バーテミウス・クラウチJrと夜の庭の恋人 作:へびのあし
あっという間に季節が過ぎ去る。母からの手紙の催促に律儀に返事をしていたが、そろそろ運搬用のふくろうの抜け毛が目立つようになってきた。酷使しすぎたかもしれないと反省し、ホグワーツ共用のふくろう小屋へ行って手紙を託してきた帰り道だった。
見知った顔があった。
具体的に言えば、ミント・ナイトガーデンが立往生をしていた。
レイブンクロー寮の談話室前に突っ立っているのを見る限り、状況の想像はつく。おそらくはドアノッカーのクエスチョンに回答できなかったのだろう。
「おい、ミント」
声をかけると少女は狼狽した顔でこちらを見た。
「助けてバーティ」
「一体何を聞かれたんだ」
「……『ゴーストの記憶はどこにある?』」
「で、おまえはなんて答えたんだ」
「透明なニューロン細胞。でも違うって」
は? そりゃ違うだろ。なんだその意味のわからない魔法生物みたいな単語は。バーティは咳払いを一つしてドアの前に立った。ノックをすると歌うような声で同様の質問を投げかけたドアノッカーへ向かい、バーティは冷静に語りかける。
「……ゴーストは魔法処理をした肖像画に似ている。生前の言動を影のようになぞるが、肉体も魂も厳密にはそこにいない。本人の記憶がゴーストに再現されているのではなく、世界に残されたその魔法使いの記録を寄せ集めて上手く取り繕っているだけだと考える。つまり、記憶そのものは霧散している。記憶の名残、すなわち雪の積もった丘の足跡からどこをどのように歩いたのか推測することだけが可能――答えになったか、ドアノッカー?」
『美しい仮説ですね』
「ああやっと開いた……ありがとう、バーティ」
「生と死の研究領域は未だそのほとんどが謎に包まれている。今回ばかりは明確な答えがないと知っていながら問いを出したドアノッカーの意地が悪い」
「でもバーティは答えられた」
「当然だ」
そっけなく答えると、ミントはごそごそとローブのポケットを探った。中身の見えない小瓶や薬草の袋やその他のいくつかのものが彼女の手に溢れる。
「よいしょ……はいこれ。お礼」
「いらん」
「食べて」
「話を聞かない魔女だな」
「お互い様だと思うなあ」
楽しげに眉を吊り上げて笑ったミントがバーティに渡したのは、小型の緑色蛙チョコレートだった。ヒキガエルじゃなくてアマガエルだから多少は可愛い、と彼女が主張するそれはどうやら手作りらしい。風邪ひいてるときに食べたら元気になりやすくなる、元気なときに食べたら寝つきがよくなる、とのことである。
「苦いの我慢して食べてくれるのバーティぐらいだし、そもそも作りすぎて余ってるんだ」
「なんでこんなものを大量生産するんだ」
「お金を取れる出来だって校医のマダム・ポンフリーにほめられた。でも無料でプレゼントすることにしている。これ以上私に何を望むのかい?」
「……」
ホグワーツの校医は優秀である。その校医が認めたならば確かに価値はあるのだろう。お菓子に美味しさを求める学生は積極的に摂取しようとはしないだろうが、工夫すれば商品として化ける可能性があるかもしれない。
そもそも授業内でミントの能力については大体把握している。こいつは魔法薬学の天才で、なんとこのバーティが追いつけない高みにいる。薬草学の授業でもほとんど最高評価に等しい結果を叩きだす。惜しむらくは杖を振る呪文のどうしようもない惨状のみである。妖精の呪文はまだマシだが、変身術は未だにマッチ棒を針に変えられずにいるという信じがたいド下手くそだ。
「おまえ、他に作る予定の菓子はあるか?」
「いや? まだ考えてない」
「ならば一緒に考えるぞ。雨蛙チョコレートも改良の余地がある。要するにブランディングだ。一本筋の通った芯になる特徴を考えて……」
「ちょっと待ってバーティ。こんなのただのお遊びだってば」
「将来は仕事にするんだろう」
「え、あ、まぁうん……?」
急に積極的になったバーティを、ミントはうさんくさいとばかりにじとっと薄目で見た。
「なんだ。お金稼ぎたくないのか?」
「いや稼ぐけど、バーティ相手にこういう話するのは……うん、ちょっとでも油断したら骨の髄までしゃぶられそう」
「おまえ相手にそんなことするわけないだろ」
「信用できないなあ」
「はあ!?」
「嘘ぴょん。バーティが本当は優しい人だって知ってるもんなぁ。いい調理室知ってるから今度案内するよ。バーティなんでもできるから奴隷みたいにこきつかってやる」
爽やかに浮かべた笑みは、幼げなその少女の美しさによく映えた。
バーティが交流を持ち始めたレイブンクロー生は他にも幾人かいる。しかしミント・ナイトガーデンは特別だった。
