「あはは! もーみんな、勘弁してあげなよぉ~」
目を細め、口角をグイッと上げて元気に笑う。うん、とっても良い笑顔!ナイスプライスレス。こういう積み重ねが、視聴者を満足させるのよね!
:ヒマリ先輩きゃわわ
:引率ありがとう!
:かわいい
:ずっと耳真っ赤で草
フッと横目で彼女を見た。常人離れした美貌に、つやりと光沢を放つ長い銀髪。
その透き通った肌と耳は僅かに赤みを引き、宝石のような瞳にはうるうると涙がにじむ。
ずっと、ずぅっと恥ずかしそうにして──デレデレ媚び続けている、星宮レーナ。
はぁぁぁぁぁ。
あたしって、ほんとツイてない!なんでこんなやつの子守しなきゃいけないの?
顔も性格も一見良さそうには見えるけど、逆に言えばそれだけ。何の苦労もしてきてなさそうなそのお気楽顔は、こっちを無性にイライラさせるし。
ポジティブに捉えればおしとやかだけど、単に気が弱いってだけでしょ?吟遊詩人とかいうのも、聞いたことさえないゴミカスジョブ。
あーあ。時間のムダだわ~。
新規の好感度はちゃっかり稼がせてもらうけど、さっさと意味不明な伝統終わらせて、もっとお金になりそうなやつとコラボしなきゃ。
「おっと……第一村人発見!」
ちょうど見つけたスライム。良かった、これぐらいならコイツでも倒せるでしょ。
:お、ほんとだ
:きた!!
:安全第一でね
:レーナ様、仕草がお上品……
小さく深呼吸しながら、ゆったりと胸に指先を置くその後輩。
配信開始前も思ったけど、どっかイイトコのお嬢様かなんかなの?だとしたらどれほど甘やかされて、ぬくぬくと生きてきたのか。
一度でいいから死ぬような思いしてくれれば、清々するのに。したことあるかもって?ないない。見なさいよ、この無駄に整った綺麗なお顔を。恨みつらみの一言も思い浮かばないぐらい、恵まれていたに決まってるわ。
ツラが良かったから入らせたみたいな?うわ…デーツも落ちぶれたものね。社長さんはさぞ、ご苦労をしてらっしゃるんでしょう。はぁ、世も末だわ。
「れーな、いける?」
辺りには他のモンスターも人間もおらず安全。誰かのモノをパクろうとするような、全くもってオワってるゴミクズ野郎がいることさえ、この顔だけお嬢様は想像もできないでしょうけど。
ま、ここってうちの所有ダンジョンだから、人がいないのは当たり前。
貸切状態自体、配信的にもまあまあ……ありがたい気がしなくもない。
でも、極々たまにいる善良な他人に助けてもらえないっていうデメリットがあるから、結局ちゃんとした安全管理は必須。あたし自身のためにね。コイツのことはどうだっていい。
「……はい」
どこか自信なさげに、震えた声で返事する星宮。
──ん。
:れっつごー!
:大丈夫?
:ヒーコ警戒サンクス
:無理しないでね
あ、あっぶねぇ~!思わず、ニヤニヤ嗤っちゃうところだった!
相手スライムだよ?よわよわ❤とか、かわいそー❤とか思いながらいっつも倒してる、あのザコザコ粘液だよ?それに対して、純情でなーんにも知らなそうな女が、ビクンビクン怯えてるの?
「でいいですか」
んんッ❤──やばいコレ、ゾクッと
「……え?」
何か言われた?
あんまりちゃんと聞けてなかったけど、頼むとか頼まないとか。え、なにを?あんたの調教?別にいいけど。
「それでは、捧げます」
よく分かっていないあたしを無視して、流れるように胸元で両手を組み、祈る姿勢に。いやちょっと、勝手に話を進めないでよ!?せめて疑問に答えなさいよ、このザコマゾ後輩!
