遥ちゃんは…メンタルが、そんなに、強くはないんです。
第13話
次の瞬間、先生の姿が目の前から消えた。
「っ――!」
首の裏でスパイダーセンスがチリッと鳴る。
私は反射的に顔を横へ逸らし、その直後、頬のすぐ脇を拳が通り抜ける。巻き起こされた風に前髪が大きく煽られた。
「はやっ――!」
驚く暇もなかった。
拳を振り抜いた先生の身体が、そのまま勢いを殺さず滑らかに回転する。腰から捻り込まれた脚が大きく弧を描き、今度は私の側頭部を狙って迫ってきた。
――ブオッッッ!!!!
すぐ目の前を脚が通り過ぎる。
上体を後ろへ倒し紙一重で蹴りをかわした。けれど、これでは完全に体勢を崩す。
咄嗟に両手を地面へつき、倒れ込む勢いそのまま後方への回転へ変えた。
身体が跳ねる。
一回
二回
三回
砂利を蹴りながら連続でバク転し、距離を一気に広げる。最後の一回で身体を起こし、両足を地面へ叩きつけるように着地した。
ざりっ、と靴底が地面を噛む。
私はそのまま身を低くして構え、息を整えながら先生と対面する。
「……今度はこっちの番!!」
地面を蹴って一気に間合いを詰め拳を振り抜く。顔を狙った一撃は簡単に躱されたが、すぐさま反対の拳を重ねた。先生は腕を上げ、伸びてきた拳を手の甲で外側へ弾く。
けれど、それで終わるつもりはない。
「そこっ!」
身体を沈め今度は腹へ拳を叩き込めば、先生が肘を落として受け止める。
正面から押し込むだけではない。狙いを変え、角度を変え、時には間合いを外してから一気に踏み込む。そうしているうちに、少しずつ先生を押し込んでいった。
「まだまだっ!」
――いける。
確かに先生は強い。
速いし、動きも読みにくい。それでも私はその全てについていけている。
だから、このまま攻め続ければ――。
反撃の為に先生の腕が動く、けれどその前にスパイダーセンスが鋭く反応した。
私は身体を捻って攻撃をかわす。その勢いのまま間合いへ入り込み、先生の動きが途切れた一瞬を狙って拳を振り抜いた。
届いた――そう思った瞬間だった。
脳裏に、数刻前の光景が蘇る。
『えっ』
あのときは、ほんの軽い気持ちだった。
指を弾いただけ。
それなのに強盗の身体は吹き飛び、その先のガラスが派手に砕けた。
――またやるのか?
拳がほんの一瞬だけ、鈍った。本当に僅かな迷いだった。けれど、それで十分だった。手首を取られ、身体を横に投げられる。
「ぐっ――」
咄嗟に踏みとどまり転倒を避ける。
けれど先生は追撃してこなかった。私が体勢を立て直すより早く距離を取っている。
「……っ」
思わず自分の拳を見る。
……別に力を抜こうなんて考えていなかった、…なのに、どうして!
拳を握り直す
「今度こそっ!!」
再び踏み込んだ。
今度は迷わない。そう思った。
けれど――。拳が先生へ届く、その直前。腕がほんのわずかに止まった。まるで身体のどこかが、勝手にブレーキを踏んだみたいに。
「しまっ――」
その隙をついて今度は先生の攻撃が私の肩へ突き刺さる。
ズザァッッッッ!!!
そのまま踏み込まれ、私は砂利の上を大きく滑る。
「このっ……!」
悔しさのまま身体を翻しすぐに追いすがる。
まだやれる!身体は動く!!
だったら、もっと速く。
もっと強く。
もっと上手く
けれど、突如として先生の動きが変わった。
それまで私の攻撃を受け流していた身体がこちらへ踏み込んでくる。
「――え?」
先生の体が目の前でふっと低く沈み、気づけば背中が目の前にあった。何が起きたのか理解するより先に腕を掴まれていた。
スパイダーセンスがけたたましく鳴る。
反射的に身体を引こうとした。けれど、もう遅い。
先生は私の懐へ深く入り込み、腰を落とした。その動きに合わせて身体が引かれ、足元から地面が遠ざかっていく。
「なっ――!」
足が浮いた。そして、視界が大きく反転する。
「きゃああああっ――!」
夕焼けの空が視界いっぱいに広がったかと思うと、今度は河川敷の地面が猛烈な勢いで迫ってくる。
避けることも、受け身を取ることもできず、背中から地面へ叩きつけられた。
――ドンッッッッッッ!!
「がはっ……!!」
背中の下で砂利が弾け、叩きつけられた場所を中心に地面が大きく陥没するほどの勢いだった。
肺から空気が一気に抜けた。背中へ走った衝撃が全身を突き抜け、身体が大きく跳ねる。
起き上がろうとしても腕にまるで力が入らない。
「かっ……は……っ!」
(い……痛いっっ!)
