逐次書き直していきますので。
「俺に渡して大丈夫なやつですか?」
恵斗の問いに、女神はすぐには答えなかった。
「……あなたなら、正しく使ってくださると思っています」
「今の間はなんですか」
「気にしないでください」
「いや、気になるでしょう」
恵斗が笑うと、女神はわざとらしく咳払いした。
「ともかく。《オペレーター》は、あなたが生前所属していた陸上自衛隊が正式に採用した武器、弾薬、被服、車両、器材などを召喚できる能力です。ただし、いくつか制約があります」
「でしょうね。何でもありだったら、さすがに反則だ」
恵斗は胡坐をかいた。死んだ直後に異世界転生の説明を受けているという異常事態にもかかわらず、その態度は妙に落ち着いている。
「第一に、召喚されたものは原則として二十四時間で消滅します。あなた以外の方が所持していても同様です」
「なるほど。向こうに技術を残さないためですか?」
「それもあります」
「弾薬は?」
「同じです。使用済みの薬莢や弾頭の破片なども、元となった召喚物の制限時間に従います」
「便利だな。ゴミ拾いしなくて済む」
「……感想が独特ですね」
だが、恵斗の頭ではすでに能力の検証が始まっていた。
陸上自衛隊が採用した装備品すべて。
言葉通りなら、とてつもなく広い。
小銃や拳銃だけではない。機関銃、各種光学器材、通信器材、衛生器材、車両、施設器材。食料や被服まで含まれるなら、異世界での生存基盤そのものを自前で確保できる可能性がある。
しかし、使えるものと使えないものは別問題だ。
恵斗自身が扱えない器材を出しても意味がない。複数人での運用を前提とする装備ならなおさらだった。能力があるからといって、本人の知識や手足まで増えるわけではない。
「第二に――」
女神が続けようとしたところで、恵斗が手を上げた。
「すみません。その前に試していいですか?」
「何をです?」
「召喚」
「……ここで?」
「使えるって言われたら試したくなるでしょう」
「男の人って皆さんそうなんですか?」
「少なくとも俺はそうですね」
女神は呆れたように息を吐いた。
「どうぞ」
「じゃあ……」
恵斗は右手を前へ出した。
何を出す。
最初に頭へ浮かんだのは、当然ながら銃だった。
使い慣れた形状を思い浮かべる。
HK416A5。
次の瞬間。
右手に重量が生まれた。
「おっ」
思わず声が出た。
そこにあった。
見慣れた黒い小銃が、何の前触れもなく恵斗の手の中へ現れていた。
彼の表情が変わる。
つい先ほどまで女神をからかっていた男が、一瞬で仕事の顔になった。
銃そのものを珍しがっているのではない。重量、外観、操作感。自分が知っているものと差異がないかを確認している。
「……すげえな」
短い感想だった。
しかし、その声には先ほどまでとは違う感情が混じっていた。
感心。
そして純粋な好奇心。
恵斗は銃を安全な方向へ保持したまま、今度は別のものを思い浮かべた。
弾倉。
手の中に現れる。
「なるほど」
今度は拳銃。
SIG P320。
現れた。
「プレートキャリア」
現れた。
「ヘルメット」
現れた。
次々と白い空間へ装備品が増えていく。
女神が少し引いていた。
「……楽しそうですね」
「めちゃくちゃ楽しいですよ」
「子供みたいな顔してますよ」
「男なんてこんなもんです」
恵斗は笑いながら装備を眺めた。
そのとき、ふと悪戯心が湧いた。
「じゃあ――オートバイ」
低い音とともに、目の前へ車体が現れた。
「おお!」
「乗らないでくださいね!?」
「ちょっとだけ」
「ここで事故死とかありませんからね!?」
「もう死んでますよ」
「そういう問題ではありません!」
初めて女神が声を荒らげた。
恵斗は声を出して笑った。
妙な女神だ。
神というより、役所の窓口で無茶な申請者を相手にしている職員のようだった。
