踏み出すことがヒーローさ
嫌いは全部タップして
あとは、私に、まかせなさい
はるか異世界からコンニチワ、天才奇才な女の子
時には天気曇りでも、やるときゃやるんです
私とあなたとのチームなら それバトって守ってバッチリじゃん
未来とか宇宙とかは関係ない
どう見たってウチらが優勝です。
神ソングすぎん?
第9話
土曜日の昼。
私は母さんに頼まれた買い物をするため、郊外のショッピングセンターに来ていた。
『遙、買い物お願いしてもいい?』
『いいよ。何買えばいい?』
『オーガニックの卵とコーヒーと牛乳。あと、何かお菓子買ってきて』
『お菓子?』
『来客がちょっとね……遙が食べたいの選んでいいわよ』
『じゃあ、ちょっといいやつ買ってこようかな』
『ふふ。お願い。気をつけてね』
『分かってるって。そんな子供じゃないんだから』
そんなやり取りをして家を出た。
近所のスーパーでは目当てのものが全部揃わなかったので、どうせなら一か所で済ませてしまおうと、少し足を伸ばしてここまで来たわけだ。
休日の昼頃ということもあって館内はかなり混雑していた。
ベビーカーを押す人や大きな買い物袋を抱えた人、子供の手を引いて歩く親子も多い。
中央の吹き抜けでは子供向けのイベントまで開催されていて、二階からそれを眺めている人もいる。
いつもの休日。
そんな何気ない光景を眺めながら歩いていると、ふと足が止まった。
「……あ」
店内の大型看板に見慣れた姿が映っていたからだ。
赤と青のスーツに蜘蛛のマーク。
スパイダーマンだ。
その下には、『ブランド・ニュー・デイ 7/31公開』という文字が大きく書かれている。
「もうそんな時期なんだ」
そういえば最近はどこへ行ってもスパイダーマンを見かける。
映画の広告だけじゃない。
館内のおもちゃ売り場には関連グッズが並び、あちらこちらに等身大パネルまで置かれている。
「……多すぎない?」
思わず呟いた。
以前から人気のあるキャラクターではあった。
けれど、最近は明らかに熱量が違う。
一ヶ月前、東京に現れたスパイダーマンらしき少女。
その姿を捉えた映像は瞬く間に世界中へ広がり、連日のようにニュースやネットを騒がせていた。
そこへまもなく公開される新作映画。
映画と現実、二つの話題が重なったことで今やスパイダーマンはちょっとしたブームになっている。
そして、何より目につくのが子供たちだった。
「あ、スパイダーマン!」
近くを走っていた男の子が声を上げた。見るとスパイダーマンのTシャツを着ている。
その近くを歩く女の子は蜘蛛のマークが入った帽子を被っていた。
少し離れたところではスパイダーマンのリュックを背負った子供までいる。
周囲を探せば簡単にそんな子たちがいくらでも視界に入ってくる。
「……」
私はそっと目を逸らした。
別にスパイダーマンが嫌いになったわけじゃない。
むしろ今でも好きだ。
だからこそ、少しだけ胸が重くなる。
自分が何か悪いことをしたようで、どうしても後ろめたかった。
「……行こ」
これ以上考えないことにして、私はスマートフォンを取り出した。
「コーヒー、牛乳、お菓子………あとオーガニックの卵、これ忘れたら母さんに何言われるか分からないし」
買い物メモを確認して私は出口へ向かって歩き始めた。
今日はただの買い物だ。
卵とコーヒーと牛乳を買って、お菓子を一つ選んで帰る。それだけの、何でもない休日のはずだった。
その直後だった。
グラッ。
「……え?」
足元が揺れた。
最初は小さな揺れだった。けれど、数秒もしないうちに床そのものが大きく揺れ始め、館内にいた人々が一斉によろめいた。
ゴゴゴゴゴッ――。
棚が大きくぐらつき、商品が次々と床へ落ちていく。天井から吊り下げられた照明も激しく振られ、どこかでガラスの割れる音がした。
「地震だ!」
「しゃがんで!」
館内が一気に騒然となる。
泣き出す子供。しゃがみ込む人。家族を探して名前を呼ぶ声。逃げようとして別の人とぶつかる人。
私は反射的に周囲を見回した。
そこには家族とはぐれたのだろうか。小さな男の子が一人で大きくよろめいていた。
「こっち!」
私は咄嗟に腕を掴んで転ばないようにしてあげる。
「わっ!」
男の子の身体がこちらへ倒れ込んできたので、そのまま抱き寄せた。
「大丈夫だから。頭だけ守って、揺れが止まるまでは動かないでね」
