第4話は、前回の居酒屋でのプリティアーナの発言の直後からスタートします。
今回はマオの口から、彼がこれまでに経験してきたことの一部が語られます。
「……この世界の人、ではない……?」
個室居酒屋の板張りの床に、五条新菜が間の抜けた声を落とした。
箸を握ったまま固まっている彼の隣では、大きな瞳をこれでもかと見開いた喜多川海夢が、あぐらをかいた姿勢のまま完全にフリーズしている。
部屋を支配したのは、文字通りの茫然自失だった。
「え、待って!? 待って待って待って!」
真っ先にフリーズから復帰したのは海夢だった。
勢いよく身を乗り出し、身振手振を交えながら、オタク特有の早口で怒濤の質問をぶつけ始める。
「異世界転生的なやつ!? 剣と魔法のファンタジー世界から聖女の祈りで召喚されたとか、そういうこと!? だからそんなに規格外に強いの!?」
黒髪に黒縁眼鏡をかけた地味な佇まいの少年――眞緒は、そんな彼女の熱量に一切引きずられることなく答えた。
「転生じゃなく転移だな。元の世界はここ同じような時代背景がベースの現代世界だった。時代が一九九〇年代で、二〇年以上前だな。ただ悪霊、妖怪、悪魔が一般に認知されていて、それを退治する職業がココと違って成立していた、俺は元々その退治屋の仕事をしていた。仕事をしてたおかげで
淡々と返された言葉に、乾紗寿叶が息を呑む。現実と虚構の境界線が足元から崩れるような感覚に全員が呆然とする中、海夢が「異世界を渡り歩いてきた」という部分に激しく食いつく。
「え、じゃあさじゃあさ! マオ君のいたところ以外にも、ここと同じ『魔法少女のいる世界』ってあったりするのかな!?」
「…あった。多分あれがそうだろうな。そことは別の世界でさ、『魔法少女』と銘打ったその世界のアニメがやっててな。タイトルに『少女』ってついてるのに、主人公が二十代で子持ちになっても、まだそのままのタイトルで続編をやってたぞ」
「えっ……二十代、子持ちで、魔法少女……?」
海夢や紗寿叶の顔が、別の意味で困惑に染まった。異世界の斜め上すぎるアニメカルチャーに頭を悩ませる彼女たちの横で、新菜が大真面目な表情で首を傾げる。
「あの……眞緒。喜多川さんが言っているのは創作のアニメの話ではなくて、そういった世界自体が本当に有るか、という話では?」
「ん? ああ、そうか。わかりにくかったな。ある世界Aで現実に戦う魔法少女の出来事を、別の世界Bでは創作物としてアニメ化をしていたという話だ。Aでの出来事と酷似した内容の、その創作物のタイトルに『魔法少女』が付いていた、という話だな」
「それって、どういうことかしら?」
それまで静観していたプリティアーナが、興味深そうに身を乗り出してきた。眞緒は当たり前の事実を並べるように言葉を続けた。
「つまるところ、世に出回る創作物というものは、百パーセント製作者のイマジネーションのみでもたらされたモノなのか? ということだ。往々にして物語を紡ぐ者たちは、『神が下りた』『ネタが降ってきた』『電波を受信した』などの、自分の思考以外の所から話のネタが沸いたような表現を取る。これが、異世界をユメや妄想の中で覗き見ることのできる力だとしたら?」
「「「「……っ!?」」」」
新菜も、海夢も、紗寿叶も、その妹の乾心寿も、今度こそ完全に言葉を失った。
「覗き見た世界を作品として世に出す。まあその過程で見栄えとか話の展開や構成で細部が変わるかもしれんし、実はバッドエンドなのに、大団円で気持ちよく終わりたいから、無理やりハッピーエンドにしたりな。百パーセント作者の創造でないけど想像部分がないわけではない」
一拍置き、眞緒は呆然とする海夢を見据える。
「喜多川の聞きたいことを結論から言うと。『フラワープリンセス烈』の世界がある可能性は高い。ただしアニメ通りの物語がその世界で起こっているかは実際行ってみるまで分からん。制作陣に聞いて回って創作部分をすべてそぎ落とせば、現実に近づくと思うがな」
「え、じゃ、じゃあさ……マオ君はその『烈』の世界に、行くことってできるの……!?」
「あるかもしれないが、その世界を狙っては行けない」
「え、どういうこと……? 世界を移動できるんでしょう?」
「移動はできる。でも、その世界の場所を知らないから行けない。地図とコンパスなしで、海原を彷徨うようなもんだ。どこにもたどり着けないで、次元の間で未来永劫彷徨うことになる可能性もなくはない」
あまりに規模の大きすぎる話に、新菜たちはただ戸惑う。
すると、新菜がふとした疑問を口にした。
「……だとしたら、眞緒はどうやってこの世界にたどり着いたの?」
