「湖を全部、凍らせるの?」
「それでは音が一つになる」
「大きい音になるよ!」
「大きいだけだ。さっきの返事を増やす」
氷板の上には、砕けた破片が散っていた。
薄い欠片。角の丸い塊。氷柱から折れた、長さの違う棒。
「捨てないの?」
「もう楽器だ」
「割れてるよ?」
「割れたから、違う音になった」
薄い一枚を叩く。
チィン。
次に厚い塊。
コン。
同じ氷でも、返事は違う。
「それ、どこに置くの?」
「まずは後ろだ」
「後ろってどっち?」
「俺が叩いた音が逃げる方」
「分かんない」
「今から探す」
「決めてないの?」
「音を聞く前には決められない」
「ドラマーって、たぶんとあとでばっかり」
「お前は最強ばかりだ」
「最強は本当よ!」
「なら、この音を飛ばして、ここへ戻せ」
右足で氷を踏む。
ゴン。
低い振動は霧の中で薄まり、戻ってこない。
チルノが厚い氷塊を正面へ立てた。
「ここ!」
「そこでは塞ぐ」
「じゃあ、こっち!」
右側。
もう一度踏むと、低音は左へ逃げた。
「反対だ」
「音が逃げた?」
「聞こえたか」
「あっちに行った!」
「なら、戻る向きへ傾けろ」
チルノが氷塊を回す。
ゴン。
今度は、振動がバスドラムの胴へ返ってきた。
ドン。
「二回鳴った!」
「そこだ」
厚い氷塊の下から青い支えが伸び、斜めに固定された。
最初の反射板だ。
次は薄い欠片を高く置く。
クラッシュの余韻を当てると、青白い面が光を霧へ散らした。
叩くための氷。
返すための氷。
光らせるための氷。
一つの破片を、全部の役には使えない。
「細いのは?」
「並べる」
「大きい順?」
「音の順だ」
一本ずつ叩く。
キン。カン。コン。
高さの近いものを隣へ置き、響きの長いものだけ間を空ける。
チルノは三本目で、俺が次に指す場所を先に凍らせた。
「そこだと思った!」
「合ってる」
「最強だから?」
「聞いたからだ」
一瞬だけ、チルノが答えに困る。
すぐに胸を張った。
「最強に聞いたから!」
「それでいい」
残る問題は、ペダルだった。
二本の軸とチェーンは、まだ氷塊に閉じ込められている。
「ここだけ細くできるか」
「全部取った方が速いよ?」
「その氷の音も使う。動く幅だけ空けろ」
チルノはすぐに冷気を放たず、俺の足が押す方向を見た。
それから、人差し指を動かす。
青い線が氷の内部へ入り、軸の周囲に細い隙間を作った。
右足を下ろす。
固い。
だが、止まらない。
ガン。
生のバスドラムより硬く、氷板を踏んだ音より輪郭がある。
「動いた!」
「左は少しだけ広く」
「何で?」
「こっちは戻りが遅い」
二度目の青い線は、最初よりわずかに外側を通った。
左足。
ゴン。
右足。
ガン。
二つの低音を、両足で選べる。
チルノは自分の作った隙間ではなく、動き出した二本のビーターを見て笑った。
霧の向こうから、小さな影が集まり始める。
色も形も違う羽。
遠くで見ていた妖精たちだ。
細い氷を指先で叩く者。
破片へ光を通す者。
霧を払って次の場所を空ける者。
音は不揃いだったが、俺かチルノが鳴らすまでは待っている。観客のまま、舞台の端だけを鳴らしていた。
右足で亀裂の右を踏む。
左足で左を踏む。
ゴン。ゴン。
二つの振動が別々の反射板へ届き、左右から戻ってくる。
赤黒い粒子が、その道をなぞった。
湖面の下へ浅い円が浮かび、細い鉄骨が伸びる。
だが、氷を押し退けてはいない。
チルノが置いた反射板の裏へ回り、倒れないよう支えた。
低いアンプが二台、霧の中へ輪郭を作る。
照明の代わりに、斜めに立てた氷片が赤黒い光を受け、深い紫へ変えて返した。
湖面すべてを覆う舞台ではない。
俺の音が届き、チルノの氷が返せる範囲だけが形になる。
外側には水と霧が残り、境目の氷板はチルノが飛び移るたび位置を変えた。
彼女の動きまで含めて、ようやく完成する配置だった。
“Let me take you to the lake. On this frozen stage.”
見えないボーカルが、ようやく状況へ追いついた。
「もう湖の上だ」
「連れてきたのは、あたい!」
「歌うのが遅いな」
「あたいより遅い!」
歌声は抗議せず、そのまま演奏を続ける。
「Ice Metal Stageだ」
「あいす、めたる?」
「氷のメタルステージ」
チルノは一番高い氷柱へ飛び乗った。
「あたいの氷の、最強のステージ!」
「まだ鳴らしていない」
「見たら分かるよ!」
「先に名前だけつけても音は出ない」
「じゃあ、鳴らす!」
チルノが中央の氷板へ降りる。
着地の直前に羽が光った。
左足。
ゴン。
氷板が沈む。
右足。
ゴン。
反射板から低音が返る。
見えない弦が二つの間へ入り、湖の底へ重さを作った。
「今度は、ドラマーの遊び?」
「見たいか」
「見たい!」
「氷を鳴らせるか」
「鳴らせる!」
「俺の次を待てるか」
「待てる!」
「試すか」
「ドラマーは、あたいの次を待てる?」
「待つ」
「じゃあ、やってみる!」
質問者と回答者が入れ替わる。
どちらが誘い、どちらが応じたのか、もう一つには決められない。
「今度は、どっちが勝つの?」
「同時に始めるなら、あとで決めろ」
右のスティックを上げる。
「四つで入る」
「今度は間違えない!」
「一つ」
羽が開く。
「二つ」
反射板が光を返す。
「三つ」
右腕の鼓動と、湖の低音が重なる。
四つ目を、二人で待った。
右足と、チルノの羽が同時に落ちる。
ガン。
返ってきた低音へ、左足を重ねる。
ゴン。
二つの間へ、チルノが降りた。
羽の先が薄い氷片へ触れる。
パキン。
欠片は三枚に分かれたが、消えない。
冷気に乗り、別々の位置へ浮かぶ。
スネア。
キィン。
一枚目が高く返す。
タム。
カン。
二枚目が低く応じる。
クラッシュ。
ジャキィン。
三枚目が赤黒い光を受け、深い紫を霧へ投げた。
氷を砕く。
最初は、閉じたペダルを動かすためだった。
次は、二人の間へ道を作るためだった。
今は、一つの音を次の三つへ分けるために砕いている。
壊す場所は選ぶ。
残す場所も選ぶ。
どちらも、次の音を聞いてから決めた。