「それでは、捧げます──『グランドエスケープ』」
かのタイトルを告げると同時、私の中でなにかがカチリと切り替わった。
すぅっと世界が透き通る。
肉体という枷から解き放たれて、どこまでもこの空へと溶けていくような。とっても心地よくて、あたたかくて、ドキドキする不思議な感覚。
:どした
:捧げる?
:ぐらんどえすけーぷ
:派生!?通算20レベ超えてんのwつっよw
:お、スキルですか
『烈風の祝詞』
紡ぐ祈りは群衆を風に乗せ、疾く疾く駆けうる魂の詩。
胸元で両手を一つに結んで。
ゆっくり息を吸って。
ああ。
心地いい風が、吹いている。
「えっと、れーな……ッ!?」
──胸の奥底に迫る美しいハミングを、大空に奏でた。
:!?
:え
:ちょ
:!
:きれい……
捧げる祝詞には、私にできる最大限の表現と敬意を。
もとよりイントロからアウトロまで、失ってはならない感情の原点。
「……」
黙り込んだ先輩。
その姿は見えていないが、ポッカリと口を開けて呆けている……そんな気がする。
:やばい
:すご
:!!
:美しすぎるんですが
:なきそう
ずっと溢れ続けていたコメントが、ぽつぽつと静かに。
そして。
──淡い光のようにそっと解き放つ、心を深く深く揺さぶる言の葉の雫。
:あ
:!?
:なく
:n
:まって
:!?!?
「……ぇ」
震える息が隣で小さく漏れた。
彼女の心を。画面の向こうの魂を。いまに立ち会うもの全ての感情を。
揺らせ。
揺らせ。
揺らせ。
:むり泣く
:あぁ
:なんだ、これ……
:やば
:うそ
ほら。
どこまでも、自由に。
どこまでも、遠くへ──
*
:はあああああ
:88888888
:最後の盛り上がりやばかった
:なみだ止まらん
:あぁ……
:もうずっとドキドキしてる
:めちゃくちゃきれいでした!!!!
:888888888
:泣いたの何年ぶりだろ
「ッ……ッ……」
フゥっと一息ついてゆっくり横を向くと、ボロッボロに涙を流すヒマリ先輩。ちょっと男子ぃ~!?
そんな反応されたら、心もからだも歯茎むき出しでニッコリしちゃうヨ……カワイイカワイイね。
草葉の陰でバルンバルン興奮してらっしゃった粘液ブツも、ひっそりと耳を傾けてくれたんじゃないかな。多分きっとmaybe。耳ないけど。
──って。
ここはリーガルロリ視点になって、私のスー↑パー↓ヴィーナスヴォイスを背景に「キャッ、はやーい❤ザシュ!(かっこよく斬る音)」するところじゃないですか!?教えはどうなってんだ教えは!!
なんでちゃーんと五分半近く歌い切った上で全カットされてんの!?もはや失礼ですよそれ?
「うぅ……ぐすっ」
:ヒーコもそりゃなくわ
:ティッシュなくなっちゃった
:鳥肌やばw
:よく考えたら現地で聞けていいな朝切ィ……!
:なんで急に歌いだしたかとか、もうどうでもいいかも笑
なんなら、あの神サビ前に倒しちゃうんじゃないかしらこれまずいわよも~(不安)とか、短めのMovie edit版の方が良かったかぁ(後悔)とか、最後まで聴いて欲しいし無理矢理歌い続けちゃうぜっ(覚悟)とか思ってたのに。
イエロー……イエロリ先輩がまさかの一歩も動かないってそんなぁ。
粘液ブツブッ倒す(激ウマ息子)どころか、バフのことさえまだ誰も気づいてないじゃん!てか私もどんぐらい効果あるのか見て―し!!
「えっと、イエロ……ヒマリ先輩?」
「ヒグッ……ぅん゙?」
:いえろ?
:そいえばなんでこうなったんだっけ
:余韻でまだ泣けます
:記憶とんだわw
:今北……なにこの熱狂空間
あ、あっぶねぇ~!強制口調様この度はありがとうございましたホントにいつも助かってますも~なんでもしますよぉデヘヘなんて言うとでも思ったかカスが!
こんなもんで清算できると勝手に思い込んでじゃねーぞおいゴルァァ!?
ハァ、ハァ。
「倒しに行っていただかないと、その」
「ズズッ……ん゙え?」
だめだ、多分あんまり配信に乗せちゃいけない顔をしてる!絵に描いたような顔面崩壊。担当テロリストも真っ青になるほどグッシャグシャのビッチャビチャ!真夏のユ○バでもそこまでいかねーぞ!
