やっぱ現代社会でスパイダーやるのキツイですね
第10話
マスクを被った瞬間、周囲の空気が変わった。
「……本物だ」
「さっきの女の子が……?」
「スパイダーマンだ……」
周囲から聞こえてくる声に、胸の奥が少しだけざわつく。
さっきまでの私の姿は監視カメラにも、スマホにもしっかり残っているはずだ。
正体を知られるかもしれない。
今まで通りの生活には戻れないかもしれない。
それでも、助けを待っている人がいる。
だから――もう迷わない。
そう思い顔を上げた直後
「……っ!!」
――来る。
「みんな、伏せて!また地震が来る!!!」
復活した感覚に従い反射的に声を張り上げた。
突然の叫びに、周囲の人たちは驚愕しながらも指示に従う。
そして――。
ゴゴゴゴゴッ――。
再び揺れ始めた。
「――っ!また余震!」
「「キャアアアッ!」」
「デカいぞっっ!」
「まだ揺れるの!?」
先ほどの地震で傷ついた建物が悲鳴を上げる。
壁に走った亀裂がさらに広がり、手すりが激しく揺れる。天井から吊られたものが大きく揺さぶられ、あちこちから嫌な金属音を響かせた。
そして――何処かで金具の外れる音もした。
バキッ!
続いて、別の場所でも。
ガコンッ!!
一度目の揺れを耐えたものの、二度目には耐えられない。すでに傷んでいた支柱や固定具が、次々と限界を迎えている。
まずい。
「うわあああっ!」
巨大な看板が、男性めがけて倒れ込んでくる。
私は咄嗟に床を蹴り、走りながら右手を伸ばす。
THWIP!!
クモ糸が一直線に飛び、看板とすぐ近くの柱を繋いだ。
――ギシィィッ!
巨大な看板が頭上で止まった。
「――っ……!」
男はその現実感のない光景を呆然と見上げる。
「見上げてる場合じゃないでしょ! 早く!」
私の言葉に男性は弾かれたようにその場から逃げ出した。
私はその姿を追うように一瞬だけ視線を向け、それから周囲を見回す。
未だ揺れはまだ収まっていない。
次の瞬間、二階から悲鳴が響いた。
「きゃああああっ!」
吹き抜けの窓ガラスが外れ、その向こうから女性の身体が投げ出される。
「危ない!」
勢いよく跳ぶと、落下する女性へ手を伸ばしその身体を抱き止めウェブスイングに移る。
「きゃあああっ!」
「大丈夫!そのまま掴まってて」
そのまま弧を描いて一階へ向かい、床が近づいたところでウェブを切る。
着地したところで女性をゆっくり立たせると、彼女はまだ何が起きたのか理解できていないように私を見つめていた。
「立てます?」
女性が頷く。
「よし。じゃあ、そのまま外へ。建物から離れて!」
女性が何度も頷き、避難する人の流れへ駆けていく。
その頭上で防火シャッターが嫌な音を立てた。
THWIP!THWIP!!
「……っと!」
天井とシャッターを何重にも繋ぐ。これで避難する人たちの上へ落ちてくることはない。
「こっちは大丈夫! 慌てなくていいから、順番に外へ!」
近くにいた人たちは天井を見上げクモ糸に驚愕していた。それでも、互いに声を掛け合いながら外へ向かって動き始める。
その中で、一人だけ階段の途中で男性が座り込んで動かない者がいた。
「大丈夫ですか!?」
「足を……痛めて、動けない」
駆け寄ると、片方の足が不自然な方向に曲がっている。
「……骨折してる、ちょっと失礼」
私は男性をそのまま背負い上げた。
「えっ、ちょ――」
「走るから。舌噛みたくなかったら、しっかり掴まって!」
「え!?」
「はい、行きます!」
男性を背負ったまま、私は階段を一気に駆け下りる。
「うわっ!あぶなっっ――!」
「大丈夫、大丈夫! 私、こういうの得意なんで!」
安全な場所まで運んで、男性をゆっくり下ろす。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
男性は呆然としたまま、私を見る。
「……君、本当に人間かい?」
「失礼な!」
思わず頬を膨らませる。
その直後――ぞわっ。
食品売り場の方角
「今度はそっち!?じゃあ、ちゃんと避難してね!」
返事を待たず、私は駆け出した。
次の場所へ走りながら、私は周囲に視線を走らせる。
ひびの入った柱。外れかけた看板。今にも落ちそうになっている照明。
THWIP!THWIP!THWIP!!
