転生しても逃げられない……?トラウマを糧に最強になったが、ヤンデレ妹は尚も俺を諦めない 作:ゴロスケ
プロローグ
薄暗い部屋。俺はベッドに横たわっていた。
手足は縄で縛られ、口には布が押し込まれている。
上手く息が継げない。 窓から差し込む月明かりだけが、この監禁された世界をぼんやりと照らしていた。
「ただいま、兄さん♪」
扉が静かに開き、妹の声が響く。長い黒髪が月明かりに青白く浮かび上がる。
優しい笑みを浮かべたまま、部屋に入ってくる。
その手には、光る『何か』が握られていた。
「いい子にしてたかなー?」
ゆっくりと近づいてきて、頬に触れる。
冷たい指先が肌をなぞる感触に、俺は微かに身を震わせた。
「ふふっ……そんなに怯えないで?今日はとってもいいことがあったんだよ。学校で……」
無邪気に話し始めるが、内容はもう、うまく頭に入ってこない。
「でね、先生が言うんだ。『お兄ちゃんはどこに居るの?』って」
妹の表情が一変する。
穏やかだった瞳が暗く沈み込み、唇が歪む。
「不思議だよね。わたしがずっと守ってるのに」
再び顔に手が伸びて、今度は強く握りしめられた。
「どうして……みんな分かってくれないんだろう」
天使のような微笑み。
だが、その手の中で鈍く光るナイフだけが、はっきり見えていた。
「うざい。本当にうざい……」
指が刃の表面をなぞる。
顔に近づくにつれ、彼女の瞳が異様な輝きを増していく。
「ねえ、兄さん。わたし、間違ってないよね?」
声が震える。天使のようだった笑顔が崩れ始める。
俺は、もうまともに彼女を見ていられなかった。
それでも、彼女は構わず続いていく。
「だって……」
ナイフが月明かりを反射し、壁に奇妙な影を作った。
「わたし、兄さんが大好きだもん♪」
囁きと共に、部屋の中に鈍い音が響いた。
そして再び、静寂が訪れた──妹の狂気が包み込む中で。
*
いつからこうなってしまったのか、俺にはわからなかった。
この何もない部屋に監禁され、何日が経っただろう?
一週間か、一ヶ月か、はたまた一年か……どっちにしても、もう限界だ。
精神的にも肉体的にもボロボロになっているのが自分でもわかる。
「……ッ」
縛られたまま動けない身体を必死に動かそうとするも縄が肌に食い込み痛みだけが走る結果となるだけだった。
このままだと、いずれはあの妹に殺されてしまうのではないか?と思うことも一度や二度ではない。
(こいつ、呑気に……)
俺をこんな状況に追い込んでおきながら、幸せそうな顔をして眠っている妹に目を奪われる。
思わず可愛いなどと漏らしてしまいそうになるほどの寝顔。
ガチャリガチャリと、金属音が耳元で響く。
視界が霞む。呼吸が苦しい。
手足の感覚がない。
ただ、全身を締め付ける圧迫感だけが鮮明だった。
嫌いな音だ。あの鎖が擦れる音を聞くたびに自分の状況を思い知らされてしまうから、嫌いなのだ。
「………はぁ」
俺は一体何をしているんだろう?
こんなところで何をやっているんだろう?
出来るなら、この鎖で繋がれた手錠や足枷を引きちぎりたい。
だが、俺にそんな力があるわけでもない。
そもそも人間の筋肉では不可能なのではないだろうか?
わからないが、俺にもっと力があれば……。
そう──物語に出てくるような“魔力”が俺に宿っていたら……。
(馬鹿か……)
思わず呟いた。現実逃避も甚だしいと嘲笑する。
それでも……もし本当に自分にそんな力があったら──。
「……?」
馬鹿げた妄想が止まらない中、目に入ったのは安眠に入ってる妹の手に持っている果物ナイフ。
目の前でりんごを切って見せつけてきた時に使っていたものだ。
あれさえあれば脱出できるかもしれない……と、微かな希望を抱いた矢先だった……。
(……脱出したところで、何になるんだ)
今の俺に未来なんてない。あるのは絶望だけ。
仮に逃げ出せたとしてもすぐに捕まるだろうし、逆に怒り狂った妹が暴れ回ったりしたらそれこそ大惨事になる可能性だってあるわけで……。
もう家族も恋人もいないのだ。
この世界には、俺を待っていてくれる人は誰もいない。
何もできず、ここで朽ちていく運命。
(はは……)
乾いた笑い。誰に向けるでもない独り言。虚しさだけが募っていくばかりだった。
──だったらせめて、己の人生くらいは自分で終わらせよう。
俺はゆっくりと手を動かしていく。鎖で縛られているせいで動きづらいが、それでもどうにかして腕を伸ばそうと試みる。
「っ……」
ナイフを掴んだ。もう迷いはなかった。
そのまま勢いよく手首に突き刺すと、徐々に流れ出す赤い液体とともに俺の意識が薄れていく。
──ああ、やっと、これで楽になれる。
死への恐怖、笑い合った友人、奪われてしまった大切な人、あまつさえ妹の顔まで……。
様々な感情が交錯しながらも、やることはやった。
これでもうすぐ楽になれるんだと思えるだけで気持ちが軽くなっていたことも事実だ。
だが……何故だろうか? 不思議と恐怖心は無かった。あるのはただ一つの願望のみ。
それは──。
(魔力……欲しいなぁ)
そんなあり得ない妄想をしながら、俺はそっと瞼を閉じた。
*
暖かい。柔らかい。そして懐かしい匂い。
ぼんやりとした意識の中で最初に感じたのはそれだった。
瞼を開けると、眩しい光が差し込み、思わず顔をしかめる。
「おっ!目を開けたぞ」
若い男の声が聞こえた。俺の知らない声だ。
視線を向けると、見知らぬ男性が嬉しそうに俺の顔を覗き込んでいる。
「見てください、可愛い男の子ですよ」
「うん、これがわたしの……」
隣には女性が座っていて、優しく俺の頬を撫でた。
「ミハイル様とアドルフ様のご子息です。将来はきっと立派な」
二人は幸せそうに笑い合っている。そしてふと気づいた——俺の体が小さい。
手足が短く、まるで赤ん坊のようだ。
(え……)
混乱する頭で考えを整理しようとする。だが思考よりも先に身体が反応した。
小さな腕を上げると、まるで風船のような小さな手が目の前に現れる。
「見てくださいアドルフ様、指を握っていますよ」
「うむ、すぐに魔力測定を」
俺は思わず耳を疑った
(……魔力?)
この単語を聞いた瞬間、俺の中に残っていた記憶が一気に蘇ってきた。
妹に監禁され、最後は自ら命を絶ったあの日のこと。最期に願ったこと——。
そして今、俺は赤ん坊の姿で二人の男女の間にいる。
何より……。
(俺、あいつから解放されたのか……?)
胸の奥で、何かがそっとほどける。
信じきれないまま、それでも、俺の心は安堵と歓喜に満ち始めていた。