恭夜の怪我が完治し、ユウヤとの「不知火・弐型」のデータ取りもいよいよラストスパートだと気合を入れ直した矢先。ユーコン基地に、各国の精鋭衛士が一堂に会する一大コンバット演習「ブルーフラッグ」の開催が告げられた。
その日の夜、基地内のバー。
多国籍の衛士たちで賑わう喧騒の中、ユウヤは少し緊張した面持ちで、カウンターに座る唯依に向き合っていた。恭夜から「身を引くつもりか?」と発破をかけられたユウヤは、不器用ながらも彼女との距離を縮めようと、ある提案を口にしようとしていたのだ。
「……篁。もし良かったら、次の休みにでも、お前のその剣術を俺に教えてくれな――」
「ハッ! 誰が誰に剣を習うって? 聞き捨てならないな、ユウヤ・ブリッジス」
ユウヤの言葉を遮るように、下劣な嘲笑が響き渡った。
現れたのは、かつてアメリカ軍でユウヤが所属していた部隊『インフィニティーズ』の元同僚、レオン・クゼだった。レオンは周囲の衛士たちに聞こえるような大声で、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。
「おいおい、アメリカの最先端技術を捨てて極東のブリキ玩具(不知火)にへばりついてると思えば、今度は日本の女に尻尾を振って習い事か? どこまで落ちぶれれば気が済むんだ、この『裏切り者の混血野郎』が」
かつてアメリカで受け続けた、血筋への侮辱と偏見。
最も触れられたくない過去の傷を突かれ、ユウヤの身体がカッと強張る。言い返そうとしたユウヤの拳が悔しさで震えた――その、刹那だった。
「――どけぇっ!!」
バーのテーブルを派手に踏み台にし、凄まじい風を切りながら空中に跳んだ影があった。
徹底的な崇宰の戦闘教育によって研ぎ澄まされた、狂いなき跳躍。
恭夜はそのまま、レオンの驚愕に染まった顔面のド真ん中に、全体重を乗せた美しい軌道のライダーキックをクリーンヒットさせた。
「ぶふぉっ!?」
ドゴォッ!! と鈍い衝撃音が響き渡り、レオンは派手に吹っ飛んでジュークボックスに激突。鼻血を吹き出しながら床に転がった。静まり返るバーの全視線が、着地した恭夜に集まる。
恭夜は肩で息をしながら、床に倒れたレオンを冷酷な目で見下ろし、大声で吐き捨てた。
「おい、そこでのびてる腐れアメリカン!! 俺の相棒を、知った風な口で侮辱してんじゃねえよ!!」
その怒号は、かつてユーコン基地に赴任してきたばかりのユウヤに対して、恭夜が「国に帰れアメリカ野郎!」と怒鳴り散らした、あの最悪の出会いの夜と全く同じ、荒々しくも真っ直ぐな声だった。
ハッとして恭夜を見るユウヤ。
あの時は拒絶の言葉だった。だが、今の恭夜の言葉は――自分を「相棒」と呼び、自分のために世界のすべてを敵に回して怒ってくれた、極上の救いの言葉だった。
「……ハッ。相変わらず、手より先に足が出る野郎だな、お前は」
ユウヤは呆れたように片手で顔を覆ったが、その口元は、かつてないほど晴れやかな笑みに歪んでいた。アメリカでも日本でも、どこに行っても「孤独な混血」として弾かれてきた自分が、今、このアラスカの地で、命を預け合える本物の戦友(あいぼう)に守られたのだ。
「恭夜……! またあなたという人は、バーでそんな大暴れをして……!」
唯依が顔を真っ赤にして立ち上がり、ぷんぷんと怒りながらも、どこか誇らしげに恭夜の無茶を見つめている。背後では上総が「いいキックだったわ」と密かに親指を立てていた。
「よお、ユウヤ。お前の過去の因縁だか何だか知らねえが、ブルーフラッグだろ?」
恭夜はレオンから視線を外し、ユウヤの肩にバチンと腕を回して不敵に笑った。
「あの鼻持ちならないアメリカの最新鋭機どもを、俺たちの不知火・弐型で完膚なきまでに叩きのめしてやろうぜ」
「……ああ。言われなくても、そのつもりだ」
ユウヤは恭夜の拳に、迷いなく己の拳をゴツンとぶつけた。
かつて血筋に苦しんだ二人の衛士の絆は、いまや何者にも引き裂けない鋼の強さとなり、ブルーフラッグという新たな戦場へ向けて、爆発的な闘志を燃え上がらせるのだった。