胎動する翼、不条理の血を超えて   作:新人ガイア

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失態

数日後。

夕暮れ時、滅多に人が来ない旧校舎裏の敷地。

古びたレンガの壁に背を預けていると、一人の少女が足音もなく近づいてきた。

山城上総(やましろ かずさ)。唯依のクラスメイトであり、同じく武家の娘だ。

 

「呼び出しに応じてくれて感謝するわ、……恭夜」

 

上総は鋭い眼光で、俺の立ち姿、そして何気ない手の位置をじっと観察していた。その目は、一人の平民を見るものではなかった。

 

「単刀直入に聞くわ。あなた、本当は何者なの?」

 

「何って……ただの平民だが?」

 

「嘘ね。あなたの歩き方、視線の配り方、そして咄嗟の時の重心の置き方……。どれをとっても、一流の武家が施す徹底的な戦闘教育の所作よ。隠そうとしても、身に染みついたものは誤魔化せないわ」

 

上総は一歩、俺に歩み寄る。その佇まいには、武家特有の威圧感が宿っていた。

 

「なぜ、それほどの技量を持ちながら平民と偽っているの? 篁さんにあれだけの動揺を与えて、あなたの目的は何?」

 

上総の追及は正論だった。武家に良い思い出のない俺としては、これ以上踏み込まれるのは不愉快でしかない。だが同時に、彼女たちが抱える「武家の誇り」という名の危うさに、少しだけ苛立ちを覚えた。

 

俺は壁から背を離し、上総の横をすり抜けざまに、わざと挑発的な笑みを浮かべた。

 

「俺のことがそんなに知りたいなら――篁の姫さんに、模擬戦で勝ってみるんだな」

 

「なっ……篁さんに?」

 

「ああ。まぁ、今のあいつの背負い込み方じゃ、あんたが逆立ちしたって勝てないだろうけどな」

 

背後で上総が息を呑む気配がした。

俺はそれ以上何も語らず、夕闇に溶けるようにその場を立ち去った。

 

昼の実習訓練にて二機の戦術機(激震)が激しく火花を散らしていた。

 

山城上総が、流れるようなブレードマニューバで唯依の機体を追い詰める。いつもなら「失敗は許されない」という恐怖から防御に回るはずの唯依だったが、相手が山城さんであること意識すると前へ前へと攻勢にでる

 

「私は……絶対に道を誤るわけにはいかないの!」

 

唯依の吹雪が、限界を超える強引なスラスタージャンプを敢行。上総の死角へと滑り込む。家柄や義務ではなく、自分の意思で「超えたい、勝ちたい」と願う唯依の操縦は、驚異的なレスポンスを見せた。

鋭く閃いた74式近接戦闘長刀が、上総の激震の長刀を鮮やかに弾き飛ばす。判定上の「行動不能(ブレードチェックアウト)」。唯依の勝利だった。

 

 

「……見事よ、篁さん。私の負けね」

 

上総は悔しさを滲ませながらも、どこか晴れやかな笑みを浮かべて一礼した。

その瞬間、唯依の張り詰めていた表情が劇的に変わった。

 

「勝てた……私、山城さんに……!」

 

いつも「篁の後継者」という重圧に縛られ、完璧な結果を出しても張り詰めた安吐しか見せなかった唯依。戦術機から降りた彼女は生まれて初めて、等身大の少女としての純粋な喜びを爆発させた。頬を紅潮させ、碧い瞳をキラキラと輝かせて微笑むその姿は、痛々しい仮面が完全に剥がれ落ちた、彼女の本当の素顔だった。

 

少し離れた木陰からその様子を見ていた恭夜は、胸が締め付けられるような愛おしさを覚えていた。

必死に抗い、もがき、ようやく掴み取った彼女の本当の笑顔。

その尊さに、恭夜の頭から、かつて自分を縛り付けていた崇宰家の呪いも、平民として生きる諦めも、一瞬ですべて吹き飛んでしまった。

 

気がつけば、恭夜は唯依の前に歩み出ていた。

驚いて目を丸くする唯依の前に、無意識に右手を差し出す。

 

「よくやったな。……お前なら、絶対にできると信じていたよ」

 

そう言って、恭夜は唯依の頭に優しく手を置き、その柔らかな髪を少し手荒に、だがこの上なく愛おしそうにクシャクシャと撫で回した。

 

「なっ……!?」

 

唯依は完全にフリーズした。

あまりにも突然の無礼な行為。だが、激しい動揺の中で、唯依の脳裏にかつて尊敬して止まない崇宰恭子から受けた、唯一無二の記憶がフラッシュバックする。

 

戦技の基本を教えてくれた時、小さな成果を上げた時。厳格な武家社会の中で、恭子だけがいつも、こうして自分の髪をクシャクシャにして、まるでお調子者の弟をあやすかのように、心の底から褒めてくれたのだ。

 

その独特な手の温もり、力加減、そして何より、自分を包み込むような優しい眼差し。

目の前の「平民の少年」が、今、全く同じ仕草で自分を褒めている。

 

「あ……なた……それは……」

 

ハッと我に返った恭夜は、自分が犯した致命的なミスに気づき、血の気が引くのを感じた。これは、義姉である恭子が、自分にだけしてくれた特別な、そして自分を通じて唯依にも伝わっていた「崇宰の身内の褒め方」だった。

 

「すまない、手が滑った。……今のナシだ!」

 

恭夜は慌てて手を引っ込め、誤魔化すように踵を返そうとした。しかし、その手首を、唯依は今度こそ絶対に離さないという強い力で、両手でしっかりと掴み取った。

 

唯依の瞳には、先ほどの勝利の喜びとは違う、確信と切なさが混ざった涙が浮かんでいた。

 

「……今度は絶対にはなさない、絶対に逃がしません……『恭夜』」

 

ついに名前を呼ばれ、恭夜の足が完全に止まった。

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