フェイズⅢへの強化計画が着実に進み、不知火・弐型が「世界最強の機体」へと姿を変えつつあったある日のこと。
ユウヤと恭夜の、唯依を巡る男同士の競い合い――どこか微笑ましくもあったその恋のバトルは、あまりにも唐突に、そして決定的な形で終わりを迎えることとなった。
発端は、計画の最高技術顧問であるフランク・ハイネマンが、唯依を一人、薄暗い執務室に呼び出したことだった。
「篁総官。君には、彼を……ユウヤ・ブリッジスをこれ以上深く計画に関わらせる前に、知っておくべき真実がある」
ハイネマンが静かに差し出した一枚の機密書類。それを受け取り、目を通した唯依の瞳が、驚愕と絶望に大きく見開かれた。
書類に記されていたのは、ユウヤの隠された本当の出自。
――ユウヤ・ブリッジスの実の父親は、かつて日本帝国戦術機開発の重鎮であり、唯依が誰よりも尊敬し、その背中を追ってきた父、篁祐唯その人であった。
ユウヤは、篁祐唯がかつてアメリカに渡った際に設けた子。
つまり、ユウヤと唯依は、血を分けた「異母兄妹」だったのだ。
「そんな……そんな、嘘です……! ユウヤが、私の、兄……?」
書類を持つ唯依の指先が激しく震え、紙がカサカサと音を立てる。
これまで自分を拒絶し、反発し、けれど共に死線を越える中で恭夜と同等に信頼し、一人の男性としても意識し始めていたあの男が、自分の実の兄。血筋という名の過酷な運命が、再び唯依の前に立ち塞がった。
◇
その日の夜、重い足取りで廊下を歩く唯依の姿を、恭夜は見逃さなかった。
声をかけようとした恭夜だったが、唯依のその表情を見た瞬間、かつて訓練校の暗い回廊で「篁の呪い」に押しつぶされそうになっていたあの時の顔、いや、それ以上に今にも壊れてしまいそうなほど悲痛な顔をしていることに気づき、息を呑んだ。
「……唯依、どうした? 何があった」
恭夜がただ事ではない気配を察して肩を掴むと、唯依は堪えきれずに、恭夜の胸に顔を埋めて声をあげて泣き崩れた。
ハイネマンから告げられた残酷な真実を、涙ながらに恭夜に打ち明ける唯依。
すべてを聞いた恭夜は、天を仰ぎ、言葉を失った。
(ふざけるな……。どいつもこいつも、なんで血なんかで、こんなに苦しまなきゃならねえんだよ……!)
自分は崇宰の「不浄の血」と罵られて家を追われ、ユウヤは「混血」と蔑まれて居場所を無くし、そして今度は、唯依とユウヤが「同じ血」を引いているがゆえに、その想いを引き裂かれる。この世界の、血という名の理不尽な呪いへの激しい憤怒が、恭夜の胸の中で煮えくり返った。
しかし、恭夜はすぐに自分の感情を抑え込み、泣きじゃくる唯依の背中を、かつて恭子姉さんが自分にしてくれたように、大きな手で優しく、力強く包み込んだ。
「唯依……辛いな。だけど、俺がいる。上総も、恭子姉さんだっている」
恭夜は唯依の涙をそっと拭い、その目を真っ直ぐに見つめた。
「ユウヤが俺たちの『相棒』であることは、これまで積み上げてきた不知火のデータが証明してる。あいつの血が何色だろうが、誰の息子だろうが関係ねえ。あいつは、お前が造り出す最高の一機(フェイズⅢ)の翼だ。……だから、あいつの前では、お前は最強の開発総官でいてくれ」
「恭夜……」
「恋敵のあいつがお前の『兄貴』だって言うなら、これからは俺がお前の特等席(パートナー)になって、一生支えてやる」
不器用だが、これ以上ないほど温かい恭夜の誓い。
実の兄という真実を知り、ユウヤへの恋心を胸の奥底に封印せざるを得なくなった唯依。しかし、その壊れそうな心を繋ぎ止めたのは、同じく「血の呪い」を知る恭夜の、どこまでも真っ直ぐな存在だった。