負ければトレーナーもひんしのバトル──ポケモン《コール&マイン》 作:じゅぺっと
【さぁ今夜も始まりました、ポケモンロール&マイン!
今回は氷タイプ指定戦――バイバニラ同士のバトルにつき、トレーナーはそれぞれ専用の低温室へ入室!
ポケモンがダメージを受けるたび、室温は段階的に低下します!
そしてポケモンがひんしになった場合――トレーナーの部屋はマイナス四十度まで冷却! ひんしとなっていただきます!】
実況の声が響く。
透明な壁で仕切られた細い部屋の中で、私は小さく息を吐いた。
まだ寒くはない。だが、この部屋はこれから冷凍庫よりなお苛烈な極寒へ変わっていくのだろう。
【赤コーナー、五戦目の挑戦者――“スズカ”! 戦績は三勝一敗、かなりの好成績です!】
歓声に近いざわめきが上がる。
「みんなー、来てくれてありがとう! 今日もスズカちゃん、勝つために一生懸命がんばるから、応援してね?」
フィールドへ現れたスズカは、氷タイプ戦だというのに半袖にミニスカートだった。黒髪は丸めたお団子を左右に寄せたようなツインテール。観客へ向けて愛想よく手を振る姿は、地下闘技場の参加者というより、テレビの中のアイドルじみている。
【対するは前回初勝利、一勝一敗の“リーリア”!
電撃戦を制した新鋭は、この寒冷地獄をどう潜り抜けるのか!】
私は白い大きな帽子をかぶり直す。
前回と同じ衣装だが、氷タイプ戦だと事前に知らされていたため、白いワンピースの下には厚手の服を重ねていた。
初戦の意図的な敗北のせいで、髪は金色に染められ、この白い服も半ば強制されている。
それでも、厚着を許されているだけまだましだった。
「リーリアちゃん、対戦よろしくね。勝っても負けても恨みっこなし! あとでLINE交換しようね」
「……これからひんしにする相手に、ずいぶん気さくだな」
「ポケモンバトルって、そういうものでしょ?」
言われてみれば、その通りだった。
ポケモンをひんしにするつもりで命令を出す時も、人はその相手に平気で話しかける。
「……そうだな。君の言う通りだ」
「わ、真面目。なんでこんなところでバトルしてるのか気になるなあ。リーリアちゃん、賞金目当て?」
「君は?」
スズカは胸の前で指を組み、わざとらしく首をかしげた。
「スズカちゃんはねー、未来の旦那様を探しに来てるのでした!」
この場の観客は金持ちが多い。
裏バトル、それも敗者を好きにできるような場所に集まる連中なのだから当然だ。
「勝てばシンプルにお金がもらえるし、負けても落札してくれた人がいい男の人だったら将来につながるでしょ?」
「なるほど……強かだな」
賞金と、上流との縁。
表で体を切り売りするより、よほど合理的だと彼女は思っているのだろう。
【さぁ心温まる会話でしたがここからは極寒地獄! それでは始めましょう!
氷タイプ指定、一対一バトル――スタート!!】
「バイバニラ!」
「お願いね、バイバニラ!」
互いのポケモンがフィールドへ出る。
白い息が流れる寒気の中、二匹のバイバニラが向かい合った。
バイバニラ同士の対決。
互いの特性により、フィールドにはすでに雪が舞っている。
地下のドームだというのに、ポケモンに合わせて人工雪まで降らせるとは、ずいぶん手が込んでいる。もっとも、そういう演出はポケモンフロンティアやポケモンリーグでも珍しくはない。
この試合では一匹のひんしがそのまま敗北に繋がる。
初手の選択肢はほぼ一つだった。
「オーロラベール」
「その前に、ふぶき! カチコチになっちゃえ!」
「なっ――」
私が防御壁を張るより早く、スズカのバイバニラが大きく息を吸い込み、猛吹雪を吐き出した。
【さあ、このバトルではダメージが冷気として扱われる! 当然、ふぶきなら極寒の冷気がトレーナーにも吹き荒れるぞ!】
次の瞬間、私の低温室に冷気が雪崩れ込んだ。
冷凍庫を開けた時の冷気など比較にもならない。
頭ごと持っていかれそうなほどの風圧に、反射的に帽子を押さえる。
「ぐっ……!?」
「あらら、命知らず。帽子が飛ばないように押さえるなんて」
咄嗟に庇った手が、一瞬でかじかむ。
帽子のつばに触れていた指先は感覚を失い、二の腕までじんじんと鈍く痛んだ。
「……だが、これでオーロラベールは張れた。もう攻撃はほとんど通らない」
「バイバニラ同士のミラーマッチじゃ、たしかに有効打は少ないよね。……ここからは長期戦かな」
なるほど、それが狙いか。
互いにオーロラベールを展開しながら戦えば、どうせ決定打は通りにくい。
ならば先にふぶきを通し、部屋の温度差で優位を取ったほうが早い。
「……ふぶきだ、バイバニラ」
「オーロラベールで防いで!」
こちらの吹雪は相手の張った壁に半減される。
スズカの部屋へ流れ込む冷風も、こちらほど強くは見えなかった。
「きゃー、スカートがめくれちゃうー」
スカートを押さえながら、スズカは笑っている。
その態度には、前回のリーフとは違う種類の慣れがあった。
「……君は負けるのが怖くないのか?」
「おしゃべりしたいの? 別に、負けても死ぬわけじゃないし……お金持ちのお客さんとのつながりもできるからさ」
言いながら、彼女は観客席へ愛想よく手を振る。
最初から思っていたが、この女は戦っているというより、自分を売り込んでいる。
「さて。長期戦って言ったけど、入れられるダメージは入れとこうかな! バイバニラ、『はかいこうせん』!」
「なっ……ふぶき!」
自らの行動を止める代わりに放たれた高威力技が、オーロラベール越しに私のバイバニラを打ち抜いた。
こちらの吹雪も相手へ届きはするが、氷タイプ同士。しかも向こうにも壁がある。
【はかいこうせんが炸裂! 自分の動きと引き換えに、バイバニラへ確かなダメージ!
