生徒会室。
「……何?」
シンボリルドルフは、手元の資料を見て眉をひそめた。
「フジマサマーチとローカルフラワーが、次の重賞にエントリー?」
思わず資料を持ち上げる。
次のレースはGⅢ。
中央の重賞だ。
「……何を考えているんだ」
二人が中央へ来てから、まだ大した時間は経っていない。
それどころか――
オープン戦ですら、まともな結果を残せていない。
三戦三敗。
しかも、全て圧倒的な最下位。
そんな二人が、いきなり重賞へ挑む。
「無謀にも程がある」
ルドルフは額に手を当てた。
(記念出走で思い出でも作らせるつもりか?)
先日の会談を思い出す。
次で勝てなければ笠松へ帰る。
そう言っていた。
ならば、この出走は――
「最後の思い出作り……?」
そんな事をするようには見えなかったが。
そんな疑問を抱いたのは、ルドルフだけではなかった。
世間も同じだった。
『フジマサマーチ、ローカルフラワーが重賞GⅢに登録!』
『中央移籍後、まさかの三連敗』
『笠松のライバル二人、無謀な重賞挑戦か』
『実力差は明白。なぜ出走するのか?』
新聞や雑誌、ファンの間でも好き勝手に言われていた。
だが――
二人はそんな声など、まるで気にしていなかった。
「ねえ」
トレーニングを終えた二人に、一人のウマ娘が近づいてきた。
「……?」
マーチとフラワーが振り返る。
見知らぬウマ娘だった。
彼女は二人を見比べると、焦ったように口を開いた。
「すぐに、あいつから離れなさい」
「……あいつ?」
「市川トレーナーよ!」
その名前が出た瞬間。
二人の表情が変わった。
「どうして?」
フラワーが尋ねる。
「あいつは疫病神よ!」
「…………」
「中央に来てから三連敗してるでしょう!?
あいつが担当すると、みんなそうなるのよ!」
必死だった。
まるで二人を救おうとしているかのように。
「お願いだから、今のうちに担当を変えて!」
だが。
二人は首を横に振った。
「断る」
マーチが即答する。
「な……」
「私たちは、市川トレーナーから離れるつもりはない」
「どうして!?」
ウマ娘の声が震える。
「どうして、あんな奴を信じられるの!?」
そして。
「私は……!」
拳を握り締める。
「私は、あいつのせいでまともに走れなくなったのよ!」
空気が凍った。
フラワーが静かに彼女を見る。
「……そう」
「え?」
「あなたが、中央トレセン時代にトレーナーさんの担当だったウマ娘なんですね」
「……!」
彼女の顔が強張る。
「知っているの……?」
「はい」
「知っているのに……どうして!?」
怒りとも悲しみともつかない声。
「どうして、あんな奴を信じられるの!?」
フラワーは答えなかった。
代わりにマーチが一歩前へ出る。
「私たちは、お前とは違う」
「……!」
「確かに、私たちの走りは壊れている」
マーチは自分の脚を見る。
「以前のように走れなくなった」
それは事実だった。
三連敗。
中央の舞台では、まともに戦うことすらできていない。
「だが」
顔を上げる。
「私たちは諦めない」
「…………」
「引退なんてしない」
マーチの目に宿る光は、少しも揺らいでいなかった。
「必ず成し遂げてやる」
「何を……?」
「決まっている」
マーチが拳を握る。
「オグリキャップに勝つ」
フラワーも頷く。
「私たちは、そのためにトレーナーさんの指導を受けています」
「……馬鹿じゃないの?」
元担当のウマ娘が呟く。
「そんなにまでして……」
「全てを知った上で覚悟しています」
フラワーが静かに答える。
「トレーナーが中央トレセンで何をしたのかも」
「……」
「この育成理論にどんな危険があるのかも」
彼女の表情が歪む。
「……なら、どうして……」
「それでも」
フラワーは言った。
「私たちは、オグリさんに勝ちたいからです」
「…………」
しばらく沈黙が続いた。
「……なんで、そこまで……」
やがて彼女は俯いた。
「……いいわ」
顔を上げる。
「そこまで言うなら、教えてあげる」
二人を睨みつける。
「あいつがどれだけ最低なトレーナーだったのか」
「…………」
「あなたたちが知らない、あいつの過去を全部」
その言葉に。
マーチもフラワーも、逃げなかった。
ただ真っ直ぐに彼女を見つめていた。