私、スパイダーマンになりました。   作:毛糸くん345

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遥がスパイダーマンになったことでバタフライエフェクト的な感じで東京全体の治安が僅かに悪化してます。加えて、彼女のスパイダーセンスは自分だけで無く他人の危険にも若干反応する仕様です。
ご容赦ください


6 ヒーロー活動入門編、そして発覚

第6話

 

 

 一ヶ月前までの私は手に入れた力で何をするべきかまるで考えてはいなかった。

 

 ただ、力がある。

それだけで、毎日が今までとは全く違って見えた。

 

 壁を走れる。人間とは思えない力で物を持ち上げられる。手から糸を出して、ビルの間を跳び移れる。

 

 

 そんな特別を手に入れてしまった私が、それを使わずに大人しくしていられるほど分別のある人間だったかというと――もちろん、そんな事は無かった。

 

 

 むしろ、使いたくて仕方がなかった。

どこまで高く跳べるのか。どれくらい速く走れるのか。糸を使えば、映画と同じことができるんだろうか。

 

 

 力を手に入れてからというもの、そんなことばかり考えていた。

だから私は、毎夜こっそり外へ出てパワーを試していた。

 

 

 そんなことを繰り返し力にも随分慣れてきた頃には「せっかく手に入れたんだから何かに使ってみたい」という気持ちがどんどん膨らんでいた。

 

 

そして、そんな私の前には都合よく人を助けられる場面が何度か訪れた。

 

自分なら助けられる、力を試すチャンスだと。

最初はその程度の感覚だった。

 

 

 別に「人々を守ろう」なんて考えていたわけじゃない。

 

 映画でスパイダーマンが人を助けているのを見ていたから。壁を走るのも、糸を飛ばすのも、ビルの間を跳ねるのも、彼らの真似事で。

 

 

人助けだって、その延長だ。

 

 

 人を助けることの重さなんて、何も考えていなかったのだ。

もちろん、人を助けて感謝されるのは良いことだし、私も嬉しかった。

 

ただ、それよりも。映画みたいなことができる喜びが先に来ていた。

 

 

 周りから「すごい」と驚かれ、自分にしかできないことをしているという感覚、その全てが心地よかった。

 

 

 正体を知られるのは困る。

でも、誰かに見られることまで嫌だったわけじゃない。むしろ、ほんの少しくらいなら、「何者なんだろう」って噂されて。

 

 「実はすごい奴がいる」って騒がれて。

できれば、ちょっとくらいチヤホヤされて。

 

 

 ――そんなことを考えていた。

 

 

 今思えば、我ながら実に思春期の高校生らしい浅はかさだったのだと思う。

悪事を働くほどの勇気もないくせに、手に入れた力を大人しく隠しておくほどの自制心もない。 

 

そんな中途半端な幼さで、私は人助けを始めていた。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

いつの間にか普通に道を歩くより、建物の屋上を通る方が好きになっていた。

「……私は天才なのかもしれない」

今も、私は誰もいない夜の屋上にいた。

 

 最初の頃は着地するたびに転んでいたのに、今では思い通りに動けるようになっていた。高いところから飛び降りても怖くないし、糸を使えば勢いを殺したり、逆に一気に加速したりもできる。

 

 

 映画で見ていたことが、本当に自分の身体でできる。

それがたまらなく楽しくて、次はどこへ行こうかと屋上の端から街を眺めていた。

 

 そこで、下からクラクションが鳴った。

 

「危ない!」

何人かの叫び声が重なって聞こえる。

 

 身を乗り出して見ると、交差点の手前で自転車に乗った男の人が転倒していた。足を痛めたのか、起き上がろうとしても上手く動けない。その奥から車がこちらへ向かっている。

 

「うん?別にいいけど、東京ってこんな事故多いっけ」

 距離を測る。

 

 普通なら間に合わない。

でも、私は違う。

 

「……これくらいなら余裕だね」

そう呟いた直後には走り出していた。

 

 屋上の端から飛び降り、落下しながら手首を返す。糸が伸びて建物の壁に張りつき、身体が勢いよく引っ張られた。そのまま道路脇へと向かい、私は転倒した男の人のところへ滑り込む。

 

「大丈夫ですか!」

「え……?」

 

 腕を掴んで、そのまま抱えるように歩道へ飛び退いた。

直後、車がすぐ目の前を通り過ぎる。

 

「……あっぶなぁ」

 

 思わず息を吐く。男の人を座らせて、怪我がないか簡単に確認する。

 

「足、痛いですか?」

「ちょっと……」

「じゃあ救急車呼んだ方がいいですよ。立てます?」

 

