よりによってMH4Gかよ 作:はちみつちょうだい
キリン装備を着用した漢女ハンターが目の前を通り過ぎた。
一瞬だけ分厚い大胸筋に目を吸い寄せられ、虚無の地獄に陥る。
溜め息を吐き、バルバレの集会所の机に突っ伏す。
そして、俺はココ最近ずっと頭から離れない悩みを真剣に考え始めた。
痛いのは、嫌だ。
定期検診の採血注射ですら大嫌いだ。
足の小指をタンスの角にぶつけただけで3分間は悶絶する。
そんな俺がよりによって『モンスターハンター4G』の世界に突入してしまった。
本当に一体どうしてこうなったのだ、と。
いや、話を進めるのが早過ぎたな。
ツタ嵌めを使ったドスランポスのクリアタイム並に早い。
先ずは時系列順に語るとしよう。
では、時を遡り───
***
数日前。
場所は未知の樹海だ。
(……はあ、はあ……っ、なんだこれ……体が、熱い……!?)
当時の俺は激しい頭痛と、全身を焼くような高熱に襲われていた。
視界が紫色で染まり、あらゆる物体の輪郭が歪んでいた。
喉がヒリヒリと焼き切れるように痛く、猛烈な吐き気が込み上げ───。
「……っ、うおおぉぇえ」
うむ。実に醜く汚い。当時の俺は冷静さを欠いていた為、アイテムポーチから消臭玉を取り出すという事をしなかった。いや、そもそも持って来て無かったか。
兎も角、俺はパニックになりながら足元を見ると、そこには純白の鱗を血と紫の靄で染めた、圧倒的な巨体が倒れていた。それと、当然、自分の口から吐き出た汚物も追加だな。
因みに。その純白の鱗とやらは、つい先程まで命の奪い合いしていた存在——天廻龍シャガルマガラの死体だ。
(……いや、俺は何を考えている。さっきまで自室のベッドに居たじゃないか。シーツの上で胡座をかきながら3DS握りしめて、Lv140のギルクエを回して……)
そして、気が付く。
手に掛かっている感覚が全く違う事に。
俺は手元を見下ろした。
違和感を覚えながら握っていたのは、3DSのプラスチックの質感ではない。
235グラムを遥かに超えるずっしりとした手応え。
その正体は、ナバルクラノスだ。
深海を思わせる紺碧の甲殻、そして黄金の意匠が施された巨大な盾斧。
しかも、接合部や刃の隙間から猛る炎の如き深紅の光が脈打つように溢れ出している。
だから、一目で分かった。
発掘武器だと。
親の顔より見覚えがあった。
職場の後輩よりも付き合いが長い。
忘れる筈がない。
あの苦しみも、あの嬉しさも、あの感動も。
ギルドクエストの頂点───正確に言うと、136〜140レベルのクエストでしか拝む事が出来ない最高峰の性能。
匠のスキルなど一切必要とせず、砥石すら拒絶するかのように研ぎ澄まされた紫と白の長大な斬れ味、いわゆる素紫白長の理論値武器だ。
その上、輝きを宿した、いわば、発光までしている極上のレアもの。
スロットは無いけれど、俺の自慢の武器だった。
(……ん?ギルクエストってなんだ。いやいやいやいや!?待て、待て待て待て! ギルクエはギルクエだろ。 ていうか、なんなんだ、俺の格好は……!?)
