悪魔「悪い人ではない。悪い存在だ」 作:aあA
雨が降っている。オマエと逢った日もそうだった。クソみたいな雲が空を覆っていた。そのくせ、オマエの笑顔だけはやけに眩しかった。あの時はこっぱずかしくて言えなかったけどな。
……まったく。綺麗な顔が潰れてる。せっかくオレがニキビなくしてやったっていうのに。
『なあ、オマエ。これで良かったのか?』
返事はない。当然だ、オマエは死んだんだから。生きてさえいればどうにかなるってオマエは言ってた。
『オレはヒトって奴は嘘つきだと知っていた。オマエはそうじゃないって思ってた』
オマエが死んだら体をもらうって約束してた。だからこれは契約だ。しわくちゃのババアの肉体なんて嬉しくないと思ってた。
……………だからこれは俺が得をしているいい契約だ。
『オレの名は 。この血と肉をもってここに受肉する」
オマエの肉体が音を立てて修復される。オマエの声がオレからした。そして、オレは雨に濡れた制服は重いことを知る。なんだオマエがいつもしていた編み物の感触じゃないのか。
「受肉したんだし、疫病の呪いでも撒くか?……………気分じゃないな。それに意味がない」
オレ達の家に帰ろう。風邪をひいてしまう。
……………そうか、ヒトは飛べないのか。不便だ。
「『翼食むもの』よ」
オレの眷属を呼び出す。巨大な黒い蛇が、受肉したオレを乗せる。いつものように。けれど次の瞬間、オレを探し始めた。
違う、あの女はもう死んだ。オレは受肉したんだ。泣くんじゃない、もうチキンはもらえないぞ。
「ブラッシングもな」
「shaaaaaak」
『翼食むもの』が蛇行しながら進んでいく。なあ、オレは何をすればいい。いつもみたいにオマエのしたいことを言え。
……………。雨でもやますか。
「『水よ去れ』」
雨が止み、雲の切れ目から太陽の光が差し込んできた。なあ、知ってるかあれ天使の梯子って言うんだぜ。オマエは何回言っても覚えないけどな。
そろそろ家に着くから、身だしなみはちゃんとしておけ。父親にまた叩かれるぜ。ほら玄関で待ってる。
「ただい」
「今は何時だと思っている三時五十二分だぞ門限はもう五十二分も過ぎているなあなんでお前はこんなにできないんだ俺を心配させて何も思わないのか不出来なお前を養っている俺に失礼だと感じないのかお前は俺の慈悲で生かしてもらってるんだぞ。それにバイトなんかして俺から逃げようとしてるのはもう知ってるぞお前のバイト先にいって話は付けたぞお前は不出来で仕方がないので家でまだ教育する必要がありますってな残念だなお前はあの店から必要ないんだってななんだその目はああお前はあの女の子供だもんな昔の彼氏なんぞと一緒に消えるような阿婆擦れの娘だもんなおいなんで返事をしない」
「『黙れ』」
まったく、なんでオマエは同じことができるのにしなかったんだろうな。毎回頭下げる理由を聞いても答えてくれなかった。精神干渉なりすれば良かったものを。せっかく俺の力を分け与えた意味がない。それの顔色が紫になっていた。窒息か。風呂場で、オマエはよく同じことをされてたな。
「……………!……………」
「ああ、『息はしていい』。そうだな『死ぬまで北に走り続けろ』。『忘却されるものへの祝福』」
これで死ぬまで見つからない。去年それに生命保険を掛けといたから、受け取りはできるだろう。受取人はオマエにしてあるから受け取りはできる。
もう使わない道具はあれが死んでから捨てるか。警察に質問されたらマズい。ドラマで見たから知ってる。
「なあ、机でご飯が食べれるんだぞ。デリバリーもできるんだぞ。ピザにしよう。トッピングも色々あるんだぞ……………もうオマエは自由だ。くしゅん」
そうだ、風呂に入らなきゃな。『翼食むもの』、着替え取ってこい。ルピテルの
「shaaaak」
おお、お湯は雨と違って心地いいモノだ。今日はこれで十分だ。湯船に浸かるのは明日にしよう。
いや、髪は洗う必要があるのか。確か、ルピテルの
「『穢れを払い、美をルピテルに納める。我は怒り無き者。ただ無垢なる汝に仕える者』。この程度だったら一文でかけるだろ」
長ったらしく自分を褒めたたえる文を詠唱に混ぜるのはあいつの悪い癖だ。そのせいで封印されたのに懲りてない。あいつは嘘でも褒めれば満足する。オレと同格なのに危険度が下から二番目なのも、そのせいだ。
「『風よ払え』……………乾いたな」
服を着る。結構、古びているな。『澱を編むもの』に新しく作らせるか。
あとは、人間に必要なのは食事か。ピザを頼もう。オマエは肉が多いのが好きだった。旨いのか?
