アラスカ・ユーコン基地の近郊にある、知る人ぞ知る天然の隠れ温泉。
ブルーフラッグが始まる前に衛士達の慰労として、アルゴス小隊やイーダル小隊を交えた全員で訪れたはずだったのだが──。
「……おい、ユウヤ。完全に道迷ったぞ。タリサたちの声も聞こえねえ」
雪深く、湯煙が立ち込める夜の回廊で、恭夜は頭を掻きながら唸っていた。
脱衣所を間違えたのか、あるいは敷地の広さに惑わされたのか、恭夜とユウヤの二人は、他のメンバーとは完全に逸れてしまっていたのだ。
「フン、お前が『こっちだ』って自信満々に歩くからだろ、スペア補佐官。……まあ、いいさ。目の前にあるこの湯、どうやら貸切みたいだし、先に入らせてもらうぞ」
ユウヤは呆れつつも、目の前に広がる、岩に囲まれた見事な露天風呂に目を輝かせた。白濁とした温泉からは、旅の疲れを一瞬で吹き飛ばしそうな心地よい熱気が立ち上っている。
二人は腰にタオルを巻き、ふぅ、と深い息を吐きながら湯船へと浸かった。
「あぁ……極楽だな。アラスカのクソ寒いコックピットに閉じ込められてたのが嘘みたいだ」
「全くだ。……だけどな、アメリカ野郎。俺の隣に寄るんじゃねえ、狭いだろ」
冷たい夜風と温かい湯のコントラストに、二人がようやく肩の力を抜いた、その時だった。
反対側の湯煙の向こうから、パシャリ、と水を割る静かな音が聞こえ、二つの人影が姿を現した。
「……あら? 誰か先客が……」
「お姉様、湯気が凄くて前がよく見えません……。……って、ええっ!?」
湯煙が風に煽られてふわりと晴れた瞬間、恭夜とユウヤの目は点になった。
そこにいたのは、なんと別のルートから道に迷い、偶然にも同じ露天風呂へと行き着いてしまった篁唯依と、義姉の崇宰恭子だったのだ。
「き、恭夜!? それにブリッジス少尉まで、何故ここにいるのですか……っ!?」
唯依は顔を一瞬で真っ赤に染め、手にした小さなタオルで慌てて身を隠そうとした。
お湯が白濁しているおかげで水中は見えない。だが、濃い湯煙の向こうにボヤけて浮かび上がる唯依のボディライン──キュッと引き締まった細いウエストと、そこからなだらかに広がる豊かな胸のシルエットが、視覚をこれでもかと刺激する。
「お、おい……これ、やべえだろ……」
「……ああ。目のやり場に困るな……」
いつもなら「スペア補佐官」「アメリカ野郎」と言い合う二人が、今ばかりは同時に激しくドギマギし、真っ赤になって視線を泳がせた。湯煙でボヤけているからこそ、かえって想像力を掻き立てられ、二人の男の心臓はドラムのように跳ね上がっていた。
「唯依、落ち着きなさい。……なるほど、彼らも道に迷ってしまったのね」
対照的に、恭子様は大人の余裕を崩さない。長い髪をアップにまとめ、大人の色香に満ちた佇まいでゆったりと湯に浸かっている。だが、その視線が恭夜へと向けられた瞬間、極上の「姉の微笑み」へと変わった。
「まぁ、恭夜。怪我の痕はもう痛まないようね。こうしてあなたと温泉に浸かれるなんて、お姉様はとっても嬉しいわ」
「ね、姉さん、嬉しいのは山々だけどさ……! 頼むから、もう少し隠してくれ! 目のやり場に困るだろ!」
恭夜は真っ赤になって顔を背けた。徹底的な戦闘教育を受けた恭夜でも、実の姉の圧倒的な美貌と、一歩間違えれば大問題になるこの状況には完全に狼狽していた。
一方ユウヤはそのあまりにも魅惑的な恭子の入浴姿に、視線が、無意識のうちに吸い寄せられてしまった。
「……ッ!!」
その瞬間、恭夜の「弟のレーダー」が凄まじい反応を見せた。
恭夜はユウヤの真横に一瞬で詰め寄ると、ユウヤの肩に手を回し、BETAを睨みつける時以上の凶悪な眼光でユウヤを威嚇した。
「おい、アメリカ野郎……。今、どこ見てやがった」
「な、何の話だ。俺はただ……」
「白々しい嘘ついてんじゃねえよ! 俺の、大事な恭子姉さんにそんな不埒な目を向けるんじゃねえ! そのドスケベな両目を今すぐ瞑るか、それともこの湯船の底に沈められたいか、どっちだコラ!!」
「誰がドスケベだ! 不可抗力だろ! そもそもお前だってさっきから篁のシルエットを凝視してただろ!」
「俺は唯依を見てドキドキしてただけだ! 姉さんを見るのは身内として絶対に許さん!」
「理屈になってねえよ、このシスコン補佐官が!」
湯船の中で、盛大にお湯を飛び散らせながら、大の大人がジャブの応酬のような掴み合いを始める。
「な、二人とも……! 温泉の中でまで、そのような破廉恥な喧嘩はやめなさい……っ!」
唯依が顔を湯面まで沈めて真っ赤になりながら、ぷんぷんと怒って湯を撥ね退ける。
その怒る姿でまた湯煙の向こうのボディラインが揺れ、恭夜とユウヤは同時に「ぶふっ」と鼻血を吹き出しそうになって動きを止めた。
「ふふ、本当に仲が良いのね、あなたたちは」
恭子様は楽しげにクスリと笑い、お調子者の弟たちのバカ騒ぎを温かく見守っていた。