ちなみに趣味は読書、映画鑑賞、そして推しアイドルの応援。
部屋にポスター貼ってます。
それと、一番大事なのが今日スパイダーマンBNDのデジタル配信日でした。まだ見てない人は絶対見てね!!
第15話
すっかり日が暮れた川沿いの道を、先生は私を背負って歩いていた。
その背中は思っていたより広く、驚くほど温かかった。ついさっきまで本気で殴り合っていた相手におんぶされているなんてかなり不思議な状況だけれど、今はそれよりも気になることがある。
「先生のこと、もっと教えてください」
「ずいぶんと唐突だな」
「だって、気になるじゃないですか! 先生がどんな世界で暮らしてたのかとか、何をしてたのかとか。聞きたいことがいっぱいあるんです」
「……元気なことだ」
呆れたような声だったが、断るつもりはないらしい。
「それで、何から聞きたい?」
「えっと……やっぱり、スパイダーマンになったときの話です!」
「ふむ」
「だって、先生はオットー・オクタヴィアスなんですよね? スパイダーマンとは敵同士のはずなのに、さっきからスパイダーマンを名乗ってるじゃないですか。あれって、どういう意味だったんですか?」
先生はすぐには答えなかった。私の質問を吟味しているのか、それとも話す順番を考えているのか。
「話せば長くなるが、要点だけ言えばこうだ。ピーター・パーカーの身体を手に入れた。」
「……はい?」
今、とんでもないことをさらっと言わなかった? ピーター・パーカーといえばスパイダーマンの正体で、その身体を手に入れたなんて、どう聞いても穏やかな話ではない
「正確には、私と奴の精神を入れ替えたのだ」
「ええっ!? 精神って、入れ替えられるものなんですか!?」
「可能だ。当時の私は、老いと長きに渡る戦いで死にかけていた。だから、若くて健康なピーターの身体をいただくことにしたのだ。ついでに、忌々しい蜘蛛男の人生ごとな」
「うわあ……ひどくないですか、それ」
「ひどいとも。だが、過去の私は生き延びることしか考えていなかった」
その声には、ためらいも言い訳もなかった。
自分が生き残るために宿敵の身体を奪ったのなら、そこで話が終わってもおかしくない。ところが先生は少しだけ間を置いてから続けた。
「だが、奴の記憶に触れ、その人生を知るうちに考えが変わった。」
「それで、スパイダーマンとして活動することにしたんですか?」
「そうだ…………ただし同じやり方はしなかった。犯罪が起きてから対処するより、科学技術で未然に防ぐほうが合理的だろう。街全体を管理し、秩序を保つ。私なら、ピーターよりも優れたスパイダーマンになれると考えた」
犯罪を起こさせない街。それは確かに理想的に聞こえるけど、事前に見張って秩序を保つというのは私の知っているスパイダーマンのやり方とはずいぶん違う気がした。
先生の声がどこか遠くを見ているように聞こえて、私は少しだけ迷ってから口を開く。
「それは……、上手くいったんですか?」
「……………………さてな」
それ以上は話すつもりがないと察して、私はいったん追及を諦めた。
聞きたいことは他にもある。
「先生はどうしてこの世界に来たんですか?」
「………分からん」
「………分からない?」
「気づいたときには、スーツ一着で見知らぬ世界の見知らぬ国の…川沿いに立っていた。……ちょうど、この辺りだな」
「えっ、それだけ? 光に包まれたり、空間がぐにゃぐにゃになったりしなかったんですか?」
「残念ながら、そんな親切な演出はなかった」
「異世界転移ってもっと派手なものだと思ってた……スパイダーバースとかナルニア国物語みたいな」
「映画の見すぎだ」
それはそうかもしれないけれど、もう少しくらい何かあってもいいと思う。気づいたら別世界でしたなんて冗談にもならない。自分なら泣き出すところだ。
「しかも、この世界には超人がいない。ヒーローもヴィランも、私の知る人間すべてが創作の中。私にとって現実だったものが、こちらでは物語にすぎない」
