バーテミウス・クラウチJrと夜の庭の恋人 作:へびのあし
闇の帝王につき従い、花火のように夜空に闇の印を舞わせる日々は楽しかった。
かつてあんなにも恐ろしく、清く正しく、優秀であると勘違いしていた父親は、何一つ帝王の足元に及ばないと何度も思い知らされた。
昔々に父がこの方は立派な人間だと紹介してきた人々は、皆色あせてゴミのように見えた。反対に闇の陣営の配下は皆強く美しかった。
ベラトリックス・レストレンジという名の女性に気に入られたバーティは、黒く濃く海藻のように絡みついた雄々しい髪を靡かせる彼女に戦い方を仕込まれた。
あのレギュラス・ブラックはある日煙のように姿を消した。臆病にも逃げ出そうとして死んだのだと噂された。
ナイトガーデン一族は見事に闇に潜ってしまっていた。葬り去れたのはミントただ一人のまま、魔法薬菓子の流通だけが時折浮上しては泡のように消えていく。そしてミントが残した遺品の中で、バーティが持っているのはただ一つだった。
「なんだぁ、そりゃ?」
「レモンジャムの瓶詰ですね」
「んだってそんなモン持ってんだ」
「なんとなく……」
なんだよ何となくって。ケタケタ笑いながら、仲間の男は去っていった。
あの日にミント・ナイトガーデンが煮た最後の菓子を、未だにバーティは手放せずにいた。
ずっとこれを幸運のお守りのように思っていた。
これ以上ないというほど残虐な殺め方をした自覚はあった。こんなもの呪詛のアイテムになってもおかしくないと理性が囁くのに、どうしても捨てられなかった。
……もしかすると、本当にバーティは呪われていたのかもしれない。
それは知らせは唐突で、あまりにも予想外だった。
ある日、闇の帝王が奇妙な失踪をしたのである。
リリー・ポッターとジェームズ・ポッターを襲撃して殺し、しかしその赤ん坊による呪い返しで殺されたなどという意味の分からない話が飛び交って、魔法界がカラフルなお祭り騒ぎになっていた。
情報を知っている者がいるはずだった。手がかりを集めた結果、帝王は三度己の手から逃げおおせた夫婦を探していたらしいとバーティは知った。ポッター夫妻はそれに当てはまっていた。そしてもう一組、同じ条件を持つ二人組が生きていた。
ホグワーツ在学中から付き合っていたと噂が流れていた、闇祓いのアリス・ロングボトムとフランク・ロングボトム。バーティたちは彼らを追いつめ、拷問して廃人にした。彼らはのほほんとしていた学生時代の姿からはおよそ想像もつかないほど恐ろしく強く、まるで戦闘をキッチンの鍋料理の作業のように滑らかに片付ける騎士団員となっていた。ベラトリックスやラバスタンらと共に戦わねば、生かしたまま捕らえることなど夢のまた夢だったことだろう。
とにかく、冷静さを欠いて必要以上に狂乱してしまったことは確かだった。
現場を抑えられ、バーティたちは鎖につながれた。
裁判で父は『俺に息子はいない』とはっきり口にした。
母も屋敷しもべのウィンキーも泣くばかりだった。
父と母は罪を犯した。母がバーティの身代わりとなって死に、父はバーティに強力な服従の術をかけて家に監禁した。
自由意志を奪われたバーティの世話係はウィンキーだった。
闇の帝王はやはり生きていた。
古代の魔法にやられ、アルバニアの森に弱り切った姿で潜むことになってしまったらしかった。
忠実なる配下としてバーティは帝王の復活を手伝った。
かつてのミントのように、バーティはポリジュース薬で他人になりすました。演じた人物が『自分で用意した飲み物しか飲まない』というありがたすぎる習慣を持っていたことを利用した。ホグワーツ城で起こることは全て知っているとされたアルバス・ダンブルドア校長すら欺いて、アラスター・ムーディ教授として一年を送った。
そしてハリー・ポッターを彼の庇護の遥か彼方の墓地へ送り届けるという、不可能に近い任務を執念でやり遂げた。
邪魔をしようとした父はこの手で殺害した。
帝王は復活した。
そしてバーティは破滅した。
かつての再演だと思った。
ミント・ナイトガーデンはバーティを出来る限り長く生かすために命を捧げた。かつての言動から推理すればそういうことだろうと思われた。あれでも占いの才能はあるやつだったのだ。占い学の試験で優を取ったバーティよりも成績が良かったのだから間違いない。
だからきっと、あの日にミントが死神犬を受け入れなければ、先に死ぬのはバーティだったのだろう。
そして運命は選択された。
ナイトガーデンの愛がバーティを生かした。
次はバーティの番だった。
バーティは闇の帝王を心から敬愛した。彼のために身を捧げ、彼のために魂を捧げた。
……ふと、思った。
帝王は誰かを愛するのだろうか?
