よりによってMH4Gかよ 作:はちみつちょうだい
大長老との押し問答の末、一時的に半休業の権利をもぎ取った俺は、そそくさとドンドルマを後にした。
発狂する俺を宥めつつ、ある程度は縦に頷いてくれた大長老はラッキョウみたいな顔面をしているが多分きっと良い奴だ。
一方、帰り際にゴミを見る目で睨み付けてきた竜人族の受付嬢。
最早、嬢ですらなく老害ババアの域に達しているであろうその年齢───
に対して、紳士である俺は触れはしないが、蔑んだ瞳だけは許さない。
それと、振り返った時に視界に写ったけど、クソチビ大臣の爺!
可哀想な奴を見る目で哀れんでいたな?
ああいう類いの視線が一番キツいから!
心にグサッと来るやつだから!
やめてくれや……
尚、向かった先は移動市場バルバレ。
大臣が手配してくれた船で向かう。
ゲーム内でも、オンライン集会所の検索条件や部屋設定を変更してくれる役割があったが、此方の世界でも似たような事をしているようだ。
そして、大臣は仕事が出来る男だった。
まぁ、大臣にまで上り詰めている時点でそんな事は自明の理ではあるが。
「G級特別許可証持ちハンターが慰安旅行したいから船に乗る」
という、理屈が世間様に対しては通るはずもなく、
表向きは『定期船の護衛任務』というテイで俺を派遣する形をとっていた。
であるので、一応は任務なのだ。全て経費で落とせるぞ。
「……ふぅ」
船の甲板に置かれた木樽に腰掛け、俺は深く息を吐き出した。
大臣が手配してくれたその船は、木造の重厚な船体に巨大な複数の帆を備えた大型の定期輸送船だった。
船内には交易品である香辛料のツンとした匂いと、樽酒、乾燥肉の香りが混ざり合った独特の活気が満ちている。
ドンドルマからバルバレまでの船旅は、決して短くはない。
だが、あの殺伐とした大老殿の空気から解き放たれた今の俺にとっては、この退屈な移動時間すらも極上の癒やしだった。
甲板の隅では、バルバレへ向かう旅芸人らしき人物が、派手な衣装を翻しながらお手玉や火吹き芸を披露して、乗客たちの歓声を浴びている。
(……火吹き芸か。まぁ、リオレウスの火球に比べたら可愛いもんだな。あの軌道なら、ステップ一回で余裕で避けられる……いや待て、何で俺は大道芸相手にフレーム回避の計算をしてるんだ。職業病かよ)
自分の思考に呆れつつ、漆黒のエスカドラの腕甲越しに木製のジョッキを握る。握り潰さないように力をコントロールしつつ、中の酒を一気に煽った。
そしてまたボーッと辺りを見渡す。
「ハッ! 砂漠のデルクスなんてオイラの片手剣の敵じゃねェよ! 村の長老だって、オイラが村を襲ったジャギィーをブッ倒した時には筋がいいって絶賛してくれたんだからな!」
すると、威勢の良い大声が聞こえてきた。
視線を向けると、10代半ばの若い男が居た。
船員相手に身振り手振りを交えて自慢話を披露している。
身に纏っているのは、まだ傷一つない皮の防具。
腰には支給品と同等の粗末なハンターナイフ。
村から出てきたばかりの典型的な新米ハンターだ。
「オイラはこれからバルバレに行ってよ! デッカい獲物倒して、一発当ててドンドルマのG級に上り詰めてやるんだ!」
目をキラキラと輝かせ、将来の夢を語る少年。
船員たちは、
「ハハハ、威勢がいいねぇ」
と温かい目で見守っている───ように見えて、その顔はどこか引きつっていた。
それもそのはずだ。
本来、この定期船の護衛任務には、上位に上がりたてのギリギリ中堅といったレベルのハンター達が派遣されるのが常だった。
平和な航海なら、それで十分すぎるからだ。
現に今回も、常連の上位ハンター達がしっかり同乗している。
……のだが。
その中堅ハンター達は今、甲板の物陰でガタガタと膝を震わせ、死人のような顔でこちらを盗み見ていた。
ベテランの船員たちすらも、冷や汗を流しながらヒソヒソと囁き合っているのだ。
(おい……なんで今回の護衛に、ドンドルマのG特様が乗ってんだ……?)
(ギルドの観測的に……この船、途中で古龍と遭遇する予定なんじゃねえだろうな……!?)