記憶が混濁しつつある最中、恐る恐る自身の身体に視線を落とす。
全身を包んでいたのは、漆黒の甲殻と刺々しいシルエットが異彩を放つ、古龍アルバトリオンの威厳をその身に宿した異形の鎧───エスカドラシリーズ。
頭部を覆う面頬は、まるで邪神の角のように鋭く天を突いている。
肩から胸元にかけては、幾重にも重なる黒き鱗が緻密に噛み合わさり、鈍い光沢を放っていた。
腕甲と腰帯、そして脚部を固める重装甲。そのどれもが重厚な金属の威圧感を放っているというのに、いざ身体を動かしてみると、まるで自分の皮膚の一部になったかのように驚くほど身軽でしなやかだった。
そして防具の裏側に埋め込まれた特異な真珠から、人知を超えた謎の波動が、皮膚感覚で脳へ直接流れ込んでくる。
(……組み込まれているスキルは……『盾持』に『祈願』……!嗚呼、コレも愛用の発掘理論値防具か)
極限状態を毛嫌いした俺が、地獄のギルクエ連戦の末に掘り出してしまった神装備群。
盾持───脳裏に過ぎった『ガード強化』と『スタミナ急速回復』のスキル名。
詳しくは理解出来ていないが、モンスターのどんな狂暴な一撃すらも確実に盾で受ける事が出来て、即座に呼吸と体力を整えられると経験上、知っている。
祈願───またもや脳裏に過ぎった『精霊の加護』と『体力回復量UP』のスキル名。
混濁した記憶の中で詳しい事は良くわかっていないものの、この肉体が覚えている事はただ1つ。
もし回避に失敗して痛い攻撃を食らっても、致死ダメージを奇跡的に軽減し、回復薬を飲むだけで体力が一気にお元通りになるという事だ。
更に、首元のお守りポーチに触れると、ズシリとした『刻まれた護石』の重みがあった。
───砲術+14、スロット3。
そこに整然と詰め込まれた3個の砲術珠【1】が放つ波動により、『砲術マスター』の力が全身の脈動と同調している。
(俺はソロプレイヤーだ。オンライン環境がサ終してからMH4Gをプレイしている以上、都合良く粉塵を飲んでくれるパーティーメンバーはハナから存在しなかった。それなのに、モンスターの体力はオンライン前提の数値。
1度でも乙れば食事効果も種の効果も消えてしまい、更にはマップ移動をする時間を費やす事となる。
相手がゴグマジオスだったら正しく論外だ。だから俺は、絶対に死なない生存性能と、相手の内部を一方的に粉砕する肉質無視の榴弾ビンだけに全てを賭けたんだ……!)
我に返り、俺は荒い息を吐きながら己の状況を再確認する。
ゲーム画面の向こう側で操作していた主人公の肉体に、定期検診の注射器すら怖がる現代もやしっ子の俺の精神が、そのままスッポリと入ってしまっているという悪夢のような現実。
(……いやいやいや! おかしいだろ! どんなに装備が理論値でも、痛いのは嫌なんだよ!!)
真っ赤に発光するナバルクラノスを握りしめ、漆黒のエスカドラに身を包みながら、俺は足元に横たわるシャガルマガラの巨体に向かってガクガクと膝を震わせた。
当然、周囲にオトモアイルーの姿はない。
ターゲットがブレて頭の誘導や軸合わせが狂うのが嫌で、ゲーム時代からオトモは出動させず、投網マシーン専用。
クエストでは完全ソロ一筋を貫いていたからだ。
(140シャガル討伐直後の……画面暗転の瞬間に……この世界に入り込んだのか……!?)
直感した。
これは転生だ。いや、こういう場合は、憑依って言うんだっけな。
兎も角、俺の魂は今、MH4Gで140ギルクエを制覇した瞬間のゲームキャラクターの中にスッポリと収まっている。
だが、歓喜する余裕なんて1ミリもなかった。
(あ、頭が割れるように痛い……! 息が吸えない……っ!!)
体内で蠢く、おぞましい感覚。
空気中に充満する紫色の粉塵。
───狂竜ウイルスだ。
ゲームであれば、
「画面下に紫のゲージが出たな、よし殴って克服だ」
で済む。
だが、現実は違った。
未知のウイルスが体内で細胞を蝕み、免疫機能を破壊していく感覚が刻一刻として襲いかかってくる。激しい悪寒、吐き気、高熱。
「う、嘘だろ……!? 狂竜症って、こんな……こんな体調悪くなるのかよ……っ!?」
あまりの激痛と不快感に涙が溢れてくる。
耐えがたい高熱に視界がぐにゃりと歪み、急速に意識が遠のいていく。
(無理……絶対無理……こんな痛い世界、生きていけない……っ!!)