ピザはいろんな種類があるな。このスタンダードというやつと、マックスミートを頼もう。
対価に金貨は使えないのか。紙幣が必要、あいつがもらっていた紙のことだな。おお、あと二十分で作製が終わるのか。なら、少し家を改造する時間はあるな。地下室を工房にする。あそこが一番オレに合っている。
「『乙女を礎に城を築く。汝は杖を持ちて城門を叩かん。旅人は去れり。己の血を以って法とする。ここは我が領地。神の土地を簒奪するもの。十戒をここに破却する。祈り無き者たちよここに集わん』」
やはり、この術は体に響くな。門を作成すると考えれば代価は微小にもほどがあるが。門からオレの眷属たちが出てきた。スーツを着た人間の男に見える悪魔たちだ。
「明日までにここを工房にしておけ」
「かしこまりました。用途は」
「薬学」
地下室から出る。そろそろピザが来る、オマエはピザにはコーラが合うとか言ってたな。間に合うか?
匂いは小麦とチーズと加工肉。こんなものが旨いのか?安っぽい臭いがするんだが。いや、食べてないのに判断するのは早計だ。
「ピザタウンです。三千八百円です」
「五千円からで」
「千二百円のお釣りです。またのご利用お待ちしています」
「うふ。……………それなりに美味しいな。企業努力というやつか。だが一枚で良かったな、半分で満腹になりそうだ」
コーラを飲む。オマエが言うほど合っているのか?そうだ、オマエは氷を入れていたな。コップは、聖杯でいいか。
「『氷河の残差』」
お、氷を入れたらそれなりに良い。……………だが少しワインになってる。やはりこのワインは口に合わん。古い製法のだからか。炊事場にあった調理用のワインの方がいくばくかマシだ。
「かなり余ったな」
一枚と四分の一枚が残った。まだ食べられるけど、これ以上はいらない。オマエはなんで三枚も食べられたのか、肉体は同じだろうに。
半分くらいを冷蔵庫に入れて、あまりは眷属にやるとしよう。
地下室に降りるとほとんどできていた。今は細部を仕上げている。跪く眷属たちにピザの箱を渡す。
「食っておけ。これから人間として暮らしてもらうからな、慣れろ」
「は。人間として暮らすとは?」
「人間の世界は金貨はもう使わないらしい。紙幣というものが金になっている。働いて稼げ」
「かしこまりました」
オレは賢いからな。他の連中みたく詐欺や精神支配など使わん。働いて金を稼ぐ、こうすれば誰も文句は言わない。それに、悪魔祓いたちも、普通に働いている奴は攻撃はできないし。もし攻撃して来たら訴えることもできる。
「三カ月以内に就職しろ。できていなければオレの領地に戻れ」
「は」
「……………人に擬態できるのは三万体か。そうだな二十体も就職したら、他は戻れ。手が必要だったら好きに喚べ、管理責任は喚び出した奴が取れ。あとは、一日で解消できない問題が起きたら、オレに伝えろ。対処する」
ひとまずはこれで大丈夫か?喚んだ眷属たちを纏めるのは就職した奴にやらせるとして、オレとそいつらの中間役がいるな。あいつでいいか。『戯曲の道化』来い。
オレの影が膨らんで紫を基調にした道化の服を着た人間の女によく似た悪魔が出てきた。
「はいなんでしょう。受肉した祝いに一曲踊ります?」
「仕事だ。あと三カ月で、二十体を人間世界で就職させる。そいつらのまとめ役をやれ。不満を聞き出してオレに知らせろ」
道化がくるりと回りだす。いきなり歌いだしたら戻そう。無理なときはそうしろと言ってある。
そして、ピタリと動きが止まる。スポットライトが道化を照らし出す。
「それやったら殺しに来ません?私舐められているんですよ。一応、最古参なのに」
「お前は道化だ。王に
「では、魔界に戻りますね。最初の就職者が決まったら向かいます」
スポットライトが消えると道化も消えた。オレでも舞台の上でしか観測はできないからな。まともに戦えば、オレの腕位はもっていけると思うが。
「あとは、待つだけか……………ん?来客か」
ピンポーン
玄関を開けると紺色の制服の男と女がいた。白と黒の車が家の前に停まっている。官憲か。男の方は見たことがある。オマエの父親が役所で暴れたとき、対応していた官憲だ。オマエの振りをするか、違和感を持たれたら面倒だ。