そしてそのぶん――リーリア選手の部屋がさらに低温化していきます!】
部屋の空気が、また一段冷えた。
凍えた腕だけではない。
足先、頬、喉の奥まで、じわじわと熱が奪われていく。
「さあ、これでもう勝負はついたよね。降参したほうがいいよ?」
狭い低温室の中で軽く跳ねながら、スズカが言う。
その顔には、まだ十分な余裕がある。
「降参……?」
「うん。気づいてるでしょ? お互い、もうほとんどダメージが通らない」
彼女は人差し指を立てた。
「実はね、うちのバイバニラもそっちのバイバニラも、特性は『アイスボディ』なの」
「……『ゆきふらし』じゃないのか?」
「やっぱり真面目だなあ。表のバトルなら、そりゃ『ゆきふらし』一択だけど」
その言葉に、私は理解する。
アイスボディ。
雪が降っている限り、少しずつ体力を回復する特性。
つまり、人工雪が続くこの試合では、互いのバイバニラはじわじわ回復し続ける。
ポケモン本体を倒し切るのは難しい。なら、先に落ちるのはトレーナー側だ。
「序盤で大ダメージを受けた時点であなたの負け。今はまだ意識があっても、そのうち体温が下がりすぎて気絶する」
「……『ふぶき』」
私は短く指示を出す。
このルールでは、一分間指示を出せなかったトレーナーが敗北になる。
そして今、はかいこうせんの反動で動けないスズカには、しばらく命令を出す必要がない。
彼女がこうして話しかけてくるのは、親切心だけじゃない。時間稼ぎにもなる。
「あ、気づいちゃった? かしこーい」
「……でも、降参を勧めているのも本音なんだろう?」
「もちろん。ここの施設には感謝してるけど、女の子の体は傷が少ないに越したことないもんね」
スズカに悪意は感じない。
少なくとも、リーラのような攻撃性はない。彼女にとってバトルは目的ではなく、自分を高く売るための手段だ。
(観客に媚びていることと無関係じゃないな)
とはいえ、現状打つ手は少ない。
吐く息はもう真っ白だ。吸い込む空気が肺を刺す。オーロラベールで冷風そのものは和らいでも、室温はじわじわ下がり続ける。
「降参しても、ちゃんと治してもらえるよ。ひんしになるよりダメージも少ないし、お客さんともゆっくりお話しできるし」
「……話好きなんだな」
「リーリアちゃんもでしょ? 最初はわざと負けたって聞いたし。あ、バイバニラ、とりあえず『ふぶき』ね」
「こちらも『ふぶき』だ」
互いに最低限の指示だけを交わし、雪と冷気だけが積み重なっていく。
「『はかいこうせん』は使わないのか?」
「そのほうが早く終わるけど、あなたとは話が合いそうだし。無理に痛くしないほうがいいかなーって」
正直、助かる。
こちらとしては、初手ではかいこうせんを受けた時点でかなり苦しい。
「ねえねえ。最初に負けた時、どんなことされたの? 身の上話? 相手の趣味? もしかして、エッチな!?」
「……屈辱だったとだけ言わせてもらう」
私は冷たく言った。
「そのせいで、こんな格好をさせられている」
金髪。白い服。
初戦の敗北で押しつけられた役割の名残だ。
だが、それを聞いたスズカの表情がぴくりと変わる。
「……あ、それ、もしかして私が負けた時と同じ人かも!」
そう言って、スズカはくるりと回った。
白いシャツと茶色のミニスカートがひらりと揺れる。
「私もこの服、もらったんだー」
「……どんな人だった?」
「仮面はつけてたけど、上品なお姉さん。髪の編み方も教えてくれたよ。……見て、かわいくない?」
お団子にした髪を揺らしながら、スズカはまた跳ぶ。
愛嬌たっぷりの仕草に見えて、細かく身体を動かし、少しでも体温を保とうとしているのがわかった。
「なるほど、確かに酷似している。同一人物なのだろう」
「こく……? 難しい言葉好きだね」
お互いの部屋がさらに冷える。
凍えた手だけではない。腕の感覚まで薄れていく。
「ねえ。ほんとに降参しないの? これ以上はもう、あなたが氷漬けになるのを待つだけだよ。消化試合」
「……私はもう負けないと誓った。降参はしない」
