少女は魔法使いのキセキを見るのか?   作:わたぬき※

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いつもお読みいただき、ありがとうございます。

乾家の門前で展開される、魔法バレについての誤魔化しを乾の親にするための説明回?となります。

第7話をお楽しみください。


第7話:その夜少女は魔法使いの夢を見る

――カチャリ、と静かな夜の高級住宅街に、小気味よい解錠の音が響いた。

 

 

「おかえりなさい。二人とも」

 

 

そう言って玄関扉を開け、姿を現したのは、スラリとした立ち姿の美しい女性であった。この時、一歩引いた位置にいた眞緒の姿は、その女性の視点からは全く見えていなかった。

背の高い心寿と小柄な紗寿叶が横に並んでいたため、その影にすっぽりと隠れてしまう配置になっていたからだ。姉妹の無事な姿を確認した女性は、ほっと胸を撫で下ろしたものの、先ほど電話越しに聞こえたあの落ち着いた男性の声の主――てっきりスーツを着こなしたサラリーマン風の人でも立っているのだろうと想像していた相手が見当たらないため、困惑したように小首を傾げた。

 

 

「連絡をくれた、マオさんという方は……?」

 

 

母親の視線に気づき、心寿と紗寿叶が左右に少しずれる。

遮るものがなくなり、開けた視界の先で、ついに乾母と眞緒の視線が正面から交錯した。 

 

 

「こちらが電話で話してくれたマオさん」

 

「あら……?」

 

 

乾母の口から、戸惑いの声が漏れた。

目の前に立っていたのは、想像していた貫禄のある大人の社会人ではなく、黒髪に黒縁眼鏡をかけた、心寿よりも頭一つ分以上背の低い、小柄な少年だったからだ。 

 

同時に、眞緒の側もまた、眼鏡の奥の目を僅かに見開いて内心で呟いていた。

 

 

(……あれ?)

 

 

乾家がそれなりの資産家であることは邸宅の構えから察していたため、もっと落ち着いた品のある四十代のマダムを想像していたのだ。しかし、目の前にいる女性は、心寿たちの「もう一人の姉」と言われても何ら違和感がないほどに肌の艶も立ち姿も若々しい。もし二十歳で長女の紗寿叶を産んでいたとしても三十六歳のはずだが、とてもそんな年齢には見えなかった。 

 

 

「初めまして。お二人のお姉さんでしょうか? 夜分遅くに突然お邪魔してしまい申し訳ありません。ご両親のどなたかは、ご在宅でしょうか?」

 

 

あえて母親とは呼ばず、電話越しのあの立て板に水のごとき極上のビジネススマイルと発声を向ける。 

その言葉を聞いた乾母は、一瞬きょとんとした後、すぐに「あらあら」と頬を緩めて本当に嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「フフッ、私がこの子たちの母親ですよ。マオさん、ですね?」

 

「これは大変失礼いたしました。あまりにもお若いので、てっきりお姉様かと思ってしまいまして……」

 

「ウフフ、上手ね。でもありがとう、嬉しいわ」 

 

 

乾母が機嫌よく声を弾ませるのを確認すると、眞緒はすぐさま表情を引き締め、本題の「取り繕った言い訳」へと滑らかに移行した。

 

 

「お二人には、本日利用されていた撮影スタジオのスケジュールブッキングの件で、当方の予定と重複してしまいまして。その確認と、今後の機会損失に対する弁済のご説明をさせていただいていたため、帰宅いただく時間がこのように遅くなってしまいました。誠に申し訳ございません」 

 

 

完璧な敬語と、いかにもそれらしい大人の事情を並べ立てた説明。

娘たちを危険な目に遭わせたわけではなく、むしろ誠実な事後処理のために時間を割いていたのだと理解した乾母は、深く納得したように何度も頷いた。

 

 

「いえいえ、滅相もないわ。心寿からの電話でも、マオさんがとっても誠実に対応してくださったって聞いていましたし……お気になさらないでくださいね」

 

 

大人の社交辞令を完璧にこなす少年の姿に、乾母は感心したように目を細める。そして、ふと思いついたように娘たちへと視線を向けた。

 

 

「ところで貴方たち、夕食はまだでしょう? お腹空いてない?」

 