「……それって、すごく寂しくないですか?」
「感傷だな。寂しがっている暇があるなら、手を動かしたほうが建設的だ」
そう言い切る声は、いつもの先生のものだった。けれど、否定の言葉が出てくるまでに一拍あったことを私は聞き逃さなかった。
「そんなところへ、君が現れた」
「……私ですか?」
「クモの力を持つ人間はいつだってトラブルの中心にいる。ならば、早いうちに接触しておこうと考えた。教師の経験もあったのでな、身分を得るにも都合がよかった」
初めて会ったとき私の顔を見た先生は、少し嬉しそうで、それでいて懐かしそうな表情をしていた。あれはそういうことだったのか。
「じゃあ私のこと、最初からずっと見てたんですか?」
「あぁ、おかげでかなり苦労した」
「君はほとんど正体を隠そうとしなかっただろう。マスクは外す、写真は撮られる、動画は拡散される。こちらはろくな機材もないまま監視カメラの映像を書き換え、急ごしらえのドローンで目撃者を追い、ネット上では特定を遅らせ続ける羽目になったのだ。あれは骨が折れた」
思い当たる節が多すぎて何も言えない。
「うっ……、ごめんなさい」
「謝る必要はない」
「なら、ありがとうございます。私、もう普通の生活なんて出来ないって諦めてました。先生がずっと隠してくれてたんですよね」
「礼を言うくらいなら、次からはもう少し隠す努力をしろ」
「が、頑張ります……!」
私の自己顕示欲さえ暴れ出さなければ、きっと大丈夫。うん、気をつけよう。たぶん…………
そんなことを考えつつも、先生の話への興味は尽きなくて、元の世界にはどんなヒーローやヴィランがいて、どんな事件があったのか、もっと詳しく聞いてみたかった。
でも、今はひとつだけ。
「……先生」
「今度は何だ」
「早く帰れるといいですね」
足音がほんの一瞬だけ途切れたような気がした。
「……そうだな」
今なら分かる。帰る場所があるというのは、きっと当たり前のことではないのだ。
***
翌朝、目が覚めた私はいつものように身体を起こそうとして――。
「いっっっっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
朝っぱらから部屋中に響き渡る声が出た。
身体を起こした、ただそれだけなのに、全身が一斉に「昨日のこと忘れてないからな」と言わんばかりに主張してくる。
「い、痛すぎる……!」
お腹も背中も腕も痛くて、なんなら足裏まで痛い。
筋肉痛なのか打撲なのか、もうよく分からない。寝返りを打つだけでも身体のどこかしらが文句を言って、ベッドから足を下ろすだけで「うぐっ」と声が漏れた。
「なにこれ……筋肉痛レベル百じゃん……」
ようやくベッドから這い出て服を脱ぐと、身体のあちこちに紫色の痣が浮かんでいた。
「うわぁ……」
試しに脇腹を指でつついてみる。
「痛っ!」
当然だった。
「……いや、分かってたけど!」
それにしても、一晩寝ても怪我が残っているなんてスパイダーマンになってから初めてのことだ。
「超回復、思ったより万能じゃないなぁ……」
とはいえ、動けないほどではないし、学校を休むまでもなさそうだった。あれだけ殴られてこの程度で済んでいるのだから、むしろ回復は早いほうなのかもしれない。
……たぶん。
そうやって身体の具合を確かめているうちに、昨日のことを思い出した。
先生との戦い。
最初は本当に何もできなかった。
攻撃は避けられ、狙いも読まれ、何をしても先回りされて、まともに戦うことすらできなかった。それでも、戦っているうちに少しずつ先生の動きについていけるようになった。それに、最後の方は攻撃を当てることだってできた。
「まあ………、普通に負けたけどね………」
そこは認めるしかない。ただ、そのあと先生の昔話を聞いたら、少し見方が変わった。
いろんな敵と戦ってきたこと。