「
「はい。私の父ですが。また何か父が人様に迷惑を」
「お父様がここから北に60キロほどにある嵯峨身女子高等学校のプールで溺死していました。発見時には、足の骨が原型を留めていない状態でした」
たった60キロメートルで死んだのか。現代の人間は思った以上に貧弱だな。だが上出来だ。見つかりやすい所で死んでくれて。念のため、悪魔祓いに見つかる前に遺体についてある痕跡を消しておくか。
「そうですか。遺体を確認することってできますか」
「……………驚かないんですね」
「今日の四時くらいに、靴も履かず急に家を飛び出して。様子がおかしかったので覚悟はしてました」
納得は……………してくれたか。真面目に仕事をしている者に精神干渉はしたくない。干渉をすると、どうしても普通からズレる。それは避けたい。
「そうでしたか。ご遺体は身元を確認できる所持品がありませんでしたので、ご本人様に身元確認をお願いすることになります。事件性があると思われているので、司法解剖を行う必要がありまして。……………その、詳しい話は署で」
「わかりました。家の鍵を閉めてもいいですか」
「ええ、もちろんです」
痕跡を消す術は、マダスローダの伝視書のこのページか。だが魔導書は目立つな、破くか。家の鍵は学校のカバンに入っていたな。そうだ、学校にも数日休むと連絡を入れないと不自然だな。父親が死んだので諸々の手続きを行うため、とでも言うか。
オマエの部屋に入る。久しぶりに入ったな。カバンはあれか。鍵があった。周囲を見渡すと散らかった部屋が目に入る。あとで片付けさせるか。
「お待たせしました」
「パトカーに乗ってください」
車の後部座席に乗り込む。ふむ、車の運転ができる眷属も必要だな。人前で説明のつく移動手段は持っておくべきか。
「よく、父だと分かりましたね。悪い意味で有名ではありましたが。……前にも、おまわりさんが対応してくださいましたよね」
「ええ、非常に有名でした。故人を悪く言うつもりはありませんが、あなたを気の毒に思っている警官は少なくありません」
「悪く言っていいんです。母も元の彼氏と私を置いて逃げました。母の手紙には父に無理やり結婚させられたと書いてありました。私が生まれてからは奴隷のように扱われたとも。それから…………私を愛せなかったことも書いてありました」
官憲の反応がない。まあ、昔から人間はこういう話になると口を閉ざす者は少なくない。昔、オレが王女は庭師との不義の子だ、と指摘したときも似たような雰囲気になった。
「……………お母様は、今どちらに?」
「ごめんなさい、分かりません。音信不通なんです。母の彼氏さんとは連絡が取れていたんですけど……最近は、その人とも連絡がつかなくなって」
確か、オマエが父親の仕事仲間に暴行された時と同じくらいの時期に連絡が取れなくなった。その時期に母親と絶縁した……………はずだ。脳の修復は難しいな、オマエの記憶がとぎれとぎれだ。………オレのことを低位の悪魔と思っていたのか。
「そうでしたか。………先輩あの時の男女って」
「深川が怒鳴り込んできた日の件か。女性の方は似ていたし、恐らくそうだろう。女性の方は服が着古されていたから覚えている」
「男性の方はきちんとした身なりでしたもんね」
「ああ。男は普通なのに、女性だけがあそこまで着古した服を着ているのは珍しい。そのくせ、仲は良さそうだった」
そんなこともオレが召喚される前にあったのか。……………古い記憶ほど欠損が激しいな、不意に小学生時代の友人に話しかけられれば、不自然に思われる可能性が高い。
それにオマエのように人の仲を取り持つ能力はオレにはない。オレは下らない世間話を聞いて面白がることもできない。情報伝達以外の機能を理解していても価値を感じられない。為政者としては欠陥だ。代替として道化は置いているが、それでも足りない。
「うっと、すみません。個人的な事情に踏み入ってしまって」
「いいんです。もう慣れていますから」
これで良いよな?他者が踏み込むと嫌悪感がある、それに対しての謝罪をしたときの返答としては自然か?