見つける端から、クモ糸を飛ばした。
THWIP!!
立ち止まる暇なんてない。
THWIP!
走りながら、目につく危険箇所を片っ端から補強していく。
そうして辿り着いた食品売り場
そこでは一度目の地震を耐え抜いた大型の陳列棚が、大きく傾いていた。
その向こうには避難途中の人たちがいる。
「どいてっ!!!」
私は避難する人たちの流れを逆らうように、私は食品売り場へ駆け込んだ。
そして――その勢いのまま、倒れ込む陳列棚の側面へ足を叩き込んだ。
――ドゴォンッ!!
鈍い衝撃が、売り場いっぱいに響き渡った。
大型の陳列棚が弾けるように吹き飛び、そのまま数メートル先の壁へ激突する。
――ズガァァンッ!!
壁が大きくひしゃげ、棚がそのまま壁の奥へめり込んだ。
「あっ……やば」
自分で蹴ったくせに、思わず呟いてしまう。
周囲の商品が一斉に砕け床へ散らばり、売り場が一瞬だけ静まり返った。
「……今の」
「蹴った……?」
「嘘……」
「あんなの……人間にできるの……?」
完全に力加減を間違えた
「えーっと……まあ、その……」
陥没した壁をちらっと見る。
「とっ……とにかく、怪我してない人は外へ!」
私が手を叩くと、ようやく人々が動き始めた。
THWIP!
ここでも、あちこちをクモ糸で補強したところで、私の耳に微かな声が届いた。
足音と悲鳴、建物の軋む音が重なる中
「誰か……!」
「助……く……てっ!」
「こ…ら出…………て!」
普通なら聞き逃してしまいそうなほど小さな、
途切れ途切れの声が、いくつも重なって聞こえてくる。
今の、どこから?
耳を澄ます。声そのものは小さい。
でも、私には聞こえる。それになんだか変だ。
何人かが叫んでいるはずなのに、声の位置がほとんど動いていない。しかも、少し遅れて同じ場所から反響して返ってくる。
……ということは。
「……エレベーター!」
思い当たった瞬間、私は走り出していた。
あった
「中にいる人!聞こえますか!!」
扉の前まで駆け寄って叫ぶ。
すると、ほとんど間を置かずに、扉の向こうからいくつもの声が返ってきた。
「ここです!」
「お願いします、早く開けて!」
「閉じ込められてるんです!」
「子供がいるんですっっ!!」
何度も叫んでいたのだろう。どの声も擦れていて、息を切らしている。
その奥からは、子供たちの泣き声も聞こえてきた。
「うぇぇぇん……!」
「ママぁ……!」
「怖いよぉ……!」
泣き声に混じって、大人たちが必死になだめる声も重なっている。
「大丈夫だから!」
「もう少しだから、ね?」
少なくとも、声が返ってくるってことはまだみんな無事だ。
「今、開けますから!扉から離れてっ!」
「お願いします!」
扉の向こうから、今度ははっきりと返事が返ってきた。
よし。
扉の隙間に両手をかける。
ギギギギギッ――。
歪んだ扉が軋み、わずかに動いた。
「よいっ……しょ!」
もう一度、力を込める
――バキィンッ!!
