デッドプールsamurai を読んだことのない方向けに。
飛騨遥が新日ねいろの熱狂的なファンというのは公式設定です。
水野純子、改めMJは嗅覚の鋭いジャーナリスト志望な女の子。映画のMJと同じで国とか行政があんまり好きじゃないし、なんなら新日ねいろにも怪しさを感じてるので今回のライブも乗り気じゃないです。
第22話
見渡す限りの人、人、人。巨大なドームへと続く道は大勢のファンで埋め尽くされ、あちこちから楽しげな話し声が聞こえてくる。中には海外から駆けつけた人も少なくないようで、日本語に混じってさまざまな外国語が飛び交い、会場周辺は開演前からお祭りのような賑わいを見せていた。
そう!今日は待ちに待った、新日ねいろちゃんのライブ当日なのだ!!
あの痛ましい事件から三週間弱。活動休止が発表されたときにはどうなることかと思ったけど、幸いにもその後は大きな騒ぎもなく、予定されていたドームライブは無事に開催される運びとなった。
いやあ、本当によかった!復帰を待ち望んでいたファンの一人として、これほど嬉しいことはない。
そして、そんな記念すべき日に私が何をしているのかというと……。
「純子!早く早く!もう始まっちゃうよ!」
「そんなに引っ張らないでよ。開演まで二時間以上あるんだから大丈夫だって……それに、そろそろ腕が抜けちゃう、いや本当に」
観客として参加していた!
しかも、ただの観客ではない。
「ふっふっふ……。いやぁ、まさかこんないい席で見られるとは!」
鞄からチケットを取り出すと、そこに印刷された文字を改めて眺めた。
『VIP招待席』
うむ。何度見ても素晴らしい響きだ。VIP。びっぷ。ぶいあいぴー。
選ばれし者だけに許された特別な席……!
「……さっきから何回見てるのよ、それ」
「だってVIPだよ!? VIP! ねいろちゃんのVIP!」
「はいはい。分かったから、そんなところで振り回さないの。落とすよ」
そもそも、今回のライブは一般販売どころか先行抽選の時点で落選していた。ファンクラブにも入っていたというのに、見事なまでの全滅。世の中、そう簡単にはいかないものだと枕を涙で濡らしたのも、今となっては懐かしい思い出だった。
ところが、捨てる神あれば拾う神あり。ねいろちゃんを襲った犯人の手がかりを探そうとテレビ局の周辺を歩いていた最中、偶然にも見覚えのある男性から声をかけられたのである。
誰だったかな、と記憶をたどってみれば、なんと以前ショッピングモールで地震が起きた際に助けた人ではないか。しかも、話を聞いてみると、どうやら芸能界に相当な顔の利くお偉いさんだったらしい。そういえば、あのときはまだマスクを被っていなかったので、相手は私の素顔を知っている。今さら知らないふりをするわけにもいかず、結局その場で話し込むことになった。
「それでね、その人、私を見るなり『あの時はありがとう!』って大喜びでさ。何かお礼をさせてほしいって言うもんだから、ダメ元でライブの話をしたら……」
「チケットくれたんだ?」
「そう! しかもVIP席!いやぁ、人助けはするものだね!しかも、今度ぜひテレビにも出てほしいってさ!困ったなあ。困っちゃうなぁ、ついに私の隠しきれないスター性が見つかってしまったか……!」
「……それ、普通にスパイダーマンとして出演してほしいんだと思うよ?」
「…………………」
「……遥?」
「…思いついた、ドラマだよ!私が主演でスパイダーマンのドラマを撮るとかどう?考えてもみて、壁は登れるし、ビルだって跳び回れる!主役が自分でアクションまでこなすんだから、CGもスタントマンも必要なし。制作費だって節約できちゃう!」
どんな難しいアクションでもカメラを回してもらえれば一発で撮影終了だ。
「そんでもって、大ヒットしたら映画化でハリウッド進出!世界中で大人気になって、アカデミー賞受賞!!」
「…………」
「あっ………そうなったら純子も招待してあげるね。レッドカーペット一緒に歩こうよ」
「……ああ、そう。ありがと」
映画のタイトルはどうしよう。やっぱり『アメイジング・スパイダーウーマン』? いや、『スパイダーマン・イン・トーキョー』なんていうのも捨てがたい。せっかくだし、シリーズ化を見据えて最初から三部作構成にするのもいいかもしれない。おっと、そうだ。先生にも出演をお願いしてみようかな。あの人、見た目だけなら渋い悪役が似合いそうだし、映画の一本や二本くらい付き合ってくれても……。
そんな輝かしい将来設計を練っていると、隣から何とも言えない視線を感じた。
「……どうしたの難しい顔して」
「いや……最近ちょっと心配になってきたんだよね」
「何が?」
「……こんなアホの正体すら特定できてない、この国の未来」
失礼な。
私自身いつまでも正体を隠し続けられるとは思っていない。今は先生の協力もあって何とかなっているけど、どんなに甘く見積もってもあと一年弱ってとこだろう。卒業して進学だの就職だのという話になれば、スパイダーマンとしての活動をどうするか真剣に考えなければならない。
だからこそ、将来の選択肢は多い方がいい。女優とかね………!
