ウマ娘を壊す悪魔の育成理論   作:ソロモンは燃えている

10 / 17
3連敗

 

 

 

「クラッシャーは健在か……」

 

 中央のオープン戦。

 

 ウマ娘たちが懸命に走っている。

 

 そのレースを見ながら六平は苦々しい表情を浮かべていた。

 

 目の前を走っているのは、フジマサマーチ。

 

 笠松時代、オグリキャップに唯一土をつけたウマ娘。

 

 その肩書きを引っ提げて中央へ乗り込んできた。

 

 誰もが期待した。

 

 笠松の怪物と互角に渡り合った実力。

 

 あのオグリキャップと何度も競り合ったライバル。

 

 中央でも、きっと旋風を巻き起こすだろうと。

 

 だが――

 

「……ひでぇな」

 

 六平の口から、思わず言葉が漏れる。

 

 速くないわけじゃない。

 

 脚力が足りないわけでもない。

 

 むしろ、一つ一つの動きだけを見れば異常なほど鋭い。

 

 スタート。

 

 位置取り。

 

 加速。

 

 コーナリング。

 

 そして終盤のスパート。

 

 その全てに、何らかの技術が組み込まれている。

 

 なのに。

 

 噛み合わない。

 

 まるで、別々のウマ娘がそれぞれ違う走りをしているようだった。

 

 スタートでは身体が前へ出る。

 

 だが、次の瞬間には脚の回転がそれを邪魔する。

 

 コーナーでは異様なほど速度を維持する。

 

 なのに、立ち上がりでフォームが崩れる。

 

 終盤に入れば強烈な加速を見せる。

 

 しかし、その頃にはすでに体力を使い果たしている。

 

 一つ一つは武器になる。

 

 だが、武器が多すぎる。

 

 それぞれが互いの邪魔をしている。

 

「……全部、バラバラじゃねえか」

 

 六平は眉をひそめた。

 

 そして、そのままレースは終わった。

 

 マーチは最後まで見せ場を作ることなく、後続にも大きく離されてゴールした。

 

 着順――最下位。

 

 これで三連敗。

 

 しかも。

 

 三戦とも、圧倒的な最下位だった。

 

「……」

 

 周囲のウマ娘たちから、冷たい視線が向けられる。

 

「笠松ではオグリキャップに勝ったって聞いたけど……」

 

「中央じゃ全然じゃん」

 

「これなら私でも勝てそう」

 

「地方と中央じゃレベルが違うってことだろ」

 

 侮蔑。

 

 嘲笑。

 

 期待外れを見る目。

 

 観客からすらそれを向けられたマーチは…

 

「はぁはぁ……はぁはぁ…」

 

 膝に手をつけて荒い息を吐いている。

 

 肩が大きく上下し、全身から滝のように汗が流れ落ちる。

 

 それだけ見れば、誰もが思うだろう。

 

 限界まで走ったのだと。

 

 そして…

 

「……ふふ」

 

 六平の眉が動く。

 

「……?」

 

 笑っている。

 

 マーチが。

 

 それも――

 

「ふ、ふふふ……」

 

 口元を歪めて。

 

 楽しそうに。

 

 嬉しそうに。

 

 笑っている。

 

「ふふ……」

 

 マーチが顔を上げた瞬間。

 

 六平は背筋に寒気を覚えた。

 

 周囲にいたウマ娘たちも同じだった。

 

「……な、何?」

 

「なんなの、あの顔……」

 

 さっきまでマーチを嘲笑っていたウマ娘たちが、一歩、また一歩と後ずさる。

 

 マーチはそんな彼女たちを見ようともしない。

 

 その視線は、ただ前だけを見ている。

 

 そして。

 

「……まだだ」

 

 小さく呟いた。

 

「まだ、足りない」

 

 笑みが深くなる。

 

「もっとだ」

 

 六平は思わず眉間に皺を寄せた。

 

「なんて顔で笑ってやがる。

 勝ったはずのウマ娘たちが怯えているじゃねえか」

 

 最下位で負けたはずのウマ娘に、それ以外のウマ娘全員が気圧されている。

 

 こんな光景は、六平も見たことがない。

 

「……クラッシャーは健在か」

 

 再度、苦々しく呟く。

 

 クラッシャー。

 

 ウマ娘の走りを壊すほどの、異常な育成。

 

 中央で三連敗。

 

 しかも最下位。

 

 普通なら、心が折れて当然だ。

 

 だが――

 

 六平はマーチから目を離せなかった。

 

 これは心が折れた顔じゃない。

 

 むしろ逆だ。

 

 何かを掴みかけている。

 

 何かを確信している。

 

 そんな顔だ。

 

「……市川」

 

 六平は、中央に戻ってきたトレーナーの名前を思い出す。

 

 ローカルフラワーを担当する男。

 

 そして――

 

 中央時代に担当を壊したと噂される、曰く付きのトレーナー。

 

「お前……一体、こいつらに何を教えやがった?」

 

 六平の問いに答える者はいない。

 

 ただ。

 

 ターフの上で不気味に笑うフジマサマーチだけが――

 

 これから始まる何かを予感させた。

 

 

 

 