 そこまで言って、私は立ち上がった。

 

 周囲からざわざわと声が聞こえてくる。

さっきの騒ぎを見ていた人たちが集まっていて、

その中には慌ててスマホをこちらへ向けようとしてる人も何人かいた。

 

 

 一瞬だけ、どうしようかと思う。

でも、まあ顔なんてちゃんと映ってないだろうし、この程度なら大丈夫だろう。

 

 

 

「じゃあ、気をつけてくださいね」

 

 軽く手を振ってから、私は壁キックの要領で屋上まで飛び上がった。

背後から「えっええ!?」という驚愕の声が聞こえる。

 

 道路にいる人たちが、みんな私の去り際を見て驚いているのだろう。

 

「……ふふふ」

口元が緩む。

今のはだいぶ格好よかったはずだ。

 

そんなことを考えながら、私は何事もなかったように屋上を走っていった。

 

 

 

 

 数日後には、別の事件が起きた。

 

少し郊外にある古めの住宅街、その屋上を散歩していると後ろから女性の叫び声が聞こえた。

「誰かソイツ止めてぇ!」

 振り返ると、男が一人、女物のバッグを抱えて走っていた。

「ひったくり?」

 

 私は足を止めて様子を観察する。

どうやら男は人目を避け、細い路地へ入り、女性を撒くつもりのようだ。

なら、そのまま追いかけるより上から先回りした方が早いだろう。

 

「……逃げたって無駄なのにね」

まるで自分が迷路に迷ってる人間を見下ろす神様のような気分で、思わず笑ってしまう。

 

 

 男が路地の角を曲がった

 

 

その時ーースタッ

 

 

 私は屋上から飛び降りて目の前に着地した。

 

「うわっあっぁ!!」

男が信じられない物を見たといわんばかりの顔でこちらを見てくる。

(まぁ、こんな場所で上から人が落ちてきたら、そりゃビックリするよね)

 

 

「な、なんだお前!」

「それ、返してあげて」

「は?」

「そのバッグ、あなたのじゃないんでしょ?」

 

 男が後ろへ下がる。

「関係ねえだろ!どきやがれや!!!」

「いや、関係あるでしょ。止めてって言われたし、貴方は盗ったんだから」

 

 男が逃げようとしたので、私は横へ一歩ずれた。

男の足に私の足を引っかけ、そのまま派手に転ぶ。

 

「痛ってぇ!」

「大丈夫?」

「ふざけんな!」

「元気そうだから大丈夫か」

 

 私は男が転んでいる間にバッグを拾い上げ、再び屋上に上って男をやり過ごす。

しばらくして、近くに追いついてきた女性へバッグを返却した。

 

「はい。これどうぞ。取り返したよ」

「あっ!!ありがとうございます!」

「どういたしまして」

 

 女性が何か言おうとしたけれど、私はもう背を向けていた。

 

「ちょっと待って! あなた――」

「じゃ!」

 

 壁に手をつき、そのまま駆け上がれば、背後から驚く声が聞こえてきた。

屋上まで戻った私は、そこでようやく立ち止まった。

 

「……今のも結構それっぽかったな」

(こんなん私がもう主人公じゃん)

映画なら、絶対にこういう場面がある。

そんな調子に乗った気分で私は帰途に着いた。

 

 

 

 

 その翌日は小雨だった。

 

 馴染みの屋上をレインコートを着ながら移動していると、少し離れた川の方から人の叫ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「誰~~ぁ!人が落~~~~ぞ!何か~~~~浮~~を~~~~~~」

雨でよく聞こえない。

 

 

 

 視界の悪い中、目を細めてよく見ると一人の男が増水した川に落ちていた。

雨で水かさが増していて流れもかなり速い。男の人が必死に岸へ手を伸ばしているけれど、掴まる場所がなく、そのまま流されている。

 

「はぁ……絶対冷たいやつじゃん。嫌だなぁ………」

思わず呟くも、私は走って川辺まで向かった

 

「あんたーーーな、~、をーーーー待ーーって、!」

背後から何やら制止する声が聞こえた気もするが、私は構わず川へ入る。

冷たい水が身体に叩きつけられる。思った以上に流れが強くて、身体が一瞬持っていかれそうになる。

 

 

「こっちだよ!」

 

それでもなんとか男の人の腕を掴むと

「離せ! お前まで流されるぞ!」

「大丈夫だから!」

私は対岸へ糸を飛ばした。

か細くも力強いクモ糸1本を頼りに、自分と男の人を引き寄せる。

 