私は男の子を庇うようにしながら近くの太い柱へ移動した。
「怖いと思うけど、もう少しだけ我慢して。大丈夫、すぐ終わるから」
「……うん」
「偉い偉い。そのまま頭を隠してて」
地震が恐ろしいのだろう、少年の顔が少し赤いように見える。
揺れは長く続いた。
やがて少しずつ弱まり、最後に小さく揺れてようやく止まる。
「……終わった?」
私は男の子の顔を覗き込んだ。
「怪我してない? 頭とかぶつけてない?」
「……大丈夫」
「そっか。よかった」
私は立ち上がり、周囲を見回した。
館内は酷い有様だった。床には商品が散乱し、いくつもの棚が倒れている。あちこちから悲鳴や怒号が飛び交い、家族を探している人の声も聞こえていた。
「お父さんかお母さんは?」
「……お母さん」
「じゃあ、お母さん探そう。たぶん近くにいると思うけど、今は人がいっぱい動いてるから私の手を離さないでね」
「わかった」
男の子を連れて周囲を見回しながら歩く。
「すみません、この子のお母さんを見ませんでしたか?」
「いえ、見てないです」
しばらく声をかけながら歩いていると、
「お母さん!」
男の子が突然声を上げた。
私もその方向を見る。
少し離れた場所で、一人の女性がこちらを振り返っていた。
「――○○!」
「お母さん!」
男の子が駆け出す。
「ちょっと、走ったら危ないって!」
慌てて追いかけると母親は息子を抱きしめた。
「よかった……!」
「お母さん……!」
しばらく二人で抱き合っていたが、やがて母親が私の存在に気づいた。
「ありがとうございます! 本当に……!」
「いえ、たまたま近くにいただけなので」
私は軽く手を振った。
「まだ余震があるかもしれないので、ちゃんと手をつないであげてくださいね」
「はい。本当にありがとうございました」
「それじゃあ、気をつけてください」
私は二人に別れをつげた
「お姉さん、ありがとうねーーー!」
元気な男の子の声も飛んでくる
「うん。バイバイ」
振り返って手を振る。そしてそのまま歩き出した。
その瞬間
致命的な違和感に気づいてしまった。
「……っ!?、…………私の……スパイダーセンスが反応してない」
地震が来る前も揺れている最中も。あれだけ危険な状況になっていたのに、いつもの感覚が一度もなかった。
自分の手を見つめた。
「……なんで?」
考えてみれば、一ヶ月前からそうだったのかもしれない。
普通の高校生として過ごしたかったから。
蜘蛛の力なんてできるだけ使わないようにして。意識しなければそのうち何もかも元通りになるんじゃないか。そんなことまで考えていた。
そのせいなのかもしれない。
だから
「……スパイダーセンスが無くなってるの?」
胸の奥がざわついた。
以前なら危険が迫れば勝手に知らせてくれた。意識するより先に身体が動いてくれた。
でも、今は何もない。
私は崩れた館内を見渡した。天井には亀裂が走り、あらゆるものが散乱している。地震が収まったからといって、これで終わりとは限らない。
「……これじゃ、何も分からないよ」
もしこの先で誰かを助けるなら。
「天井が崩れるかもしれない。足場が突然抜けるかもしれない……何かが落ちてきても、私は気づけない」
私だけなら多少のことはどうにでもなる。瓦礫が落ちてきても普通の人よりずっと頑丈だし力だってある。
でも、助ける相手は違う。
もし私が危険に気づけなかったら。その人を安全な場所へ連れ出そうとしている途中で別の場所が崩れたら。
「助けるために行って……危険にさらしたら意味がないんだから」
私はしばらく崩れた景色を見つめて。そして、ゆっくりと息を吐く。
「……消防や警察に任せよう」
それが一番安全だ。これだけ大きな地震ならもうすぐ救助隊も来る。
「その方が確実で、私が行く意味なんてない…………」
そんな見苦しい言い訳をしながら私は出口へ向き直った。
「……帰ろう」
今日はただの買い物の日、それだけなのだから。
そう思いながら歩き出した、そのときだった。
「誰か! 助けてくれ!」
足が止まる。
人のざわめきに混じって、切羽詰まった声が聞こえた。
「こっちに人がいる!瓦礫が……手をかしてくれっ!!」
崩れた通路の周りには、すでに大勢の人が集まっている。
「……駄目、」
私は小さく呟いた。
「消防を待てばいい。そうすれば……」