「性質の近しい世界の間には、引力のようなものが働いてるんだよ。島と潮流の様な関係と捉えてもいいかもな。次元の海に大きな流れがあって、似たような文化や文明の世界同士は、その潮流で引き寄せられやすくなってる。ある程度流れには抗うことができるが、その場合どこにもたどり着けない可能性もあるからな。俺は流れに身を任せて、ここに流れ着いた。」
---故に異世界漂流者。
新菜たちは何と言っていいか分からず、ただ呆然と目の前の少年を見つめる。
眞緒はさらに淡々と言葉を重ねた。
「そもそも、今いる世界から出る事自体に莫大なエネルギーが必要だし、そこからさらに次元の潮流に逆らって、狙った世界へたどり着くためにも大量のエネルギーがいる。空間を割く必要もある。そして目的地の場所がわからない。不可能だろ? 普通に考えれば、」
あまりに現実離れしたエネルギー問題と、マオの迷子事情。新菜たちが戸惑って沈黙する中で、眞緒は至って平然と言い放った。
「自分の意志で元居た世界にも帰れない……要するに、今の俺は異世界間の迷子――漂流者(ドリフター)ってところだ」
「まあ、そんな恐ろしいリスクを背負ってまで、よその世界に行こうなんてワタシならお断りね☆ 今は
眞緒はばつが悪そうに、すっと目をそらした。
壁の時計を見上げながら、プリティアーナが落ち着いた仕草で告げる。
「さて、夜も更けてきたことですし、今日のところはそろそろお開きにしましょうか」
新菜や海夢、心寿も、非日常の連続による疲労を滲ませながら、帰り支度を始めようとした。
すべてが日常へと戻ろうとする弛緩した空気の中で、紗寿叶だけが止まったままだった。
彼女は俯き、自分の膝の上で握りしめた両拳を小さく震わせている。
隣に座る心寿が、その異変に気づいて心配そうに声をかけた。
「お姉ちゃん……?」
「あの……一つ、お聞きしてもいいでしょうか」
蚊の鳴くような、しかし芯のある声が部屋に響いた。
全員の視線が彼女に集まる。
紗寿叶は意を決したように顔を上げ、プリティアーナを真っ直ぐに見つめた。
「『魔法少女協会』を……その、見学させていただくことは、可能、ですか……?」
「えっ、ジュジュさま!?」
海夢が驚きの声を上げる。新菜も目を見開いた。
一般人として関わらずに帰れば、明日からはまた普通のコスプレイヤーとしての日常に戻れるはずなのに、自ら裏社会の深淵へ見学を申し出る言葉。
プリティアーナは驚く様子もなく、ただ穏やかな声音で問い返す。
「何故かしら? 理由を聞いても?」
問われた紗寿叶は、視線を揺らしながら、とつとつと魔法少女への思いを口にし始めた。
「私、ずっと『フラワープリンセス烈』のシオンに憧れて、コスプレをしてきました。衣装を着ている時は、自分が本物の魔法少女になれたような気がして、それが本当に嬉しかった。……でも、今日、あなたたちという本物に出会って……自分がただの、偽物の真似事をしていただけなんだって、思い知らされたの」
一度口にした思いの丈は止まらず、彼女の言葉はどんどんヒートアップしていく。その熱は、居酒屋の個室という境界を越え、周りの人間を呑み込むほどの勢いをもって膨れ上がっていく。
「圧倒的な力、本物の魔法。それに比べて、私のやっていることは子供騙しの衣装遊び。……そう分かったのに。頭では理解しているのに。どうしても諦めきれないの! 私はただ可愛い格好をしてちやほやされたいわけじゃない! 誰かのために命をかけて戦う、気高くて美しい本物の魔法少女という存在への憧れを、私は、どうしても捨てきれない……!」
プリティアーナはその紗寿叶の剥き出しの情動を完全に、静かに見抜き、その瞳は紗寿叶を真っ直ぐに射抜き続けていた。
ようやく熱が収まり、言いたいことをすべて言い切った紗寿叶は、急に我に返ったように消え入りそうな声で言う。
「……とりみだしました。ごめんなさい」
「あら? 何を誤る必要があるの? 好きという感情を発露させることに謝ることなんてないのよ?」
プリティアーナはフッと優しく唇を綻ばせ、大人の包容力を滲ませて微笑んだ。
その言葉に、紗寿叶はハッとして顔を上げる。
新菜や海夢たちも、プリティアーナの大人の優しさに表情を和らげた。
プリティアーナは微笑みを湛えたまま、次の言葉を口にする。
「紗寿叶ちゃん……あなた、
突然目の前に開かれた、憧れた世界へと続くと思われる扉。
紗寿叶は息を呑んだまま、ただ硬直していた。
第4話をお読みいただきありがとうございました。
説明会もいよいよ終盤となり、マオの口からこれまでの経緯が明かされました。
そしてラスト、プリティアーナから紗寿叶へ向けられた、衝撃的なスカウトの一言。
この言葉が一同にどのような波紋を広げるのか、物語はここからさらに大きく動き出します。
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