XFJ計画が完遂されBETAとの永きにわたる戦いが人類の勝利で終結し、世界に本物の平和が訪れてから数年後。
帝都の由緒ある式場は、戦後の復興を象徴するかのような、華やかで温かい光に包まれていた。
本日の主役は、かつてアラスカで世界を救う翼を造り上げた、篁唯依と崇宰恭夜。
純白のウェディングドレスに身を包んだ唯依は、これ以上ないほど幸せそうな、眩しい笑顔を浮かべていた。その隣に立つ恭夜も、高級なタキシードに身を包み、どこか照れくさそうに、しかし誇らしげに彼女の手を握っている。
最高の瞬間――のはずだったが、新郎新婦のひな壇のすぐ近くには、腕を組んで凄まじい威圧感を放っている男がいた。
「……おい恭夜。一応言っておくが、結婚式が終わったからって調子に乗るなよ。もし唯依を泣かせるようなことがあれば、俺はいつでもフェイズⅢを起動して、お前をアラスカの大地に埋める準備ができているからな」
シスコンの最高峰へと上り詰めた「実の兄」、ユウヤ・ブリッジスである。
せっかくの晴れ舞台だというのに、隙あらば恭夜を鋭い目で牽制し、妹との距離を測ろうとする義兄に、恭夜は引きつった笑みを返した。
「おいおい、アメリカ野郎。結婚式の最中まで凄むんじゃねえよ。唯依はもう俺の妻なんだ、いい加減諦めて身を引きやがれ」
「ふん、籍を入れたくらいで俺の『兄としての権利』が消えると思うなよ」
「二人とも、せっかくの式なのですから、喧嘩はやめなさい!」
唯依が顔を真っ赤にして小声で叱り、ようやく二人は視線を逸らした。後ろでは上総が「相変わらずね」とクスクス笑っている。
◇
披露宴が始まり、歓談の時間。
恭夜はふと、招待客の席へと視線を向けた。そこには、家名を奪われスペアとして地獄を見ていた自分を、本当の弟として愛し、命懸けで守り抜いてくれた最愛の義姉――崇宰恭子の姿があった。
今日も現当主としての気品に満ちた、美しい着物姿で微笑んでいる恭子。
だが、その彼女の隣に立ち、親しげに、そしてどこか楽しげに言葉を交わしている一人の男の姿が、恭夜の目に留まった。
斑鳩崇継。
五摂家筆頭である斑鳩家の若き当主であり、戦時中も確固たる理知と実力で帝国を支えた傑物だ。
二人はグラスを傾けながら、時折ふっと柔らかい笑みを浮かべ合っている。傍から見れば、美男美女の実に見事な、絵になる光景だった。
しかし、姉を誰よりも慕う恭夜の「弟フィルター」は、その光景を全く違うものとして捉えていた。
(……おい。なんだ、あの斑鳩の野郎)
恭夜の目が、突如として獲物を狙う猛禽のように鋭く細まる。
ただの社交の会話にしては、二人の距離が妙に近く見える。なにより、あの厳格で、めったに他人に本心を見せない恭子姉さんが、あんな風に自然な笑顔を向ける男など、これまでの人生で一人も見たことがなかった。
(まさか……あの野郎、俺の大事な姉さんをたぶらかそうとしてるんじゃねえだろうな!?)
脳内でアラートが鳴り響く。
五摂家筆頭だか何だか知らねえが、姉さんを奪おうとする奴は、全員「姉さんを狙う悪い虫」だ。
「おい、恭夜。顔が怖いぞ、何を見てるんだ?」
不審に思ったユウヤが、恭夜の視線を追って斑鳩と恭子の姿を見た。
「ああ、斑鳩の当主か。戦時中もアイツら、裏で色々と連携してたみたいだしな。お似合いの二人じゃないか」
「お似合いなわけあるか、この頓馬アメリカン!!」
恭夜はユウヤにだけ聞こえる声で激しく突っ込んだ。
「あの男のあの目を見ろ! 社交の面を被りながら、姉さんを値踏みするような……絶対に何か企んでる目に決まってる! 姉さんは純粋で優しい人なんだ、あんな油断も隙もない男に騙されてまるまる喰われちまったらどうするんだよ!」
「いや……崇宰の当主様がそんな簡単に騙されるわけないだろ。お前、さっきまで俺のことをシスコン扱いしてたくせに、自分は相当なブラコン……いや、シスコンだな?」
ユウヤが呆れ果てた目で指摘するが、今の恭夜の耳には届かない。
自分の結婚式だというのに、恭夜は完全に「姉を護る戦闘モード」に入り、ひな壇から斑鳩崇継を激しい殺気で睨みつけ続けていた。
その凄まじい視線に気づいたのか、斑鳩崇継がふっと恭夜の方を向き、全てを見透かしたような、大人の余裕に満ちた笑みを浮かべて軽くグラスを掲げてみせた。
「――っ、あの野郎、完全に煽ってやがる……! 式が終わったら、不知火・弐型(フェイズⅢ)でアイツを引きずりまわして、どっちが上かハッキリさせてやる……!」
「恭夜、いい加減にしなさい! あなたが斑鳩様に殺気を飛ばしてどうするのですか!」
ついに唯依の怒りの拳(軽いツッコミ)が恭夜の頭にクリーンヒットし、恭夜は「痛っ……!」と頭を押さえた。
血筋の呪いを乗り越え、ようやく掴み取った平和な世界。
妹の幸せを監視する兄と、姉の幸せ(?)を不器用に見張る弟。
かつて戦場で死線を共にした二人の最高の衛士は、平和になった世界でも、それぞれの「大切な家族」を守るために、賑やかで熱い日常を繰り広げていくのだった。