遥の通ってる高校はスパイダーマン恒例、国内トップクラスの進学校です。
ちなみに今回ドクターオクトパスが作った理科のテスト、彼は少し性格が悪いのでテストの最後に必ず100点阻止問題入れるタイプです。今回は東大理Ⅲに現役合格できるほど賢くても90点が限界。
100点取れたのは遥だけでした。
原田銀子さんは半分オリキャラみたいなものなので検索しても出てきません。
でも名字だけならでますよ、たぶん
第21話
ぽんっっ!!!
「…………」
「…………」
ピッ。
「……計測終了。失敗だな」
実験容器の蓋を開けた先生が、残念そうに呟いた。
「今度こそいけると思ったのに」
私も隣から覗き込む。そこには真っ白な塊が鎮座していた。
クモ糸爆弾・試作品三号。
私の身体から採取したクモ糸を液体に加工した後、専用の容器に封入。起爆と同時に周囲へ一気に展開させる。うまくいけば、敵をまとめて拘束したり逃げ道を塞いだりできる便利な道具になるはずだった。
先生の故郷ではこうした装備も珍しくなかったらしい。話を聞いてるうちに、私だってスパイダーマンなんだからそろそろガジェットの一つくらい欲しくなった。そんなわけで放課後は先生と二人、理科準備室で研究に励んでいるわけだ。
ただし、現実はそう甘くなかった。
「一号は不発、二号は大・大・大爆発。今回はちゃんと弾けたと思ったんですけど……」
「肝心の糸が広がらず、ひと塊になってしまったわけだ」
先生はピンセットで白い塊の端をつまむと、ゆっくりと引き伸ばした。細い糸のようになっても千切れる気配はなく、手を放すと何事もなかったように元の形へ戻っていく。
その様子を眺めながら、私は二号の実験を思い出していた。
……あれは本当にひどかった。
起爆した途端、圧縮していたクモ糸液が四方八方に飛び散り、理科準備室が一瞬にして蜘蛛の巣だらけになってしまったのだ。机も椅子も棚も天井も、何もかもが真っ白。おまけに私と先生まで巻き込まれ、仲良く壁に貼りつけられてしまった。
当然、何とか抜け出そうとはしたのだがこれがびくともしない。私が力任せに引っ張っても糸は切れず、代わりに壁からミシミシと嫌な音が聞こえてくる始末。
我ながらとんでもない強度だ。
先生も拘束されたまま何とか脱出方法を考えていたけれど、下手をすれば理科準備室そのものを破壊しかねない。結局、二人揃って純子に救援を頼む羽目になった。そして、事情を聞いて駆けつけた純子は壁に貼りついた私たちを見るなり大爆笑。ひとしきり写真を撮ってから、ようやくガスバーナー片手に救出作業を始めてくれた。
ちなみに先生は救出されるまでずっと不機嫌で、あんまり圧をかけてくるもんだから後で純子に写真を消すよう頼んだところ『将来のために取っておくね』と笑顔で返された。
……何の将来だろう。
とにかく、あんな惨劇は二度と御免である。
私は気を取り直して、改めて容器の中を覗き込んだ。
今回は糸液の量も計算済みだし、爆発そのものは発生している。となると………、
「起爆の調整が甘いのかもしれませんね。あるいは、糸が外に飛び出しきる前に中で絡まっちゃったとか」
「それもあるだろう。加えて、容器にも工夫の余地があるな」
「じゃあ、次は放出口か切れ込みでもいれます?」
ノートパソコンを開き、これまでの試作品にも使ってきた3Dプリンター用の設計データをちょちょいと弄る。先生は画面を一瞥すると、実験記録にいくつか数字を書き込んだ。
「そもそも、君のクモ糸が私のクモ糸と違って成分を自由に調整できんのが厄介なんだ」
「うーん……、ぶっちゃけ私の体液ですからね。毎回まったく同じ状態とも限らないし」
「保存中の変質も考慮しなければな。人工クモ糸ならもっと楽なんだが」
「長鎖ポリマー……ノーメックスかケブラーあたりでしょ?」
そういえば、先生から出されていた人工クモ糸の宿題も理屈の上ではおおよその目処がついていた。あとは何パターンか試作してみるだけなのだけれど、自分で糸を出せる私には急いで完成させる理由もない。他の課題や新しい装備の開発を優先しているうちにすっかり後回しになっていた。
「……さて、どうだろうな」
先生は含みのある笑みを浮かべた。
「今からでも人工クモ糸に切り替えるか?10分で終わるぞ」
「えー、でも私の糸のほうが性能いいんですよね?」
「あぁ、耐久性、伸縮性、粘着力……どれをとっても実に優秀だ。もっとも、現状では rice cake を作るので精一杯だが」
「お餅?」
言われてみれば確かにそう見える。
「ほんとだ。つきたてみたい」
「食べるなよ」
「食べませんよ!」
まったく、先生は私を何だと思っているんだろう。
むにっ。……おお。いい弾力だ。試作品を指で押してみると、表面は柔らかいのに奥まで押し込もうとすると意外なほど強い抵抗がある。
……ん、弾力?