「ふーん、意地っ張りなんだ」
その声には、少しだけ残念そうな響きがあった。
それがかえって、こちらの胸にも奇妙な罪悪感を生む。
「バイバニラ、『ひやみず』だ」
「えっ……?」
唐突に放った水技に、スズカの目が丸くなる。
バイバニラの氷が溶け、その雪解け水のような冷水が勢いよく相手へ浴びせかけられた。
「私たちのバイバニラは、ひかりのねんどを持っていない。オーロラベールの効果は、もう切れている」
「そうだけど……そんな低威力の技じゃ、バイバニラは倒せないよ?」
「たしかに。だが――君へのダメージはどうかな」
次の瞬間、スズカの頭上から冷水が降り注いだ。
「つっ、つめたぁっ!?」
「このバトルでは、ダメージの種類ごとに体感が変わる。ふぶきなら冷風が吹き荒れる。ひやみずなら、文字どおり冷や水を浴びることになるはずだ」
「……けど、所詮は氷が溶けた水でしょ? あなたが受けてる冷風のほうが、よっぽど温度が低いはず」
濡れた服を絞りながら、スズカは言う。
けれどその声には、もうわずかな震えが混じっていた。
「温度はな。だが、空気と水には決定的な違いがある」
「違い? スズカちゃんが水も滴るいい女になった――とか……」
そこまで言って、彼女の声が揺れた。
「冷気と冷水じゃ、体温を奪う速度がまるで違うんだよ」
私は息を整えながら言う。
「人間はマイナス三十度の冷凍庫に入れられても、帽子で頭を、衣服で心臓を守れば、ある程度は意識を保てる。だが一度前後の氷水に突然放り込まれれば、全身が急激に冷やされるショックで、数分も持たない」
「う……そ……」
濡れた衣服が肌に張りつき、奪われた熱が一気に逃げていく。
低温室の冷気が、それを待っていたかのように全身へ食らいつく。
スズカの足が震える。
そのままへたり込み、歯が鳴るほどがくがくと身体を揺らした。
「あはは……サウナのあとで水風呂に飛び込んで、ショックで気絶しちゃうアレ……かぁ……」
「バイバニラ、『オーロラベール』」
ここで私は防御技を張る。
万一の反撃でこちらが落ちるのを防ぐためでもあるが、それだけではない。
「君は、一刻も早く勝ちに来ていれば、オーロラベールが切れる前にはかいこうせんを連打して勝てたかもしれない」
私は静かに言う。
「だが君は、降参を勧めてくれた。ならば私も平等に――」
「参った! 降参! もう凍え死んじゃう!」
「……判断が速いな」
元より、スズカは敗北を忌避していない。
とはいえ、ここまできっぱり降参を選ぶとは思わなかった。
実況が一拍遅れて絶叫する。
【勝者、リーリア!
これで二連勝! いやしかし鮮やかです! ふぶきではなく、ひやみず!
見た目の派手さではなく、またしても人間側の急所を突いた決着となりましたァーッ!】
歓声とも嘲笑ともつかない音が、頭上で渦を巻く。
私たちの部屋に吹き込んでいた冷風が止み、今度はゆっくりと暖められていくのがわかった。
係員がスズカの部屋へ駆け寄り、彼女はそこでふらりと倒れ込む。もう立ってはいられないらしい。
「あなたの腕も凍傷で傷ついています。治療を」
「いや……自分のポケモンに治してもらうからいい」
あの子に、こんなバトルはさせたくない。
ここに連れてきてはいないが、無茶ばかりする私をいつも治してくれる相棒がいる。
部屋を出る前に、私はちらりとスズカのほうを見た。
彼女のまだ元気な目と、一瞬だけ視線が合う。
(……また会おうね、と言われた気がした)
【さぁこれよりスズカ選手のオークションを開始します!玉の輿狙いで愛嬌たっぷりの彼女なら大抵の要求は喜んで聞いてくれることでしょう!】
不愉快なオークションが始まるが、スズカならたとえオークションで誰に買われても、一晩眠ればけろっとしていそうだ。
いずれまた再戦することもあるかもしれない。
そう思いながら、私は冷えの残る腕を押さえた。
これで二勝目だ。
二話目です。書いてて楽しいんですがこういう話のタグ付けって何が適切なのか悩みますね。