魔法薬学のホラス・スラグホーンは『スラグ・クラブ』を開催する。将来成功しそうな人材を自ら選んで招いて恩を売る。バーティは自身の発想と似たものをこの教授から感じ取ったが、しかし実際に一度会って理解した。この教授には野心がない。有名人と仲良くしている自分に、ちょっぴり酔っ払いたいだけなのだ。侮ることは危険だが、不必要に警戒する必要はない。
それよりも、ミントとバーティがセットでこのクラブに引き抜かれたことは僥倖だった。
ミントが「めんどいし行かなくていいや」などと世迷言を言うのを聞いたバーティは彼女の腕を掴んで引き摺っていった。
レイブンクロー寮に入ったことを後悔はしていない。やり直したいとも思わない。しかし一方の道に進めばもう一方は捨てざるを得ない。スリザリンの有力な貴族やグリフィンドールの高潔な才女、ハッフルパフの純朴そうなスポーツマン。これらの彩り豊かな人材と接する機会が確保できたのはこのクラブの集まりのおかげだったと言える。
「あ、すみません。ブラック先輩」
「……ミス・ナイトガーデン。何か用ですか」
「私の友達が、これを先輩に渡せって頼んできたので、とりあえずあげます。たぶん愛の妙薬が仕込まれてるので口にするのはやめたほうがいいと思いますけど」
「ずいぶん明け透けですね」
「不誠実は嫌いなので」
「おや。気が合うかもしれない」
黒髪の美少年、純血貴族ブラック家のレギュラス・ブラック。
特にこの人には接近する価値がある。
湖の底に沈んだ談話室があると噂のスリザリン、その中央に陣取る名家の一つの出身である。少し小柄で、品の良い所作はさすがの貴族出身。特別親切にするわけでもないが常に自然体で意外な打ち解けやすさをまとう彼は、女子人気がうなぎ上りの天井知らず。ちなみにこのレギュラス先輩は次男であり、なんとびっくり長男はグリフィンドールで仲間とつるんで下品ないたずらの限りを尽くす問題児である。こちらはこちらで意外な優しさと美貌に堕ちるとかなんとかで女子人気がうなぎ上りの天井知らず。
兄弟そろって女の子をメロメロにさせまくっているが、対応が違う。兄は次々にガールフレンドを取り替えていくが、弟は一度たりとも告白にOKしたことがない。
『すみません。親が決めた婚約者がいます』
これで一発撃墜である。
そんなレギュラス・ブラックと最初に言葉を交わしたのは驚いたことに用意周到なバーティではなく、ミントだった。たまたまレイブンクローの女子寮に、レギュラス先輩に恋する乙女がいたらしい。それにしても愛の妙薬入りのお菓子とは……よく先輩は平気で大広間で食事ができるな、とひそかに感心した。そっと隣から手が伸びてきて一滴垂らす輩がいれば終わりである。
ふっ、と。
一瞬意味深に細められ、すぐに元に戻ったレギュラスの目が、今までミントの隣にさりげなく立っていたバーティに向いた。
「バーティ」
「はい。ブラック先輩」
「それから、ミス・ナイトガーデンも。あなたがた二人とはこれからも仲良くさせてほしい。いいかな?」
「はい、いいですよ」
「……ええ。もちろんです」
……ブラック家において長男は家を継ぐ気が全くないらしい。ゆえに次のブラック家当主はレギュラスである。
そしてレギュラスは正しく自身の価値を認識している。
まだ十二歳の子供だろうが、知識や経験が足りていなかろうが、周囲の認識はそうではない。ならばそのように振る舞わねばならない。足りないものは無理やりにでも足りるようにせねばならない。
周りが求めるものと、自分が求めるものを両方手に入れる強欲が、純血貴族の当主の資格である。
「……とんだ食わせ物だな。ブラック先輩は」
レギュラスの背中が見えなくなってから、バーティはミントに向かって言った。
え、そう? とミントが首を傾げた。
「優しそうな人だったと思うけど」
「おまえは鈍感なのか? それとも実は俺より敏感なのか? あるいは鈍感なパフォーマンスをしているのか? ああもうどっちなんだ? 俺はおまえが全然わからないぞ」
「おやおや急にどうしたんだい? いつもの自信満々な高慢ちきくんはどこ行っちゃったんだいバーティくん〜?」
「誰が高慢ちきだ」
怒りの形相で脅かすと、ミントはキャラキャラと楽しそうに笑った。バーティはため息を吐いて表情を元に戻した。
「それよりおまえ、そろそろ薬を飲む時間なんじゃないか?」
「えっ、うわ。そうだった」
ミントはポケットから薬瓶を取り出し、鼻を摘まんで一気に煽った。ほとんど一時間おきに薬を摂取する彼女は、どうやら先天性の成長阻害を患っているらしい。魔法薬で成長を促さなければ今頃の身長は幼児サイズだっただろうと聞いて驚いた。
無礼を承知で尋ねたが、異種族の血が入っているわけではないという。ホグワーツの図書室の本にもこの病の記載はあるから調べてみて、と言われたのでそのようにすると、確かに存在する病だった。
あるいは、己が病に苦しんだからこそ、魔法薬や薬菓子といった世界に興味を持つのかもしれない。
応援はしてやりたいと思う。出来る限り。まあ、バーティの得になる範囲で。