とんでもない事件をいくつも経験していること。
スパイダーマンとして戦い続けてきたこと。
私はアメコミを読んだことがないから、登場人物の名前の半分は正直よく分からなかった。
それでも――。
「すごい手加減してくれてたな…………」
考えてみれば、避けようと思えば避けられたはずの攻撃をわざと受けてくれていたし、大怪我をしないようにパンチの威力を抑えてくれてたように思う。
それに――、体中あざだらけだけど、顔には傷ひとつない。
「ふふっ……紳士だ。…………喋り方は無愛想だけど」
そこまで考えて、ふと気づく。
もし先生が本気だったら。
「…………」
想像した途端、ちょっとだけ背筋が寒くなった。
「……うん」
私は鏡の中の自分を見ながら、深く頷く。
「私が弱いんじゃない」
そうだ。きっとそう。
「先生が強すぎるんだ……うん。初戦の相手としてはハードすぎたね」
でも――。
「……あのスーツ、かっこよかったなぁ」
黒地に赤い蜘蛛のマーク。背中から伸びる機械のアーム。思い出せば思い出すほど格好よくて、負けた相手のはずなのに、最終的にそこへ行き着いてしまう自分が、ちょっとおかしかった。
***
一限は科学だった。
つまり、あの人の授業である。
チャイムが鳴り教室のドアが開いた。白衣姿のトリバー先生が入ってくる――はずだったのだが、先生は背筋を不自然なほどまっすぐ伸ばし、ロボットのような歩き方で教卓まで進んだきた。
白衣の下、シャツの胸からお腹にかけて、明らかに分厚い何かが入っていた。
(……コルセットだ)
「……階段から落ちた」
先生が先手を打つように告げると、教室が一瞬静まり返り、次の瞬間にはざわざわと騒がしくなった。
「階段?」「うわー、痛そ」「気をつけてくださいね」「アメリカは階段の作りが違うから慣れてないんだよ」
最後のは何の理屈だ。
先生は聞こえていないふりをして黒板の前に立ったが、いつものように高い位置から何か書こうとしたところで動きが止まった。腕が上がらないらしい。
無理をして肩を動かした瞬間、わずかに顔が歪んでたからわかる。
……私のせいだ。
「先生、代わります!」
黒板の前へ出て、先生が書こうとしていた内容を引き継ぐ。クラスメイトたちの視線が集まったけれど、今さら気にしていられない。先生が無理をして授業を続けるほうが問題だ。
黒板に向き直ると、背後から低い声が飛んできた。
「目立つなと言ったはずだが」
「言われてないです」
「今、言った」
それは授業でも適用されるんだろうか。ぜひ事前に相談してほしい。
結局、その時間は私が授業を手伝うことになった。授業そのものは滞りなく進んだものの、チャイムが鳴る直前、先生は私の机の横で足を止めた。
「放課後、準備室に来い」
……あ、これ、絶対怒られるやつだ。
***
放課後、科学準備室のドアを閉めるなり、先生は白衣を脱ぎ、シャツをまくり上げてコルセットのベルトを外した。
「……はぁ」
「外すんですね」
「授業中でなければ外す。あれは息が詰まるからな」
先生は古い回転椅子にゆっくりと腰を下ろした。腕時計のような端末が点灯し、抑揚のない機械音声が室内に響く。
『警告。肋骨損傷二箇所。本日の推奨安静時間に対し、実際の安静時間は十二パーセントです』
「先生、あの……昨日は本当にごめんなさい。骨、折っちゃって」
先生は椅子の背にもたれ、天井を見上げたまま答えた。
「折ったのは君ではなく、私の油断だ」
「でも……」
「君の力を見誤った。それだけのことだ」
そう言われると、何も返せなくなってしまう。
あれだけ戦ってくれたのに、私の下手な攻撃で肋骨まで折ってしまった。一方の私は、手加減されたこともあって、身体中に痣こそ残っているもののもう普通に動けている。
それを考えると、やっぱり申し訳なかった。そんな私に先生がふと尋ねる。
「ところで、君は一晩でそこまで回復したのか?」
「あぁ、……朝はもっと痛かったですよ。でも、動いてるうちにだんだん平気になってきました」