あの方が命を賭して守ろうとする生き物が、この世界に存在するのだろうか?
俺の献身は、一体何に繋がるんだろうか?
(――ああ……なんだ、失敗したのか? 俺は)
後悔。
その感情に気付いて、バーティはふいに呆然とした。
彼は人を殺し、拷問し、数え切れないほどたくさんの生活を踏みにじった。
結果、何も手に入らなかった。
彼は命の使い方を間違えたのだった。
失踪した帝王などほったらかして、ナイトガーデン一族の居場所を探せばよかったのだ、とバーティは思った。
ミント・ナイトガーデンの妹……ポリジュース薬で姿を借りていたのだから、存在はしていたのだろう。カモミール・ナイトガーデン。その子を探して、兄を……いや姉か? なんでもいいけれど、殺してしまった償いをするべきだった。
なぜこんなにも簡単なことに気付かなかったのだろうと思えば涙が溢れた。
自分は愛されていた。たくさんの愛がこの世界には溢れていた。
きっとバーティの最初はおとうさんだったのだ。あの人からの愛ばかりを欲しがっていた。そして闇の帝王はおとうさんのかわりだった。けれどあの方は表面上の優しさばかりで、心は常に凍てついていた。それが理想的な強さだと勘違いしたまま、バーティはずっと飢えて求めて砂漠を彷徨っていた。
地平の彼方に何かがあるはずだと思って歩いた。
そうして何一つ、自分の手のひらの上の大事なものが見えなくなってしまったのだ。
すべてがもう遅かった。
現実が、帰ってくる。
……吸魂鬼が、ガラガラと空っぽの音を立てながら近づいてくるのだった。
あれに吸われれば人は死ぬことすらできないのだと、かつて闇の魔術に対する防衛術の授業で学んだことがあった。
実際に目の前にすればそれはきっと本当だとわかった。
あれは闇だ。夜だ。絶望と破滅の底なし沼。
頭の中ではずっと、最愛の人に杖を向けて、ゲラゲラと楽しそうに笑う自分の姿が反響していた。
バーティは後悔に奥歯を嚙み締めた。あんなことをするべきではなかった。彼は子供だった。不相応な力を手にして道を誤った幼子だった。
幻の中で、ミント・ナイトガーデンは綺麗に着飾って華やかに笑った。その唇が優しく動いて音を奏でた。
『愛してる』
ちがう。
『愛してる』『愛してる』『愛してる』
ちがう。その顔じゃない。バーティは幻影を振り払った。
違う。そんな風に笑うはずはないのだ。だってバーティが壊してしまったのだ。
何年も被っていたポリジュースの仮面を剥がした。最後に見たのはあの子が苦痛に口を歪めて、虚ろに瞳を濁らせた貌だった。
涙を流して血を吐きながら、その言葉は紡がれたのだ。
なんであんな顔をさせてしまったんだろう?
幸せにしてあげればよかった。
バーティの全部をあげればよかった。
何度やり直したって、絶対にきみを愛するからと約束するべきだった。
そうだあのとき彼は狂っていたのだ。
闇に浮かぶ銀色の蛇に狂わされた。
選べる道はたくさんあったはずなのに、真っ黒な汚泥の道を選んでしまった。
ああ……ならば、この結末も、相応のものなのだろうか?