……なんて、今はそんなことよりライブが大事!!
待っててね、ねいろちゃん!今から会いに行くよーっ!!
***
やがて開演を告げるアナウンスが流れ、会場の照明がゆっくりと落ち始めた。それまで賑やかだった客席が一瞬だけ静まり、やがて何万本ものペンライトが輝き出す。
そして。
『みんなーっ!!ただいまーっ!!』
うわああああああっ!!
ステージ中央に光が差し込み、その中から一人の少女が現れる。
華やかな衣装を身につけ、満面の笑みを浮かべた新日ねいろちゃんが、何万人もの観客に向かって大きく手を振っていた。
「ねいろちゃあああああああん!!」
「ちょっ、うるさ。耳元で叫ばないでよ」
「だって!本物だよ!生ねいろちゃんだよ!」
ステージの上に立つねいろちゃんを見ているだけで胸がいっぱいになってしまう。透き通るような歌声に軽やかなダンス。広いステージを端から端まで駆け回りながら、遠くの客席にも何度も手を振ってくれる。
もちろん、私だって負けてはいられない。ねいろちゃんがこちらを向くたびに精いっぱい手を振り、周りのファンと一緒になって声援を送る。気づけば時間が経つのも忘れて夢中でライブを楽しんでいた。
そして数曲が終わり、ライブも少し落ち着いた頃。
『それじゃあ次は、みんなの近くに行っちゃおうかなー!』
どうやら、客席の間に設けられた通路を歩きながら、ファンと交流してくれるらしい。
……いいなぁ。私も間近でねいろちゃんを見たかった。
というのも、私たちがいるのはドームの上層階に設けられたVIP専用のボックス席。ゆったりしたソファに専用のテーブル、さらには軽食まで用意されているという豪華仕様なのである。
ただし、一つ重大な欠点があった。
遠い。
とにかく遠い。
会場全体を見渡せるのは素晴らしいけど、肝心のねいろちゃんが遥か下にいるのだ。VIPとはいったい何なのか。偉い人ほど高いところに座りたがる習性でもあるのだろうか。
………ああっ! 今、ねいろちゃんが最前列のファンにウインクした!こんなことなら普通のアリーナ席の方がよかったんじゃ!?
そんな嫉妬に身を焦がしていたときだった。通路を歩きながらファンに笑顔を振りまいていたねいろちゃんが、ふいに足を止めた。
……ん?どうしたんだろう。ねいろちゃんの視線を追うと、通路沿いの柵の向こうに一人の男性が立っていた。二十代くらいだろうか。フェイスプリントされたTシャツを着て、首には公式タオルまで巻いている。見た目だけならどこにでもいるファンなのだけれど、周囲が歓声に沸く中妙に静かだった。
それに、目つきがおかしい。照明の加減だろうか。その瞳が薄く濁っているようにも見える。
……………ああ、もう。さっきから頭の奥がむずむずして仕方がない。私はその感覚に突き動かされるまま、右手を出した。
――thwip!
スパイダーセンスの予感に従って飛ばしたクモ糸が遥か下の通路へ向かって飛んでいく。その直後、男が突然柵を乗り越えた。手には、鈍く光る何かが握られている。
バシィッ!!