だから目下の課題はあれが死んだとオマエの友人が知った時どう反応して、オレはどうそれに答えるか、だ。
父親が死んだと聞けば悲しむ……いや、あれがオマエに何をしていたか知っている者なら違うか。安心する?
だが、あれを失ったオマエには同情するのか?オマエ本人が悲しんでいなければ?それを見て安心する者と心配する者がいる?それらに適切な反応はなんだ?可能性の択一化はこんな場合には使いたくはないけど、使うか?
「深川さん。お父様が死んで色々大変なことになります。でもくじけないでください」
「『千夜雨樋の一滴の狭間。鳥が羽ばたく間に我が息子は息絶える』………………………………………ありがとうございます。でも、少しは楽になれると思います」
思考加速使うと頭が痛くなるのか?まいったな。二倍なら大丈夫か?使えないとは思っていなかった。十万倍までできるようにした努力が無駄になった。
五倍まだ痛いな。三と四分の一倍これなら大丈夫か。微妙に心もとないな。
「何か言ったか?」
「先輩………すみません。先輩はあまりデリカシーがなくて……………先輩、親が死んだばかりの子にそんなこと言ってはダメです」
「いやその前になにかぶつぶつ言ってただろう」
かなり小声でやったんだが、聞かれたか?どう答える?何も言ってない。これはダメだ。かなり若いからな、耳が悪いということはないだろう。考え事。これにするか。
「すみません。考え事です」
「独り言を言うような子じゃないと思っていたんだが」
「先輩。あんな……………父親が死んだんですよ。そりゃあ少しくらい変になります」
なるほど、親近者が死ぬと多少の人格の変動はあり得るのか。参考にはなるな。
とすれば、父親がかなりの精神的負担を占めていたからそれに開放されて、人格が変化したことにするか。いや、オレとオマエじゃ違いすぎる。
それ以前にこの体は老いない。数十年後違和感を覚えられる。オマエは長く人付き合いができる奴だ。だから少しずつ切り離すのも難しいか。魔術で誤魔化すか?ダメだ。解き明かす目を持っている奴と遭遇したら厄介だ。
逆に考えろ、不老の存在としてなればいい。オマエはインチキとは言え魔導書を集めていた。その中に本物があったことにすればいい。古書店に本物を混じらせてそれを買うか。眷属に売らせれば問題はない。
そのためにはオレが本気で書く必要があるな。それに載っている魔術程度しか使ってはいけない。
思考加速は難易度が高いから却下。時間停止もダメ。分解光線はいいか、いろいろ変化させても便利だし。あとは冥府の霧を呼び出すのも必要だけど、使ったらマズい。追儺の術はお呪いとして、書いておこう。
悪魔を召喚するやつはちょっと間違えて書くか。トライアルアンドエラーで呼び出せるくらいにはしておく。終末の喇叭を呼び出す術もいれておこう。自爆用として。
あとは薬学のことで埋めるか。一応魔女として活動するつもりではあるし。
そしたらあれの荷物は早めに捨てたい。
「あの、父の荷物とか調べますか?」
「すぐ処分しなくて大丈夫ですよ。こちらで確認が必要なものもあるので、しばらくそのままにしておいてください」
「はい、分かりました」
失敗したな。女の先輩と言われていた奴の気配が変わった。いきなり踏み込みすぎたな。淫魔たちにも前戯をはさまないタイプと言われているのはそういうことか?性行為など次世代を作成するため以外に何があると思っているのは事実だが。それが情緒的なものがないという意味か。
「……………ハチ。警察署についたら二人きりにしてくれ。五分でいい」
「先輩?まあ、いいですけど。後で内容聞きますね」
マズいな。気付かれた。先輩とやらの警戒がこっちに向いてる。どう誤魔化すか?