もっとも。
彼女の立場からすれば、死んで数分しか経っていないのに銃を出して喜び、次にオートバイを召喚する男の相手をしているのだから、似たようなものなのかもしれない。
「分かりました。遊ぶのは向こうに着いてからにします」
「遊びじゃありません!」
「はいはい」
「本当に分かっています?」
「もちろん」
絶対に分かっていない顔だった。
女神はため息をついた。
「もう一つ。言葉についてですが、これは私の権能で補助します。向こうの世界の人々が話す言葉は、日本語と同じように理解できます。あなたが話した内容も相手には自然な言葉として伝わります」
「読み書きは?」
「少し時間が必要です。会話ほど完全ではありません。ただ、徐々に理解できるようになります」
「十分です」
恵斗は頷いた。
会話が成立する。
それだけで生存率は大幅に上がる。
そして武器がある。
水も食料も、おそらくどうにかなる。
少なくとも丸腰で中世相当の世界へ放り出されるよりは遥かにマシだった。
「ちなみに、その世界はどんなところなんです?」
「文明については、あなたの世界でいう中世ヨーロッパに近いでしょうか。魔法が存在するため完全には一致しませんが。主要な武器は剣、槍、弓などです」
「銃は?」
「ありません」
恵斗の動きが止まった。
「……一丁も?」
「ありません」
「火薬は?」
「あなたが知っている形では普及していません」
恵斗は手元のHK416を見た。
そして女神を見る。
もう一度、HK416を見る。
「本当に俺にこれ渡して大丈夫?」
「だからさっきから少し不安なんです!」
*
しばらくして、恵斗は三人の少年少女と対面した。
全員が同じ白い服を着ていた。
新里朱理。
十八歳。
坂田健介。
十八歳。
橋本のぞみ。
十七歳。
三人とも高校生だった。
彼らの表情を見ただけで、恵斗は自分とは事情が違うことを察した。
朱理は気丈に振る舞おうとしていた。だが、両手を強く握り締めている。
健介は状況を理解しようとしているらしく、女神と周囲を何度も見比べていた。
のぞみは――泣いていた。
「……死んだんですよね、私たち」
のぞみが言った。
女神は静かに頷いた。
「はい」
「お母さん……」
その一言で、朱理の顔も歪んだ。
恵斗は黙っていた。
自分とは違う。
彼らはまだ高校生だ。
朝、家を出た。
学校へ向かった。
そして通学路へ落下してきたクレーンに巻き込まれた。
それだけだった。
覚悟する時間すらなかった。
「なんで……」
のぞみが震える声で呟いた。
「なんで私たちなんですか……?」
女神にも答えられなかった。
事故だからだ。
そこに意味などない。
恵斗は、それを仕事を通して嫌というほど知っていた。
死ぬべき人間が死ぬわけではない。
善人だから助かるわけでもない。
人生には、ときどき理不尽が理由もなく落ちてくる。
文字通り、彼女たちの場合は頭上から落ちてきた。
恵斗はのぞみの前へしゃがんだ。
「橋本さん」
少女が涙に濡れた顔を上げる。
「今すぐ納得しろって言われても無理だと思う」
「……」
「俺も今日死んだばっかだから、偉そうなこと言えないけどさ」
恵斗は少し笑った。
「とりあえず、次があるらしい」
「……次?」
「うん」
白い空間を指差す。
「俺たち、もう一回生きられるんだって」
のぞみは何も言わなかった。
「だから、今は泣いてていいんじゃない?」
恵斗は立ち上がった。
「向こうに着いてから考えよう」
朱理が彼を見る。
「……あなた、何歳ですか?」
「二十七」
「大人……」
「失礼だな。まだ若いよ」
健介が少しだけ笑った。
張り詰めていた空気が、ほんの少し緩んだ。
恵斗はそれで十分だと思った。
女神が三人へ能力を授ける。
新里朱理――《勇者》。
坂田健介――《弓兵》。