「ぐあっ!?」
クモ糸が男の手首を捉えそのまま柵へと引き戻した。勢いを失った身体が通路へ転がり落ちる。
……って、ナイフ!?あっぶなぁっ!!
もしあのまま飛びかかっていたら、ねいろちゃんが刺されていたかもしれない。私は慌てて彼女に目を向けた。幸い怪我はないようだけれど、倒れた男を呆然と見つめたまま動けずにいる。
「きゃあああっ!!」
「おい! こいつナイフ持ってるぞ!!」
周囲から悲鳴が上がった。すぐさま近くにいた警備員たちが駆け寄り、あっという間に取り押さえてしまう。
「離せ!離せよ!!」
……こいつが襲撃の犯人なのかな、なんて思考を巡らせた途端、怒声が響いた。
「いつも応援してたのに! 何で私のこと覚えてくれないのよ!!」
一人の女性がナイフ片手に柵を乗り越えようとしていた。
……は!?
しかも、それだけではなかった。
「俺だけのものだろ……! 他の奴らにばっかり笑いかけやがって……!」
「どけやっ!ねいろは俺のことが好きなんだよ!!」
今度は別の男たちまで立ち上がり、上着からレンガや警棒を取り出したのである。
複数犯!?いや、それ以前にあまりにもおかしな状況だった。でも今はそんなことを考えている場合じゃない。それに、ようやく復帰できたねいろちゃんに怖い思いをさせるなんて……!
「このっ!!――あいつらの腕、へし折ってやるっ!!」
「ちょっ!?それヒーローが言っていい台詞じゃ――」
最後まで聞かず、私はボックス席の手すりを蹴った。
「遥ぁっ!?」
勢いよく飛び出した身体が、地面へ向かって落下していく。その間に持参していたバッグからパーカーとマスクを取り出す。
「――そこまでっ!!」
ダンッ!!
「なっ……!?誰!?」
「推しに刃を向ける悪党どもに、地獄を見せる女!!スパイダーマンッ!!」
……ふっ。決まった。
「邪魔しないでよ!!」
「うわっと!?危ないものは没収!」
突き出された刃物を躱し手首を掴んで軽く力を込めると、指から刃物が滑り落ちた。
「それから暴力も禁止!」
クモ糸が女性の身体に巻きつき、そのまま通路脇の柵へと貼りつけた。
一人目!
「どけええっ!!」
「はいはい、順番ね!」
振り下ろされた腕をひょいとかわし、すれ違いざまにクモ糸を一発。そのまま糸を引いて体勢を崩してやれば――。
ドサッ!!
「ぐえっ!?」
見事にすっ転んだ。すかさず追撃のクモ糸で床に貼りつけ、二人目も完了!
さて、残るは……。
「ねいろぉぉっ!!」
糸が男の足首に絡みつくと前のめりに転倒した。
ドゴッ!!
「ぐっ!? くそっ! 離せ!!」
「はい、三人目っと。……警備員さん!こいつらお願いします!」
「あっ、ああ!分かった!ありがとうスパイダーマン。」
これにて一件落着!……と言いたいところだけれど………、どうにも腑に落ちない。
取り押さえられた男女は、今なお口々に喚き散らしていた。
「何なのよ! 邪魔しないでよ!!」
「ねいろに触らせろ!!!」
「離せって言ってんだろ! ねいろぉっ!!」
そもそも、スパイダーマンが目の前に現れたというのに全く躊躇せずに襲いかかってきた。自分で言うのも何だけど、私のことを知らないわけじゃないだろう。いくら武器を持っていたって、勝てるはずがないことくらい分かりそうだけど……。
……って、そうだ!ねいろちゃん!?
