ウマ娘を壊す悪魔の育成理論   作:ソロモンは燃えている

16 / 17
マーチの答え

 

 

 

「私以外に、何人ものウマ娘を壊して捨ててきたのよ」

 

 ブリッジコンプの言葉に、フラワーもマーチも黙って耳を傾けていた。

 

「言ったはずだ。

 全部、聞いていると」

 

「……それでも?」

 

「はい」

 

 フラワーは静かに頷いた。

 

「それに……壊れていったウマ娘たちの気持ち。

 少し、わかる気がします」

 

「……何を言っているの?」

 

「柴崎トレーナーも言っていた」

 

 マーチが口を開く。

 

「才能のないウマ娘ほど、あの力に手を伸ばしてしまう。

 その先に破滅が待っていると分かっていても……勝てる可能性があるなら、縋ってしまう。

 だから、悪魔の育成理論なんだと」

 

 フラワーが続ける。

 

「私たちも、最初は怖かったです。

 でも……それ以上に、オグリさんに勝ちたかった」

 

「……」

 

「だから私たちは、自分の意思で選んだんです」

 

 その言葉を聞いて、ブリッジコンプの表情が歪んだ。

 

「なんで……」

 

 震える声。

 

「なんで、そんな平静でいられるの!?」

 

 二人を睨みつける。

 

「あなたたちも壊されているのよ!」

 

 その叫びに、マーチは一歩も引かなかった。

 

「ええ」

 

「……え?」

 

「私たちの走りは、もう以前とは違います」

 

 マーチは自分の脚を見下ろす。

 

「自分でも分かっています。

 走れば走るほど、今まで積み上げてきたものが崩れていく感覚がある」

 

「それでも……」

 

 顔を上げる。

 

「私たちがあなたたちと違うのは、壊れてもいいなんて思っていないところです」

 

「……!」

 

「私たちは、壊れることを受け入れて走っているんじゃない」

 

 フラワーも静かに続ける。

 

「どれだけ苦しくても、どれだけ無様でも……走ることを諦めない」

 

「ああ」

 

 マーチが頷く。

 

「這いつくばってでも、泥にまみれてでも、強くなることを諦めない」

 

「そんなの……」

 

「馬鹿だと思いますか?」

 

 フラワーが微笑む。

 

「きっと、そうなんでしょうね」

 

「でも、それでいい」

 

 マーチは真っ直ぐに彼女を見つめる。

 

「私たちは、オグリキャップに勝つためにここにいる」

 

「だから……」

 

 フラワーが一歩前へ出る。

 

「次のレースを見てください」

 

「……」

 

「私たちなりの答えを、そこで示しますから」

 

 それ以上、彼女は何も言えなかった。

 

 二人の目に宿っていたのは、狂気でも絶望でもない。

 

 ただ、強い意志だった。

 

 自分たちの選んだ道を、最後まで走り抜くという意志。

 

 ――悪魔の育成理論に壊されたのなら。

 

 新しい自分を作り上げて、もう一度立ち上がればいい。

 

 二人は、そう決めていた。

 

 

 

 迎えたGⅢレース当日。

 

 フジマサマーチはパドックを終え、レース場へ向かっていた。

 

 周囲から向けられる視線は、これまでとは何も変わらない。

 

 期待されていない。

 

 それどころか、今日も惨敗するだろうという空気すら漂っている。

 

 人気は最下位。

 

 笠松時代にはオグリキャップと互角に渡り合ったウマ娘。

 

 その肩書きを引っ提げて中央へやって来たはずなのに、結果は三戦三敗。

 

 しかも、全て圧倒的な最下位だった。

 

 今では誰も、フジマサマーチが勝つとは思っていない。

 

 だが――

 

 当の本人は、そんな周囲の評価など気にしていなかった。

 

 静かに目を閉じ、自分自身と向き合っている。

 

 歓声も。

 

 野次も。

 

 周囲から向けられる嘲笑も。

 

 今のマーチには届いていない。

 

 ただ、勝つ。

 

 それだけを考えていた。

 

「……行くぞ」

 

 ゲートへ向かう。

 

 そして――。

 

 レース開始。

 

 スタート直後、フジマサマーチが一気に前へ出た。

 

 おおっと、フジマサマーチが先頭に立った!