 中央トレセン学園、生徒会室。

 

「失礼します」

 

 扉を開ける。

 

 そこで待っていたのは、生徒会長――シンボリルドルフだった。

 

「来たか、市川トレーナー」

 

「はい」

 

 俺は一歩前へ出る。

 

 その後ろには、マーチとフラワー。

 

 三人で呼び出された理由なんて、考えるまでもなかった。

 

 中央に来てからの成績。

 

 三戦三敗。

 

 しかも――

 

 全て圧倒的な最下位。

 

 これ以上、中央で走ることを許されるのか。

 

 そんな話だろう。

 

「まず、私から話しておきたいことがある」

 

 ルドルフが静かに口を開いた。

 

「私は、オグリキャップを見誤っていた」

 

「……」

 

「笠松から来たばかりの彼女に対して、私は中央を舐めるなと言ってしまった」

 

 ルドルフは苦笑する。

 

「今思えば、随分と傲慢な言葉だった」

 

 オグリが中央へ来た直後。

 

 まだ中央の環境も分からない彼女に対し、ルドルフは厳しい言葉を投げかけた。

 

 だが――

 

「結果は、君たちも知っている通りだ」

 

 オグリは勝った。

 

 そして勝ち続けた。

 

 重賞すら次々と制していった。

 

 ルドルフの視線が俺たち三人を捉える。

 

「だから、君たちは何も言わずに見守ることにした」

 

「……」

 

「笠松から来た二人が、オグリキャップとどう戦うのか期待もしていた」

 

 マーチとフラワーを見る。

 

「だが――」

 

 ルドルフの表情が険しくなる。

 

「この成績では、そうも言っていられない」

 

 予想していた言葉だった。

 

「三戦三敗」

 

 淡々と告げる。

 

「それも、全て大差をつけられての最下位」

 

「…………」

 

「君たちが中央へ来た理由は理解している」

 

 ルドルフの目がマーチ、そしてフラワーへと移る。

 

「オグリキャップに勝つためなのだろう」

 

「はい」

 

 フラワーが答える。

 

「その通りです」

 

 マーチも迷いなく続けた。

 

 ルドルフは僅かに目を細める。

 

「ならば、なおさら」

 

 静かな声だった。

 

「このまま中央で走らせ続けるのは、本人たちにとっても酷だ」

 

 部屋の空気が重くなる。

 

 実質的な最後通告。

 

 俺はそう受け取った。

 

 遅かれ早かれ、こうなることは分かっていた。

 

 いくら俺たちが「まだやれる」と思っていても、結果が出なければ話は別だ。

 

 中央は、そんなに甘い場所じゃない。

 

「……分かりました」

 

 俺は頭を下げた。

 

「次のレースに勝てなければ、我々は笠松に帰ります」

 

「なに?」

 

 ルドルフの眉が跳ね上がった。

 

 あまりにもあっさりとした返答だったからだろう。

 

「市川トレーナー……」

 

「俺も、無理に中央へしがみつくつもりはありません」

 

 俺は二人を振り返る。

 

「二人も、それでいいな?」

 

「はい」

 

「もちろんだ」

 

 即答。

 

「…………」

 

 ルドルフが俺を睨みつける。

 

 その目には、怒りが宿っていた。

 

「君は……」

 

 言葉が止まる。

 

 ルドルフの視線が、俺の後ろへ向いた。

 

「……?」

 

 マーチ。

 

 フラワー。

 

 二人とも、微動だにしていない。

 

 悲しんでもいない。

 

 怯えてもいない。

 

 ましてや、絶望している様子など欠片もない。

 

 ただ真っ直ぐにルドルフを見つめている。

 

「…………」

 

 ルドルフは黙り込んだ。

 

 そして、ゆっくりと息を吐く。

 

「……そうか」

 

 先ほどまで滲んでいた激情が、少しずつ消えていく。

 

 代わりに、冷静な観察者の目が戻ってきた。

 

「少なくとも」

 

 ルドルフは二人を見る。

 

「君たちと担当の間には、確かな信頼関係が築かれているようだな」

 

「……はい」

 

 俺は答える。

 

「二人がどう思っているかは分かりませんが、俺はそう思っています」

 

「それならば――」

 

 ルドルフは椅子に深く腰掛けた。

 

「次のレースを見せてもらおう」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、約束は忘れるな」

 

「分かっています」

 

 俺は頭を下げる。

 

「次で勝てなければ、笠松へ帰ります」

 

 その言葉に、マーチとフラワーも頷いた。

 

「……失礼します」

 

 三人で生徒会室を後にする。

 

 扉が閉まる。

 

 静寂が戻った室内で、ルドルフはしばらく扉を見つめていた。

 

「……不思議な男だ」

 

 そして、二人のウマ娘を思い出す。

 

 三連敗。

 

 それも圧倒的な敗北。

 

 普通なら、心が折れていてもおかしくない。

 

 それなのに――

 

「二人とも、迷いや不安を抱えている様子が全くなかった」

 

 むしろ。

 

 何かを確信しているような目だった。

 

「次のレース……か」

 

 ルドルフは小さく呟く。

 

「一体、何を見せるつもりなのだ?」

 

 その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。