「あ、それはマオさんが説明の時にごちそうしてくれて……お店で食べてきたから大丈夫!」

 

 

心寿が慌ててそう答えると、乾母はなるほどと頷き、再び眞緒の方へと向き直った。

 

 

「そうなのね。マオさん、本当に何から何までありがとうございます。もしよろしければ、この後お茶でもいかがかしら? 詳しいお話も伺いたいですし、ぜひ中で」

 

 

丁寧ながらも、親としての核心に踏み込もうとする母親からの提案が、静かな夜の玄関口に響いた。

 

 

 

乾母からの丁寧なお茶の誘いに対し、眞緒は眼鏡の位置を直しながら、自然な笑みを浮かべて首を横に振った。

 

 

「お気遣いありがとうございます。ですが、この後まだやることが残っていますので、今日はこのまま失礼させていただきます」

 

「あら、そうなの? 残念だわ。それじゃあ、またいつでも遊びに来てね」

 

「ありがとうございます。機会がありましたら是非。それでは」

 

 

一礼し、眞緒は乾家の玄関先から門へと歩き出す。

背後からは、乾母と、未だにどこか現実感のなさそうな顔をした紗寿叶、心寿の視線が向けられていた。

 

眞緒は歩みを止めることなく、ポケットから取り出したヘルメストートへと魔力を込めた。

光と共に独鈷が本来の長さへと伸長し、手の中でその錫杖を一回転させて地面へと突く。

 

――シャンッ!

 

澄んだ金属音が夜の静寂に響き渡ると同時に、まばゆい魔力の光が彼の身体を包み込んだ。

ほんの一瞬、光が弾けて収まったときには、白髪のロングポニテを夜風に揺らし、黒衣を纏った魔法使いの姿がそこにあった。

 

 

「……ヘルメス」

 

 

マオが短く呟くと、手にした錫杖の宝石が妖しく明滅し、耳元へ冷徹な機械音声が応答を返す。

 

 

『Flyer Fin, online. Executing high-altitude flight sequence.』

 

 

瞬間、マオの背中から、大型の猛禽類を思わせる漆黒の羽根がバサァッ!と音を立てて大きく広がった。

周囲の空間に、まるで本物の鳥の羽のような黒いエフェクトが舞い散る。

その漆黒の残滓が空間に溶けるようにして収まると、彼の両手足、そして四肢の先へと、小さな翼の造形をした仄青い発光体が形成されていく。

重力から完全に解放されたマオの身体が、――ふわっと音もなく夜空へと浮き上がった。

 

 

「っ……!?」

 

 

背後で、乾母か、あるいは心寿の、息を呑むような驚愕の声が漏れた。

マオは地上から数メートルの高さで静止し、ゆっくりと振り返った。その背にあるのは、夜の静寂を静かに照らす月明かりであった。

淡い月光を背に浴びて、夜空に佇む黒衣の少年。

地上からそれを見上げる乾紗寿叶は、完全に言葉を失っていた。夜空に浮かぶ少年のシルエットは、かつて自分が焦がれ、夢にまで見たアニメのあの光景と重なっていた。憧れ続けたものが、今、目の前で現実のものとして存在している。その事実を、彼女はただ見つめていた。マオは上空からその眼差しを受け止め、静かに口を開いた。

 

 

「――乾紗寿叶。君は、魔法少女になれる」

 

 

その一言が、静かな夜気に溶けて紗寿叶の耳へと届いた瞬間。彼女の身体を、電撃が走ったような衝撃が突き抜けた。

目の前の少年が背負う月光が、彼女の目には、暗闇を照らす希望の光として映り込んでいた。絶句し、目を見開いたまま震える紗寿叶に対し、マオは短く告げた。

 

 

「またな」

 

 

――バシュンッ!