「もうちょっと……!」

男の人の身体を岸へ押し上げ、そのまま自分も岸を掴んで這い上がった。

 

 

「はぁ……!」

びしょ濡れのまま息を整えてると、周囲の人たちが駆け寄ってくる。

 

「大丈夫ですか!」

「救急車呼んでますから!」

「!そっちの君も、今毛布持ってきてるから」

「君!あんな川に飛び込んだら危ない~~、ーーー」

「すごいなーー、あんな激流に~~~~~~なんて」

 

「いや、あの…私は別に……」

私が周囲の人から、賞賛や危険な行動への心配の言葉、あるいはタオルやお茶を渡されて困っていると、少し離れたところにいる野次馬がスマホをで撮影をしていることに気づいた。

 

 

でも、もう今さらだ

(雨で顔も見えにくいだろうし、寒いし、まあ…いっか)

 

 

「じゃあ、風邪ひかないようにしてくださいね」

「待って!」

私が走って逃げようとした所。

先ほどまで意識が朦朧としていたらしい、救助した男の人が声をかけてくる。

 

「せめて、名前だけでも!」

「えー……」

 

 少し考えてから答える。

「内緒で」

それだけ言って、私はそのまま路地へと消えた。

 

 

 濡れた服が重いし、髪から水が滴っている。

それでも私の気分はどうしょうもないほど高揚していた。

「名乗るほどのことではありません………みたいな?

ふふっ……フフフッ…………私が毎回毎回カッコよすぎて困る。これがホントの水も滴るいいオンナ」

 

 

誰もいない道で、そんなことを呟いて笑う。

 

 

そのときの私は、本当にそんな程度だった。

 

 

 助けることが特別な使命だなんて思っていない。

困っている人を見つけたら、自分なら助けられるから助ける。

助け終わったら帰る。その途中で、ちょっと格好いいことができたら嬉しい。

 

 ただ、それだけ。

 

だから最後の夜も当然、私には何の準備も覚悟も出来ていなかった。

 

 

 

 

 たまたま工事中のビルの近くを通りかかったとき、スパイダーセンスが反応したため、私は足を止めてしばらく様子を見ていた。

 

 「何も起きないなぁ…これが噂によく聞くスパイダーセンスの故障?」

ネット記事によるとスパイダーセンスというやつは便利な反面、誤作動や勘違いも割としょっちゅうあるらしいのだ。

 

 そんな理由で、立ち去ろうとしたその時だった。

 

 頭上から、金属同士が擦れるような嫌な音が聞こえてきた。工事用の足場が大きく傾き、いくつもの鉄パイプが不自然に揺れている。

 

「……え?」

 

 次の瞬間、耳をつんざくような轟音が響いた。

 

 足場が崩れた。

 

 鉄パイプや鉄骨が次々と道路へ落下し、逃げ惑う人々の間から悲鳴が上がる。その中で、一人だけ逃げる方向を間違えたのか、落下してくる足場のすぐ下に取り残されている人がいた。

 

 考えるより先に、身体が動いていた。

 

 私は壁を蹴って飛び出しながら、手首を返して目的地まで糸を飛ばしさらに加速した。

弾丸のような勢いで、その人の前に滑り込むようにして着地する。

 

 

「こっち!」

 

 肩を掴んで、ほとんど引きずるようにしてその場から連れ出そうとする。

けれど、間に合わなかった。

鉄パイプだけではない。巨大な鉄骨が落ちてくるのも見えた。

 

「――っ!」

 

 反射的に両腕を伸ばす。

次の瞬間、凄まじい衝撃が腕に伝わった。

 

「ぐうっ……!」

鉄骨を受け止める。

 

 重い。

 衝撃で足元のアスファルトが沈み込む。

それでも歯を食いしばって押し返した。

 

「……っ、早く逃げて!」

あまりに現実離れした状況に、助けた人が呆然とこちらを見ている。

 

「早くっっ!!」

私が怒鳴ると、ようやく我に返ったように走り出した。

その姿が安全なところまで抜けるのを確認して、私はさらに力を込める。

 

「うぐっ……おりゃあっっ!」

 

受け止めていた鉄骨を、そのまま横へ放り投げた。

 

 轟音とともに鉄骨が道路へ叩きつけられ、辺りに土埃が舞う。

私は荒い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと顔を上げた。

 

 そして、そのときになって初めて気づいた。

人がいる。それも思っていたより、ずっと多い。

 

 道路の反対側にも、歩道にも、近くの店の前にも、人が立っている。

さっきの騒ぎで集まってきたのだろう。誰も彼もがただ呆然とこちらを見つめていた。

 