モチを掴んで先生めがけてぶん投げてみる。
「……いきなり何をする」
先生は設計図から目も離さず、片手でひょいと受け止めた。流石、これくらいじゃ驚いてもくれない。
「これって逆に使えるんじゃないですか?高いところから落ちた人を受け止めるんですよ。ほら、車のエアバッグみたいに!」
「……衝撃吸収材か。なるほど、悪くない」
「でしょう? この前の地震のときも、落ちてきた人を助けるのに結構苦労したんです。これを下に広げられれば、直接受け止めなくても済みますし」
「それも一案だな。……ふむ」
先生は顎に手を当て白いモチをじっと見つめた後、投げ返してきた。
「後日、衝撃吸収性能を測定してみよう。この弾性には価値がある」
「やった! じゃあ三号も無駄じゃなかったですね!」
「本来の目的からは随分と遠ざかったがな」
「いいじゃないですか。失敗は成功の母って言いますし!」
先生は呆れたように鼻を鳴らした。けれど、その手はもう次の設計図を描き始めている。なんだかんだ言って、研究が好きなのだろう。さっきまで残念そうにしていたのが嘘みたいに、ペンを走らせる手が止まらない。
私はそんな先生の横顔を眺めながら、もう一度白い塊をつついてみた。
むにむに。……それにしても、いい餅だ。
***
実験器具を片づけ終えると、先生は机の上に積まれていた答案用紙を引き寄せた。
どうやら、ここからは教師としてのお仕事らしい。
私はというと、帰るにはまだ少し早かったので、流し台の脇に置かれた電気ケトルでお茶を淹れることにした。先生の分も用意して机に置くと、答案から目を離さないまま短く礼を言われる。
そのまま向かいの椅子に腰を下ろし、湯呑みを両手で包んだ。
窓の外から運動部の掛け声が聞こえてくる。さっきまで実験で賑やかだった理科準備室もすっかり静かになり、今は時計の秒針と、答案に赤ペンを走らせる音だけが響いていた。
「先生って、本当に先生になっちゃいましたね」
「何だ今さら」
「だって、あんな格好いいスーツを着て戦ってたアメコミのキャラクターが今はテストの採点ですよ?信じられないですって」
「私としても異世界に来た挙句、高校教師になるとは思っていなかった」
先生は苦笑交じりに答えると、一枚の答案をめくり、何やら大きく赤い線を引いた。
「……嘆かわしい。授業で三度も説明した問題だぞ」
ここ最近知ったことだけど、先生は優秀な反面、案外気が短いしねちっこい性格をしている。まあ、中身があのドクター・オクトパスなのだから当然といえば当然かもしれない。例えば、先生の前でうっかりトニー・スタークだ、ブルース・バナーだのを褒めると相当にめんどくさい事になる。
でもまぁ、何か質問すれば納得するまで根気よく教えてくれるし、なんだかんだ面倒見はいい人だ。
私がそんなことを思ってると、先生は次の答案に取りかかった。ところが、今度は随分と機嫌がよさそうだ。赤ペンがすらすらと動き、最後まで目を通したところで感心したように頷く。
「……奥多宮乙葉、九十八点。当麻多華、九十五点。うん、なかなか優秀だな」
続けてもう一枚。
「……原田銀子、九十点。こちらも悪くない」
「あ、剣道部の原田さんですね」
「知っているのか?」
「はい。一年生の時に体験入部でお世話になりました。友達?ですよ?たぶん…」
もっとも、あれを『お世話になった』と言っていいのかは微妙なところだ。
原田さんは名家のご令嬢で、剣道の腕前も相当なものらしい。同じ一年生ながら入学早々に剣道部で一目置かれていて、礼儀正しく、面倒見もいい。どの部活に入るか迷いに迷ってた当時の私が遅れて体験入部に参加したときも、初心者だからと丁寧に指導してくれた。
最初は本当に親切でいい人だと思っていたのだ。ただ、その日の最後に練習試合をすることになり、つい勝ってしまった。
……いや、悪気はなかったんだよ?
