夕闇が完全に校舎を包み込む頃、恭夜は唯依と仕方なく上総を連れて、人が立ち入らない自身の簡素な寮の一室へと戻っていた。
扉を閉め、頑丈に鍵をかける。カチャリ、と響いた金属音が、この部屋の話が完全な密室の秘密であることを告げていた。
「いいか。今から話すことは、誰にも……特に他の五摂家の人間には、絶対に他言無用だ。もし漏れれば、俺の首が飛ぶだけじゃ済まない」
恭夜は重苦しい声で念を押し、パイプ椅子に深く腰掛けた。
正面に立つ唯依は、未だに信じられないものを見る目で恭夜を見つめ、その後ろでは上総が鋭い目で見守っている。
恭夜は小さく息を吐き、静かに自身の身の上を語り始めた。
「俺の本名は、崇宰恭夜。お前が姉と慕う、現当主・崇宰恭子の……腹違いの弟だ」
唯依が息を呑む。
「だが、俺には平民の血が混じっている。正規の崇宰の者じゃない。恭子姉さん以外の崇宰の人間からは『今後一切、崇宰の名を語るな』『不浄の血が交じった者が我が家に泥を塗るな』と徹底的に否定され、追い出された。だから俺は、崇宰とは無縁の平民として生きてきたんだ」
「そんな……それじゃあ、どうしてあのような武家の所作を……」
上総の問いに、恭夜は冷たい笑みを浮かべた。
「スペアだよ。もしも当主である恭子姉さんに万が一のことが起きた時、崇宰の血を絶やさないための『予備』だ。そのためだけに、物心がつく前から、地下の暗がりのような場所で徹底的な武家教育を叩き込まれた。……だから俺は、武家というシステムに、これっぽっちも良い思い出がないんだよ」
吐き捨てられた言葉の重みに、部屋は静まり返った。
唯依は、自分が背負う「篁」の重圧とはまた違う、あまりにも残酷な「崇宰」の歪みを目の当たりにし、胸を締め付けられるように拳を握りしめた。
「だけどな」
恭夜はそこでふっと表情を和らげ、どこか遠くを見るような、優しい目をした。
「――恭子姉さんは、違う」
その一言には、実の姉への深い情愛と敬意が込められていた。
「姉さんだけは、俺を本当の弟として扱ってくれた。あの家で唯一、俺に人としての温もりをくれた人だ。俺が追い出される時も、陰で泣いてくれた。……だから、あの人のことは、どうか恨まないでやってくれ」
すべてを話し終え、恭夜は自嘲気味に息を吐いた。
唯依はしばらく俯いていたが、やがてゆっくりと歩み寄り、恭夜の目の前で足を止めた。その紫の瞳には、同情ではなく、確固たる決意の光が宿っていた。
「……恨むはずがありません。あなたが恭子様を大切に想っているように私も、恭子様の大切に想っているのですから」
唯依は恭夜の手をそっと包み込むように握りしめた。
「恭夜様。あなたが平民として生きるというのなら、私はその秘密を命に代えても守ります。ですが……もう、一人で苦しまないでください。私に、あなたの支えにならせてください」
隣で上総も静かに頭を下げ、恭夜の過去と覚悟を、武家として、そして友として受け入れる姿勢を示した。
崇宰の呪いに縛られながらも、ようやく本当の意味で「身内」と呼べる理解者を得た恭夜。この出会いが、二人の運命を大きく変えていくことになる。