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1934年7月5日
イタリア王国 王都 ローマ
「目を通したかな、レミ大佐?」
私が野暮用から帰ってくるやいなや、キャッツは慌てた様子――でもなかったが、少し急いた様子――で、ザグラが作ったという報告書を渡してきた。
ベルリンの視察に行かせた記憶はあったため、その報告だろうと軽く目を通した。
が、見込みが甘かった。いや、彼の実力を見誤ったのか…
そんな事を考える暇もないようなものであったがために、一先ずは全てに目を通すことにした。
1934年6月30日
早朝、ヒトラーがミュンヘンに到着し、バイエルン内務省にてヒトラー自らが多くの突撃隊幹部を検挙。
検挙された者たちは皆強制収容所に入れられた後、7月2日までに処刑された。
その後、突撃隊幕僚長であったエルンスト・レームの居る保養クラブへと、親衛隊を引き連れ突入。
内部までは見れなかったものの、様々な者達が検挙された。
エルンスト・レームのみ、即日でなく次の日に、自決の機会を与えてから処刑されたようだ。
正午、作戦開始の合図によって、プロイセン州にてヘルマン・ゲーリングにより、多くの突撃隊幹部、及び不穏分子の粛清を開始。
カール・エルンスト、クルト・フォン・シュライヒャーなどが検挙、銃殺された。
シュライヒャー前首相だけは、ゲシュタポの独断によりその場で銃殺された。
「…なるほど。」
自分の中の動揺を押し殺しながら、言葉を紡ぐ。
一度この言葉を紡ぐことをやめてしまえば、私は二度と話せなくなってしまうのではないか、この恐怖感に押しつぶされてしまうのではないかと思いながら、キャッツを見据えて話す。
「…粛清、だな。」
「そうだねぇ。こりゃ、うちの統帥も黙ってないんじゃないかな。」
確かに、アドルフ・ヒトラーによって組閣されたその政権は、このイタリア王国と同じ、ファシズムの政治思想を持っている。
だが、それでも、準同盟国のようなものであった両国の関係は崩れるだろうと、安易に想像できた。
1934年7月1〜2日
昨日と同じように、また様々な所で親衛隊等による突撃隊の検挙がなされた。
そして、エルンスト・レームは7月1日、自殺かの選択を迫られ、処刑された。
その後、2日の午後に、ヒトラー自身がヒンデンブルク大統領に突撃隊処刑の中止を宣言し、この大粛清は終わった。
報告 イタリア王国 王立陸軍情報部 ザグラ中尉
最後の方は簡潔にまとめられていたものの、その被害――処刑及び粛清は、どれだけのものであったかは想像に難くない。
おそらく、後少しすればドイツ共和国政府から宣言が出るだろうと思いながら、コーヒーを飲む。
淹れておいたコーヒーは温くなっており、そこまでよいものではなかったが――この気持ちを静めるには、何ともよい一品であった。
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1934年7月6日
イタリア王国 王都 ローマ
最終的に、対立組織を排除させることに成功した国軍は、ナチ党への完全な協力を約束し、ヒトラーの主導権が確立した。
国軍は再軍備の上で国防軍に再編され、戦争への下準備の一つがなされることになった。
市民の間でも暴力沙汰や同性愛などで突撃隊への評判は悪く、粛清はむしろ好意をもって迎えられたという。
しかし、何名かの将校はこれをよい印象では受け入れず、抗議などが行われたものの、最終的に受け入れられることはなかった。
欧州諸国の反応は、酷いものだった。
民主主義諸国は、ヒトラー一派が残忍な手段によって政敵、対立組織を破壊し、彼等ファシズムの政権は不安定化したと報道した。
そのファシズム体制のイタリアですら、ムッソリーニ統帥は「一連の行為は、乱暴で残忍なやり方であり、容認することはできない。」と、非難した。
だが、この様な非難一色を示す欧州諸国の傍ら、ある国家――新興の社会主義国、ソビエト連邦だけは、彼等の長い夜の中の粛清を容認、そして賛同した。
この事件後すぐに行われた政治局会議でスターリンは、「政敵を排除したことにより、ヒトラーの権力と彼の体制は強固なものとなった。」と述べたという。
「…この情報、またまとめないといけない訳で。
はぁ、クソっ…疲れるなぁ、そう思うだろ?」
そう言いながら、今回のドイツでの粛清――長いナイフの夜のことをまとめる。
タイプライターを叩きながら、同じようにこの仕事をしている吸血鬼、ザンに話しかける。
「まあ、確かにそうだが…よいではないか、前線に立たずに、ただこんな書類仕事だけで生きることができるというのだぞ?」
「んま、確かにそうだけどよ…でもなぁ、疲れんだよこれ。きついの。分かる?」
「死ぬよりはマシ。」
「何も言えなくなるからそれナシ。」
そんな会話をしながら、今回の粛清で死亡したと思われる者達の名簿を取る。
幾人もの突撃隊の者たちが死んだらしい。
俺以外の様々な情報部の連中も情報収集を行い、またそれをまとめる。
毎度毎度更新されるせいで、まとめる方はもっと追記していかないといけないのは辛いものだが、まあザンの言う通りこの仕事だけで生きていけるんだったらまだいいと思いながら、名簿の名前を紙に打つ。
「さてと、まだ終わらねぇ仕事を終わらせるかな。」
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1934年8月20日
イタリア王国 某所
世界では様々なことが起きているが、それにとっては関係のないことだった。
世界から隔絶された存在。外なる神の信奉者たるそれは、その信仰する神からのお告げを聞き、その場所へ向かっている。
暗く、獣達が呻きを上げる森を抜けた先には、ある建物があった。
真っ白で、どこか厳か。けれども質素。ギリシア神話にでも登場するようなその神殿らしきそれに、入っていく。
そこにあったのは、いくつかの人間の形をした何か。
だが、少し違う。
腕は肥大化し、筋肉の繊維が見え隠れするもの。
脚は蜘蛛のように細く、大量のそれが自分自身をささえるものなど、悪趣味な芸術家が作ったのかとも思えるそれらが並んでいた。
『なるほど、これが人形…』
人ならざるそれを人形というのはどうかと思ったが、かの神が言うのであるなら間違いはないだろうという事で、それらの一つを持って行こうとした、その瞬間。
「…外部の魔力反応を、検知。
排除を、実行す―――」
口の無い人形から声がする。
そのような文言が聞こえ、構えようとした瞬間に、何かが間に入ってくる。
「あ~、忘れてた忘れてた。ごめんごめん。
この子、接続された魔力のパスじゃないと、命令聞かないどころかこうやって攻撃するからさ。」
それは、自身の信仰する神の仮初の姿そのものであった。
我が神は人形に手を触れると、しばし人形が硬直した後に、
「…魔力の接続を確認。我がマスターにこの魔力反応を追加。
命令を。」
人形は無い口からそんな事を言うと、こちらに歩いてくる。
多くな脚が器用にそれぞれが絡まないように歩く。
『…感謝します、我が主よ。』
「いいんだ。さあ、面白くしてくれよ?」
そう不敵に笑うと、いつの間にか姿を消していた。
『では、ついて来い。』
人形は、大きな体を器用に縮こませ、小さな出口を通った。
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