(縁起でもないこと言うな! だが、あの漆黒の一式装備に何故か定期的に光を放っている武器……ただの護衛で駆り出されるようなお方じゃねえぞ……)
周囲を包む、重くるしいほどの誤解と戦慄。
一番ブルっている上位ハンターに至っては、
「俺……今日、ダレン・モーランに船ごと飲まれて死ぬのか……?」
と言いたげな目で俺を見つめている。
一方、俺は俺で、純粋に新米の青さに心を痛めていた。
(……若いなぁ。すっごい青いなぁ……。ジャギィ倒してイキっていられる時期が、一番幸せなんだよ少年。ドンドルマのG級? 止めとけ。マジで止めとけ。あそこは人間が行く場所じゃない。極限化した化け物がノーモーションで殴りかかってくる地獄だぞ。痛いぞ。爪が掠っただけで骨が粉砕するぞ。狂竜症でゲロ吐くぞ……!)
心の中で必死にネガティブな真実を叩きつけるが、もちろん口には出さない。
されど、視線は察知されてしまうもので……
ふと新米ハンターがこちらに気づくと、一瞬で顔を強張りらせ、
「ひっ……!?」
と声を詰まらせた。
喉からヒューヒューと出してはいけない音が鳴っている。
直後には泡を吹きながら後ろ向けに倒れる始末。
一体、俺が何をしたってんだ。
(それよりも、頼むから誰も俺に話しかけないでくれ。そして古龍とかマジで出ないでくれよ。痛いのは嫌なんだ……)
俺は胃の痛みに耐えかねて、そっと視線を逸らし、青空を見上げた。
そんな勘違いに満ちた緊張感あふれる船旅をしばらく続き───やがて、視界が開けた。
眼下に広がるのは、地平線まで続く広大な大砂漠。
そしてその境目に、無数の大型船や天幕がひしめき合い、ひとつの巨大な街を形成している特異な光景が目に入ってきた。
恐らく、ゲーム内と同じ位置だろう。
移動市場、バルバレ。
活気と熱気に満ちあふれた、俺の逃亡先に、ようやく到着したのだった。
***
巨大な船型集会所を中心に、大小さまざまな交易キャラバンの荷車や天幕がひしめき合い、即席の街を形成している。
足元を踏みしめれば、砂塵の匂いに混ざって、どこかの露店で焼かれている肉の脂が跳ねる香ばしい匂いや、東方のユクモ村から持ち込まれた珍しい香辛料の香りが鼻腔をくすぐった。
地図に載らない幻の市場───ここには、世界中から集まった行商人や、珍しい依頼を求めるハンターたちの熱気と怒号が満ちていたのだ。
ドンドルマのあの重苦しく張り詰めた空気とは正反対の、
そして、今の俺が心の底から求めていた実に人間臭い活気である。
「……はぁぁぁ……生き返る……」
俺はゆっくりと深い息を吐き出した。
ひと狩りいこうぜ?勝手に行ってこい。知るかバカ野郎。
今の俺は、半休業をもぎ取った無敵の自由人だ。
他にもハンターが沢山居るであろうこんな都会においては、痛い思いをしてモンスターの前に立つ必要なんて1ミリもない。
まずは拠点となる宿屋を探して荷物を下ろし、バルバレの名物だという屋台通りで食べ歩きをする。多少ボッタクられたところでゼニーはカンストしているからな。気にせず買いまくるぜ。
という事で、やって参りました。屋台通り!
「ミャ〜オ! いらっしゃいニャ! 獲れたての新鮮なお肉とキンキンに冷えた飲み物があるニャ〜」
エプロン姿の客引きアイルーにホイホイ着いていき、手渡された香ばしい骨付きの肉に豪快にかぶりつき、冷えた果実酒で流し込む。
ウマい! 最高だな。
流石、モンハン飯。肉の脂の乗り方が異次元だ。
現代日本の焼肉とはまた違う。素材の魅力ゴリ押し具合が本当に半端じゃない。本気で感動してしまった。
「ミャオッ!? すごい食べっぷりニャ……!」
「もっと焼くニャ! 料理甲斐があるニャ〜!」
豪快に肉を平らげていく俺の姿を見て、厨房の料理長アイルーが目を輝かせ、給仕アイルー達も次々と出来立ての肉料理を運んできてくれる。
ちいさくてかわいい泥棒ネコ達が嬉しそうにフリフリと尻尾を振って料理を差し出してくるのだから、癒やし効果もMAXだ。
そうだ、俺はこういう生きている実感が欲しかったんだ。
巨大なドラゴンに命がけで殴り込むのは非現実的過ぎてよろしくない。
こんがり肉は世界を救うね。あと、はちみつちょうだい。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
あまりの美味さと癒やしへの感謝を込め、俺はアイルーたちにドンドルマ基準のチップをドカンと支払って店を出た。
「ミ、ミャオーーーーッ!? こんなに貰えないニャ!?」
「神様ニャ! 漆黒の神様が降臨したニャ〜〜〜! ミャ〜〜〜!」
後ろでアイルーたちが拝むような鳴き声を上げているが、カンストハンターの財布には痛くも痒くもない。
というより、やはり、ドンドルマの物価はおかしいんだな。
あそこ、人類の生存圏内で最も安全な場所だから、全てがハイパーインフレ起こしてるもんな……。マジでクソだぜ。格差社会!