ど、どないしてくれんねんお前女神ィィ!?
:すんごい顔なってて草
:画面越しでこの感動なのにゼロ距離だもんな……
:え、ヒマリちゃんが倒しにいくの?
:切り抜き班ココは絶対、絶っ対やめろよ!
ちょっと待って──なんか、変(裏声)
いや、みんなが言いたいことは分かる。なんか君テンション高くね?って。それに関してはシンプルに歌唱モードの反動だから、今後とも気にしないでクレメンスよ~。
で、そうじゃなくてさ。
そもそも、イエロリ先輩とか視聴者のみんなにプラン伝わってなくない?
とつぜん物凄いクオリティのオリ曲()歌い出しただけの、やべーやつになってない?
「え、えっと、ですね」
「?」
おかしいな、ちゃんと頼んだはずなのに。
伝わってないとか、そんなことあるわけ……あるわけ……あ──るわ!
歌う直前、頼んでいいですか→え?→捧げますのくだりあったじゃん?ウンウン、あった。
そういえばあれ別に、間々で色々説明してた訳じゃなくて、流れるようなくだりだったわ。急流でしたわ。ヒャッ、転覆怖いね……(上目遣い)
:てゆか、その歌なに!?なんで!?
:すべてが美しかった……
:初耳曲
:やばい涙腺壊れてます
「今のお歌、実は『烈風の祝詞』でして──」
「……え」
:え
:!?
:あ
:祝詞?
:なになに
ポカーンとした表情で固まる先輩。
やっぱりそうですよネ。やべーやつになっちまったorz。
「祝詞って……あの歌手とかの?」
「そうですね」
「あれが……これ?」
「そうですね」
:ごめん歌手も知りません
:リライトか!!!
:どゆこと
:祝詞があんなんじゃないことは分かる笑
:??
宇宙猫と化したイエロリ。マイナー職っぽい歌手を知ってくれてるだけ、まだ良かった。理解が早くてたすカロリー!(激オモギャグ)
あとまず根本的にさ。
デーツさんがそこら辺ちゃんと説明しておくべきじゃない?この私の大事な大事な初配信だよ?初見の反応も欲しいってのはめちゃくちゃ分かるけど。くそぅ、エンタメ国家の犬めッ!!
あ、基本的に星宮さんのやりたいようにしてくださいって言われて、内容についてはほぼノータッチだった。なんなら、いきなり歌いだしたのも私だっけ。テヘッ☆
「うんと……えっと……あ、そうだ!!」
謎と謎をこねくり回して謎を生成していらっしゃったロリが、何か思いついたようにパァッと顔を輝かせる。かわいい」
:きゃわたん
:レーナ心出てるぞww
:食べちゃいたい
:変態いる?
「もういっかい、歌って!!」
どこまでも眩しい笑顔。ちょ誰かグラサン、グラサンもってきて!前が見えないッ!
ゆっくり瞬きしてますよぉ~って雰囲気で目を閉じながら、考え込む。
祝詞の効果がまだ続いていることは、流石に先輩も分かってるはず。つまりこれは、視聴者を意識した彼女のエンターテイメンツ!!配信者ってヤツはこれだから……(尊敬の眼差し)
恐らく作戦としては、今度こそ私の歌声を背景に「キャッ、はやーい❤ザシュ!(かっこよく斬る音)」をしたいということだろう。もちろんそれは私も見たい。決定事項だ。
でもさ、これ──試されてるのでは?
言われた通りに同じ曲を熱唱したとしよう。そりゃ感動が巻き起こるさ、何度でも。神曲だもの。うたを……あ、これ本名の方だった。
それでも、未成熟大先輩の完熟エンタメ脳を満足させるには……もう一歩先。プルス・ウルトラ。
──別の神曲を歌う。
:アンコール!?
:えいいの!
:多分まだバフ……いや、やってくれ!
:よくわからんけどやったー!
「……」
ひとつの配信枠の中で二曲もお借りするの、豪華とか超えて失礼すぎるか…?え、一曲もだめ?う、うるさいやい!!
分かりました、じゃあ私の中の俺に聞いてみますね。これでだめっていわれたらもう歌うのやめますから。
あーあ。私のニューライフはクソゴミ吟遊詩人レベル1のままで幕を閉じるんだぁ。こんなの血も涙も枯れ果てちまうよ。はーなんかもうこれ以上生きていく気力がなく
──No problem(ペチィン)、ぶちかませ。
ま か せ ロ リ。