩く方法なら知っている。

 

 十年やった。

 

 でも、今スローンへ戻る気はなかった。

 

 両腕で叩けた時間を再現したいわけでもない。

 

 右腕を取り戻す方法を音に探したいわけでもない。

 

 机を見る。

 

 いつものPC。

 

 いつものDAW。

 

 幻想郷へ行く前から使っていた場所。

 

 左手をマウスへ置く。

 

 起動する。

 

 新しいプロジェクト。

 

 空の一小節。

 

 最初の位置へカーソルを置く。

 

 キックを一つ。

 

 その次は、空ける。

 

 一拍ぶん。

 

 少し後ろへ、スネア。

 

 その先へ二つ。

 

 キック。

 

 キック。

 

 それだけ。

 

 ギターもない。

 

 ベースもない。

 

 歌もない。

 

 完成した曲ですらない。

 

 でも、空だった一小節には、もう音がある。

 

 再生する。

 

 ドン。

 

 間。

 

 タン。

 

 ドドン。

 

 一小節が終わる。

 

 再生位置が、そのまま次へ進む。

 

 止めない。

 

 左手を、もう一度動かした。

 




最終話「One Last Beat」は、東方Project『U.N.オーエンは彼女なのか?』を原曲とするアレンジ楽曲「One Last Beat」と連動しています。

――そして。

謎のドラマー「……ここで終われねえよな。」

紅魔郷編は、ここで一区切り。
でも――『ツーバス抱えて幻想入り』の物語は、まだ終わりません。
9月23日 19:00、第二部予告PVを公開します。

YouTube / ニコニコ動画でも『ツーバス抱えて幻想入り』を展開しています。
外部URLを直接掲載できないため、よろしければ各サイトで作品名を検索してみてください。

この先の物語も、引き続き見届けていただければ嬉しいです。

【投稿者名】
YouTube:sakusan07 @sakusan07
ニコニコ動画:さくさん ID:234862

【プレイリスト】
YouTube:ドコドコアレンジしよう!
ニコニコ動画:<幻想入りシリーズ>ツーバス抱えて幻想入り
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