遥はよくファンサービスしますが、ねいろちゃんのファンなのでポーズとか似てます。
第17話
ステージの上でねいろは笑っていた。
客席では色とりどりのペンライトが揺れ、あちこちから飛んでくる声がひとつの波になって押し寄せてくる。
『Bエリアの客席の三列目、左から五人目だ』
サビ前の一瞬、頭の中でクロちゃんの声がする。
(ん?)
『お前のうちわを持ってる。ずっと手が震えてるぞ。目が合うのを待ってるんだろ』
ねいろは歌いながら視線を滑らせた。ほんの一瞬だけウインクを送るとその子は両手で口を押さえ、泣き出してしまう。
(……クロちゃんよく見つけたね)
『礼はチョコでいい』
ねいろは笑い出しそうになるのをこらえながら、最後の一曲を歌いきった。
クロちゃんと一緒になってから、仕事は本当に順調だった。何より、好きなことを好きなように楽しめるのがいい。以前はふとした瞬間に母のことを考えてしまっていたけれど、今はそんなこともなくずっと身軽に生きられる。
そんな毎日の延長で、仕事が終わった夜は週に一度か二度くらいはクロちゃんとの散歩をするようになった。
『腹減ったな』
「ねーー、どこかに悪い人いないかな」
最近の東京は、夜になると少し物騒だ。
そんな話をしながら歩いていると、路地の向こうで何やら武装と覆面をした男たちが集まっているのが見えた。
『……あれは闇バイトってやつだな。インターネットで勉強したんだ。とんでもない悪党らしいぞ』
男たちは車のそばで何やら揉めている。ねいろは足を止め、しばらく眺めていた。
『どうする? まとめて殺すか』
「うーん……六人は多いかなぁ」
『多い?』
「だって、そんなに食べたらお腹いっぱいになっちゃう」
ねいろは困ったように笑った。
「明日の撮影もあるし。動けなくなったら大変だもん。」
『なるほどな』
「一人くらいでいいんじゃない?」
『軽めの夜食だ!!!』
言い終わるより早く、黒い触手が伸びた。男の一人が振り返った瞬間、その身体が何かに引かれるように路地の奥へさらわれていく。
「な、なんだこれ! おい、助け――!」
声が遠ざかっていく。残された男たちは何が起きたのかも分からないまま、慌てて車へ乗り込んで逃げていった。
「逃げちゃったね」
『別にいいだろ』
ねいろは引きずられてきた男の前まで来ると、マスクを解除してしゃがみ込んだ。
「ひっ……」
「ねえ君って、ねいろのファン?」
「は……?」
「ほら、私。新日ねいろ」
男は目を見開いたまま、震える声で答える。
「し、知らねえよ!さっさと放せ!!!!」
「そっかぁ、残念。じゃあ……いいよ」
『いただきまーーーす!!』
黒い身体が男を包み込む。
「うわああああっ!化け物!!!!いやあっ、いぎゃあああっ、だっっ、だれか!!!」
バリッ!ポリっ!!!グチャアッッ!
悲鳴が路地に響き渡る。
クロちゃんは男を逃がさないように絡みつき、夢中になって食らいついていく。
『んぐんぐ……! うまい!!』
「そんなにおいしい?」
『カニ味噌が濃厚だ!!』
「よかったね」
ねいろは嬉しそうに笑った。その笑顔はステージの上でファンに向けるものよりもずっとキレイだった。やがて悲鳴が途切れる。それでも黒い身体はしばらくうごめき続け、そして静かになった。
「お腹は膨れた?」
『まあまあだな。味は良いが身が少なかった』
「そっか…、やっぱり右隣の人にしたほうがよかったかもね」
『次はそうするか』
「うん。次はちゃんと選ぼう」
言っていることだけを聞けば、まるで夕飯の相談だった。ねいろは立ち上がり髪を軽く整える。
「ね、帰りにコンビニ寄ろっか」
『いいな!!さっさと行くぞ!!!新商品だ!!!』
ついさっきまで路地に響いていた悲鳴のことなど、もう気にしていない。明日の撮影のことと、コンビニでどのチョコを買うか。
ねいろは今、幸せだった。
✱✱✱
その日の仕事は深夜の生放送番組で、ねいろが出番を待っていると直前になってスタッフたちが急に慌ただしく動き始めた。何事かと確認すると、都内で謎の人物がビルの間を飛び回っているらしい。
ねいろも気になってモニターを覗き込む。そこに映っていたのは白いパーカーを着た少女だった。
「……誰?」
『蜘蛛野郎だ!!!』
クロちゃんの声が低くなる。
「蜘蛛野郎?」
『間違いない!!!スパイダーマン!……俺の宿敵だ!!!』
「クロちゃん、この辺のことは知らないって言ってたのに」
『場所は知らない。だが、あいつは知ってる。ハイブマインドで繋がってるからな。世界が違おうが、あの蜘蛛だけは忘れようがねえ』
「ふーん、よく分かんないけど」
ねいろはそれほど興味を持たなかった。自分の出番が少し遅れただけで、ニュースが終われば予定通り出演できると思っていたからだ。ところが、その日の番組は最後までスパイダーマンの話題で持ちきりになり、ねいろの出番は結局なくなってしまった。
