「――黙っているのはフェアじゃない」
唯依が流した涙の冷めやらぬ夜、恭夜はユウヤの部屋のドアを叩いた。
血筋という理不尽に人生を狂わされてきた二人だからこそ、本人に真実を隠し通すことなど、恭夜のプライドが絶対に許さなかった。例えユウヤに憎まれようとも、すべてを明かす。それが「相棒」に対する、恭夜なりの誠実さだった。
部屋に入るなり、恭夜はハイネマンから受け取った機密書類をユウヤの机に叩きつけた。
「これを見ろ、ユウヤ。お前の本当の親父の名前だ」
訝しげに書類を開いたユウヤの目が、次第に点になった。そこに並ぶ「篁祐唯」の文字。日本の、そして唯依の父親の名。
「……何の冗談だ、これは」
ユウヤの声が、低く震え始める。アメリカで「混血野郎」と蔑まれ、己を捨てた日本人を呪って生きてきた。その父親が、自分が一人の女性として意識し始めていた、篁唯依の父親だったという残酷すぎる現実。
「アイツが……篁が、俺の妹だと……? 嘘だろ、何でこんな……!」
頭を抱え、ベッドに崩れ落ちるユウヤ。己の存在そのものを否定されたような絶望と、歪んだ運命への苦悩で、彼の心は激しく瓦解しかけていた。
そんなユウヤの胸ぐらを、恭夜は迷うことなく掴み上げ、壁に叩きつけた。
「しっかりしろ、アメリカ野郎!!」
「離せ、恭夜! お前に俺の何が分かる……!」
「分かるに決まってるだろ!!」
恭夜の怒号が部屋に響く。
「俺は崇宰の血を引きながら『不浄』と罵られて名前を奪われた! お前はアメリカで『混血』と弾かれた! 血筋がなんだ、親父が誰だ! そんな下らねえ呪いに、今更お前の何が変えられるってんだよ!」
恭夜はユウヤの胸ぐらを掴んだ手に力を込め、その濁った目を真っ直ぐに見つめた。
「お前をここまで連れてきたのは、篁の血じゃねえ。お前自身の操縦技術と、死線を越えてきたその意地だろ。親父が誰だろうが関係ねえ。お前は、俺が認めた世界でたった一人の相棒だ! 篁の、唯依の造ったあのフェイズⅢを駆れるのは、お前しかいねえんだよ!大体な、実の妹だろうと唯依は俺達にとって大切な人だろ!!」
「恭夜……」
ユウヤの瞳に、再び鋭い光が灯る。自分を縛る「血の呪い」を、目の前の男は、これまで積み上げてきた「絆と実力」という圧倒的な事実でねじ伏せてくれた。
「……フッ、本当にお前には敵わないな」
ユウヤは自嘲気味に笑い、恭夜の手を振り払うと、鋭い闘志をその目に宿した。
「ああ、そうだ。俺の価値を決めるのは、親の血じゃない。この腕だ」
数日後。ユーコン基地の広大な演習場。
この歪んだ運命を背負ったまま、三人は日本本国からの「公式査察」という最大の試練を迎えていた。
計画反対派の政治家たちが送り込んできたのは、帝国近衛の象徴である白の武御雷
「平民崩れとアメリカの混血が駆る不知火など、我が至宝・武御雷の敵ではない。計画の無意味さを証明してやる」
通信回線から聞こえる本国衛士たちの、傲慢で見下したような声。
だが、コントロールルームでインカムを握る唯依の瞳には、以前のような迷いや弱さは一切なかった。
「恭夜、ユウヤ、XFJ計画のすべての答えを、あの者たちに見せてやりなさい!」
「「了解!!」」
ユウヤと恭夜の駆る2機の不知火・弐型 フェイズⅢ(ユウヤが白、恭夜が青)が、爆発的なスラスター音とともに荒野を駆ける。
武御雷が近衛特有の隙のない剣技で襲いかかるが、フェイズⅢの機動性は、すでに彼らの想像を遥かに超越していた。
「――遅いんだよ、お前らは!」
ユウヤは機体の限界を完全に見切り、武御雷の長刀を紙一重で回避。そこへ上空から恭夜が、狂いなき軌道で、武御雷の視界の死角へと強襲をかける。
「な、何だこの連携は!? 動きが読めない……!」
焦る本国衛士。家柄や血筋という「既定の枠組み」の中でしか戦えない彼らに、血の呪いを自らの実力でぶち破ってきた二人の異次元のコンビネーションが通用するはずもなかった。
ユウヤの白いフェイズⅢが、背部の跳躍ユニットを極限まで明滅させながら、武御雷の懐へ滑り込む。
「我が国の誇りを踏みにじるか、混血野郎が!」
「黙れ! 俺たちの誇りは、この機体(フェイズⅢ)と、コイツを造ったアイツ(唯依)の執念だ!!」
鋭く閃いたフェイズⅢの74式近接戦闘長刀が、武御雷の四肢を瞬時に切断。判定上の完全な大破(撃破)へと追い込んだ。
さらに、回り込もうとした残りの機体も、恭夜の執拗な格闘戦によって完膚なきまでに叩きのめされる。
演習終了のブザーが鳴り響いた時、モニターに映し出されていたのは、五体満足で静かに佇む白と青の2機の不知火・弐型フェイズⅢと、地に伏した近衛の至宝たちの無残な姿だった。
コントロールルームは、静まり返っていた。本国の反対派政治家たちは、言葉を失い、ただ震えていた。
血筋がどうだ、正統がどうだ。そんな下らない精神論を、圧倒的な「力」と「結果」でねじ伏せてみせたのだ。
コックピットハッチが開き、極寒のアラスカの風を受けながら、ユウヤと恭夜は互いの機体を見上げてニヤリと笑った。
ハンガーへ帰還した二人を、唯依は満面の笑みと、少しだけ潤んだ瞳で迎えた。
「見事でした、二人とも……! 私たちの、最高の機体です!」
「ああ、篁。……いや、唯依」
ユウヤは初めて、彼女を親しみを込めて名前で呼び、そして恭夜を振り返った。
「これからは、俺がアイツの『頼れる兄貴』として世界を護る。だから恭夜――お前は男として、アイツを生涯支えてやってくれ」
「へっ……言われなくたって、そのつもりだ」
恭夜は唯依の隣に一歩歩み寄り、その小さな肩を優しく、力強く引き寄せた。
血筋という不条理に人生を翻弄された三人は、アラスカの地で自らの手で運命を書き換えた。兄として世界を護る翼となったユウヤと、その隣で唯依の生涯のパートナーとして歩むことを誓った恭夜。彼らの新型機は、いまや人類の絶望を切り裂く、唯一無二の希望の光となっていた。