 その中には、スマホを掲げている人もいた。

 

 一人や二人じゃない。

何十台ものスマホが真っすぐ私に向けられている。

 

「……え」

 

 そこで初めて、背筋がぞっとした。

 

 

 

50、70台いやもっと

 ……数える気にもならない。

 

 

「……え」

誰かが呟いた。

 

「今の……人がやったの?」

「持ち上げたよな?」

「マジかよ……」

 

 そして、誰かが言った。

 

「……スパイダーマン?」

 

その一言で、周囲がざわついた。

 

「スパイダーマンだよ、あそこのクモ糸見ろって!!」

「本物じゃん」

「いや、待って。本当に?」

「動画撮った?」

「撮ってる!」

 

 

 私は固まった。

 

まずい。

これは、すごくまずい。

 

 今までとは訳が違う。

遠くから見られたわけでも、数人に撮られただけでもない。

 

 

 目の前にいる大勢の人間が私の力を見ている。

しかも、逃げ道がない。視線を遮る場所もない。

 

「……っ」

スパイダーマンの優れた五感でそのことに気づいた途端に息が苦しく、頭も真っ白になる。

 

 どうしよう。

 

 どうすればいい。

 

 私は反射的にフードを深く被った。

でも、もう意味がない。

もう遅い。顔を隠した所で力を見られている。

 

「……はやく……早く逃げなきゃ!!」

無数の人々が近づいてくる。

 

 

 

 

 私は一歩後ろへ下がった。

その瞬間、硬直した頭の中に今まで何度もやってきた動作が浮かんだ。

 

 

 

 糸、ビル、そして――スイング。

 

 

 

 考えるより先に、手が動いた。

――シュッ!

 

 

 

「えっ」

 

 自分でも思わず声が出た。でも、もう止まれない。

私は糸を掴み、いつもの浮遊感に身体を預けた。

 

 身体が一気に持ち上がると、容易く人々の頭上を飛び越え、そのまま大通りから遠ざかる。

 

 

 私は必死だった。

 ただ逃げたかった。

 

それでも、下から上がった声を聞いてしまった。

「見た!?」

「スイングしてるぞ!!」

「今、糸出した!」

「本物だ!」

「スパイダーマンじゃん!」

 

 「しまった。」そう思ったときにはもう遅かった。

私は大勢の人間が見上げる中をスパイダーマンの象徴とも言えるウェブスイングで逃走したのだ。

 

 

 

 

 

 しばらくして、安全な屋上に着いた頃には、足が震えていた。

「はぁ……はぁ……」

私はその場にしゃがみ込むも先ほどの光景が頭から離れない。

 

 

大勢の前で鉄骨を持ち上げ、その上スイングまでした。

 

 

「…………………最悪………」

 

 今までだったら。

誰かに見られても、「まあ、顔は分からないし」で済ませていた。

噂になっても、むしろ悪い気はしなかった。

 

 でも、今回は違う。

 

 あれだけの人間に一度に見られ、真正面から記録映像まで撮影された。

挙句の果てに、ウェブスイングまで披露する始末だ。

 

もう、誤魔化しようがない。

 

「……私、バカだ」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 その夜。

 

 動画は一気に広がった。

 

『これ本物だろ』

『スパイダーマンじゃん』

『鉄骨持ち上げて、そのまま糸で飛んでった』

『現場にいたけどマジだった』

『あれ見てスパイダーマンじゃないと思う奴いる?』

 

 私はベッドの上で、スマホの画面をじっと見つめていた。

何度目か分からない再生ボタンを押し、再び動画を再生する。

 

 

画面の向こうには大勢の人間が映っていて、その中心で私は鉄骨を持ち上げている。

 

そこから聞こえてくる驚きの声。

そしてその直後、私が糸を飛ばす。

身体が宙へ持ち上がり、人々の頭上を軽々と越えていく。

 

「…………」

 

 動画が終わっても私はしばらく動けなかった。スマホを持つ指先がわずかに震えている。

 

「……これ、やばくない?」

 ぽつりと声に出した途端、急に現実味が増した。

蜘蛛に嚙まれてから今日まで続いていた夢見気分が一気に冷めた。

 

 

 今までとは違う。工事現場の動画も、川が増水した時の動画も、遠くから撮られたものだった。

何をしているのかさえよく分からない。顔も見えない。

だから私は、どこかで安心していた。少しくらい撮られても大丈夫。

どうせ私だとは分からない。そんな甘えた気持ちでいた。

 