「……羨ましい限りだ」
本当に羨ましそうだった。
でも先生の顔を見ていると、改めて思う。
先生はこの世界に一人で放り出されて、帰る方法も分からない。それなのに、私のために時間を使って、こうして戦い方まで教えてくれた。
だったら、私も力になりたい。
「昨日一晩考えてたんですけど、先生が元の世界に帰る方法を探すの、私も一緒に手伝ってもいいですか?」
「必要ない」
「必要ありますよ。一人で探すより、二人で探したほうが早いじゃないですか」
先生は黙ったまま、少し考えるような顔をしている。あと一押しとみた。
「だから、先生が帰れるまで私も手伝います」
「……君は、随分と勝手なことを言うな」
「だって、先生一人だと大変そうですし」
「私は一人でも――」
「それに、」
私は先生の言葉を遮って続ける。
「他にも教えてほしいことがいっぱいありますから」
これからも放課後にここへ来て、勉強や戦い方を教えてもらう。そのついでに、先生の手伝いもする。
そう考えているうちに、ふと気づいた。
……というか、これって、よく考えたら――。
「ねぇ先生」
「なんだ」
「これって、弟子入りってことでいいんですよね?」
「……なぜそうなる」
「だって、これからも私にいろいろ教えてくれるんですよね?」
「教師として必要なことを教えるだけだ」
「それって、師匠と何が違うんですか?」
「すべてが違う」
「うーん……じゃあ、私だけ弟子ってことでいいですよ」
「話を聞け!」
先生が額を押さえた。
「師匠と呼べるほど立派なものではない。教師と生徒だ……放課後の面倒は見てやる。必要なことはその都度教える。それでいいだろう」
勝った。何に勝ったのかは分からないけど、たぶん勝った。
先生から学べることは、きっと山ほどある。戦い方だけじゃない。科学者としても、とんでもない知識を持っている人だ。いつか私も核融合炉みたいなものを自分で作れるようになったらどうしよう。
……いっそ、進路希望の紙に「天才科学者」って書いちゃおうか。
そんなふうに浮かれていると、先生が端末に指を添えたまま口を開いた。
「なら、君に一つ頼みごとがある」
「はい!」
「私は自分がなぜこちらの世界へ跳ばされたのか今も分かっていない」
昨日も少し聞いた話だ。
「気がついたときにはこの世界にいた。装置もない。移動した痕跡もない。原因を調べようにも、手がかりそのものが存在しないのだ」
「……それじゃあ帰る方法も分からないですね」
「そういうことだ。ここで重要なのは、これが私だけに起きた現象だとは限らないという点だ」
私は首を傾げた。
「?……先生以外にも、誰かいるかもしれないってことですか」
「誰か、とは限らん。何かという可能性もある」
先生は少し考えるように視線を落とした。
「もし私をこちらへ送り込んだ現象が一度限りではないのなら……既に、別の何かがこの世界へ現れていても不思議ではない。そして今後、同じことが起こる可能性もある」
そこでひとつ思い当たる。
「あ……、私を噛んだ蜘蛛……」
「それだ」
先生は頷いた。
「その蜘蛛がこの世界で発生したとは考えにくい。もっとも、放射線実験で偶発的に発生しうる確率を考慮すればこの現在の科学レベルでも不可能ではない」
そこで先生は、わずかに目を細めた。
「だが、私自身が異世界から来ている。そうなると、あの蜘蛛の発生が単なる偶然だったと片づけるのは、いささか楽観的すぎるだろう。周辺にそれらしい研究施設もないしな」
先生が何を心配しているのか、ようやく分かった。もし突然この世界に放り出された何かが周りに被害を与えたら。そう考えると、急に他人事ではなくなった。
「私が調べます! パトロールのついでに」
「監視カメラの類はすでに一通りスキャンしているが、それ以外には手が回っていない。何か手がかりを見つけたら教えてくれ」
「分かりました!」
……とはいえ、聞き込みかぁ。