慌てて振り返ると、彼女はスタッフさんたちに囲まれていた。顔は青ざめているものの、幸い怪我はなさそうだった。
……ああ、よかった。ほっと胸を撫で下ろし彼女のもとへ歩み寄った。
「……ねいろちゃん、もう大丈夫だよ。怖い人たちはみんな捕まえたから」
できるだけ安心させようと、そっと手を差し伸べる。
「だから、安心して――」
「……いや」
「え?」
「……貴方なんてキライッ!!!来ないでっ!!」
悲鳴にも似た声に、私は思わず足を止めた。
周囲のスタッフさんたちも驚いたように顔を見合わせる。何人かが声をかけようとしたけれど、ねいろちゃんはそれすら拒むように首を振った。
「……っっ……!!!」
そして、彼女は突然身を翻し通路を駆け出した。
「新日さん! 待ってください!」
「誰かついていって!」
スタッフさんたちが慌てて後を追っていく一方、私は差し出した右手を引っ込めることもできず、ただ呆然とその背中を見送っていた。
…………。……え?
嫌われた?私、ねいろちゃんに嫌われた……?
がくんっ!!膝から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「うそ……そんなぁ…………ねいろゃんに……嫌われたぁ……」
……あ、ダメだ。泣きそう
「ス、スパイダーマン!? 大丈夫ですか!?」
近くにいた警備員が慌てて駆け寄ってきたけれど、涙は止まらない。マスクの内側がどんどん濡れていく。
「……だいじょうぶじゃない…………ひっく…でず。…もう………うゔぅぅ……やだぁ……じにたい……」
「えっ!? ちょっ、誰か! スパイダーマンが大変なことに!!」
***
バタンッ!!
「はぁっ……! はぁっ……はぁ!」
ねいろは控室の扉に背中を預けたまま、その場にずるずると座り込んだ。
「……なんで……なんで、また……」
震える手で腹部を押さえる。あの日、笑顔で近づいてきた男は何の前触れもなくねいろに刃物を突き立てた。
痛かった。
怖かった。
死ぬかと思った。
それでも、クロちゃんが助けてくれた。傷は綺麗に治り、仕事にも復帰できた。もう大丈夫だと、何度も自分に言い聞かせてきた。そして今日。大好きなファンたちが自分の名前を呼んでくれた。おかえりと言ってくれた。何万人もの人が自分のために集まってくれた。
嬉しかった。ああ、やっぱりねいろはアイドルなんだって、そう思えた。
だから、もう怖くないと思ったのに。
「……なんでぇ……!ちゃんと笑ったよ……? みんなに手も振ったし……歌だって、いっぱい練習したのに……なんで?」
ぽたぽたと涙が落ち、華やかなステージ衣装を濡らしていく。
『あの連中は捕まった。もうお前には近づけねえ。だから、ゆっくり息をしろ』
「……でも……」
『いいから。吸って、吐け。そうだ、ゆっくりでいい』
ねいろは言われるままに何度も呼吸を繰り返した。けれど、胸の奥にこびりついた恐怖は、なかなか消えてくれなかった。
「……また、ファンだった……みんな、ねいろのこと好きだって……ずっと応援してるって言ってくれてたのに……!」
ヴェノムの触手が肩から生え、小さな手のような形になって背中を撫でた。
『……全員がそうじゃないだろ。あんなゴミが何人いたからって、ほかの奴らまで同じにすることはねぇ』
「…………」
『それに、何があっても俺がいる。お前に手を出す馬鹿がいたら、今度こそ――』
そこまで言いかけた所で――
パチン。
パチン。
パチン。
「……え?」
不意に響いた拍手にねいろは顔を上げると控室の隅に一人の男が立っていた。
「いやはや。実に素晴らしい」
男はゆっくりと手を叩きながら、愉快そうに微笑んでいる。
「恐怖、悲嘆、嫉妬、そして憎悪。たった一つの舞台で、これほど多彩な感情を見せてくれるとは。人間というのはつくづく飽きない生き物だ」
「……っ!?な、何っ!?」
扉は閉まっている、鍵もかけた。なのに、目の前の男は悠然と立っていた。
背が高く、整った顔立ちをした男性だった。長い黒髪を後ろへ撫でつけ、深い緑と黒を基調とした、見慣れない服を身にまとっている。そして、その手には奇妙な長杖が握られていた。先端には大きな宝石が嵌め込まれ、内側から淡い光を放っている。