橋本のぞみ――《魔法使い》。
恵斗は横から眺めていた。
「なんか俺だけ名前の方向性違いません?」
「適性です」
「勇者とか格好いいな」
「交換はできませんよ」
「いや、俺はこっちでいいです」
即答だった。
朱理が首を傾げる。
「新田さんは何なんですか?」
「オペレーター」
「……何する能力ですか?」
恵斗は少し考えた。
「色々出す」
「色々?」
「色々」
「説明雑すぎません?」
「見た方が早いんだけどな」
恵斗は女神を見る。
女神は激しく首を横に振った。
「ここではもう出さないでください」
「だそうです」
「何出したんですか……?」
朱理が不安そうに聞いた。
「バイク」
「なんで!?」
*
「それでは、皆さんを転送します」
女神の言葉とともに、四人の足元へ光が広がった。
恵斗は自分の身体が徐々に透けていくのを見る。
「新田恵斗さん」
「はい?」
女神が彼だけを見ていた。
「あなたは自由です」
「聞きました」
「魔王と戦う義務もありません。誰かのために戦う義務もありません」
「はい」
「ですから――」
女神は微笑んだ。
「今度は、もう少し自分のために生きてください」
恵斗は黙った。
ほんの一瞬。
羽田空港の光景が脳裏をよぎった。
女の子。
爆発。
仲間の顔。
最後に見たHK416。
それから、恵斗はいつものように笑った。
「善処します」
「そこは約束してください」
「それ、自衛官に一番言っちゃいけない言葉ですよ」
「どうしてです?」
「善処しますって、便利なんです」
女神が意味を理解するより先に、光が恵斗の身体を包んだ。
視界が白く染まる。
浮遊感。
次いで、足裏に硬い感触が戻ってきた。
石だ。
空気が変わった。
匂いも違う。
恵斗は目を開いた。
最初に見えたのは、巨大な石造りの広間だった。
天井は高く、太い柱が左右に並び、壁には見たことのない紋章を描いた旗が垂れている。甲冑姿の兵士たちが整列し、その奥には豪奢な衣服をまとった老人たちがいた。
そして正面。
数段高くなった場所に、玉座がある。
そこへ座る男が、四人を見下ろしていた。
「おお……!」
誰かが声を上げた。
「成功だ!」
「四人だ!」
「勇者様が四人も!」
広間がざわめく。
恵斗は周囲をゆっくり見回した。
甲冑。
剣。
槍。
石造建築。
知らない文字。
知らない服装。
女神は嘘を言っていなかった。
「マジで異世界じゃん……」
健介が呟いた。
「すご……」
朱理も圧倒されている。
のぞみだけは、不安そうに三人のそばへ寄った。
一方。
新田恵斗は。
玉座より先に、衛兵の持っている槍を見ていた。
次に甲冑。
出入口。
窓。
人数。
配置。
身体が勝手に情報を拾っていく。
職業病だった。
そして、恵斗は心の中で思った。
――本当に銃ねえな。
妙なところで感動した。
「異界より来たりし勇者たちよ!」
玉座の男が立ち上がった。
広間が静まり返る。
「我はアルディア王国第十四代国王、エドガルド・アルディア三世である!」
王の声が石造りの広間へ響く。
「我らは二百年にわたり、魔族との戦いを続けてきた。そして今、魔王軍の勢力は再び我ら人類の領域を脅かしつつある!」
恵斗は黙って聞いていた。
嫌な予感がする。
「そこで古の召喚術に従い、異界より勇者を招いた!」
王が両腕を広げる。
「勇者たちよ!」
朱理たち三人が緊張する。
「どうかその力をもって、魔王を討ち滅ぼし――」
恵斗は小さく息を吐いた。
――やっぱりそういうやつか。
そして、まだ誰も知らなかった。
召喚された四人のうち。
この王国が最も価値のない能力だと判断し、わずかな金だけを渡して城から追い出すことになる男が――。
四人の中で唯一。
すでに九年間、人間を相手に戦うための訓練と経験を積んできた人間であることを。
第二話 了