パトロールしながら一人で聞いて回るとなると結構な手間になりそうだ。
どうしようかと考えていると――ふと、いい方法を思いついた。
別に、私が全部自分で調べる必要はない。こういうときは、詳しい人に聞けばいいのだ。
……ちょっとズルい気もするけど。
「きっとすぐ見つかりますよ!」
***
旧校舎の端にある新聞部の部室はいつ来ても紙とインクとお菓子の匂いがする。ドアを開けると、数人の部員と純子が資料の山の向こうにいた。
「あれ、遙。珍しいじゃん。部室まで来るなんて」
「うん、ちょっと相談が……」
言いかけたところで、壁に貼られたコルクボードが目に入った。
そこには『スパイダー目撃情報』という手書きの見出しがあり、私の写真や動画のスクリーンショットが赤い糸でつながれていた。地震の日のモール、工事現場、時計店の強盗事件。日付まで記され、目撃情報も時系列順に整理されている。
「……これ、何?」
「あ、見つかっちゃった」
純子は悪びれもせずに笑った。
「今の新聞部最大のテーマだよ。スパイダーマンが現実に現れたのに、調べないわけないでしょ!」
「へ、へえ……」
私は引きつった笑みを浮かべた。すると純子は、机の上のノートパソコンをこちらへ向けた。
「見てこれ。スパイダーマンの正体を当てたら賞金が出るんだって」
「……賞金?」
画面には大企業のHPや個人が運営しているらしいサイト、掲示板、まとめ記事がいくつも並んでいる。
『IDENTIFY SPIDER-MAN』
『スパイダーマンの正体を特定せよ! 情報提供者には多額の賞金!』
『現役女子高校生説を徹底検証!情報をお持ちの方はこちらへ』
そして、その内の一つに表示された金額を見て固まった。
『$10,000,000』
「…………1000万ドル?」
「うん、最高額。すごいよね、出資者は世界的な大富豪だし多分本当に払えちゃうよ。」
そんなことを呟きながら純子は他のページを開いていくけど、私は画面から目を離せなかった。
1000万ドル?ドル?円じゃなくて?
これだけの大金を出してまで、私の正体を知りたい人がいる。
……1000万ドルって、一生遊んで暮らせる額では?
思わず口が動いた
「……私、スパイダーマンです」
「?…………今、何か言った?」
「いや、なんでもない」
危ない。あと少しで本当に名乗るところだった。
「それでね、部長が『これは新聞部の名誉を懸けて絶対に正体を暴く!』って、急にやる気出しちゃって」
「そ、そうなんだ……」
「うん。最近ずっとこの話ばっかり」
純子は椅子ごとこちらを向き、頬杖をついてニヤリと笑う。
「まあ、やる気があるのは部長だけじゃないんだけどね。
実は私もけっこう有力な説を隠し持ってるんだ…ねぇ、聞きたい?」
「う……うん。もちろんだよ………」
嘘だ、聞きたくない
「公開されてる映像は画質も荒かったり、顔を隠してたりで決め手にはならないの。監視カメラのリレー捜査もなぜか途中で途切れてるし」
純子はそこで言葉を切ると、じっと私の顔を見た。
「でも、私はあの声と喋り方どっかで聞いたことがあるんだよ………すごく身近なところで」
視線が痛い、痛すぎる。
「な……、何の話かな」
「そういえば遥って、急に体育の記録が伸びたよね。前から日本記録くらい出してたけどこの前なんて世界記録だったし。授業中はずっと寝てるのにテストはいつも満点。落としたスマホを反射だけで何も見ずに拾ったこともあるし、スパイダーマンの目撃情報が出たときにLINEしても既読つかないのはなんでかな。そういえば遥の家の近くの公園でクモ糸がやたら多いって噂前にあったね。遥がここ最近放課後になると急にいなくなるのも不思議。スパイダーマンの着てるあの白いパーカーとチノパンのコーディネート少し前の遥の定番じゃなかった?身長も体型も似てる。素顔を見たって人の話だと、相当な美人さんなんだってさ。それに、目立ちたがらないくせにいざカメラ向けられると調子に乗り出すところも、前に一緒に街で遊んでたときスカウトの人に声かけられたときとまったく同じ反応で――」