俺は討伐したシャガルマガラの剥ぎ取りをする余力すらなく、その場に崩れ落ちるように意識を失った。
***
「……おい! 息はあるぞ! すぐに手当てを!」
「相変わらず、無茶ばかりしおって。未知の樹海の最深部で、天廻龍シャガルマガラを単身で討伐した直後だったようだ……!」
「ウイルスに侵されている! 救護班、急げ!!」
耳元で怒号が聞こえていた。
応急耳栓が欲しいと思った。
そして、どのくらい時間が経っただろうか。
「……ん……あ……」
ふと目を覚ますと、何度か見覚えがある石造りの部屋のベッドの上だった。
体中の熱は引いている。
どうやらギルドの救護班によって手当てを受け、ドンドルマの大老殿まで運ばれたらしい。
サイドテーブルには、返り血と紫の靄で汚れた私の愛用装備───発掘ゴール装備一式が厳重に保管されていた。
壁際には発掘武器が立て掛けられている。
(助かった……のか……?)
生きている実感が湧いた瞬間、脳裏に狂竜症の地獄の苦しみが鮮明に蘇ってきた。
思わず、吐きそうになる。
まぁ肉体が頑強過ぎて、込み上げる前に治まってしまったが。
この死の淵を彷徨うような数日間の高熱の中で、俺の意識の底では大きな変化が起きていた。
『画面の向こうで操作していた現代人』の精神と、
『死線を幾度も潜り抜けてきたハンター』の肉体。
二つの記憶が、狂竜症という猛毒の熱に炙られたことで、まるでダイミョウザザミがモノブロスの頭蓋骨のヤドを背負うかのように───いや、ゴアマガラがシャガルマガラへと脱皮したかの様に、恐ろしい精度で同化してしまっていたのだ。
指先を少し動かすだけで分かる。
今や、ナバルクラノスの重量をミリ単位でコントロールする手首の返しも、エスカドラの関節部に圧力を逃がす体の使い方すらも、脳の思考を介さず己の反射神経として完全に掌握できている。
そう、肉体の感覚は完璧に仕上がってしまった。
キャラコン時代……要は、スライドパッドとA・B・X・Y・Rボタンで操作するよりも、遥かに動く事が出来る。
何せ、己の肉体だ。入力ミスや操作ミスなんてものは無い。
しかし───それが、最大の悲劇だった。
肉体と精神が完全に噛み合ってしまったが故に、今までゲームの知識でしかなかったモンスターの恐怖が、己の肉体が直接喰らうリアルな激痛のイメージとして、鮮明すぎる高解像度で脳内に直接出力されてしまうのだ!
ゲームの中なら、ラージャンの飛鳥文化アタックを喰らったとしても、
「うわ、やらかした。乙った〜」
で済む。
だが、ここはリアルな世界だ。
あの丸太より太い腕で殴られたら、骨が粉砕する。
テオのブレスを喰らったら、全身の皮膚がドロドロに溶ける。
ブラキの爆破粘菌が付着したら、肉体が爆風で爆発して四散する。
そして何より、あの狂竜症の時みたいに、一歩間違えただけで激痛と高熱で死にかけるのだ!!!
「ひ、ヒィィィィッ……!! 無理無理無理!! 物理的に絶対無理!!!」
ベッドから飛び起きた俺は、横にあった自身の装備をなりふり構わず身に纏うと、救護室の扉を蹴破って廊下へ飛び出した。
「あ、あの! まだ安静に……!」
と呼び止める医師達を置き去りにして、大老殿へ続く廊下を爆走する。
すれ違うG級エリートハンターたちが、
「あ、お疲れ様です。なんか死にかけたって聞いてたんですが、大丈夫ですか?」
「あら、先輩。また古龍にソロで挑んで「……それだから倒れたところを回収されたんでしょう。どうして私に一言声を掛けてくれないのよ」
声を掛けてくるが、そんなもの知ったことか。
というか、あの若干一名はなんなんだ?
俺の記憶を遡るとヒットした。
タヌキ顔の可愛い系の癖に、いつも冷たい態度で当たってくる同期だった。
ライトボウガン使いか。キリンの睡爆に持ってこいの人材だな。
って、そうじゃない!!!
俺は痛いのは嫌だ!
爪がかすっただけでも激痛なのだ。狂竜ウイルスとか絶対に二度と感染してたまるか。キリンクエストなんて誰か行くか、バカ野郎。
俺は大老殿の最奥にある巨大な鉄扉を全力の蹴りで叩き開けた。
座高600cm以上を誇る進撃のハゲ巨人に対して思いっきり叫ぶ。
「大長老ーーーッ!! 今すぐ引退させてくれえええええ!!!」