少女は魔法使いのキセキを見るのか?   作:わたぬき※

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いつもお読みいただき、ありがとうございます。

世界の裏側の事情を明かされた乾姉妹。一連の異常事態をハッキリと認識してしまった彼女たちを送り届けるため、真咲眞緒は夜の静寂が降りる住宅街へと同行します。駅からの帰り道、静まり返った夜道を歩む三人の間で交わされる会話。

第6話をお楽しみください。


第6話:その日少女は漂流者の所業を垣間見る

――ピッ、と自動改札機が電子音を響かせ、三人の少年少女を駅の外へと吐き出した。 

埼玉の廃病院から個室居酒屋へと場所を移し、現実離れした『怪異』と『魔法少女』の説明を終えてから、電車を乗り継ぐこと一時間以上。 

駅を出たところで、時刻はすでに夜の十九時半を回っている。人通りの途絶えた夜道を、三人は横に並んで歩き出した。 

 

 

「……なぁ、二人とも。今更なんだけどさ」 

 

 

黒縁眼鏡の奥の目を気怠げに細め、真咲眞緒は隣の姉妹へと視線を向けた。

 

 

「親御さんに、帰宅が遅くなることって伝えてる? 無断でこんな時間まで連れ回したってことになってないよな」

 

 

その問いかけが響いた瞬間。 

隣を歩いていた乾心寿が、あ、と小さく口を開けたまま完全に凍りついた。 紗寿叶もまた、ハッとしたように足を止める。

 

 

「あっ、お姉ちゃん……大変。お母さんからの着信、色々ありすぎて完全に気付かなかった……!」

 

「嘘、やだ、私も……っ。あの時、お店に入る前に音もバイブも切って、そのままにしてたわ……!」

 

 

青い顔で大量の不在着信の画面を見つめる姉妹の様子を見て、眞緒は額を手で押さえた。 

夜の十九時半過ぎ。連絡もなしに女子中高生姉妹を、見知らぬ男子高校生がこんな時間まで連れ回して送り届けてきた――その事実を家にいる母親がどう受け止めるか、その合理的な結論は想像に難くない。

親の視点から見れば、娘二人をかどわかした不審者そのものだ。

下手をすれば、ただでさえ歪な己の社会生活に、余計な泥を塗る羽目になる。

 

 

「……よし。今すぐ母親に掛け直せ。細かい説明が必要なら、俺が代わりに話すから」

 

「ふぇ? あ、はいっ!」 

 

 

眞緒の冷静な促しに、心寿は震える指先で即座に母親の番号へとコールを入れた。 

電子音が一度。――ピッ、という接続音と共に、スピーカーの向こうから焦燥と怒りの混じった母親の声が響く。

 

 

『心寿!? 今どこにいるの、お姉ちゃんとも連絡がつかなくて――』

 

「あ、お母さん、ごめんなさい! あの、今駅に着いて……その、遅くなった理由は、今一緒にいる人が説明してくれるから、代わるね……っ!」 

 

パニックで要領を得ないまま、心寿は差し出すように眞緒へとスマートフォンを預けた。 

それを受け取り、耳元へと当てた瞬間――眞緒の声色が変わった。 

姿勢は歩いていた時の自然体のまま、声音だけを、どこぞのサービス窓口で聞くような、立て板に水のごとき滑らかな発声へと切り替える。

 

 

「お電話代わりました。本日、お嬢様方の送迎の付き添いを務めさせていただきました、マオと申します。此方の不手際により、御引留めが長引いてしまいましたこと、まずは幾重にもお詫び申し上げます。事後報告となってしまった非は、すべて私どもにございます」 

 

要所をぼかしつつも、一切の隙がない敬語による、突然の流れるような謝罪。 

スピーカーの向こうの母親は、娘のスマホから突如響いた見知らぬ男の、あまりに落ち着いた声に完全に面食らい、言葉を詰まらせて閉口した。

 

 

『……あ、ええと……マオ、さん、と言いましたか。あの、娘たちは……』

 

「はい。お二方ともご無事です。お宅に送り届けるまで、責任を持って対応させていただきます」

 

『……分かりました。お手数をおかけして申し訳ありません。娘たちをよろしくお願いいたします』

 

 

 ――ピッ、と、それ以上の追及を挟ませない空気のまま、通話は数十秒で簡潔に終了した。 

スマホを返された乾姉妹は、見たこともない社会人がするような対応をしてみせた眞緒の姿に、目を丸くして完全に硬直していた。

あの母親を、少ない会話で納得させたのだ。

さっきまで、ただの気怠げな同世代の高校生だと思っていた相手への、純粋な驚愕がそこにはあった。

 

 

「……貴方、そんな話し方もできたのね」 

 

 

紗寿叶が、呆然とした様子で掠れた声を漏らす。

 

 

「できるよ。これでもちゃんと社会の歯車として、日夜それなりに働いてるからな。……まぁ、俺は多少形が歪だとは思うがな」 

 