「ちょ、ちょっと待って」
思わず手を上げた。
多い。
多すぎる。
「というか、2か月くらい前に遥って理科室で蜘蛛に噛まれなかった?」
「…………」
「私の目の前で」
「…………」
「アレは気のせいだったのかな?」
「…………」
指が一本折られるたびに、私の視線は少しずつ天井へ逃げていった。最後の一本が折られたところで、もう逃げ場がない。
「そ、それは、その、たまたま……」
「ふーん、たまたま」
純子はにっこり笑いそれ以上は追及しなかった。もう99.99%バレてる。
視線を逸らした先に机の上のネームプレートがあった。
『文責:MJ』
「……MJ?」
「なに、今さら。水野純子でMJ、中学の頃からペンネームこれだよ?」
「いや、あの、MJって、その……」
「だって好きなんだもん、あの映画。ヒーローの隣にいる人って格好いいと思うんだよね」
ヒーローの隣にいる人。
もしそうなら、純子はもうずっと前から私の隣にいてくれたのかもしれない。
「まぁ今日はこんなところでいいかな。それで、相談って?」
その声で我に返る。
私は一度深呼吸してから、本来の目的を口にした。
「そうだった。えーと、最近の変な目撃談とか、噂とかを教えてほしいの。夜に出る正体不明の何かとか、怪我人が出たとか、行方不明とか。ネットの怪談レベルでもいいから」
「噂の話ねぇ」
純子は完全に何かを察している顔だったが、追及する代わりに少しだけ首を傾げた。
「誰に頼まれたの?」
「それは……言えない」
数秒、目が合う。
やがて純子はにこりと笑った。
「いいよ、理由は聞かない。でも、いつか絶対当てる。MJの勘は当たるんだから」
そう言って彼女が棚から出してきたのは、クリアファイルに入った資料の束だった。
「はいこれ、スパイダーの正体を追ってる途中で集まったやつ。新聞部、今フル稼働してるからさ。街の目撃情報とかネットの噂とか、片っ端から聞きこんで拾ってたらスパイダーマンとは関係なさそうだけど妙に気になる話も結構出てきたんだ」
そう言って、純子はクリアファイルを軽く叩いた。
「そういうのも捨てずに取ってあるの。せっかくだし面白そうなのをまとめてみた。全部で300件」
「……300件も?」
多い、多いよ。いつから東京はこんな恐ろしい街になったんだ。
「ほとんどガセだろうけどね。でも、頼ってくれてよかった。遙は何でも一人でやろうとする所があるから少し心配だったんだ」
「……ありがとう」
「どういたしまして。情報料のパンケーキは忘れないでね」
「分かってるよ」
そう答えて部室を出た。
廊下に出たところで、ようやく息を吐く。
……うん、……ジャーナリスト志望、怖すぎる。
***
その日の夜、私はリビングで生放送の音楽番組をつけながら純子から貰った資料に目を通していた。
300件以上もあるだけあって相当な読み応えがある。
「夜道で巨大な影を見た……」
写真はぼやけていて、何が写っているのかさっぱり分からない。次は深夜の公園で謎の鳴き声を聞いたという話。その次は、道路脇をものすごい速さで走り抜けた何か。
さらにめくっていくと、下水道でトカゲのような生き物を見たという目撃情報まで出てきた。
ただし、証言の欄にはこう書かれている。
『酒に酔っていたため、詳細は不明』
「……うん。どう見てもガセ」
大型ドローンを巨大な空飛ぶ人と見間違えたらしい話や、怪物だと思ったら工事現場の作業員だった話。闇バイトに参加したらメンバーの一人がいつの間にか失踪してた、等々。中にはどう考えても寝ぼけていたとしか思えないものもあった。
というか、まともな情報が一向に出てこない。
それでも一枚ずつ確認していると、テレビから明るい音楽が流れ始めた。
『さあ、続いては今大注目のこちらのアーティスト!