帰りの車の中で、クロちゃんがぼそりと言う。
『あいつ、昔からこうなんだよ』
「そうなの?」
『何かやるたびに騒ぎになる。デイリー・ビューグルって新聞にもよく載ってたらしいからな……目立ちたがりなんだろ』
「ふーん」
ところが数日後になってもニュースはスパイダーマン一色で、翌週にはまた予定していた番組が変更になり、撮影に臨んだ雑誌でもスパイダーの記事が割り込んできてねいろの出番は減った。ネットニュースを開けば、芸能記事の上に「スパイダーガール、人命救助」という見出しが並んでいる。
「……またいる」
『いるな』
「ねいろの仕事の日に限って多くない?」
『俺たちに喧嘩売ってるのかもしれないな』
「まさか、……そんなことないよ」
笑いながら言ったものの、ねいろの指はスマートフォンの画面を少し強く押していた。
だが結局、東京に現れたスパイダーマンは、一度姿を見せたきり消えてしまった。毎日のようにネットを騒がせた時期もあったものの、それ以降の目撃情報はなく、盛り上がりも次第に落ち着いて、ひと月も経つ頃にはねいろ自身もその存在を忘れかけていた。
そんなある日、収録中に小さな地震が起きた。揺れはすぐに収まったが、念のためということでいったん休憩に入ることになり、それから小一時間ほどして、スタッフが興奮した様子でスマートフォンを差し出してきた。
休憩に入って小一時間程経ったところ、スタッフが興奮した様子でスマートフォンを差し出してきた
「新日さん!! これ見ました? すごいですよ!!!」
「なに?どうしたの」
どうやら、とあるショッピングモールで撮影された映像らしい。倒れた棚や散乱した商品の向こうで、赤と青のマスクを着けた少女が人々を誘導している。怪我人を安全な場所まで運び、取り残された人がいないか周囲を確認する姿も映っていた。
やがて、映像が切り替わる。
今度は駐車場だった。避難してきた人々を前に、スパイダーマンが両手を大きく広げている。
『みんなー! 無事でよかったー!』
明るい声が響き、集まった人たちから歓声が上がると、スパイダーマンは嬉しそうに手を振っている。
気づけば、同じ休憩室にいたほかの演者たちも集まってきて、いつの間にかみんなで動画を覗き込んでいた。
「すごーい! 本物だよね、これ?」
「避難した人めちゃくちゃ喜んでる!」
「地震のあとにこんなことまでしてたんだ……」
次々に上がる声を聞きながら、ねいろは何も言わずスマートフォンの画面を見つめていた。
「すごいですよね。本物のヒーローですよ!!」
「……そうだね」
動画が終わると、興奮冷めやらぬスタッフたちはそれぞれの仕事へ戻っていき、休憩室には静けさが戻った。それでもねいろは、手元の画面を見つめたまま、しばらく動けずにいた。
「……何これ」
『何って、いつもの蜘蛛野郎だろ』
「いつも?」
『人前でいい顔して、人気を取ろうとしてやがる』
「…………なんか、やだ」
『だろ?』
理由は、まだ自分でも分からなかった。
その日の夜、ねいろは何となくSNSを覗いた。
《スパイダーマン、子供への対応が優しすぎる》
《こういうヒーロー好きだわ》
《普通にかっこいい》
《今日モールにいた人うらやましい。俺も地震に遭えばよかった》
《ファンサ神じゃん》
《アイドルよりファンサ上手くて草》
指が止まった。そのコメントだけを何度も読み返す。
「……アイドルより?」
『気にすんな』
「気にしてないよ」
『嘘つけ』
数日もすると、また別の動画が流れてきた。スパイダーマンが車に轢かれそうになった子供を助けている動画があり、翌日には落とした荷物を拾ってあげている動画があり、そのまた翌日には、ファンらしい女性から差し出されたスマートフォンに向かってポーズを決めて写真に収まっている動画があった。
《神対応》
《サービス精神すごい》
《めっちゃファンのこと考えてるじゃん》
そのたびに、ねいろは妙な気分になった。ねいろだってファンを大切にしている。ライブでは一人ひとりに届くように手を振るし、握手会では顔を覚えるようにしているし、イベントではできるだけ近くまで行って、子供が来ればしゃがんで目線を合わせる。それは仕事だからではなくファンが好きだからだ。
だからこそ、同じことをしているスパイダーマンを見るとどうにも腹が立った。
「……真似しないでよ」
『別にあいつがお前を真似してるわけじゃないだろ』
「でもなんか似てるよ、ねいろにはわかる」
ライブで口にした言葉、ファンに見せた仕草、写真を撮るときの工夫。動画の中のスパイダーマンを見ていると、そのひとつひとつがなぜか自分と重なって見えてしまうのだ。
✱✱✱
後日。都内某所のショッピングモールでのイベントを終えたねいろは、舞台袖でスタッフから声を掛けられたら。