満腹になった俺は膨らんだ腹を抱えつつ、今度は別の市場を観に行く事にした。というのも、先程、アイルー達に貰った観光用パンフレットを読んでバルバレの市場の仕組みを理解したからだ。
この街は実によく出来ている。
沢山ある露店。
実は、どこでも好き勝手に店を出しているわけではないようだ。
どうやらエリアごとにそれぞれの縄張りがあるらしい。
街の中央部に位置する天幕群は、各地から集まった服飾品や珍しい布地、怪物の牙や骨を加工した民芸品を扱う雑貨エリア。
生活用品が多く含まれている為、ココのエリアが一番広くて、人が多い。
因みに、俺が今居る場所はココだ。
街の東側は、調合用の薬草やキノコ、怪しい粉末が所狭しと並ぶ、調合関係の場所。
そして西側には、武器の研ぎ石や加工用鉱石の金属臭が漂う、武具屋エリアといった具合だ。
この東西エリアはハンターが多く、いずれもそれぞれ一日掛けて回るらしい。特に東側のエリアは素材のオークションが頻繁に行われており、とても活気があると聞く。
ならば、だ。
俺も例にならってブラブラと練り歩こうではないか。
珍しい布地や謎の怪物の牙で出来た装飾品を眺める。
これだけでもう、何日でも潰せそうだった。
***
バルバレに到着して数日。
今日も決まって平和な散策をしていた。
その途中、ふと目に入った武具屋の天幕に立ち寄ってみた。
店頭に並ぶのは、鉄の太刀や骨のハンマー、せいぜいジャギィ革の防具といった、駆け出しハンター向けの品々だ。
(やはり、ゲームのショップ画面じゃなくて、こうやって実際に陳列されてるのを見ると迫力があるな)
手入れの行き届いた武具を珍しそうに眺めていると、店の奥から頑固そうなドワーフ体型の鍛冶職人が金槌片手に顔を出した。
どうやらこの店は何も知らない素人の販売員が売っている店ではなく、かなり本格的なようだ。
「いらっしゃい、何か見ていくかい───」
職人の言葉が、ピタリと止まった。
その眼光が、俺の全身を包む漆黒の甲殻───エスカドラシリーズと、背中で静かに脈打つ黄金の盾斧『ナバルクラノス』に固定される。
職人の額から、たらりと冷や汗が流れ落ちた。
「……お客さん。その、装備……」
声がかすかに震えている。
まあ、そうだろう。こんな辺境の移動市場に、ドンドルマのG級トップ層でもお目にかかれないレベルの神装備を身に纏った奴がフラッと現れたのだ。自慢の売り物が霞むどころの話ではない。
俺は苦笑いを浮かべ、手を軽く振った。
「ああ、すみません。これは売り物じゃありませんよ。冷やかしみたいになってごめんなさい」
「い、いや……そうじゃなくて……それ、どこで?」
職人はゴクリと唾を飲み込み、食い入るようにナバルクラノスの柄と刃の接合部───そこから漏れ出る深紅の発光現象を見つめている。
職人の長年の経験が圧倒的な違和感を叫んでいるのだろう。
刃の合わせ目に狂いが一切なく、重心のバランスも完璧。研ぎ澄まされた刃先は、触れずとも空気を切り裂くような冷気を放っている。定期的に発光する赤色ネオンライトのせいで、折角の名刀らしき雰囲気は台無しだが。
俺は少し首をかしげ、静かに答えた。
「封じられし武器ですね」
「……あ?」
「ギルドからの特別指令によるもので未知の樹海の奥深くを調査している時に……まあ、いろいろ掘り当てまして」
「掘り当てただと……!? 馬鹿な、そんな寸分の狂いもねえ鍛造の品が、何百年も前の地層からそのまま出てきたってのか!? 龍脈の加護でも受けてなきゃ、土圧で歪むか錆びついてボロボロになってるはずだぞ……!」
職人は自分の手元にある鉄ハンマーと見比べ、頭を抱えた。
「嗚呼、確かに。まぁでも、実際に加護を受けているんじゃないですかね。ぶっちゃけ、奇跡の武器ですよ、コイツは。理論値やつでして。発光に関しては、研磨するまで分からなかったんですけど、スロットが無い以外は大当たり。俺の自慢の一品です」
「おいおい……一体どんな確率でそんな状態のものが残ってたんだ。職人として言わせてもらえば、奇跡なんて言葉じゃ片付かねえぞ……」
得意気に語ったのも束の間。
