ぱし。
乾いた音がした。
フランドールの両手の中に、一本のスティックが収まった。
折れていない。
赤い光も出ない。
ただ、握っている。
もう一本はスネアの上へ落ちた。
カン。
それきりだった。
ギターも。
ベースも。
オーケストラも。
声も。
全部消えている。
能力の演奏が終わったのか。
彼と一緒に消えたのか。
誰にも分からない。
空のスローンだけが残っている。
「……次は?」
フランドールが聞く。
返事はない。
「ねえ」
スティックを胸の前へ持つ。
「一拍待ったら、次が来る?」
レミリアは答えない。
答えられない。
フランドールは空のドラムを見る。
一拍。
待つ。
何も鳴らない。
もう一拍。
まだ。
「……待ったよ」
小さい声だった。
地下には、よく響いた。
レミリアが空のスローンへ歩く。
座面に手を置く。
まだ温度が残っているか確かめるように。
「戻りなさい」
当主の声だった。
命令。
この館で何度も使ってきた声。
何も起きない。
レミリアの口がもう一度開く。
声は出なかった。
閉じる。
フランドールが姉を見る。
しばらく、その横顔を見ていた。
「お姉様」
「……何」
フランドールは少し迷った。
それから、自分がさっき問われた言葉を返す。
「今、どうしたい?」
レミリアの目が動いた。
空のスローンから、妹へ。
答えはすぐに出ない。
フランドールは急かさない。
一拍。
今度は、待つために待つ。
「……少し、ここにいるわ」
「私も」
それだけだった。
帰ってくるとは言わない。
どこへ消えたのかも分からない。
姉妹の間にあったものが全部なくなったわけでもない。
それでも、レミリアは妹に命じなかった。
フランドールも、答えを壊して先へ進まなかった。
二人とも、自分でそこに残ると決めた。
フランドールが手の中のスティックを見る。
「これ、取っておいていい?」
レミリアは一度だけ空のスローンを見る。
「あなたが持っていなさい」
「いいの?」
「壊さないと言ったのでしょう」
「うん」
スネアの上に落ちたもう一本へ手を伸ばす。
指先が触れる直前で止まった。
「こっちも?」
「……ええ」
拾う。
二本。
両手に一本ずつ。
叩かない。
振らない。
壊さない。
ただ持つ。
丸窓の紅い月は、壁の縁へ沈みかけている。
夜明け前の藍が、少しずつ白くなる。
館の上では、もう次の時間が始まりかけている。
フランドールがスティックを膝へ置く。
「お姉様」
「今度は何?」
「さっきの続き、また聞いて」
レミリアは妹を見る。
「今すぐ?」
「今じゃなくてもいい」
その答えに、レミリアの眉がほんの少し上がった。
「あなたがそれを言うのね」
「待てるから」
「一拍だけでしょう」
「二拍待った」
「そうだったわね」
声はまだ重い。
それでも、二人の間から言葉は消えていない。
次の一打は来ない。
◇
頬に硬いものが当たっていた。
机だ。
目を開ける。
暗い部屋。
ディスプレイの待機灯。
スピーカー。
MIDIキーボード。
見慣れた、自分の部屋。
身体を起こす。
右側へ手をつこうとして、何も出ない。
肩だけが動く。
左手で机の縁をつかむ。
椅子が鳴る。
右肩を見る。
袖の先には何もない。
十年間見てきた形だった。
「……」
頭では知っている。
身体だけが、一瞬遅れた。
もう一度右手で机を押そうとして、肩が動く。
そこで終わる。
幻想郷へ行った直後は、二本目の腕の重さに身体がついてこなかった。
今は逆だ。
二本あることを覚えた身体が、なくなった一本を探している。
左手で机を押す。
重心が戻る。
十年使ってきた身体へ。
時計を見る。
秒針が進んでいる。
チッ。
もう一つ。
チッ。
神社へ行くはずだった。
霊夢へ話すはずだった。
咲夜が朝食を用意しているはずだった。
大広間には台車。
地下には二台のバスドラム。
スネア。
シンバル。
そして、スティック。
左手を見る。
何も握っていない。
最後の一打の感触だけがある。
打面から返った硬さ。
掌。
手首。
肘。
肩。
消える直前まであった。
それだけは夢じゃない。
「……ふざけんなよ」
誰も答えない。
さっき地下で吐いた言葉が、今さら自分の部屋へ戻ってくる。
勝手に終わらせるな。
でも、あの一曲は終わった。
最後の一打まで叩いた。
それだけは、奪われなかった。
言っていないことは山ほどある。
神社へ持っていくはずだった話。
朝食を頼んだままの館。
地下に残した機材。
最後まで聞けとしか言えなかった相手。
白に飲まれる直前、フランドールの口が動いた。
何を言ったのか聞こえなかった。
聞き返すこともできなかった。
腹が立つ。
悔しい。
それでも。
あの地下で、何も残せなかったわけじゃない。
最後まで一曲は鳴った。
俺が消える直前まで、三人の音は同じ場所にあった。
そこだけは、誰にも取り消せない。
椅子へ深く座る。
しばらく何もしない。
時計だけが鳴る。
チッ。
チッ。
チッ。
片腕でドラムを叩く方法なら知っている。
十年やった。
でも、今スローンへ戻る気はなかった。
両腕で叩けた時間を再現したいわけでもない。
右腕を取り戻す方法を音に探したいわけでもない。
机を見る。
いつものPC。
いつものDAW。
幻想郷へ行く前から使っていた場所。
左手をマウスへ置く。
起動する。
新しいプロジェクト。
空の一小節。
最初の位置へカーソルを置く。
キックを一つ。
その次は、空ける。
一拍ぶん。
少し後ろへ、スネア。
その先へ二つ。
キック。
キック。
それだけ。
ギターもない。
ベースもない。
歌もない。
完成した曲ですらない。
でも、空だった一小節には、もう音がある。
再生する。
ドン。
間。
タン。
ドドン。
一小節が終わる。
再生位置が、そのまま次へ進む。
止めない。
左手を、もう一度動かした。
最終話「One Last Beat」は、東方Project『U.N.オーエンは彼女なのか?』を原曲とするアレンジ楽曲「One Last Beat」と連動しています。
――そして。
謎のドラマー「……ここで終われねえよな。」
紅魔郷編は、ここで一区切り。
でも――『ツーバス抱えて幻想入り』の物語は、まだ終わりません。
9月23日 19:00、第二部予告PVを公開します。
YouTube / ニコニコ動画でも『ツーバス抱えて幻想入り』を展開しています。
外部URLを直接掲載できないため、よろしければ各サイトで作品名を検索してみてください。
この先の物語も、引き続き見届けていただければ嬉しいです。
【投稿者名】
YouTube:sakusan07 @sakusan07
ニコニコ動画:さくさん ID:234862
【プレイリスト】
YouTube:ドコドコアレンジしよう!
ニコニコ動画:<幻想入りシリーズ>ツーバス抱えて幻想入り