逃れるためにもがくように。あるいは全てを受け入れるように。バーティは両手を差し出した。
吸魂鬼は丁寧にバーティの顎を捕えて、暗黒の唇を近づけた。
吸魂鬼のキス。
(完)
以下におまけの裏設定を少しだけ。読まなくても本編の理解に支障はありません。
<ナイトガーデン家>
父:セイジ…かくれんぼ得意。ミントがいなくなったのは、レベルの高いかくれんぼしてるからだといいなと思ってる。
母:メイプル…蛙の研究をする生物学者。庭の隅にこっそり空っぽのお墓を作った。
兄(姉):ミント…いざとなったらきっと闇の帝王に唾も吐けちゃうクソ度胸なレイブンクロー生。演技の天才。
妹:カモミール…趣味はボタニカルキャンドル作り。得意教科は物理と化学。切った髪の毛は今もこれからも全部捨てずにとっておいて戸棚にしまっている。
<スラグ・クラブ>
・スラグホーン…死んじゃったたくさんの教え子たちをみんな可哀想に思っている。戦争反対。平和第一。
・レギュラス…ちっこくて可愛いけど底知れない魔女だなと思っていた。ただで死んだわけじゃなさそうだな。何か大切なものに命をかけたのかな。
・リリー…グリフィンドールの才女。魔法薬学の天才同士ちょっと親近感があった。たまに変なお菓子もらって、後輩からのプレゼント! と喜んでいた。
・名無しのスポーツマン…ハッフルパフの青年。無害で純朴な性格だけど、強火のドラゴンオタクトークで二人を引かせた。出番はカットしたので本当にただの裏設定。
<その他>
・ジェームズ…ミントが魔法薬菓子の実験で大失敗して、全身大火傷で廊下に命からがら這い出たとき、通りがかった彼が何も言わず最速で応急処置して医務室へ連れて行った。授業に遅刻して説教の上罰則を食らったがコレいつものことじゃね? 欠点も多かったがやっぱり生来の騎士でもある。さすがリリーを射落とした男。
・リーマス…将来彼が服用する脱狼薬の原材料には、ナイトガーデン家の庭で採取されたものも含まれる。
・ヴォルデモート卿…彼がバーティに杖を向けても、きっと殺せなかった。彼はしくじった配下に容赦なく罰を与えたが、バーティは不思議と彼の怒りを免れることが多かった。その理由に気付くことは永遠にない。
<小説の土台について>
・この小説の大元の発想:バーティは、最初はお父さんが大好きで、彼みたいになりたくて、一緒に仕事がしたいなとか考えてたのでは? 真実は永遠に闇の中。
・小ネタ①:占い学も本気で学べば役に立つ! ゆえに一般生徒たちがこの学問の試験勉強を頑張る意味はあるはず! 原作トリオの才能と、トレローニー先生の授業が絶望的にかみ合わなかっただけだと予想。
・小ネタ②:騎士団の密会の場所はいくつかあったのでは? 本部の屋敷以外にも、ちょっとした数人の集まりができる場所が各地に仕込まれていると考えるとワクワクする。
・小ネタ③:バーティの両親の歪な愛情。原作で深くは描かれなかった母の様子は捏造だが、一応矛盾はないと考えられる範囲で創作した。
→愛がなかったわけではないが、ただし自分に都合がいい人形を愛していただけだった。気付けば子供にとって、世界は支配されるものとするもので構成されたものになっていた。つまり『俺はこの最高のご主人様に仕え、その他の蟻どもは俺の思いのままにするべき。そうすればみんな幸せになる。別に俺、間違ってないよな?』みたいな状態になった。
オリキャラ設定のスタートは、父親+母親の愛情、を全部くれる可能性がある人物造形。つまり、堂々と前に立って道を示す愛と、そっと優しくサポートしたり気遣いをしたりする愛を、両方兼ね備える。完全な男でも完全な女でもない。
無上の愛をそそぎすぎて呪いの域へ達しそうになった点は本人的には不本意であり、やり直せるならもう少しうまくやりたいらしい。
*おまけ*
ミント「ごめんよバーティ。今度は吸魂鬼エンド回避の作戦を立てようね」
バーティ「二度目があるならレギュラス先輩の毒杯×亡者の湖引きずり込まれエンドも止めてやってくれ」
ハリー「あのさ! あとは僕の両親の親友に裏切られエンドと、スネイプの大蛇の毒牙にぐっさりエンドと、ダンブルドア校長先生の家族に会いたかっただけだよの呪いの指輪じわじわエンドと、それからそれから……!」
ミント「ハリポタ最悪なエンディング多すぎない?」
ダンブルドア「わしは十分すぎるほど長く生きたからいいんじゃよ。最終的な死に方は自分で選んだわけだしの」
レギュラス「気が合いますね。私も後悔していない派です」
山ほどの教え子や教授たち「……」
クリーチャー「(涙)」
シリウス「……」
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。