「……ここは関係者以外立ち入り禁止……!」
「おや、それは失礼」
男はまったく悪びれた様子もなく、優雅に片手を胸へ当てた。
「しかし、これほど見事に演じてくれた主演に挨拶の一つもしないというのは無礼だろう?」
「……何を……言ってるの……?」
『……ねいろ下がれ。こいつ、普通じゃねえ』
ねいろの腕から黒い粘液が滲み出し、威嚇するように蠢き始める。ところが、男はそれを見ても驚くどころか興味深そうに目を細めた。
「ほう……。なるほど、なるほど。シンビオートがここまで懐き、完璧に共生しているとは…………素晴らしい」
『……てめえ、何者だ?』
「確かに、まずは名乗るのが礼儀というものだ。
いいだろう、ならばしかと聞くがいい。
私の名はロキ、アスガルド王位の正統なる後継者にして…………裏切りと悪戯を司る……神だ」
「…………」
アスガルド。
ロキ。
どれもクロちゃんと一緒になってから見た映画の中で聞いたことのある名前。だが、それが目の前にいる男と結びつくまでには少し時間がかかった。
「その……ロキが…ねいろに何の用…?」
「何の用?」
ロキは心底愉快そうに笑った。
「もちろん、君を見届けるためだとも」
「…ねいろを……?」
「ああ。実に愉快だった。役者たちも期待以上の働きを見せてくれたしな」
「…………っ!……まさか……さっきの人たち……!」
「私が操った……とでも?人聞きの悪い、私は何も、無垢な者に殺意を植えつけたわけではないぞ」
杖を軽く振るうと宝石の光が妖しく揺れた。
「彼らは元から君を恨んでいた。自分を特別扱いしないことに腹を立て、ほかの者に笑顔を向ける君を憎み、あれだけ貢いだのだから報われて当然だと信じていた」
「…………」
「私はただ、その小さな感情に、ほんの少しばかり力を貸してやっただけだ」
『てめえ!!』
ヴェノムの怒号とともに鋭い触手が飛び出した。しかし、ロキはその一撃を難なく避ける。
ドガァンッ!!
「乱暴だな。これだから野蛮な生き物は嫌いなのだ」
『ふざけやがって!!喰い殺してやる!!』
さらに二本の触手が伸びる。だが、ロキはそれもひらりとかわすと次の瞬間、ねいろの目前に立っていた。
「――っ!?がっ……! あ、ぁ……!」
伸ばされた手が細い首を鷲掴みにする。そのまま片腕で持ち上げられ、つま先が床から離れた。
『ねいろを離せっっっ!!』
「……なるほど。シンビオートそのものに精神干渉は通じないか……だが、……」
ロキは苦しげにもがくねいろの顔を覗き込み、にたりと笑った。
「愚かな小娘の心は………別だ」
「さあ、思い出すがいい。君に刃を向けた者たちを」
腹部を貫いたあの感触。
「誰のために歌い、誰のために笑ってきた?」
今は亡き母の顔
「君は彼らを愛していた。そうだろう?」
「……ぅ……」
「だが、彼らは君に何を返した?」
「……やめ、て……!」
『ねいろ!!そいつの声を聞くな!!』
「……おや、そういえば。君のファンたちは随分と薄情ではないか?せっかくの復帰公演だというのに、今や別の者に夢中になってしまったようだ」
「……っ!」
「誰だったかなぁ?ああ、そうだ。………、スパイダーマン」
「いや……ぁ……」
「あの滑稽なヒーローだ。君の舞台に突然現れ随分と喝采を浴びていたではないか」
やめて。
「君は今日のために、どれほど努力した? どれほど苦しい思いをして、あの舞台に立った?」
やめてよ。
「それなのに、ヤツはどうだ? ほんの少し姿を見せただけで、君のファンたちはこぞって名前を叫び始めた」
「君は命を狙われ、怯え、泣いているというのに……」
「アレは愛されている」
「――っっっ!!」
ぱっ。
「……ふん。これで十分だろう」
「げほっ! ごほっ!ごほっ!」
『……てめえ、何をした!!』
「何も。少しばかり、彼女の背中を押してやっただけさ。この娘にはヴィランの才能がある、そうだろう?」
『……ヴィランじゃねぇ!アイドルだ!!』
