訓練校の掲示板の前。
貼り出された総合戦技訓練の成績表の最上段には、当然のように篁唯依の名が刻まれていた。
同期たちが羨望と嫉妬の混じった視線を向ける中、当の唯依だけは、張り詰めた表情のまま小さく息を吐き、すぐにその場を立ち去ろうとした。
誰もが「篁の人間なら当然だ」と片付けるその光景を、俺は少し離れた柱の陰から見ていた。
完璧な成績。なのに、彼女の瞳には微塵の達成感もない。あるのは「失敗しなかった」というだけの張り詰めた安堵。
その痛々しい横顔に、俺の胸の奥で、かつて地獄のような武家教育の中で唯一の救いだった人の記憶が呼び覚まされる。
家を追われ、泥水をすするような平民の暮らしに落とされても、俺を本当の弟のように案じ、陰ながら愛を注ぎ続けてくれた義姉。
「……恭子さまなら、おおいに喜んだろうな」
雑踏に紛れるほどの、ごく小さな呟きだった。だが、すれ違いざまにその言葉を拾った唯依の足が、劇的に止まった。
唯依は弾かれたように振り返り、信じられないものを見る目で俺を凝視した。
碧い瞳が大きく見開かれ、驚愕で声もうまく出ない様子で俺の胸元――平民の制服を凝視している。
「……あなた、今、何と言いました……?」
現当主であり、五摂家の最高峰に位置する崇宰恭子の名。
それを平民の分際で、親しみを込めて呼んだ男。
唯依の脳裏で、何かが激しく音を立てて結びつこうとしていた。
「どうしてあなたが……崇宰の御方の大名を、そんな風に……」
動揺を隠せない唯依の視線を受け止めながら、俺は自嘲気味に口元を歪めた。
「さあな。忘れてくれ、平民のただの独り言だ」
冷たく突き放すように背を向けた俺の袖を、唯依は、今度は躊躇なく強い力で掴み取っていた。その指先は、微かに震えていた。
唯依が掴む手の力は、驚くほど強かった。
しかし、その瞳は今にも決壊しそうなほどに脆く、震えている。
今にも壊れそうな唯依を見て、つい自分のことを語ろうとしそうになった
だが――その瞬間、脳裏にどす黒い記憶が蘇る。
『今後一切、崇宰の名を語るな』
『貴様のような汚れた血の者が、我が家に泥を塗ることは許さん』
恭子以外の崇宰の人間から浴びせられた冷徹な拒絶。それが呪いのように俺の思考を縛り付け、言葉を喉の奥へ押し戻した。俺は崇宰の人間ではない。名乗る資格など、最初から剥ぎ取られている。
「……すまない、言えないんだ」
俺は自嘲気味に呟き、唯依の震える手を、壊れ物を扱うように優しく、静かに振りほどいた。
呆然と立ち尽くす唯依をその場に残し、俺はただ足早に立ち去るしかなかった。