ブリーフィング室での衝突から数時間後。深夜のユーコン基地模擬戦用シミュレータールームには、異様な殺気が満ちていた。
唯依と上総が見守る中、メインモニターには不知火・弐型と、恭夜の駆る標準型不知火のアイコンが並ぶ。
「データリンク開始。……模擬戦、スタートよ」
唯依の合図とともに、仮想空間の荒野で二機が爆発的な加速を見せた。
先手を打ったのはユウヤだった。米国仕込みの合理的かつ超高速の射撃戦で、恭夜の不知火の四肢を正確に削りにいく。
「口だけじゃないところを見せてみろ、平民補佐官!」
「言われなくたって、見せてやるよ!」
ユウヤの弐型が「跳躍時間のコントロール不良」で微かに体勢を崩した一瞬を、恭夜は見逃さなかった。
恭夜は機体の限界を超えた強引なスラスター制御で強襲。長刀を鋭く振り下ろす。その苛烈な剣技の所作――無駄のない踏み込みと重心移動は、帝国最高峰の武家、崇宰家の極秘軍事教育そのものだった。
「チッ……なんだ、この変則的な動きは!?」
ユウヤが驚愕する。機体のカタログスペックを無視し、衛士の技量だけでネジ伏せてくる恭夜の執念。
二機の刃が激しく激突し、火花が散る。結果は相打ち――両者行動不能の判定。
コックピットハッチが開き、息を荒くして降りてきた二人は、互いを睨みつけたまま言葉を失っていた。ユウヤは恭夜の「ただの平民ではない凄み」を、恭夜はユウヤの「機体を限界まで引き出す圧倒的な天才性」を、肌で理解せざるを得なかった。
一戦交えた翌日、ユーコン基地に激震が走る。
国連軍の特別テスト衛士として、五摂家が一つ、崇宰家の現当主である崇宰恭子が赴任してきたのだ。
公式な歓迎式典が終わり、真夜中の開発総官室。
唯依が鍵をかけ、上総が外で警戒する中、密かに集まったのは唯依、恭夜、そして恭子だった。
「……よく生き延びてくれました、恭夜。私の可愛い弟」
軍人の仮面を脱いだ恭子は、迷うことなく恭夜に歩み寄り、その体を愛おしそうに抱きしめた。
「恭子姉さん……。俺は崇宰の名を語るなと、家に追い出された身だ。ここへ来るべきじゃなかった」
「いいえ。あなたが平民として生きることで守られる命もある。だけど、私はあなたを忘れたことなど一度もありません」
恭子は恭夜の頭に手を置き、あの懐かしい仕草で、優しく髪をクシャクシャと撫で回した。
それを見ていた唯依が、静かに微笑む。
「恭子様。恭夜は、今も私の隣で戦ってくれています。彼がいなければ、私は京都で死んでいました」
「唯依、あなたにも感謝を。この子の『スペア』としての孤独を共有し、支えてくれてありがとう」
厳格な武家社会の頂点にいながら、呪われた血の絆を肯定してくれる唯一の存在。三人は暗闇の中で、静かに、しかし固く手を握り合い、このアラスカでXFJ計画を必ず成功させることを誓い合った。
恭子との再会から数日後。基地の裏手にある、BETAに滅ぼされた故郷の慰霊碑の前で、恭夜は一人佇むユウヤを見つけた。
昼間のシミュレーターでのユウヤの機体データを見ていた恭夜は、ある違和感に気づいていた。
「……お前、アメリカで日系人だからって、どれだけ理不尽な扱いを受けてきたんだ?」
背後からの恭夜の声に、ユウヤは肩を強張らせ、冷たい目で振り返った。
「何の話だ」
「お前の操縦データだ。機体の性能を信じず、自分の腕だけですべてをねじ伏せようとしてる。まるで、周囲のすべてを敵だと拒絶しているようにな。……『アメリカ野郎』って言ったのは悪かった。お前も、あの国で『お前は何者だ』と否定され続けてきたんだろ」
ユウヤは自嘲気味に笑い、拳を強く握りしめた。
白人社会のアメリカで「お前は日本人だ」と蔑まれ、日本では「アメリカの甘ちゃん」と弾かれる。己のアイデンティティをどこにも持てず、ただ戦術機の腕だけを証明書にして生きてきた過去。
「……お前に何が分かる」
「分かるさ」
恭夜はユウヤの隣に並び、同じ灰色の空を見上げた。
「俺も武家の血を引きながら、平民の血が混じっているからと家を追われ、名前すら奪われた『スペア』だ。国にも、家にも、自分の居場所なんてどこにもなかった」
ユウヤがハッと目を見開く。目の前の「不遜な日本の平民崩れ」が、自分と全く同じ、居場所のない孤独を抱えて生きていることを知った瞬間だった。
「だけどな、ユウヤ。ここには俺たちの居場所を作ろうとしてる奴がいる。唯依だ。あいつは、国や家のために命を捨てる武家社会の仕組みを変えるために、誰も死なせない最強の機体を造ろうとしてる」
恭夜はユウヤに向き直り、不器用な手を差し出した。
「お前の天才的な腕が必要だ。欠陥機だと思うなら、お前がその腕で、最強の機体に育て上げてみせろよ」
ユウヤは差し出された恭夜の手をじっと見つめ、やがてフッと呆れたような笑みを漏らした。
「……手厳しいな。そこまで言われて逃げたら、それこそ本当に『駄々っ子のアメリカ野郎』だ」
ユウヤはその手を力強く握り返した。
反発し合っていた二人の孤独な衛士が、初めて互いの存在を認めた瞬間だった。