そこまで言って私は口を閉じた。
向こうからはまだ声が聞こえてくる。
「お願いします! 誰か!」
聞かなかったことにして帰ればいい。
けれど足が動かなかった。
「…………」
私はその場に立ったまま、しばらく黙っていた。
怖い。
何もしない理由ならいくらでも思いつく。
でも――。
「助けられるかもしれないのに、何もしないで帰って……もし、このあと誰かに何かあったら……それはきっと、私のせいだ」
正体を知られるのも救助に失敗するのも怖い。
それでも、何もせずに帰ったあとで「あのとき助けられたかもしれない」と考え続ける方がもっと嫌だった。
スパイダーセンスもマスクもない……でも、
「……もう………見なかったことになんて、できないじゃん」
崩落した現場に到着すると瓦礫の前で一人の男性が必死に掻き分けていた。
その周囲にはすでに大勢の人が集まっている。遠巻きに様子を見つめる人、スマートフォンを手にしている人、何とか助けようと小さな瓦礫を少しづつでも退かしている人。
しかし、救助が上手く進んでるようには見えなかった。
「中に人がいるんですか?」
「?あぁ、妻と子供が生き埋めになってるらしいんだ」
親切な野次馬が教えてくれた。
男性は振り返るなり、切羽詰まった声で叫んだ。
「さっきの揺れで天井が崩れて……! 頼む、誰でもいい! 救助隊を呼んできてくれ!」
地震が発生してからの時間を考えれば、救助が来るまではまだ時間がかかるだろう。
私は野次馬と共に状況を観察した。
細かな瓦礫が通路を塞ぐように積み重なり、その奥には崩れた天井の一部が斜めに落ちていた。巨大な鉄骨の梁も一緒に崩れ落ちており、瓦礫の山を押さえつけるようにして、被災者のいる場所への出入口を塞いでいる。
その奥から、女性の声が聞こえる。
「あなた……!」
続いて、小さな声が聞こえた。
「……お父さん……」
「大丈夫だ! もうすぐだから!」
私は梁を見つめた。あれを退かせば中にいる2人を助け出せる。私の力ならきっと簡単に持ち上がる。
でも――。
私にはスパイダーセンスがない。どこが危険でどこに力をかければいいのか。梁を動かした瞬間、別の場所が崩れないか、何も分からない。
今までならきっと迷わなかった。危険が迫れば考えるより先に身体が動いてくれた。
でも、今は違う。
もし判断を間違えたら、助けるどころか周りの全員を巻き込んでしまう。
怖い。
本当は今すぐここから離れたい。救助隊を呼んで、自分は何もしなかったことにしたい。そうすれば誰にも正体を知られない。危険な目にも遭わない。普通の高校生に戻れる。
「……どうする?」
誰に聞くでもなく呟いた。
そんな中周囲のざわめきは広がり続ける。
「どんどん崩れてるぞ」
「救助隊が来るまで待つしかないんじゃないか?」
「でも、中に人がいるんだろ?」
待つ。それが一番安全だ。
だけど――。
「……助けて……」
瓦礫の向こうから再びかすかな声が聞こえ、私は目を閉じた。
そして一度だけ深く息を吐く。
「……分かった」
目を開く。
「私がやる」
そして梁の前までやって来た
「え?」
「あの子、何する気?」
「ちょっと待って、一人じゃ無理だろ!」
周囲から声が飛んでくる。当然だ。女子が一人で瓦礫をどかそうとしているんだから。
私は梁に両手をかけた。冷たい金属の感触が手のひらに伝わってくる。重い。想像していたよりずっと重い。もし崩れたら、もし支えきれなかったら。もし判断を間違えたら。
「……大丈夫…私なら、できる」
私は歯を食いしばり、全身に力を込めた。
「――っ!」
ズズズズッ――!
小山が震えた。
「……え?」
周囲から驚愕の声が漏れる。私はさらに力を込めた。
「……っ、ぐ……!」
ゴゴゴゴゴッ――!
巨大な梁が、ゆっくりと持ち上がっていく。
「嘘……」
「持ち上がってる……」
「一人で……?」
聞こえてくる声を無視して、私は叫んだ。
「今のうちにっ、早くっ!」
男性が我に返る。
「…………っっ!今なら通れる!!こっちだっ!」
夫の声と腕を頼りに女性が瓦礫の隙間から這い出してくる。
「あなた……!」
「もう少しだ!」
その後ろから、小さな男の子が姿を見せた。
「早く!」
私は梁を支えながら叫ぶ。
女性が出る。続いて男の子も出る。
「もう少し……!」
その瞬間だった。
バキッ!