息ができない。吸いたいのに、胸がうまく膨らまない。背中が熱い、身体を丸ごと叩き潰されたような痛みすらある。
追撃はない。先生はただ静かに真上から私を見下ろしていた。
決着はついた
***
何度も攻めた。それなのに一度も捉えることはできなかった。その上、最後には懐へ入られただけで全部ひっくり返された。
悔しい。悔しくてたまらない。
やがて、肺に少しずつ空気が戻ってくる。
「……はぁ……はぁ…」
喉を鳴らしながら、私は砂利へ手をついた。腕が震える。それでも何とか身体を起こすと、少し離れた場所に立っている先生を視界に納める。
呼吸ひとつ乱れていない。
対する私は荒い息を繰り返しながら、その姿を睨みつけた。
「……なるほど」
先生がぽつりと言った。
「……何がですか」
返事をするだけでも背中が痛い。
「動き自体は悪くない」
その一言に、ほんの少しだけ心が緩みかけた。
けれど。
「だが――あれが本当に全力だと言うのなら、話にならんな」
「……は?」
意味が分からなかった。
私はあれだけやった。
息が切れるほど動いて、何度も何度も攻め続けた。それでも届かなかったからこそ、今こうして地面に転がされている。
「私、ちゃんと全力で――」
「嘘だな」
即答だった。
「っ……嘘じゃないです!!」
「ならば、なぜ攻撃の瞬間に力が抜ける?」
先生は一歩こちらへ近づいた。
「私に拳を当てる直前、力を緩めたな」
「それはっ……力をコントロールしようとして!!…………」
「それも違う」
言い切られた。反論しようとして、口をつぐむ。
「君は力を出すことを恐れ、自分の限界を知らぬまま適当に加減しているだけだ。
そんなもの……制御とは呼ばん」
「……っ」
私は唇をかんだ。
違う………違う。
私は怖がってなんかいない!
私がどれだけ苦労してるかも知らないくせに!
それなのに、分かってたような顔で決めつけらて
「うるさいっっ!!!!」
「私は……人を傷つけないためにやってるんです!!」
胸の奥にため込んでいたものを一気に吐き出した
「力を出しすぎたら誰かが怪我するかもしれないから!だから加減してるんです!それの何が悪いって言うんですか!!」
「何の文句があるっていうんですか!!」
河川敷に、私の叫びが響き渡った。
けれど、その言葉を吐き出した瞬間、なぜか別の光景が頭には浮かんでいた。
あのときも、私は力を使った。
数日前の震災で、救助に向かった時のことだった。
エレベーターの中に女の子が閉じ込められていた。
助けなきゃ。それしか考えていなかった。
私は扉に手をかけ力を込めた。金属が軋み、扉が歪む。それでも構わず引っ張って、最後にはそのまま引き剥がした。
女の子を助け出すことができた。
それでいいと思っていた。
なのに。
助けた女の子は、泣いていた。
「……」
その顔が、今になってはっきりと思い浮かぶ。
そして、もう一つ
骨折して動けなくなった人を背負ったときのこと。
私の背中に身を預けたその人は、何気ない調子で言った。
『君、本当に人間かい?』
冗談みたいな調子で、だから自分も軽く流した。もちろん人間だ。そんなの、考えるまでもない。
そう思っていたはずなのに。
その言葉だけは、妙に胸に残った。
そして今日。
昼間、ファンサをしたあの子の顔が浮かぶ。
『スパイダーマンって、人間なの?』
あのとき笑ってすぐに答えればよかった。
そうだよ、と。
なのに。『たぶんね』私は、そう答えた。
たぶん。
どうして、そんな答えが出てきたんだろう。
どうして、今になってこんなにはっきり思い出すんだろう。
「あ……」
気づけば、頬を涙が伝っていた。
指先で拭う。
「……っ、うぅ……なんで」
(泣くつもりなんて、なかったのに)
怖いのか。
それとも、もっと別の何かなのか。
ただ、今まで何度も胸の奥に引っかかっていたものが、今になって少しだけ形を持ったような気がした。
「……うっ……もう……なんで止まらないのさ……」
拭っても、拭っても止まらない。私は俯いたまま、何度も小さく肩を震わせた。
***
それから、どれくらい経っただろう。
ようやく涙が収まった頃には、空も薄暗くなっていた。
私は袖で目元を拭い、ゆっくりと顔を上げる。
先生は、ずっとそこにいた。
何も言わず、急かしもせず、ただ待っていたらしい。
「……」
私は少しだけ迷ってから、言葉を発した。
「……私が本気を出したら…きっと先生に怪我をさせちゃいます」
「それを決めるのは君ではない」
即答だった。
「私はスーペリアスパイダーマンで、君はスパイダーマンだ」
「?……だからなんですか」
「Superior」
急にネイティブな発音になった。
先生は人差し指を2度、軽く曲げた。
かかって来い――と。
「君より上だ」
「………………」
腹が立った。ものすごく腹が立つ。
目の前で女の子が泣いているっていうのに、この人は慰める気が一ミリもない。少しくらい「大丈夫だよ」とか言ってくれてもいいのに。
けれど。
不思議だった。
さっきまであんなに苦しかった胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなっている。
先生は何も変わらない。
泣いていても、怒っていても、私を特別扱いしない。
慰めもしないし、同情もしない。ただ、私が立ち上がるのを待っている。
――だからなのかもしれない。
少なくとも今だけは。
この人の前なら、無理に「大丈夫な私」を演じなくてもいいような気がした。
私は涙の跡をもう一度手の甲で拭った。
「……分かりました」
声はまだ少し震えていた。それでも、私はゆっくりと立ち上がる。
それでも、先生から目を逸らさなかった。
「もう一回……やります」
「いいぞ、今度こそ実力を見せてみろ」
「……はい!」
私は一度だけ深く息を吸った。
そして、身体を低く沈める。
「……先生」
「なんだ」
拳を握り直し、まっすぐ先生を見据える。
「今度は――本気でいきます!!」
全身の力が一気に弾けた。私はまるで弾丸のように、先生へ向かって一直線に飛び出した。
初戦闘なのに負けちゃった。
相手が悪いよ
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もし貰えたらエタる可能性が大幅に減少します。なんなら、この作品じゃなくてBNDの感想でも大丈夫オッケーなくらい感想欲しいです。
お願いだから感想クレー――