「今日のパフォーマンス、すごく評判いいですよ」
「ほんと?」
「ほら、もう動画が上がってます」
画面には、ステージから客席へ手を振るねいろの姿があった。ねいろが笑うと歓声が上がり、客席の男の子が手を振り返せば、ねいろがその子を見つけて指で小さなハートを作る。コメントがどんどん流れていく。
コメントがどんどん流れていく。
《ねいろちゃん天使》
《今日もかわいい》
《えぐい》
《一生推す》
「えへへ……」
ねいろは嬉しそうに笑った。やっぱり、これが好きだ。自分が笑えば誰かが笑ってくれて、自分を見てくれる人がいる。そのことが何より嬉しい。
ところが、そこにも虫はいた。
《そういえば今日スパイダーマンもこの辺いたらしい》
《スパイダーマン見たかった》
《ねいろもかわいいけど、今はスパイダーマンのほうが気になる》
笑顔が消えた。
「なんで……なんで、ここにもいるの?」
『俺に聞くな』
「だって、ねいろの動画だよ?」
『そうだな』
「ねいろのファンがコメントしてるんだよ?」
『あぁ』
「なのに、なんでアイツの話になるの!?」
クロちゃんは答えなかった。答えられなかったのかもしれない。
自分が頑張っている仕事、自分が大切にしているファン、自分が積み重ねてきたもの。そのすぐ隣にいつもスパイダーマンがいて、まるで、ねいろの居場所を少しずつ横から奪っていくみたいだった。
その日の夜、仕事を終えたねいろはソファに寝転び天井を睨みながら不満をこぼした。
「……なんなの、あいつ」
『だから言っただろ。蜘蛛野郎は俺たちの宿敵だ』
「ねぇクロちゃん」
『なんだ?』
「スパイダーマンとクロちゃんって敵同士なんだよね?」
『ああ。何度も戦った』
「じゃあ……ねいろがクロちゃんと一緒にいるのも、邪魔してくるかな」
『もし来たら、俺がぶっ潰す』
「……そっか」
その言葉を聞いた途端、ねいろの表情が少しだけ明るくなった。
「じゃあ、ねいろも手伝う」
『お前はアイドルだろ』
「アイドルだって戦えるよ?」
『……本気か?』
「だって、クロちゃんはねいろの相棒だもん。私が守るよ」
その日の深夜、ねいろは一本の映画を観た。
普段なら、こういう男の子が好きそうなヒーロー映画を観ようとは思わない。けれど、クロちゃんが「宿敵」だと言っていた相手のことくらいは知っておきたかった。
画面の中では、赤と青のスーツを着た男が街を飛び回っている。そして、その前に現れたのは――黒い怪物だった。
「……これもクロちゃん?」
『あぁ、別の世界だろうがな。身体が細い、頭も悪い…質のいい宿主じゃなさそうだ』
クロちゃんは興味なさげにポップコーンをつまみながら答える。
映画の中のヴェノムは、最初はスパイダーマンに寄生し、やがて別れてからスパイダーマンと敵対していく。ねいろは黙ってそれを見ているうちに、ふと思った。この二人には、自分の知らない時間がある。ねいろと出会うよりずっと前から、クロちゃんはこの蜘蛛のことを知っているのだ。
そのことが気に入らなかった。
映画の敵役の結末など、観る前から分かりきっている。クロちゃんが宿主から剥がされて、殺される。
「ねえ、クロちゃん」
『なんだ』
「クロちゃんは、あいつのこと嫌い?」
『……大嫌いだ』
「そっか」
ねいろは画面の中のスパイダーマンを見た。
赤と青のスーツに、白い目。街中の人に手を振り、ファンに囲まれて笑い、自分の仕事を邪魔して、自分のファンの話題を奪い、そして、クロちゃんの宿敵でもある。バラバラだったものが、そこで全部ひとつにつながった。
「……ねいろも嫌い……………、大嫌い」
『そうか』
「うん……」
『だったら…………、ぶっ潰してやろうぜ』
ねいろは無言でしばらく画面を見つめていた。そして、静かに口を開く。
「クロちゃんも、ねいろのファンも、全部ねいろの大事なものなの。だから――
奪うなら……殺す」
『なぁ……お前、俺より悪役向いてるんじゃないか?』
初めてのカラオケ
「歌の練習したいしカラオケ行こっか」
『やめろ!!』
「え?」
『高音が死ぬほど苦手なんだ!三時間も聞けるか!!』
「大丈夫だよ。クロちゃんも一緒に歌えばいいじゃん」
『そういう問題じゃない!!』
5時間後。
『高音。裏声。ロングトーン。ハウリング……』
「楽しかったね?」
『………拷問だ…………次は外にいる…………』
「ダメだよ。相棒なんだから」
注…ねいろは毎週カラオケに行きます
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もし貰えたらエタる可能性が大幅に減少します。なんなら、この作品じゃなくてBNDの感想でも大丈夫オッケーなくらい感想欲しいです。
お願いだから感想クレー――