ツーバス抱えて幻想入り   作:sakusan07

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凍ったドラムは、いい音がした

 最初に凍ったのは、前輪だった。

 

 白い氷が車軸へ食い込み、台車が止まる。

 

 次に固定具。スタンド。シンバルケース。

 

 冷気は荷台の上へ駆け上がり、二台のバスドラムをまとめて覆った。

 

「待て」

 

「待たない!」

 

「せめて下ろしてからにしろ」

 

「先攻だから!」

 

 打面が白く閉じる。

 

 ペダルの軸とチェーンが氷の中へ沈み、ビーターは打面へ触れる直前で止まった。

 

 スネアの縁から細い氷柱が伸びる。クラッシュは半透明の板に包まれ、スタンドと一つになった。

 

 数秒後。

 

 最小限のドラムセットと台車は、巨大な氷の塊になっていた。

 

「ふふん!」

 

 チルノが胸を張る。

 

「あたいの勝ち!」

 

「何を基準に」

 

「もう鳴らせないでしょ?」

 

「確かめる」

 

 鞄からスティックを一本だけ取り出した。

 

 左手で握り、凍ったスネアの端を叩く。

 

 キィン。

 

 澄んだ音が霧へ伸びた。

 

 チルノの笑顔が止まる。

 

 叩く位置を少し内側へずらす。

 

 キン。

 

 先ほどより短く、高い。

 

「鳴った」

 

「聞こえた」

 

「お前に言っていない」

 

「何してるの?」

 

「厚さを聞いている」

 

「氷の?」

 

「ああ」

 

 バスドラムの凍った打面を叩く。

 

 コン。

 

 胴の近く。

 

 ゴン。

 

 同じ氷でも音が違う。

 

 右手をバスドラムの胴へ当てると、打撃の少しあとから振動が返ってきた。氷の内部を回り、別の場所から戻ってくる。

 

「それ、あたいの氷だよ?」

 

「知ってる」

 

「ドラムの音じゃないよ?」

 

「今は両方だ」

 

「二人の太鼓?」

 

「まだ、お前は凍らせただけだ」

 

「じゃあ、あたいの勝ちじゃない?」

 

「聞く前に決めるな」

 

 もう一度、左手で氷を叩く。

 

 キィン。

 

 細い氷柱が震え、その根元から別の音が浮いた。

 

 チィン。

 

 チルノが氷柱へ顔を近づける。

 

「二回鳴った!」

 

「最初は打面。次は氷柱だ」

 

「もう一回!」

 

「勝負中ではなかったのか」

 

「勝負しながら聞く!」

 

「都合がいいな」

 

「最強だから!」

 

 チルノが氷柱を一本増やした。

 

 先ほどより短い。

 

 叩く。

 

 カン。

 

「違う!」

 

「長さが違う」

 

「もっと長いのは?」

 

「低くなる」

 

「本当?」

 

「作ってみろ」

 

 湖岸の地面から、長い氷柱が伸びた。

 

 先端を叩く。

 

 コン。

 

 チルノは短い氷柱と長い氷柱を交互に見る。

 

 壊されたことより、違う音が出たことへ興味が移っている。

 

「もっといっぱい作れば、もっと強い?」

 

「音は増える」

 

「じゃあ強い!」

 

「同時に鳴らせば、何を聞けばいいか分からなくなる」

 

「全部聞く!」

 

「今は一つずつだ」

 

 チルノの手が止まった。

 

 すぐ次を作ろうとしていた指先を引っ込める。

 

「何で?」

 

「次の音を選ぶためだ」

 

「遅くない?」

 

「待てない方が遅れる」

 

「待ったら止まるよ?」

 

「止まるのも音楽だ」

 

「鳴ってないのに?」

 

「次が変わる」

 

 説明だけでは伝わらない。

 

 右手はバスドラムの胴へ置いたままにした。氷の内部を返る振動を、手のひらで拾う。

 

 左手だけでスネアと氷柱を叩く。

 

 キン。

 

 待つ。

 

 湖面へ細い余韻が広がる。

 

 消える直前に、右足で凍ったペダルを押した。

 

 軸は動かない。

 

 代わりに、足元の氷板が沈んだ。

 

 ゴン。

 

 低い振動がバスドラムの胴へ届く。

 

 左足でも踏む。

 

 ゴン。

 

 二台のバスドラムが、少し違う高さで応じた。

 

「足で鳴った!」

 

「ペダルは動いていない。氷が鳴ってる」

 

「あたいの氷?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、あたいも叩いてる?」

 

「今は俺が踏んだ」

 

「でも、あたいが凍らせた!」

 

「半分くらいは、お前の音だ」

 

「半分なら、勝負は引き分け?」

 

「まだ始まったばかりだ」

 

 チルノが空中で足を動かす。

 

「でも、あたいは飛べるよ!」

 

「俺は飛べない」

 

「じゃあ、あたいの勝ち!」

 

「ノれるか」

 

「乗る?」

 

「音に」

 

「音は見えないよ?」

 

「試すか」

 

 左手のスティックを上げる。

 

「俺が叩いたら、次を待て」

 

「何するの?」

 

「お前の氷を鳴らす」

 

「壊す?」

 

「鳴らしてから決める」

 

「たぶん?」

 

「聞く前には決められない」

 

「ドラマーって、たぶんばっかり!」

 

「お前は最強ばかりだ」

 

「最強は本当よ!」

 

「なら四つ待てるな」

 

「待てる!」

 

「一つ」

 

 チルノの羽が動く。

 

「まだだ」

 

「動いただけ!」

 

「二つ」

 

 青白い光が集まる。

 

「三つ」

 

 光が強くなる。

 

「まだ作るな」

 

「分かってる!」

 

 四つ目。

 

 左手と両足を同時に落とした。

 

 キィン。ゴン。ゴン。

 

 凍った三つの音が、霧の中で一つの拍になった。

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