せっかく教えてもらったんだから手を抜くのも失礼だと思ったし、調子に乗って主将にまで勝ってしまったのは、まあ、その……若気の至りということで。
結局、私は剣道部には入らなかったけど、原田さんのほうはどうにも納得がいかなかったらしい。それ以来、廊下ですれ違うたびに再戦を申し込まれるようになってしまった。先週なんて下駄箱の前で挑戦を申し込まれかけた。
「君は剣道もやるのか?」
「ちょっと興味があったので。結局、入部はしませんでしたけど」
「……なるほどな」
先生は何やら納得したように頷くと、採点の済んだ答案を脇に寄せた。
「ところで、君の答案も採済みだぞ」
「おっ、どうでした?」
「満点だ。……ただし一つ気にかかることが」
「はい?」
「なぜ答案の余白に蜘蛛が描いてある?」
「…………」
しまった……問題を解き終わって暇だったからつい描いてしまった。しかもちょっと凝って、陰影まで描き込んでいる。自信作。
「……よく描けてません?」
「私は採点をしているんだ。美術鑑賞ではない」
「……………」
「はぁ………次からは大人しく提出することだ」
「はーい!」
まああれくらいの問題なら解けて当然だけど、認めてもらえるのはやっぱり嬉しい。私は上機嫌でお茶を一口飲むと、再び採点に戻った先生を眺めた。
思えば初めて先生と戦ってから、もう三度ほど手合わせしている。結果は見事な三戦三敗。もっとも、最初の頃と比べれば随分と動けるようになったと思う。攻撃にも少しずつ対応できるようになってきたし、この前なんて、あと一歩で背後を取れるところまで迫ったのだ。
勝ったと思った次の瞬間には足を払われて、綺麗に地面へ転がされたけど。
ちなみに先生曰く、私は戦闘中に余計なことを喋りすぎるし、そもそも黙ってる方が強いらしい。
『道化の真似事はやめて戦いに集中しろ』と、毎回お説教されている。
失礼な話だ………、お喋りはスパイダーマンの伝統なのに。
どうやら、先生自身スパイダーマンの格好をしているくせに、別にスパイダーマンが好きとかそういうわけではないらしい。以前聞いた話からしても、あの名前やスーツには色々と複雑な思いがあるのだろう。
私にとっては憧れのヒーローでも、先生にとってはそう単純な存在じゃないんだろうな。
……そういえば。
「純子から面白い写真を貰ったんですよ」
昼休みに見せてもらった画像をスマホに表示し、先生の前に差し出す。
「これ、一昨日の夜に羽田空港付近で撮影されたヤツ……」
「……羽田? ああ、例の飛行物体か」
「あれ、知ってるんですか?」
「多少はな。表立って報道はされていないが、目撃者の口まで塞げるわけではない。警察の記録にもそれらしい報告がいくつか上がっていた」
「へえ……、警察の情報まで見られるんですか」
「末端の署員が使う共有フォルダを遠隔で少々覗いているだけだ。」
「いやいや、それでも十分すごいです。じゃあじゃあ、公安とか別班の機密情報とかも見られたり?」
「別班?………見ようと思えば見れるがそこまでするつもりはない。監視を維持するにも、侵入の痕跡を隠すにも相応のリソースが必要になる。割に合わん」
「……なるほど。つまり、やろうと思えばできるんですね」
「妙なところに食いつくな」
先生は呆れたように言って、さっさと続きを見せろとばかりに手を差し出してきた。
この人……………私に隠れて裏でこっそり世界征服とかしてないよね?