ヴェノムはロキめがけて襲いかかるも、攻撃はその身体をすり抜けた。ロキの姿が光となって崩れていく。
「では、これで失礼しよう………、
……ああ、それと一つアドバイスだ………、テレビをよく見るといい」
***
「…………」
『ねいろ!おい、しっかりしろ!聞こえるか!?』
ヴェノムは焦っていた。
これまで、二人の意思が食い違うことなどほとんどなかった。ねいろが殴りたいと思えばヴェノムも殴り、ヴェノムが敵を喰い殺そうとすれば、ねいろもそれを望んだ。
だからこそ、二人はあれほど上手く戦えたのだ。しかし今は違う。黒い粘液がねいろの身体を覆おうとしては不規則に膨れ上がり、途中で形を崩してしまう。
『くそっ……! おい、ねいろ!!』
そのときだった。
『――スパイダーマーーーン!!』
「…………え?」
歓声に顔を上げた。控室の壁には、会場の中継映像を確認するためのモニターが何台も設置されている。つい先ほどまで、そこには自分が映っていた。歌って、踊って、みんなに手を振る自分の姿が。
ところが、
ぷつん。
一台のモニターが切り替わった。
『スパイダーマーン!!』
『こっち向いてーっ!!』
『ありがとーーー!!』
ぷつん。
今度は別のモニターに、ステージ上の司会が映し出された。
『えー、皆さん! 突然のことで驚かれたと思いますが、ひとまず危険は去ったようです!』
司会者は動揺を隠しきれない様子ながらも、懸命にねいろの去った場を繋ぎ、盛り上げようとしていた。
『それにしても、まさか本物のスパイダーマンが助けに来てくれるとは! いやぁ、凄かったですね!』
その言葉に、客席から拍手と歓声が巻き起こった。
『いやぁ、本当に見事な活躍でした! 皆さん、もう一度大きな拍手をお願いします!!』
割れんばかりの拍手が、ドームを包み込んだ。
ぷつん。
また一台、さらにもう一台。
いつの間にか、どの画面にもスパイダーマンが映っていた。
歓声。
拍手。
賞賛。
みんなが笑っている。
みんなが、あいつを見ている。
「…………………、………………」
『……ねいろ?』
ぐにゃり。
『おい、待て!!』
ヴェノムが慌てて粘液を押し戻す。
『落ち着け! 今のお前に身体は渡せねえ!!』
「…………?………………………、」
『何万人も客がいるんだぞ! あいつらまで巻き込む気か!?』
「…………」
『いいか、ねいろ。今は何も考えるな。俺がついてる。だから――』
「……なんで、止めるの……?」
『……っ!』
『おい、やめろ!……落ち着け。俺だってあの蜘蛛野郎は大嫌いだ! だが今は――』
「……クロちゃんまで……」
嫌だ。
もう、何も失いたくない。
「……離して……」
『駄目だ!!』
「……離してよ……!」
黒い筋肉が盛り上がり、伸びかけた触手が再び縮む。
『ねいろ! 俺の話を聞け!!』
ヴェノムは必死に抵抗していた。暴走する身体を押し戻し、何度もねいろの名を呼び続けた。けれど、その声はもう届かなかった。
華奢だった少女の身体が、黒い筋肉に包まれながら膨れ上がっていく。
二メートル。
さらに大きく。
三メートル。
四メートル。
黒い怪物はただじっとモニターを見つめていた。
画面の中では、スパイダーマンが大勢の観客たちから歓声を浴びている。
まるで、今日の主役は最初から彼女だったかのように。
『……ねいろ、頼む……やめろ……!!』
しかし、怪物はその声にも応えず。そして、
「――――GURRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!!」
咆哮がドームを震わせた。
アメスパ2のエレクトロをイメージして書いた。
でも改めて思い返すと別にアイドルでもないのにカメラ取られて怒り出したマックスは中々ヤバいよね。
今後の参考にしたいので、みんなの好きなヴィラン(スパイダーマン関連に限らず)とかいたらコメント欄で教えてください。
お気に入り登録・感想・評価を頂けると嬉しいです。
もし貰えたらエタる可能性が大幅に減少します。なんなら、この作品じゃなくてBNDの感想でも大丈夫オッケーなくらい感想欲しいです。