 

異世界から流れ着き、協会の外部協力員という裏の顔を持つ己の立場を自嘲するように、眞緒は黒縁眼鏡を指先で押し上げながら平然と言ってのけた。

 

 

 

 

その淡々とした言葉に姉妹が小さく息を呑む中、心寿がずっと胸に引っかかっていた疑問を恐る恐る口にした。

 

「あの、眞緒さん。さっきからその……スマフォにお話しされて、スマフォの設定替えていたように見えたんですけど。アシストAIでしたっけ? それでそういう設定ってできましたっけ?」 

 

 

その問いに、眞緒は歩みを止めることなく、ポケットからもう一つのものを取り出した。

 

 

「スマフォが喋ってるわけじゃないんだよ。本体はこれ」 

 

 

それは一枚のカード、表にはローブ着てランプと杖を持った老人が描かれている。 

眞緒は周囲に人目が全くないことを確認すると、それを手に持ったまま短く呟いた。

 

 

「――ヘルメス・モードリリース」 

 

 

その言葉を起点として、カードが淡く光って形状を変えていく。眞緒が地面にその石突をつけた瞬間、――シャンッ!と澄んだ音が鳴った。

彼の手に収まったのは、先端に宝石がはめ込まれた、仏教で使われるような錫杖であった。

 

 

「これが俺の魔法の杖ってやつ。正式名称は隠者の錫杖・ヘルメストート。インテリジェンスデバイスといわれる、意思のある武器だよ。」 

 

 

主の言葉に呼応するように宝石が淡く明滅し、流暢な英語の音声が聞こえた。

 

 

『Nice to meet you, ladies. I am Hermes Thoth, the intelligent device assigned to Master Mao. Pleased to be of service.』

 

「……喋った……!?」

 

「持ち主の魔力を使って、任意で魔法を発動したり, 発動の補助をしたりするAIみたいなもんだ。まぁ、これが無いと魔法が使えないってわけでもないんだけどな」 

 

 

驚きに目を見開く姉妹の前で、眞緒は空いた片手を軽く上方へと掲げた。 瞬間、彼の周囲の空間に、魔力でできた球体が複数、ふわふわと展開される。

 

 

「わぁ……! ブラックロベリアの魔法攻撃みたい……本当にできるんですね……!」 

 

 

暗い夜道を淡く照らす魔力の輝きに、心寿は目を輝かせて素直な感動の声を上げた。 

だが、その隣に立つ紗寿叶は、違った。 

彼女は、目の前の光景から一瞬たりとも目を離すことができない。

息をすることすら忘れたように、ただただ、その光を見つめている。

ずっと憧れ、夢にまで見た『本物』が、今、目の前で現実として広がっているのだ。

彼女の眼差しには、隠しきれない憧憬が宿っていた。

 

 

「っと、これくらいでいいか」

 

 

 眞緒が手を握ると、魔力球は――シュウゥゥンと音を立てて空間に溶けるように消滅した。

錫杖も再び光と共にカードへと戻り、彼のポケットへと収まる。

 

 

「じゃあ、さっき喜多川さんから電話が来る前に、通知を全部弾いてたのも、そのヘルメスさんが……」 

 

 

心寿は、海夢への対応があれでよかったのか不安そうにこちらの顔を伺っている。

眞緒は再び三人で並んで歩き出しながら、口を開いた。

 

 

「いいんだよ。あの手の面倒な奴は、正面から真面目に対応したら負けだ。下手に丁寧に対応すると、余計に距離を詰めてくる。雑にあしらうくらいが丁度いいんだ。……まぁ、完全に無視を決め込めば、さすがに嫌われてるって理解できる頭はあるから安心しろ」 

 

 

海夢の明確な取り扱い方法を伝授する眞緒。 

だが、ふと疑問が頭をよぎる。

 

 

「……それにしても、なんで鍵垢なのに、あんなに一斉にフォロリクの通知が来たんだ? 鍵垢なら、ジュジュのフォロー相手は見れない仕様じゃなかったか?」

 

「わからないわ。わたし、鍵垢フォローしたことないし」

 

「私も……」 

 

SNSの仕様に対する疑問は、紗寿叶と心寿に聞くには難しかったようだ。

まあ投稿や閲覧だけだと、そこまで仕様を把握する必要もないかと思い直し、歩きながら自身のIDを検索してみると、その検索結果の画面に、自身のアカウント名を晒している複数の投稿と、大手掲示板のリンクが並んで表示されていた。 

 

リンクの先は『【美少女コスプレイヤー】ジュジュ様 雑談スレ』。 

 

ログを追えば、「ジュジュのフォローが0から1になった」という一瞬の隙を突き、ツールのAPIログから自分のIDを特定して晒し上げた特定班の書き込みが残されている。

 

 

(こいつらか……) 

 

 