 

 

直後、空気を鋭く切り裂く音と共に、マオの身体は光の軌跡を残し、夜空の彼方へと一瞬で飛び去っていった。あとに残されたのは、突風に揺れる乾家の庭木と、ただ呆然と夜空を見つめる三人の静寂だけだった。

 

 

 

 

 

「……ふぅ。やっぱり飛ぶと早いな。これなら五分とかからずに家に着くぞ」

 

高度数百メートル。夜風を切り裂きながら、超高速で飛行していたマオは、手応えを感じて満足げに息を吐いた。

しかし、眼下に流れる夜景を眺めながら、ふと先ほどの離陸時の光景を思い出し、眉をひそめて手にした錫杖の宝石へと語りかけた。

 

 

「なぁヘルメス。さっきの飛行魔法の開始エフェクト、あの羽根が舞い散る演出は何だ。ああいうのはやめろっていつも言ってるだろ」

 

 

主人の呆れ声に対し、耳元から冷徹で無機質な機械音声が即座に応答を返す。

 

 

『Negative. Visual effects maximize psychological impact on the target. Actually, a full transformation sequence was planned, but omitted due to time constraints. I allocated all resources to this flight effect.』

 

「全力を注ぐな。というか変身バンクなんてやるわけないだろ。……まぁ、乾姉のやる気に繋がったのなら、そこだけは認めてやるが――」

 

『Correction. Total number of observed audience is three. Present: Inui Sajuna, Inui Shinju, and their mother.』

 

「……は? 母親?」

 

『Affirmative. Target's mother witnessed the entire transformation and high-speed flight sequence from the front. Clear and complete visual recognition confirmed.』

 

(……待てよ?)

 

 

飛行の慣性で前髪を揺らしながら、マオの身体から、みるみるうちに冷や汗が吹き出していく。

 

 

(……あの場にいた母親って、まだ何も事情を知らない、ただの普通の一般人だよな……?)

 

 

新菜や海夢、乾姉妹は、あの廃病院で怪異に襲われたことで、認識阻害を貫通して世界をハッキリと視認している。

だが、あの母親は違う。電話で少し話しただけの、怪異の「か」の字も知らない、ただの綺麗な一般人だ。

当然、協会の認識阻害の魔法がかかっているはずだが、それはあくまで「戦闘を見ても、なんだ魔法少女か、と流される」程度のものであり、目の前で地味な男子高校生がいきなり光を放って戦闘服に変身し、背中から羽根を撒き散らして夜空へ超高速で飛び去っていくという、個人の不審極まりない異常行動を隠蔽できるものではない。

 

――つまり自分は、何の説明も、協会への隠蔽処理の報告もしていない一般人の目の前で、変身と飛行をこれでもかと見せつけて飛び去ってしまったことになる。

 

(……あ、やっべ!!!???)

 

マオの顔が引きつる。

後に、この大ポカを知った協会幹部のプリティアーナから叱責を受け、責任として後日乾母への説明と「ペナルティ」を強制される未来が確定した瞬間であった。

冷たい月明かりの下、マオの情けない悲鳴だけが、夜空に虚しく消えていった。




ここまでお読みいただきありがとうございました!

格好良く決まったかと思いきや、やっぱり何処か抜けているマオでした。
次回はいよいよ、魔窟「魔法少女協会本部」への見学会となります。

それでは、今回の余韻をほんの少しだけ。


【蛇足っぽいモノ】
『その後の乾家での会話』
「お、お姉ちゃん……! マオさんの今の魔法、本当に凄かったね……!」
「……ええ」
「特にあの、背中から羽根がバサァッて広がって、綺麗に舞い散って溶けていったところなんて……もう、本物のアニメの演出そのもので……っ!」
「ちょっと、心寿、落ち着きなさい……っ!」
「だって! もしお姉ちゃんが本当に魔法少女になったら、やっぱりあんな格好いい系の衣装なのかな!? それともジュジュのイメージで、ピンクでフリフリの可愛いお洋服だったりして――」
「まだなれるって決まったわけじゃないでしょ。あの人が、その場のノリで調子いいことを言っただけかもしれないし……」
「そんなことないよ! マオさん、すっごく真剣な目をしてたもん!」
「……魔法なんて、そんな簡単なものじゃないわよ」
「お姉ちゃん、顔赤いよ?」
「赤くないっ! ほら、もう夜遅いんだから、早く寝る支度をしなさい……っ!」
「……でも、お姉ちゃんが本物の魔法少女になるなんて、私、すっごく楽しみだな……!」
「……そうね。そうなったらいいわね」
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