「まあ、別にしててもいいですけど。実はその飛行物体の写真を手に入れたんですよ」
画面に映っているのは夜空を飛ぶ人影だった。背中には鳥を思わせる大きな翼が広がっていて、暗くて細部までは分からないもののどうやら機械仕掛けらしい。最初は面倒くさそうにしていた先生も写真を見るなり興味を引かれたらしく、赤ペンを置いてスマホを受け取った。
「それで、先生の世界にもこういう人っていました?」
先生は指先で画像を拡大すると、しばらく翼の形を眺めていた。
「……機械仕掛けの翼で飛行する者なら何人も知っている」
「おおっ! 例えば?」
「ファルコン、ヴァルチャー、ビートル……。翼に限らなければ、それこそ数えきれないほどいたな」
「ファルコンとヴァルチャーなら知ってますよ、映画で見ました」
私御用達のアメコミwikiで検索をかけてみる。前にも言ったけど、アメコミは高いから買ってない。
「ヴァルチャー………鳥のスーツを着た………おじいちゃん?」
「エイドリアン・トゥームスだ。性格はともかく、飛行装置の設計に関しては優秀な技術者だった。私も何度か交戦したことがある」
「じゃあ、この写真の人もヴァルチャーだったりして!」
「どうしてそう思う?」
「だって、私がスパイダーマンなんですよ?だったら敵もヴァルチャーっていかにもな感じしません?」
「……随分と都合のいい推理だ」
「いやいや、先生だって別の世界から来たじゃないですか。それに翼も似てる」
「鳥の翼を模した飛行装置など、誰が設計してもある程度は似た形になる。外見だけで同一視するのは早計だ」
「むう……確かに」
まあ、言われてみればそのとおりだ。
「……もっとも少々興味深い構造をしているようだが」
今度は翼の付け根あたりをじっと見つめた。何か気になるところでも見つけたのか、先ほどまでの呆れ顔がすっかり真剣なものに変わっている。
「鳥の翼を再現したというより、ドローンを人間用に応用したような設計だな」
「ドローン?」
「ああ。翼の基部を見たまえ。おそらく翼自体は姿勢制御や揚力の確保に用い、推進力は別で得ているのだろう」
「へぇ……写真だけでそこまで分かるんですね」
「画像が不鮮明だからな、ほとんど憶測だ。ただ、これほどの装置を小型化し人間一人を自在に飛行させているのだとすれば、この世界の基準で考えれば驚異的な技術力だ」
「じゃあ、作った人は天才ってことですか?」
「少なくとも、相応の知識と技術を持った人間だろう。……実に興味深い」
先生は感心したように呟くと、もう一度画像を拡大した。どうやら、すっかり科学者としての好奇心に火がついてしまったらしい。
「実物を見てみたいものだな……」
「先生、目が怖いです」
「……何?」
「いえ、何でもありません」
下手をすると、翼を取り上げてその場で分解し始めそうな勢いだった。先生は名残惜しそうにもう一度翼を確かめるとようやくスマホを返してくれた。それにしても、先生の世界には本当に色々な人たちがいたらしい。空を飛ぶ人間だけでこれだけ名前が出てくるのだから、私みたいな蜘蛛の能力を持った人間だって、案外珍しくなかったのかもしれない。
……いや、さすがにそれはないか。でも、先生はそんな連中を相手に何度も戦ってきたんだよね。訓練であれだけ強かったのも納得。
うーん……。
それだけ経験豊富な人が学校でテストを採点しているというのも、何だかもったいない気がする。まして、噂でしかないけどこうして正体不明の超人まで現れ始めているのだから。
「一緒にパトロールしませんか?」
「……何?」
「だって、先生もスパイダーマンなんだから!せっかくなんだし一緒に街を守りましょうよ!ね?」
そういえば、先生がこちらの世界に来てからスパイダーマンとして活動しているところを一度も見たことがない。私との訓練ではあんなに強かったのだから、実際に街へ出ればきっと大活躍するはずだし、もし翼の人みたいなのが現れても、二人なら余裕。
何より、本物のスパイダーマンと一緒にスイングできるなんて考えただけでわくわくする。
……ふふふ。
「断る」
「即答!?」
「当然だ。君は今の状況を理解しているのか?」
「え?」
「つい数ヶ月前まで、この世界に超人など存在しなかった。それが突然、君のような人間が現れたのだ。おかげで世間は大騒ぎだろう?」
「まあ……そうですね」
何しろ、最近は街を飛び回るだけでニュースになる。警察も私の存在をどう扱うべきか決めかねているらしいし、正体を突き止めようとする人たちも後を絶たない。
「そこへもう一人現れたらどうなると思う?」
「……もっと騒ぎになります?」
「それだけで済めばいいがな。しかも、私は君と違って成人男性だ。スーツも本物で、外見もこの世界の人間が知るスパイダーマンに近い」
……………。……あれ?