そんなことを考えていると警察署が窓の外から見えた。思考加速は念のために常時発動させておく。
警察署のある一室でオレは先輩とやらと小さな机と挟んで椅子に座っていた。オレは机に置かれたお茶を飲む。安い茶だな。
そしてハチと呼ばれていた男が見えなくなってから先輩とやらは口を開いた。
「さて、君は誰だ?岬ちゃんじゃないだろう」
「えっと、深川岬ですよ……………嘘です。オレはまあ、アイツの体を貰った悪魔と言ったら信じるか?」
「ああ、信じる」
嘘だろ。悪魔は非科学的なモノと分類されてなかった?ドラマじゃそういう扱いだった。いや、オマエをちゃん付けで呼んだ。親しい仲だったから気付いたのか。オマエのオカルト趣味の事を知っていた、と考えたほうがいいな。
「一応、聞いておくが、なぜ気付いた」
「まず、立ち居振る舞いが丁寧すぎる。そしてあまりにも堂々としすぎだ。真似るならもう少しうまくやれ」
先輩とやらが指を二本立てる。そしてポケットからスマートフォンを取り出した。そこにはオマエと先輩とやらが写っていた。知らないぞそんなこと。
「それと、風格だ。岬ちゃんはこのような高圧的な態度をとるとすぐに謝罪をしてくる。知らなかったのか?ついでにもう一つ、礼儀作法だ。岬ちゃんは良く言えば豪快。悪く言えば育ちが悪い。今のお前は王族みたいだぞ」
「だから、別人だと?」
「ああ。同じ肉体を別の人が使っている。そういう様に見えた。……………岬ちゃんは前に言っていた。『父が死んで、私が別人みたいになってたらそれは悪魔です』とな」
オマエ、そんなことしていたのか。記憶にない、いや記憶から消したのか。オマエが使えた魔術には……………あった条件式の忘却魔術。死を発動条件にすれば、記憶には残らない。何のためにだ?この官憲は信用できる存在なのか?
「オカルト好きなことは知っていた。だから妄言として聞き流していたが。深川史郎の死体を見て、なんとなく嫌な予感はしていた」
「……………他に何か言っていたのか?」
「何も。ただ、深川史郎の足を見て感じた、これは人ではない何かがやったものだと。人が柔らかい肉塊になった脚で何百メートルも走ったと分かった時に、岬ちゃんがそう言っていたのを思い出した」
官憲の話に耳を傾ける。オマエこんなに思ってくれる人がいてなんで死んだ?
いや、もう無駄な話か。
「岬ちゃんは死んだのだろう。どうやって死んだのか教えてくれ」
「死の瞬間は見ていない。投身自殺としか分からなかった。オレは契約でアイツのミライは見ないことになったからな」
「防げなかったのか?未来が見えたのに……なぜ?」
そういう契約だとしか。いや、助けられる力を持った奴にそういう人間は多い。この官憲もその一人か。オレも見ていたら助けていた。違う、只の空虚な妄想だ。
「アイツはオレにミライを見るなと言った。オレはそれに従った。それだけだ」
「ああ、岬ちゃんはそういう子だからな。自分の意思で結果的に地獄に突き進む。父親と住むのを決めたのも自分の意思だった」
その記憶はあった。何だオマエ、まだ仲直りとかできると思ってたのか?あれがやらかして、その尻拭いのためにあれの友人に乱暴されたというのに。いや、長年そういう環境にいた生き物はそういう判断をするとかテレビで見たことがある。
意思は己の欲のために。オレの言ったことオマエは学んでなかったのか。──そろそろ五分だな。ハチとやらがこっちに来る。
「そろそろ五分だ。オレはあれに用がある。連絡は後でする」
「そうか。私も色々話し合いたい」
先輩とやらを置いて部屋を出る。ハチとやらが案内してくれるようだ。それに着いていく。魔術の痕跡を消すためにあれとまた顔を合わせるのは、腹立たしいが。自分でやったことだしな。