 でも、昨日の動画は違う。

 

 大勢の人が、すぐ近くで目の前で私を見ていた。

鉄骨を持ち上げたところも、私が何をしたのかも、そして――逃げたところまで。

 

「……なんで」

喉がカラカラに乾いて声が掠れる。

「なんで私、スイングしたの……?」

 

 答えなんか分かっている、怖くなったからだ。

人が多すぎて、逃げ道がなくて、誰も彼もが私を見ていてそれで反射的に糸を出した。

 

 

「……普通に逃げればよかったじゃん。走ればよかったじゃん……」

 自分に言い聞かせるように呟きながら、画面をスクロールする。

 

 

すると、今までなら嬉しかったはずの言葉が目に飛び込んできた。

 

『最後のスイングえぐい』

『完全にスパイダーマン』

『本物のスパイダーマンじゃん』

 

 

「……やめて」

思わず声が漏れた。

「そういうの……やめてよ」

 

 でも今は、その言葉を見るだけで胸が苦しくなる。

 

「……もし」

そこで言葉が止まった。

「もし、これで私が特定されたら……?」

 

 考えたくなかった。

なのに、一度浮かんだ想像は止まらない。

動画に僅かでも映る顔を探され、服装を調べられる。

過去の動画と照らし合わせられる。

 

 

学校まで知られたら。名前まで知られたら。

「……家族は?」

 

 自分で口にした瞬間、背筋が冷たくなった。

 

 家に知らない人が押しかけてきたら。

 

 母さんや父さんに、私のことを聞きに来たら。

 

 学校にまで人が集まったら。

 

 毎朝、家を出るだけでカメラを向けられたら。

 

「……やだ」

胸の奥がぎゅっと締めつけられた。

 

 そのとき、不意に映画のことを思い出した。

 

 スパイダーマン。

 

 ピーター・パーカー。

正体が知られてしまった彼がどうなっていたか。

家族や友達が巻き込まれて、市民と敵にも狙われて危険に晒される。

 

 

 映画の中では、それを見て「大変だな」と思っていただけだった。

 

 でも。

 

「……あれ、……私も、同じことになるの?」

そう考えた瞬間、頭の中に映画で見た場面が次々と浮かんできた。

 

「……ひっ!!」

もう駄目だった。

 

 息が詰まって、もう一度吸おうとする。

でも、途中で何かが引っかかるようでうまく入ってこない。

 

「……はっ……はっ……………………っは………」

私は胸元を掴んだ。

 

「待って……ちょっと……」

呼吸がどんどん浅くなって、手のひらまで冷たくなっていく。スマホが滑りそうになり、慌てて握り直した。

 

「……はっ……はぁ……っ」

どうして、どうして息ができないの。

怖い。その言葉だけが頭の中をぐるぐる回った。

 

「……やだ……」

声が震える。

 

「やだ……やだよ……」

視界が滲んだ。

頬に何か温かいものが流れてきて、そこで初めて自分が泣いていることに気づいた。

 

「っ……う……」

慌てて口を押さえる。それでも、喉の奥から声が漏れた。

「……うぅ……っ」

一度漏れてしまうと、もう抑えられなかった。

 

「っ……ひ、っ……う……」

 

 

 私は布団を引き寄せ、その中に身体を丸める。声を押し殺そうとしても、呼吸が乱れているせいで上手くいかない。

 

「……怖い……」

嗚咽の合間から、ようやく言葉が出た。

「怖いよ……っ」

 

 自分でも驚くほど幼い声だった。

数日前まで、私は自分の力を使うことが楽しかった。

 

 壁を走るのも、糸を飛ばすのも、人を助けるのも、誰かに見られるのも、全部ちょっとした遊びの延長だった。だけど今になって初めて分かった。

 

 これは遊びじゃない。

この力を持っていること自体が知られれば私の生活を変えてしまう。

 

  今まで当たり前だったものが、全部変わってしまうかもしれない。

 

 

「……私」

布団の中から、震える声が漏れる。

「私、スパイダーマンじゃない……」

 

 

 嗚咽を飲み込もうとして、言葉が途中で途切れた。

「……っ、私……スパイダーマンじゃ、ないよ……」

 

 

 

 

 スマホの電源を切る。

真っ暗になった画面に、泣き腫らした自分の顔が映った。

 

 

その夜私は初めて、自分の力を心の底から怖いと思った。

 

 




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もし貰えたらエタる可能性が大幅に減少します。なんなら、この作品じゃなくてBNDの感想でも大丈夫オッケーなくらい感想欲しいです。

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