「先生が出てきたら、私が偽物扱いされません?」
「ようやく気づいたか」
「私のほうが先にデビューしたのに!?」
「世間がそんな事情を考慮すると思うか?」
「うっ……」
反論できない。
何しろ私の衣装はUNIQLOのパーカーに玩具のマスク。一方、先生は本物のスーペリア・スパイダーマン。見た目の説得力が違いすぎた。
……そろそろちゃんとしたスーツを作ろうかな。
「それに、問題は見た目だけではない。二人目の存在の出現と確定は、いよいよ致命的な混乱を社会に与えかねない」
「でも、さっきの翼の人みたいなのが街で暴れ始めたら?」
「そのときは状況を見て判断する。もっとも、君が対処できるなら私の出番はないだろう」
「えー、一緒に戦いましょうよ!」
「私の弟子を名乗るならヴァルチャー如き一人で倒せ」
確かに、先生から教わっているのは一人でも戦えるようになるため。それに、今の私にはスパイダーマンとして守りたいものがある。先生にばかり頼っていては格好がつかない。
……でもなあ。
「じゃあ、戦わなくてもいいので、一緒にスイングするだけとか!」
「何も変わらんだろうが」
「郊外の深夜なら」
「飛ばないと言っている」
「じゃあ、人がいないところで!」
「君は私の話を聞いているのか?」
先生は深いため息をついた。
「……まったく。そんなに私と一緒に飛びたいのか」
「はい!」
即答すると、先生は一瞬だけこちらを見た。そして、何か言いかけたように口を開いたものの、結局何も言わずに答案へ視線を戻してしまった。
「……採点の邪魔だ。そろそろ帰れ」
「えー、追い出すんですか?」
「もう十分居座っただろう」
「むぅ……」
もう少しくらいお喋りしていたかったけれど、時計を見れば、いつの間にか結構な時間が経っていた。
「じゃあ、先生もあんまり遅くならないでくださいね」
鞄を肩に掛ける。ついでに先生の湯呑みも回収すると、こちらもすっかり空になっていた。
……ちゃんと飲んでくれたんだ。
「それじゃあ、また明日!」
***
理科準備室を出た私は、そのまま玄関へ向かった。
ねいろちゃんが活動を休止してから、もうすぐ二週間が経つ。本当はボディーガードのつもりで彼女の周辺を常にパトロールする予定だったけれど、肝心の本人が仕事を休んでいるので結局その機会もないままだ。
それでも何か手がかりが見つかるかもしれないと思い、最近はテレビ局の周辺を重点的に見回っている。ひったくりを捕まえたり、事故を未然に防いだりと、それなりに活躍はしているものの、ねいろちゃんを襲った犯人についてはさっぱりだ。それらしい不審者どころか、手がかりの一つも見つかっていない。
数日後にはドームライブで復帰するらしいし、それまではもう少し警戒を続けておこうかな。そんなことを考えながら廊下の角を曲がろうとしたところで、向こうから聞き覚えのある声がした。
「だから、いいって言ってんだろ!」
「ですが、タカちゃん。まだ無理をしてはいけませんよ」
廊下の先にいたのは、当麻多華ちゃんと奥田宮乙葉ちゃんだった。
多華ちゃんはロボット部に所属している目つきの悪い女の子で、機械いじりが得意な子だ。最近は学校を休みがちだったけれど、今日は珍しく登校しているらしい。そして、隣で彼女に付き添っているおかっぱヘアの乙葉ちゃんは、彼女の幼い頃からの幼馴染。二人はいつも一緒にいる大の仲良しである。
……もっとも、私と多華ちゃんはあまり仲がよくない。
「二人ともこんにちは!」
「……あ?……チッ。飛騨かよ」
ほらね。
「あ、遥さん。こんにちは」
対照的に、乙葉ちゃんはいつもの穏やかな笑顔で挨拶を返してくれた。やっぱり優しい子だなあ、なんて思ったのも束の間、私は多華ちゃんの姿を見て思わず目を見開いた。
「って、ええっ!? 多華ちゃん、その怪我どうしたの!?」
慌てて駆け寄る。右腕は三角巾で吊られ、額には大きなガーゼ。制服の襟元からも包帯が覗いているし、歩くときには片足を庇うような仕草までしていた。乙葉ちゃんがすぐ隣に付き添っているのも、どうやら仲がいいからというだけではないらしい。
「……別に。ちょっとしくじっただけだ」
「ちょっと!? それ、絶対ちょっとじゃないよね!? 何があったの!?」
「うるせえな。大したことねえって言ってんだろ」
「いやいやいや! 病院は行った!? 骨とか折れてない!?」
「あーもう! ごちゃごちゃうるせえんだよ、お前は!」
「タカちゃん、駄目ですよ。せっかく心配してくれているんですから」
見かねた乙葉ちゃんが、少しだけ声を厳しくした。
「遥さんすみません。タカちゃん、怪我をしてからずっとこんな調子なんです」
「……乙葉、余計なこと言うなよ」
「だって本当のことじゃないですか。それに、まだ安静にしていなければいけないのに、無理して学校に来るからですよ」
「いつまでも寝てられねえだろ。やることがあんだよ」
「そう言って昨日も無理をしたでしょう? 傷口が開いたらどうするんですか」
「……分かったよ。悪かったって」
……おや?さっきまであんなに不機嫌だった多華ちゃんが、乙葉ちゃんに叱られた途端、借りてきた猫のように大人しくなった。
何これすごい。もしかして乙葉ちゃんは猛獣使いの才能があるのでは?
