カムチャッカでの死闘から数日後。ユーコン基地の医療棟にある、特別に隔離された一室。
全身に包帯を巻き、ベッドに横たわる恭夜を待っていたのは、BETA以上の強敵――激怒した義姉、崇宰恭子の襲来だった。
「この、大馬鹿者が……ッ!」
入室するなり、恭子の怒号が狭い病室に響き渡った。
五摂家当主としての威厳をかなぐり捨て、恭子は恭夜の枕元に詰め寄ると、その端正な顔を怒りで真っ赤に染めていた。
「計画の為、唯依の為とはいえ自ら死地に残るなど……! 私は、あなたをそんな捨て石にするために、あの家から守ったわけではありません!」
「恭子姉さん……すまねえ、だけど唯依が――」
「言い訳など聞きません!」
烈火のごとく怒っていた恭子だったが、次第にその肩が小刻みに震え始める。美しく凛としたその瞳から、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ち、恭夜の胸元を濡らした。
「……怖かったのです。また、私の手が届かないところで、大切な家族を失うのではないかと……」
恭子は耐えかねたように、ベッドの上の恭夜をきつく、壊れ物を労るように抱きしめた。
武家社会の歪みに抗い、陰ながら弟を愛し続けてくれた唯一の肉親の涙。恭夜は無事な方の腕をそっと姉の背中に回し、静かに目を閉じた。
「……心配かけて、本当にすまなかった」
◇
そんな身内の修羅場が落ち着いた後、今度は別の意味で緊迫した「看病バトル」が幕を開けた。
「恭夜、お粥を持ってきました。熱いですから、私が冷ましますね。ほら、あーん、してください」
「いや、唯依……自分で食えるって。腕は動くから」
「駄目です! あなたは私のために、あんな無茶をしたのですから! 今は私の言うことを聞きなさい!」
いつもは凛々しい開発総官の篁唯依が、エプロン姿でかいがいしく恭夜の口元へスプーンを運んでいる。その頬はほんのり赤く、付きっきりで看病する姿は完全に恋する乙女のそれだった。
そんな光景を、病室の入り口に寄りかかりながら、苦虫を噛み潰したような、最高に面白くなさそうな顔で見つめている男がいた。ユウヤ・ブリッジスだ。
「……チッ。命懸けの囮をやると、そんなご褒美がついてくるわけか。割に合わないな」
ユウヤの小さく尖った呟きを聞き逃さず、何も言わずユウヤを見るのであった
その日の夜中。消灯時間を過ぎ、静まり返った病室。
見舞いと称して、なぜかパイプ椅子に座って残っていたユウヤに、ベッドの恭夜が静かに声をかけた。
「……おい、ユウヤ」
「なんだ。起こしたか?」
「いや、起きてる」
恭夜は天井を見つめたまま、少しだけ真面目な声を出した。
「昼間、お前、妙な顔してたろ。……まさか、俺があそこまでやったからって、唯依から身を引くなんて思ってないよな?」
ユウヤは一瞬、ハッとして言葉を詰まらせた。
確かにユウヤの胸中には、唯依を護るために単機でBETAの群れに突っ込み、ボロボロになって帰還した恭夜の「覚悟の重さ」に、一歩引いてしまうような、複雑な感情が芽生えていたのは事実だった。
そんなユウヤの迷いを見抜いたように、恭夜はフッと不器用な笑みを浮かべ、ユウヤを睨みつけた。
「これくらいで揺らぐような恋なら、唯依は俺がさっさととっちまうぞ、アメリカ野郎」
その言葉は、恭夜なりの、最高に不器用な激励だった。
お前はそんな柔な男じゃないだろ。俺を命の恩人みたいに扱って遠慮するな。対等なライバルとして、これからも正面からかかってこい――。
血筋に苦しんできた二人にしか分からない、男の信頼がそこにはあった。
ユウヤは少し呆然とした後、フッと肩の力を抜き、いつもの生意気で不敵な笑みを取り戻した。
「……ハッ、言うね。誰が身を引くかよ。言っておくが、次は俺がアイツを護る。お前の出る幕なんて残さないからな、スペア補佐官」
「へっ、その意気だ。楽しみに待っててやるよ」
闇夜の病室で、二人の男は拳を軽く突き合わせ、再び同じスタートラインに立つ。
恋も、戦術機開発も、ここからが本当の真剣勝負。彼らの戦いは、極寒のアラスカの夜を熱く焦がしていくのだった。