俺は職人の凄まじい表情を見て、
危機感を覚えた。
(……あ、やばい。この世界の職人相手に発掘物の凄さを下手に語ると、職人魂に火がついて引き下がれなくなるやつだ)
「えっと……じゃあ、お邪魔しました!」
俺は正気を失いかけている職人を残し、ササッと武具屋の天幕を後にした。
後ろからティガレックスの咆哮が聞こえる。いや、幻聴だろう。
しかし、その気迫は確かに本物であった。
(ふぅ……やっぱり目立つ装備で歩き回るのは良くないな。よし、次は服屋でも探して、普通の旅人の服でも買───)
「───ねぇ、何やってんのよ!この阿呆」
背後から、聞き覚えのある呆れ果てた声が響いた。
振り返るとそこには、腕を組んでこちらを冷ややかな目で見下ろす、タヌキ顔の少女───ドンドルマで謎の説教をしてきた同期のライトボウガン使いが立っていた。
***
……そして、時系列は冒頭の現在へと戻る。
集会所の扉が開いた。
木製テーブルの上を、乾いた砂嵐の余波を含んだ風が吹き抜けていく。
陽光が差し込む窓枠からは、古い塗料と潮風、そして砂漠特有の乾いた埃の匂いが立ち上っていた。
硬い足音が近づき、通り過ぎていく。
視線を向けると、キリンの白銀の毛皮と角を加工した防具を身に纏った女性ハンターの背中があった。隙間から覗く背筋と、重い武具を支えるために鍛え上げられた分厚い大胸筋。
己が思い描いていた『キリン装備』という幻想と、目の前にある容赦のない肉体の現実。その致命的な乖離に、僕は深い脱力感を覚えて木製のテーブルへとべったり突っ伏した。
「痛いのは嫌だ。定期検診の採血注射ですら大嫌いなんだぞ。足の小指を家具の角にぶつけただけで三分は悶絶する人間が、どうして極限状態の暴れ回る世界に放り出されているんだ」
「ちょっと。いつまでそうやって、机の木目を睨みつけながら愚痴愚痴言っているの?」
呆れを含んだ冷ややかな声とともに、視界の端に湯気の立つ木製の湯呑みが置かれた。
顔を上げると、可愛らしいタヌキ顔の分際で射抜くような鋭い眼光をこちらに向ける同期の女。此方に掛かるストレス量が限界突破しつつある。
彼女の腰には、過酷な狩猟を物語るように擦れ傷の刻まれたライトボウガンが下げられていた。ガンナーらしく機動性を重視した身軽な防具を完全に着こなしている。
因みに、何の素材で鍛えられたものかは皆目見当もつかない。
俺はチャージアックス一筋だ。
遊びで触る大剣や太刀、そして、双剣ならまだしも、距離感すら掴めないガンナーの装備には全くもって知識が無い。
ドンドルマの自宅にある大型の保管箱の中にも、ボウガンや弓の類は、
錆びた塊と太古の塊から発掘されたもの以外、ひとつとして存在しないはずだ。
「どうしてお前がバルバレにいる。ドンドルマからここまでの距離、分かっているのか」
「分かっているわよ」
彼女は短く息を吐くと、向かいの木製椅子を引き寄せた。
腰に下げたボウガンが背もたれに触れる直前、左手で流れるように銃身の角度を逃がす。金属音ひとつ、摩擦音ひとつ立てない。重い防具の存在を感じさせない滑らかな重心移動で、彼女は静かに椅子へと身を沈めた。
気配すら殺しかねないその無駄のない動作は、過酷な狩場で身につけた習性が日常にまで染みついている証拠だった。
そして、自身の湯呑みを手に取ると、フーフーと細く息を吹きかけながらお茶を一口啜る。
「大長老に『あやつがまた無茶をして倒れぬよう、様子を見てきてくれぬか』って頼まれたのよ。ギルドの定期連絡船と気球を乗り継いで、追いつくまでに何日かかったと思っているの? 移動市場だから場所を特定するだけでも一苦労だったんだから」
彼女はあざとらしく湯呑みを両手で包み込み、細い息を吹きかけながらお茶を一口啜る。
そして、湯呑みを卓上に静かに置くと、肘をついてニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「で? 一人で天廻龍を沈めてきた孤高の撃退王様が、こんな場所で死んだ魚みたいな目をして突っ伏しながら、一体何を考えているのよ」