扉がレールから外れ、ひしゃげながら私の手に貼り付いた。
「……あ(思ったより脆かった………)」
外れた扉を脇へ放り投げ、私はすぐにエレベーターの中を覗き込む。
―――今度手加減の練習しよ
「大丈夫ですか?」
返事がない。
中にいた人たちは、みんな呆然と私を見ていた。
その中でも、母親に抱かれた少女は特にひどかった。
私と目が合った瞬間、びくっと身体を震わせる。
母親の服をぎゅっと掴み、小さな身体をその胸元へ押しつけた。
背中を撫でても、少女は顔を上げずに泣き出してしまった。
「……うぇ……うぇぇん……!」
堪えていたものが切れたように、少女が泣き出した。
母親が必死に宥める。
けれど少女は首を横に振りながら、母親にしがみつく。
「ママぁ……怖いよぉ……!」
「うん。怖かったね。もう大丈夫だから」
その声を聞いて、私は思わず息を呑んだ。
(……そりゃ、怖いよね。)
目の前で、マスクをした不審者がエレベーターの扉を素手で破壊したんだから。
「ご、ごめんね。怖かったよね」
私は少女を刺激しないよう、ゆっくりとマスクへ手をかける。
そして、それを外した。
「……ほら」
できるだけ優しく笑って、少女に顔を見せる。
「怖くないよ。私も普通の女の子だから」
少女が、母親の肩越しに恐る恐るこちらを見る。
まだ身体は強張っている。
それでも、さっきまで強く握りしめていた母親の服から、ほんの少しだけ手が緩んだ。
「ね?」
少女はしばらく私の顔を見つめていた。
やがて、母親にしがみついたまま、小さく頷く。
「……うん」
「じゃあ、そのままお母さんと一緒に出ようか」
母親が少女を抱いたまま、エレベーターから出てくる。
「ありがとうございます……!」
「どういたしまして。あっちが出口ですよ」
母親は少女を抱きしめたまま、何度も頷いた。
続いて、エレベーターに残っていた人たちも、互いに声を掛け合いながら次々と外へ出てくる。
私は再びマスクを被ると、スイングしながらモール全体を駆け巡った。
一階、二階、三階。
端から端まで行き来しながら、助けを求める声や危険な場所を探していく。
走る人。
支え合う人。
子供の手を引いて、外へ向かう人。
あれほど混乱していたモールの中にはいつのまにか避難の流れができていた。
そうして、しばらくした後
人影はもうほとんどない。
耳を澄ませる。
……悲鳴もない。助けを求める声もない。
「……スパイダーセンスに反応も無しと」
終わった。本当に、終わったんだ。
「……疲れたぁ」
今になって、どっと疲れが押し寄せてきた。
誰に褒められるでもないので仕方なく、自分で自分を労う。
「いやぁ……頑張ったな、私。結構、人助けしたしね。……偉い偉い」
少しだけ笑って、それからふと我に返る。
「……っていうか」
「正体、絶対バレるよねぇ……」
マスクを被るところから、救助しているところまで。監視カメラにも、スマホにも、たぶんバッチリ残っている。
「これ、家に帰ったらどうしよう」
足が止まる。
「お母さんになんて言えばいいの?……『今日、スパイダーマンになって人助けしてきました』?」
自分で言っておいて、頭を抱えたくなる。
「普通に考えて信じてもらえないし……いや、映像見せられたら信じるしかないのか」
うーん。
「……そもそも、隠す気あるのかな、私」
これだけ大勢の前で派手にやってしまったら、今さら完全に隠し通すのは無理だろう。
「まあ……ここまで派手にやったんだし。少なくとも、簡単に捕まえて実験とか、そういうのはできないでしょ」
……できないよね?
「……できないってことにしよう」
自分に言い聞かせるように呟く。
「だって、こんだけ大々的にスパイダーマンやったんだから。今さら私をモルモットにしたい人が出てきても、面倒くさいことになるって分かるでしょ」
「……たぶん」
まあ、不安がないわけじゃない。
むしろ、これからどうなるのかなんて全然分からない。
「……、どうやって帰ろうかなぁ」
私はそのまま俯きながら歩いていた。
頭の中には、さっきから同じことがぐるぐる回っている。
正体、バレただろうな。いや、あれだけ大勢に見られたんだから、バレてないほうがおかしい。
息しづらくて、時々マスク脱いでたし
「……お父さんへの説明もなぁ……」
というか、学校は? 進路はどうなるんだろう?