 

 場内がざわめく。

 

 だが、後続のウマ娘たちはマーチを追おうとはしなかった。

 

 警戒する必要などない。

 

 どうせ最後には潰れる。

 

 これまでと同じだ。

 

 そう思われていた。

 

「また逃げるのかよ」

 

「どうせ最後までもたないって」

 

 そんな声すら聞こえてくる。

 

 マーチは構わず走り続ける。

 

 だが――。

 

「……ん?」

 

 レース中のラップタイムを計測していた係員が、手元の計器を見て首を傾げた。

 

「どうした?」

 

「いや……フジマサマーチのラップが妙なんです」

 

「妙?」

 

「安定していないんですよ」

 

 画面に表示された数字を確認する。

 

「さっきまで速かったと思ったら、急に落ちてる。

 その次のラップではまた上がってる……」

 

「フジマサマーチは、ペース配分すらまともにできないのかよ」

 

 別の係員が呆れたように言う。

 

「こりゃ、今日もダメだな」

 

 その評価は、観客たちも同じだった。

 

 先頭を走っている。

 

 だが、その走りは明らかにおかしい。

 

 速い。

 

 かと思えば遅い。

 

 また速くなる。

 

 まるで複数のウマ娘が、一つの身体を奪い合っているかのようだった。

 

 それでも――。

 

 マーチは先頭を譲らない。

 

 そして、レースは最終直線へ。

 

 さあ、最後の直線に入った!

 

 マーチはまだ先頭にいる。

 

 しかし、ここからどうなるか!

 

 誰もが思っていた。

 

 ここから後続に飲み込まれる。

 

 またいつものように失速する。

 

 中央では通用しない。

 

 その現実を、今日も思い知らされる。

 

 ――そう思っていた。

 

「……」

 

 マーチが前を見据える。

 

 残り400メートル。

 

 ここまで積み上げてきたものを、全て繋ぎ合わせる。

 

 身体の奥に意識を集中させる。

 

「ここだ!」

 

 その瞬間だった。

 

 擬似領域『スーパーカー(マルゼンスキー)

 

 フジマサマーチの走りは完全に別物へと変貌した。

 

 パワフルで大きなストライド。

 

 その力強いスパートは、あるウマ娘を彷彿とさせた。

 

「なっ、あれは!」

 

 レースを視察していたシンボリルドルフが驚愕の声を上げる。

 

 無理もない。

 

 なぜなら、マーチが見せた走りは…

 

「まあ、私の領域ね」

 

 隣で共にレースを見守っていたマルゼンスキーのものだったのだから。

 

 

 直線に入った途端、後続との距離は一気に開いていく。

 

 

 これは、どうなっているんだ!

 

 私の目には、フジマサマーチが別の姿と重なって見えます!

 

 誰も追いつけない。

 

 誰も寄せ付けない。

 

 まるで、まるで彼女のようだ!

 

 そのまま――ゴール。

 

「……ふぅ」

 

 フジマサマーチが息を吐く。

 

 圧勝。

 

 誰の目にも明らかな完勝だった。

 

 場内がざわめく中、マルゼンスキーは小さく首を傾げた。

 

「うーん……確かに私の領域だったけど、こんなにあっさり逃げ切れるほどだったかしら?」

 

 その疑問に、隣のシンボリルドルフが静かに答える。

 

「理由は単純だ」

 

「?」

 

「レース中に、後続のスタミナが削られていた」

 

 マルゼンスキーの目が細くなる。

 

「……そうなの?」

 

 ルドルフは続ける。

 

「だから、誰も直線で伸びてこなかった」

 

 通常、逃げは“自分のペースを守る戦術”だ。

 

 だが、フジマサマーチのそれは違った。

 

 ラップタイムは不安定。

 

 速い区間と遅い区間が極端に混ざる。

 

 それは単なる失敗ではない。

 

「ラップが乱れていたのは、ペース配分を間違えたからじゃない」

 

 ルドルフの視線がマーチに向く。

 

「後続のリズムを崩すためだ」

 

 一定のペースで走ると、後方はそれに合わせて消耗を最小限に抑えられる。

 

 だが――

 

 ペースが揺れると、後続は対応を強いられる。

 

 加速。

 

 減速。

 

 再加速。

 

 その繰り返しは、見えない形で確実にスタミナを削る。

 

「つまり……」

 

 マルゼンスキーが小さく笑う。

 

「最初から全部、計算だったってこと?」

 

「そうだ」

 

 ルドルフは静かに頷いた。

 

 レースを支配して勝ってきたルドルフだから気が付いた。

 

 それは、偶然ではない。

 

 才能でもない。

 

 技術だ。

 

 そして――

 

 芸術にすら近い。

 

「後続の呼吸を乱し、脚を削り、最後の直線で“何も残らない状態”にする」

 

 ルドルフの声は淡々としていた。

 

「その上で、自分だけが全力を出す」

 

 マルゼンスキーは目を細める。

 

「ふふ……面白いことするじゃない」

 

 その視線の先で、フジマサマーチは何事もなかったかのように歩いていた。

 

 勝った。

 

 ただそれだけ。

 

 だが、その勝利の裏側にあるものを理解できた者は、ほとんどいない。

 

 観客はただ圧勝に沸き。

 

 実況はただ結果を叫び。

 

 そして――

 

 誰も気付かないまま。

 

 フジマサマーチは、レース中に何をしていたのか…し続けていたのか。

 

 それはまだ、完成ではない。

 

 だが確かに。

 

 悪魔の育成理論は、ここに一つの答えを生み出していた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。