自身の平穏を脅かすネット民の晒し行為に対し、眞緒はそのIDを敵と認識した。 

彼はスマフォの画面を見つめたまま、口を突いて出た言葉が…。

 

 

「ヘルメス。こいつら、適当に処理しておいて」 

 

 

耳元に、デバイスの機械音声が聞こえた。

 

 

『Understood. Executing physical and electronic optimization.』 

 

その、あまりにもあっさりとしたやり取りを隣で聞いていた乾姉妹は、「それだけ?」と不思議そうな顔でマオを見つめた。

自身のIDが晒されたと知れば、運営への削除依頼や注意勧告など、気の遠くなるような面倒な手続きが必要になるものとばかり思っていたからだ。

これからネットの向こうの相手に何が起きるのか想像すら及ばない二人は、ただ拍子抜けしたように小首を傾げるだけだった。

 

静まり返った夜の中、乾家へと続く道を、三人は歩き続けるのだった。

 

やがて、目的地の邸宅が視界に入ったところで、眞緒はそれとなく周囲の街並みを観察した。

 

(…ここなら別の怪異から狙われることもないだろう。)

 

漂う気は驚くほど霊的に安定しており、よほどのことがない限り生活圏内での危険はないと判断する。

 

 

――カチャリ。小気味よい解錠の音が鳴り、玄関扉が開いた。外を窺いながら姿を現した女性が、乾姉妹を見つけて優しく目を細める。

 

「おかえりなさい。二人とも」

 

 

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

乾姉妹の家へと無事に送り届けた眞緒。ネット民への「処理」や、魔法の実演など、まさに彼女たちにとっては常識外の事柄を見ることとなりました。

【蛇足っぽいモノ】
一方その頃のプリティアーナたち(プリティアーナ、五条新菜、喜多川海夢)

「……あの、プリティアーナさん。さっきからずっと俺のことを気に掛けてくださっていますけど、何かあるんでしょうか。」
「あら、そんなことないわよ。ただね、ちょっと気になっちゃって…。マオちゃん、普段は他人に一切興味がないスタンスでしょう?」
「そうなんですか? そうでもない気がしますが。クラスでも普通に誰とでも話してますし」
「あら学校ではそうなの? じゃあ仕事がらみとかで線引きしているのかしら。…でもね、そんな中で以前、あの子が協会の依頼をすべて蹴って、音信不通になった時期があってね?なんでそんなことしたのかって後から聞いたら、『ダチが困っているから助けてた』ってそれだけ言って話を切られたの。その時は誰のことか分からなかったんだけど……今日、あの子の口から直接『友達』だって言質が取れたから。それが新菜くん、あなただったのねって確信したのよ」
「……っ、眞緒、そんなことまで……。あの時期は、色々なことが重なって……そこに中間試験と日々の家事まであるから手が回らなくて、俺、本当に頭がパンクしそうだったんです。そうしたら眞緒が突然家に来て、『お前は衣装のことだけ考えてろ』って、家事を全部引き受けてくれて。じいちゃんの見舞いも代わりに毎日行ってくれて、テストも平均点が取れるようにって、付きっきりで勉強の計画まで立ててくれて……。俺、本当に眞緒に救われたんです。あの環境を作ってもらえなかったら、俺、どうなってたか……」
「えっ、待って!? なにそれ初耳なんだけど! 五条君、なんであたしにそれ言ってくれなかったの!?」
「あ、いや……喜多川さんには言うなって、眞緒に口止めされていて。もし喜多川さんに言ったら、あいつを巻き込んでも賑やかしにしかならないから秘密にしとけ、って……」
「はあああ!? ひっど!!! あたしそんなお荷物扱いされてたの!? マオ君マジでなんなの、超ムカつくんだけど!!」
「んー、でもねぇ、海夢ちゃん。あなた、家事とか勉強って得意な方なのかしら? それとも、とりあえず形だけ出来るっていう程度なのかしら?」
「え? あ、いや……それは、まぁ、普通というか……とりあえず出来る、くらい、ですけど……」
「あの子の基準で考えるとね、『とりあえず出来る』って人の言うことは最初から当てにしてないのよ。要するに、海夢ちゃん。あなたあの子から、完全に『できない人認定』されてるわね」
「……う、嘘でしょ……あたし、そんな、できない子扱い……っ」
「あっでもこうも言ってました。話を聞いた喜多川さんが最悪、衣装の依頼を取り下げるかもしれない、職人として一度受注をしたなら最後までやり遂げないとこれから先もつらいことが有ると逃げるようになるかもしれない、それでいいのか?って……決して喜多川さんが邪魔だったわけではなく、余計な心配をかけて依頼にまで影響するのを気にしたんじゃ…」
「あら?マオちゃんてば冷めてると思ったら、ちゃんと男の子してるじゃない。ほら、もうすぐ大宮駅に着くわよ。二人とも、荷物の忘れ物はないかしら?」
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