そんなシカトをかましたザコー輩の動きは、スッとなめらかでどこまでも丁寧。
まるで──そう、本当に神に向けて祈っているみたい。
神なんて、いるはずがないのに。
『グランドエスケープ』
何かを告げた。その、瞬間。
目の前にいる彼女の雰囲気が、大きく変わった。
文字通り。とってもとっても、バカみたいに大きな存在感。思わず、息をのんでしまうほど。
押し潰されそうなのに、ほわりと包み込まれているような……どこか神秘的で、不可解で、胸がざわつく。
:どした
:ヒーコ?
:ぐらんどえすけーぷ
:お、スキルですか
視聴者どもは気づいていない、あたしだけ。この場にいるあたしだけが、コイツの異常性に……!
「えっと、れーな……ッ!?」
──どこまでも美しいメロディーが、心の奥の奥にまで響き渡る。
な、に。
それは、どこまでも切なくて。
なん……なの、これ。
それは、どこまでも透き通っていて。
ちょっと、まってよ。
──すぅっと解き放たれた雫が、あたしの中を反響する。
「……ぇ」
だめ。
それは、優しく降り注ぐ小雨のように。
あぁ。むり。
それは、壊れたココロに寄り添うように。
こんな……こんなの。
*
──あるところに。
何の力もない無知で愚かな姉と……小さくてかけがえのない、弟がいました。
幼い頃、両親に捨てられた彼ら。
生きていくため、死なせないため。二人は犯罪組織に身を寄せます。
ゴミカスのように虐げられる日々。
何でもやりました。
何でもされました。
ココロもカラダも、グチャグチャに嬲られて、穢されて、壊れていきます。
──それでも。
片割れがいるから。
まだ、キボウがあるから。
大丈夫、だいじょうぶ、だいじょうぶ、ダイジョウブ、ダイジョウブ、ダイジョウブ……。
そんなある日。
夏の終わりの、あの日。
ボロ雑巾みたいなその姉は。
重い病にかかった、死にかけの弟を背負い。
夜空に咲き乱れる大きな花とともに、必死に、必死に……必死に逃げ続けました。
誰にも見つからないよう。
遠く、遠くへ──
*
「……ヒマリ先輩?」
「ヒグッ……ぅん゙?」
溢れ出る涙が止まらない。ぬぐってもぬぐっても、ボロボロと零れ落ちる温かいもの。
あたしの心を徹底的に揺さぶったあの大雨は、晴れてもいまだに残響し続けている。
「──いただかないと、その」
「ズズッ……ん゙え?」
泣かせた張本人が何か言ってる。コイツのことは今だって心底どうでもいいけど……それでも。
無視なんて、できない。
「今のお歌、実は『烈風の祝詞』でして」
「……え」
のりと?海苔と。NOリト。祝詞。
「祝詞って……あの歌手とかの?」
「そうですね」
「あれが……これ?」
「そうですね」
えっと……ん?
あの美しい雨が、祝詞で。リトがバフで。バフが歌で。海苔が……なに?食べればいいの?じゃあ味付きでお願いね、ベッタベタのやつ。もちろんスライスチーズも一緒に!真ん中で折って、はんぶんこよ。
って、そうじゃなくて。
:ごめん歌手も知りません
:??
:泣きすぎてぼんやりするw
:ほんとにすごいもの聴いちゃった……
「うんと……えっと……あ、そうだ!!」
──良いことを思いついた。
これから先きっと、多くの視聴者がこぞってこの配信アーカイブにくる。コイツの海苔……じゃない、祝詞を聴くために。絶対。
だから、それに便乗しなきゃいけない。バフがどんな効果かは知らないし、そもそも本当に祝詞かどうかも分からないけど。
これは、絶対に逃してはならないビッグチャンスだッ!
どうにかしてこの後輩と視聴者に、あたしが必要なんだと思わせる!あたしがいて初めて生み出せる何かを、どどーんと見せつける!
「もういっかい、歌って!!」
あの子の、ために。
あとまあ、一応。一応ね。
ザコー輩が奏でる歌声も……悪くはなかったし。