出会いと最初の壁
訓練校の薄暗い回廊。月明かりだけが差し込む窓際に、 篁唯依は立ち尽くしていた。引き結ばれた唇、微かに震える指先。彼女は己の背負う「篁」の名と誇りに押しつぶされそうになっていた。
「おい、そこ。通路を塞ぐな」
声をかけたのは、俺だ。
胸には、五摂家の影に怯え、捨てられた「スペア」の身分。武家への嫌悪感から冷徹に言い放った俺に、唯依は凍りつくような視線を向けた。
「……用がないなら、さっさと行ってください。私はあなたのような平民崩れに構う暇はない」
その声は強い。だが、その内側で何かが確実に軋んでいた。
疑問と眼差し
冷たくあしらわれても、俺の脳裏には唯依の姿が焼き付いて離れなかった。――なぜ、あんな目をしている?
完璧な礼節、正当な後継者としての気高さ。それなのに、彼女の表情はまるで「罰」を自らに課している受刑者のようだった。
俺は崇宰家から、武家の業、そして「もしもの時のスペア」としての教育を嫌というほど叩き込まれていた。だからこそ分かる。唯依のそれは、誇りではなく「呪い」に縛られた者の震えだと。
数日後、演習場景の隅。整備中の機体の陰で、唯依は一人、膝を抱えて息を詰まらせていた。誰にも見せない、崩れかけた素顔。
「……また、その顔か」
俺はわざと足音を立てて近づいた。唯依はハッと顔を上げ、瞬時に仮面を被り直す。
「何のつもり? 監視のつもりなら、他所へ行って」
「監視じゃねえよ。ただ、見ていて不愉快なだけだ」
「なっ……」
声かけと変化
「正当な後継者が、自分で自分の首を絞めて、何が『帝国の盾』だ」
俺の言葉に、唯依の碧い目が怒気と困惑で揺らぐ。平民の血が混じり、家名すら奪われた俺だからこそ言える毒だった。
「お前は全部を背負い込もうとしている。家のため、父の名のため、大儀のため。だけど、肝心のお前自身はどこにいる?」
「……あなたに、私の何が分かるというの! 私は、道を誤るわけにはいかないのよ!」
「分からないさ。俺はただの平民だ」
俺はふっと息を吐き、彼女の前に歩み寄った。
「だけどな、使い捨てとして生きる地獄を知っているからこそ、見えるものもある。本物の当主様が、そんなボロボロの操り人形みたいになってる姿は、見ているこっちが吐きそうだ」
唯依は言葉を失い、俺を見上げた。彼女の瞳から、冷たい鎧が少しだけ剥がれ落ちる。
「……あなた、名前は」
「――どうでもいいさ。ただの、名前のない日陰者だ」
背中を向けて歩き出す俺の背中に、微かな、しかし震えの消えた声が届いた。
「待って……」
足は止めない。だが、二人の距離が決定的に変わった瞬間だった。