「ところで遥さんは少し遅めのお帰りですね。何かあったんですか?」
「うん。先生のところでちょっと勉強してたの」
「先生というと……エリオット先生ですか?」
「そうそう。まあ、今日は勉強っていうより工作だったんだけどね」
「工作?」
「うん。ちょっとした実験も兼ねてね。結局、失敗しちゃったけど」
それまで黙っていた多華ちゃんが、興味を引かれたように顔を上げた。
「何作ってたんだ?」
「えーっと……秘密?」
クモ糸爆弾を作っていましたなんて言えるわけがない。けれど、多華ちゃんはそれが気に入らなかったらしく露骨に眉をひそめた。せっかく同じ機械好き同士なんだし、もう少し仲良くなれたらいいんだけど。
「あっ、そういえば遥さん!」
「ん?」
気まずくなりかけた空気を変えるように、乙葉ちゃんが明るい声を上げた。
「この前の全国模試、満点まであと一点だったって本当ですか?」
「えっ? ああ、うん」
「すごいですね!全国模試ですよ!?私なんて時間が足りなくて、最後まで解けなかったのに……!」
「ありがと」
「でも、一点だけ惜しかったですね。どの問題だったんですか?」
「あー、あれね。国語の記述だったんだけど、登場人物の心情を答えなさいってやつ。模範解答では『不安を感じている』だったんだけど、どう読んでも期待も混じってると思うんだよ。だから、無理やり両方を書いたの」
「それで減点されたんですか?」
「うん。まあ、減点されるかもとは思ったんだけど、納得できなかったから」
だって、主人公は何度も時計を確認して目的の場所へ向かう足を速めていたのだ。そんなの、楽しみにしている気持ちだってあるに決まっている。
……自分なりの解釈だけどさ。
「……すごいですね。私だったら、絶対に満点を取りにいっちゃいます」
「でも自分が正しいと思った答えを書きたくない?」
「ふふっ。遥さんらしいですね」
そう言って乙葉ちゃんが笑う一方で、多華ちゃんは呆れたように鼻を鳴らした。
「……はっ。随分と余裕じゃねえか。答えが分かってたくせに問題が気に入らなかっただぁ? ふざけたこと言ってんじゃねえよ」
「別に1点くらい変わんないって」
「……そういうとこがムカつくんだよ、お前は」
えぇ……。
今の話、そんなに怒るところあったかな?