歌にバラエティに映画にとますます活躍の場を広げている…………………新日ねいろさんです!!』
「ねいろちゃん!!!」
思わず資料から顔を上げ、身体までテレビのほうへ向く。
画面に映ったのは、金髪ツインテールの少女だった。カメラに向かって満面の笑顔を浮かべ、両手を振っている。最近は歌だけでなく、映画やドラマでも名前を見るようになった、今をときめく人気アイドルだ。
しかも、つい先日には実写映画のヒロインにも抜擢され、アクションにも挑戦しているらしい。
紹介VTRの中では、撮影現場でスタントの練習をしている姿まで紹介されていた。
『新曲、来月発売決定!』
『応援してくれるみんな、いつもありがとう! 今回もいっぱい聴いてね!』
「うわー、絶対買おう……!」
画面の中で、ねいろちゃんが楽しそうに笑っている。自分の部屋の壁に貼ったポスターと同じ笑顔なのに動いているだけでなんだか得した気分になる。
「かわいいなぁ……」
思わず頬が緩む。
そのまましばらく眺めていたけれど、VTRが終わったところで、ようやく我に返った。
「……あ、調査中だった」
危ない。
私は名残惜しくテレビから視線を戻し、資料の続きをめくった。そこに書かれていたのは少し変わった内容だった。
『お台場周辺における黒い人影の目撃情報』
「……黒い人影?」
発生したのは半年前。
写真もなく、目撃者は一人。照明の少ない場所だったこともあり、信頼性は低いと判断されていた。
それでも、テレビ局員の証言だけあって内容は妙に具体的だった。
『最初は人だと思ったんです。でも、なんか……黒くて、ぬめぬめしてて』
「黒くて、ぬめぬめ……?」
続きを目で追う。
『服が濡れてるとかじゃなくて、身体そのものがそういう感じでした。こっちを見たとき、形も普通の人間とは違っていて……』
『あれは、人間じゃないと思います』
「…………」
私は資料を持ったまま少し考え込んだ。
黒くてぬめぬめしていて人間じゃない。そんなものが本当にいたのなら、確かに気になる。
けれど、目撃されたのは半年前。証拠らしい証拠もない。
…………これだけなら、他の噂と大して変わらない。なんか撮影用の着ぐるみでも見間違えたんでしょ。
そう思いながら次の資料に手を伸ばす、
――そのときだった。
『速報です』
突然、テレビの音が変わった。
画面の隅に赤い文字が表示され、CMが中断される。
『本日、番組出演を予定していた新日ねいろさんについて、緊急のお知らせです』
「……え?」
手にしていた資料が、ぴたりと止まった。
画面には、さっきまで笑っていたねいろちゃんの写真が映し出されている。
嫌な予感がした。
『本日出演予定だった新日ねいろさんですが、移動中にトラブルがあり、出演を見合わせることになりました』
「えっ!!????」
思わずソファから身を乗り出す。
画面の下に速報が表示された。どうやら、撮影スタジオに移動中のねいろちゃんにファンの一人が襲いかかったらしい。幸い、怪我はなく本人は無事だという。
「……よかったぁ」
ほっと胸を撫で下ろす。
よかった。本当に。
けれど、安心したのも束の間だった。犯人はその場で失踪し、いまだ行方が分かっていないらしい。
「…………」
じわじわと怒りが込み上げてくる。
「ねいろちゃんに何してくれてんの!しかも逃げるなんて!」
無事だったからよかったものの、もし怪我をしていたらと思うとぞっとする。
しばらくテレビの前でむすっとしていた私は先生との会話を思い出した。
そうだ、――パトロール。
逃げた犯人が、またねいろちゃんを狙う可能性だってある。
「……よし、私が頑張らなきゃ!」
ねいろちゃんは無事だった。だったら、今度は私の出番だ。
明日から、ねいろちゃんの活動場所の近くもパトロールしよう。
………………せっかくだし、ちょっとくらい近くで見られたらいいな。
そんなことを考えながら、私はテレビに映るねいろちゃんの笑顔を見つめた。
「スパイダーマンが絶対に守ってあげるからねーーーーー」
遥はいつのまにか賞金首になってるし、純子には正体バレてた。でも友達だから秘密にしてくれてる。
当面の遥の目標は先生を故郷に返してあげることです。
ちなみに、新日ねいろは『デッドプール:SAMURAI』に登場するキャラクターです。
お手間でなければ検索してみてください。
お気に入り登録・感想・評価を頂けると嬉しいです。
もし貰えたらエタる可能性が大幅に減少します。なんなら、この作品じゃなくてBNDの感想でも大丈夫オッケーなくらい感想欲しいです。