「――っ!」
嫌な音が響く。梁が支えになっていた部分がずれ瓦礫の山のバランスが崩れそうになっていた。
「ならっっ!!」
シュッ!
クモ糸を手首から出し、梁とその周囲を補強する。
人前で
正体を隠したいのなら使っちゃいけなかった。
でも――。
(今は、それどころじゃない!)
「早く! もっと離れて!」
救助に成功すると、男性が妻と息子を抱えるようにして後ろへ下がる。全員が十分に離れたことを確認してから、私は手を離した。
ドゴンッ――!
梁が床へ落ち、館内に大きな音が響いた。
ちゃんと、助けられた。
男性は妻と息子を抱きしめている。
「もう大丈夫だ」
父親が何度も家族の背中を撫でている。
私はその光景を見つめた。
怖かった。
今だって心臓が痛いくらい鳴っている。
それでも――。
「よかった」
自然と笑みがこぼれた。
そのとき、父親に抱かれていた男の子がこちらを見た。
「……お姉ちゃんお姉ちゃん」
「ん?」
男の子は父親の腕から降りると、こちらへ駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
膝をついて目線を合わせると、男の子は私の手首を真っ直ぐ見つめてきた。
―――完全に蜘蛛糸を見られてた。
咄嗟に誤魔化そうとしたけれど、男の子の表情を見てその必要はないことに気づいた。
怖がっている様子はない。
それどころか、目を輝かせていた。
「さっき助けてくれたとき、とっても力が強くて、糸も出てて!」
男の子が嬉しそうに笑う。
「スパイダーマンみたいだった!!!」
「いや、私は――」
否定しかけて言葉が詰まった。
『私はスパイダーマンじゃない』
そう言うのは簡単だ。
でも、目の前の男の子は憧れのヒーローとして私を見ている。
「そう見えた?」
「うん!」
男の子は大きく頷く。
「すごく!カッコいい!!!!」
そして、何かを思い出したように振り返った。
「あ!!そうだ!ちょっと待ってて!」
男の子が両親のところへ走っていく。
しばらくして戻ってきた男の子の手には、赤と青のマスクが握られていた。
「これ……お姉ちゃんにあげる」
「……私に?」
私は差し出されたマスクを見つめる。
赤と青。蜘蛛のマーク。ずっと好きだったヒーロー。そして、私が怖くなって距離を置こうとしていたもの。
「どうして?」
「だって、お姉ちゃんはスパイダーマンだから。マスク忘れたんでしょ?」
「……」
胸の奥が、ぎゅっと締まった。
正体を知られるのが怖かったから。家族を巻き込むのが怖かったから。
でも結局、私は助けを求める声を聞いたら、ここへ来てしまった。
怖くても。何も分からなくても。目の前の人を見捨てることだけはできなかった。
「……なんだか、困ったな」
私は苦笑する。
「……これ、貰っていいの?」
「うん!」
「……そっか」
男の子が嬉しそうに返事をし、私は手の中のマスクをじっと見つめた。
「……じゃあ…、大事にするね」
生地そのものは軽いはずなのに妙に重かった。
ゆっくりとマスクを顔へ近づける。
これを被れば私はきっとスパイダーマンになる。危険な場所へ行って、また怖い思いをするかもしれない。
それでも――。
「……まあ」
小さく笑う。
「もう、決めたしね」
マスクを被る
――――すると。
ぞわっっ!!
「――っ!」
首筋を何かが走り抜けた。
全身の神経が、一斉に目を覚ます。
「……え」
聞こえる。
さっきまでただの騒音だった音が、一つひとつ鮮明になっていく。遠くで泣いている子供。瓦礫の下から聞こえる声。今にも崩れそうな壁。上の階で軋む鉄骨。そして、館内のあちこちにいる人たち。
「……戻った」
スパイダーセンス。
失ったと思っていた感覚が確かにある。
マスクに何か特別な力があった?
「……ふふ、そんなわけないか」
今更になって理解した。
スパイダーセンスがなくても。怖くても、一歩を踏み出す。
それだけで、十分だったんだ。
胸の奥を塞いでいたものが嘘みたいに消えていく。
ここ最近ずっと重かった身体が今ならどこまでも軽く飛べそうな気がした。
マスクを深く被る
もう迷わない。
もう、逃げない。
――だって
「私は……スパイダーマンなんだから」
お気に入り登録・感想・評価を頂けると嬉しいです。
もし貰えたらエタる可能性が大幅に減少します。なんなら、この作品じゃなくてBNDの感想でも大丈夫オッケーなくらい感想欲しいです。