そういえば、前にロボット部の話を聞いたときも似たようなことがあった。興味があったから色々質問していただけなのに、途中で『分かってるくせに三味線弾いてんじゃねえよ!』と怒られてしまったのだ。
「タカちゃん。だから、そういう言い方はよくありませんよ」
乙葉ちゃんにたしなめられると、多華ちゃんは口をへの字に曲げて黙り込んだ。
「すみません、遥さん。タカちゃん、悪い人ではないんですけど……」
「あ、あはは……大丈夫だよ。私も変なこと言っちゃったみたいだし」
「そう言ってもらえると助かります」
乙葉ちゃんはほっとしたように微笑むと、改めて私の顔を見つめた。
「でも、本当に羨ましいです。遥さんは勉強もできて、運動も得意で……」
そこで、ふと言葉が途切れた。
乙葉ちゃんの視線が手元へ落ちる。鞄の持ち手を握っていた指が小刻みに震え、何度か握り直そうとするもののうまく力が入らないらしい。とうとう鞄がずり落ちかけたところで、多華ちゃんがさっと手を伸ばした。
「ほら、貸せよ」
「あ……ありがとう。でも、タカちゃんも怪我してるんですから、無理しないでくださいね」
「鞄くらい平気だって」
多華ちゃんはぶっきらぼうに答え、空いている方の手で鞄を受け取った。乙葉ちゃんもそれ以上は何も言わず、慣れた様子で手を引っ込める。
……へえ、優しいところもあるんだ。
少し意外に思っていると、乙葉ちゃんがこちらに向き直って言葉を続けた。
「それに、いつもお元気で私なんかよりとっても綺麗だから」
「……そんなこと言われると照れちゃうよ」
「本当のことですよ……本当に……」
いつもの穏やかな笑顔だったけれど、さっきの指先の震えが少し気になった。でも、本人は何も言わないし、あまりじろじろ見るのも失礼だろう。
「……おい、乙葉。そろそろ帰るぞ」
「あっ、はい。では遥さん、また明日」
「うん、またね! 多華ちゃんもお大事に!」
「……チッ」
また舌打ちされた。
「ほら、タカちゃん。ちゃんと掴まってください」
「だから、一人で歩けるって」
「駄目です。そんな足で無理をしたら、また転んじゃいますよ」
「……ったく。お前は昔っから…、……………」
私には一度も見せたことのない、ずいぶん柔らかい笑顔だった。隣の乙葉ちゃんも嬉しそうに微笑んでいて、二人はそのまま肩を寄せ合いながら向こうへ歩いていった。
……いいなあ、幼馴染って。
それにしても、多華ちゃんには初めて会ったときからずっと警戒されている気がする。別に何かした覚えはないし、私としてはもう少し仲良くなりたいんだけど。まあ、人間誰とでも仲良くなれるわけじゃないし、無理に距離を縮めようとしても仕方ないか。
✱✱✱
人目につかない物陰でいつもの白パーカーとチノパンに着替え、最後にマスクを被る。
………さあ、今日も張り切って街の平和を守るとしよう!
そう意気込んだところでパーカーの袖口が目に入った。
「あ、ほつれてる……」
よく見れば、ズボンの膝も裾もすっかり色が薄くなっていた。思えばビルの壁を走ったり、地面を転がったりと、普通の服なのに随分と無茶をさせていた。
「……そろそろ限界かなあ」
この格好も結構気に入っているんだけどいつまでもUNIQLOというわけにはいかない。そろそろ専用のコスチュームを作ってもいい頃だろう。
ただ、そうなると一つ重大な問題がある。
……全身タイツ。
いや、分かるよ? スパイダーマンといえば、あの身体にぴったりフィットしたスーツだ。映画で見る分には最高に格好いいし、私だって好きだ。
でもそれを自分が着るとなると話は別。だって、全身タイツだよ?身体のラインが頭から爪先まで丸分かりになる、あの全身タイツ。しかも、それを着て街中を飛び回る。人通りの多い交差点、ショッピングモール、駅前の広場。そんなところに颯爽と現れて、困っている人を助けたり、手を振ったりする。
…………………。
「いや、無理無理無理!!」
ただでさえ、私の活動は世界中から注目されている。街を飛び回る姿は写真や動画に撮られ、あっという間に拡散されるし、何をせずともニュースに取り上げられる始末。
つまり、全身タイツ姿の私が世界中に晒され、インターネットに永久保存されるわけである。
……何その公開処刑。
しかも、正面だけならまだしも、スイング中なんてどんな角度から撮られるか分かったものじゃない。お尻を突き出した瞬間や、変な格好で着地したところを撮られたりしたら……。
うわあああああっ!!
絶対に嫌だ! そんな動画が拡散されたら、恥ずかしくて二度と街を歩けなくなる!