いっそ、大人気プロレスラーにでもなってやろうか。
そんな明後日の方向に思考を飛ばしながら歩いていたせいで――。
自分がいつの間にか外へ出ていたことにも、気づかなかった。
ふと、何かに気づいて顔を上げる。
そこで、足が止まった。
「……え?」
目の前には、広い駐車場が広がっていた。
そして。
「…………」
そこが、人で埋まっていた。
「……えっ」
駐車場いっぱいに、ショッピングモールから避難してきた人たちがいる。
小さな子供を抱く母親。
子供の手を握りながら、周囲を見回す父親。
不安そうに寄り添う学生たち。
スーツ姿の会社員。
買い物袋を抱えた若い夫婦。
腰を押さえながら、家族に支えられているお年寄り。
みんなここへ避難してきていたのだ。
……こんなにいたの?
救助している間は目の前の人たちしか見えていなかったから、数なんて全く数えてなかった。
その中で、ふと一人の視線がこちらを向いた。
「……いた」
その声につられるように、一人、また一人とこちらを見る。
「スパイダーマン……?」
次の瞬間、
「いた!」
「スパイダーマンだ!」
「本物だ!」
「お姉ちゃん!」
「ありがとう!」
ひとつの声をきっかけに、あちこちから声が上がった。瞬く間に歓声が広がり、駐車場中が大きなざわめきに包まれる。
「うおおおおおおおおおおっ!」
「こっち見てぇぇ!」
「写真撮っていいですか!?」
「私大ファンです!!!」
「えっ……」
私は目を丸くする。
こんなに?
しかも、正面にいた人たちが次々とこちらへ近づいてくる。
「直接お礼言わせて!」
「さっき助けてもらったんです!」
「握手してください!」
「貴方の名前なんて言うんですっっ!?」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
思わず一歩下がった。
けれど、人の波は止まらない。
「私さっき二階で助けてもらったんです!」
「俺も! あの看板のところ!」
「怪我してない!? 大丈夫!?」
「写真撮らせてーー!」
「こっち向いてー!」
「サインくれーー」
「名前なんていうの!?」
「「「ありがとう!!」」」
あちこちから飛んでくる声が重なって、何が何だか分からない。
「え、ちょ、待って! 一人ずつ! 一人ずつお願いします!」
人波に押されて背中が壁にぶつかりそうになる。
私は咄嗟に足へ力を込めた。
次の瞬間、身体が一気に宙へ跳ね上がる。
「よっと!」
人の頭上を飛び越え、そのまま入口から張り出した庇へ――ストンッと着地した。
それだけのことで下から、再び一斉に声が上がった。
「飛んだ!」
「うそだろ!?」
「今の見た!?スゲェ」
「屋根に乗ったぞ!」
「愛してる――――!!!」
「「「「うおおおおおっ!!」」」」
私はそんな声を聞きながら顔を上げた。
ここからなら端まで見渡せる。
さっきまで人の波に遮られていた光景が今は全部見えた。
入り口前の駐車場を埋め尽くす大勢の人たち。
ずっと先まで、人、人、人。
軽く千人は超えているだろうか。ショッピングモールにいた人たちが、ほとんど全員ここに集まっていた。
「……こんなにいたんだ」
思わず呟いた。
さっきまで、私は目の前のことで精一杯だった。次から次へと聞こえてくる声を追いかけて、走って、手を伸ばして
――気づけば、こんなにたくさんの人が無事に避難できていて。
その中には見覚えのある顔も、いくつもあった。
「…………」
その光景を、私はしばらく見つめて
そこでようやく、実感が追いついてきた。
「……ちゃんと、助けられたんだ……」
怖かった。
今だって、これからどうなるのかなんて分からない。
それでも――。
あのとき、逃げなくてよかった。
心の底からそう思えた。
だから――大きく手を振った。
「みんなぁ!!!無事でよかったっ!!!」
次の瞬間、歓声が一斉に返ってきた。
……でも、まだ一つだけ。
私は大きく息を吸った。
「みんなにひとつお願いがあります!!!」
今度は、遠くにいる人にも届くように声を張る。
ざわめきが、少しずつ静まっていく。
「私のことなんですけど――」
一度言葉を切る。
「ちょっとだけ、協力してもらえませんか!!!」
週1か2くらいで投稿続けていきたいなぁ。
取り敢えず10話までエタらずに投稿でき、評価バーも赤くなって、これも全て皆さんのおかげです。
これからも投稿頑張るので、応援よろしくお願いします。
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