……ああ、でも、身体にぴったりした服の方が空気抵抗も少ないし邪魔にならない。実用性を考えれば、やっぱりあの形が理想な訳で。
これはもう、避けては通れない道なのかもしれない。
「…………」
自分の身体を見下ろす。
人助けのためなら怪我をするのだって怖くないし、悪い奴らに立ち向かう勇気だってある。
でも、全身タイツで人前に出る勇気となると……。
「…………着なきゃ駄目かぁ~~~?」
スパイダーマンになる覚悟はできていた。
でもまさか、全身タイツになる覚悟まで必要だったとは。
……ベンおじさん、責任って重いね。
***
一方、遥と別れた多華と乙葉は、校門を抜けたところで歩調を緩めていた。
「……それで、タカちゃん。昨日の続きなんですけど」
「ああ、三番のアームだろ? 今朝もう一回テストした」
「どうでした?」
「駆動系は問題ねえ。四本ともちゃんと動くし、出力だって十分だ。……ただ、制御がな」
多華は忌々しそうに舌打ちした。
「飛行用の制御システムは上手くいったのに、今度のは勝手が違いすぎる。四本を別々に動かすってのが、どうにもダメだ……」
「……やっぱり、昨日の補正では足りませんでしたか」
「ああ。お前が組んだプログラムでだいぶマシにはなったけど反応が遅れる」
「うーん……。昨日のデータをもう一度見直してみましょうか。信号の方は問題なかったはずですし」
「ってことは、関節側か……。あー、待てよ。フィードバックの処理が余計だったのかもしれねえな」
「帰ったら私の方でも少し調整してみますね」
「頼むわ。こっちでも回路を見直しとくから」
多華はポケットからスマートフォンを取り出した。画面を操作すると、四本の機械腕を備えた装置の立体モデルが表示される。複雑な関節機構に加え、神経信号を処理するための回路まで細かく描き込まれていた。
「……ったく、人間の腕を一本増やすだけでも大変だってのに、四本だぞ?」
「ふふっ。最初に四本にすると言い出したのはタカちゃんですよ」
「うっせ。どうせ作るなら、そのくらいあった方が便利だろ。それにゲン担ぎって奴だ。成功例もあるみたいだしな」
「それは映画の話ですよ………でも、少し安心しました。タカちゃんずっと無理していましたから」
「……別に、お前のためだけじゃねえよ。あたしだって、あの技術をもっと試してみてえし」
「はい。分かっています」
「……ったく」
多華は照れくさそうに顔を背け再び画面へ目を落とした。
「フレームはもう完成してる。あとはインターフェースさえ何とかなりゃ……」
「アレのおかげで、部品には苦労しませんからね」
「ああ。設計データさえありゃ、ほとんど何でも作れちまう。……ま、焦ることはねぇよ。空を飛ぶ方だって最初は無茶だと思ったけど、結局できただろ?」
「そうですね。あんな大きな翼で飛べるなんて、今でも信じられません」
「だな? あのアーマーがなかったら、まだ飛行テストすらできてねえよ」
表示されていた設計図の隅には、この世界には存在しないはずの企業のロゴが刻まれている。
STARK INDUSTRIES
「……それにしても、変なもん拾っちまったよな。あのアイアンマンアーマーとファブリケーター、なんの冗談かと思ったぜ」
「でも、おかげで色々なことができるようになりました」
「ああ。……こっちの世界じゃ、何十年先になるか分からねえ技術だ。使いこなしてやらねえとな」
「はい。がんばりましょうね…タカちゃん」
「……おう」
「でも今日はちゃんと休んでくださいね。作業はそれからですよ」
「……マジかよ」
「大マジです。ちなみに晩御飯はたこ焼きで」
「……またか」
「またとは何ですか。今日は出汁の配合を少し変えてみたんですよ。伯父さんの味にはまだまだ敵わないけど、結構いい感じになったと思うので!」
「……お前、まだ改良してたのかよ」
「もちろん! タカちゃんにも美味しいって言ってもらいたいですから」
「……別に、いつも美味いって言ってんだろ」
乙葉は嬉しそうに笑った。
「あ、それとタカちゃん。今日こそは焼きたてを食べてくださいね。外はカリッと、中はとろっと仕上げますから!」
「……熱いのは苦手なんだよ」
「ふふっ。じゃあ、ちゃんとフーフーしてあげます」
「子供扱いすんな!」
スーペリアスパイダーマンがこの作品で活躍する可能性はとても低いです。
でも………もし、万が一………そんな機会があるとすれば
「先生が出てきたら、私が偽物扱いされません?」
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もし貰えたらエタる可能性が大幅に減少します。なんなら、この作品じゃなくてBNDの感想でも大丈夫オッケーなくらい感想欲しいです。