(多分)純愛
─────私にとって、柳ヶ瀬アイカは初恋の相手である。
そして私こと十六夜ノノミ、絶賛初恋中の乙女なのです♣︎
「ねっ、アイカくん☆」
「……なにがねっ、なんすか。何もわかんなかったんすけど」
ふたりっきりの部室。きゃるるんとポーズを決めて彼に向かうと、ぼんやり眺めていたスマホから顔を上げて怪訝そうにこちらを見やる。
「もう、ノリが悪いですねぇ。そんなんじゃめっ、ですよ」
「何がすか……」
おやおやどうしたことかローテンション。ムムッと思ってよーくお顔を観察すれば、目元が垂れてぼんやりしてて、どこかポヤポヤした様子。
オマケに大きく口を開け、尖った犬歯を見せながら欠伸をひとつ。続いてふたつ。
「あー、さては寝不足ですね?」
「そうっすけど……」
「ダメですよ、しっかり寝なきゃ」
「わかってますよ、そんなことぉ」
やけくそ気味にそう答えるも、どんどんと首は下を向く。話している最中にもかかわらず、うつらうつらと船を漕ぎ出した。
「限界そうですねぇ」
「んなこたぁないっすよぉ」
「……ふふっ、もう声がとろとろですよ」
「んん……」
だらりと力なく垂れ下がるフサフサしっぽ。閉じ掛けの目で覗き込むのは、暗くなったスマホの画面。完全に限界だ。
─────ほんと、かわいいですね。
こうなると、つい少しだけいじわるしてみたくなってしまう。きっと、好きな男の子を前にした女の子のわるーい性なのです。
「アイカくん。机じゃ硬くてよく眠れませんよぉ」
「そりゃ、机だからすよ……」
「ふふっ。もしよかったらなんですけどぉ」
「はい……?」
立ち上がり、そっと彼の後ろに回る。しかし振り向く様子のない彼の目をそっと手で覆い。
「お試しで使ってみませんか?極上の枕♡」
△
「─────柳ヶ瀬アイカっす。よろしくお願いします!」
初対面の時から、びしばしとやけにメリハリのついた動きで頭を下げるのが彼だった。
アビドス高校共通のブレザーに少し緩められたネクタイ。なんだかゴテゴテとしたブラウンのレザーベルトに、何故かもう膝にあて布があって、それすらも痛みのある黒のスラックス。肩幅ほどに開いた足と、後ろ手に組んだ立ち姿。
ハキハキと、しかし無駄に大きな声で繰り出される挨拶は、なんだか圧を感じる不良地味たもので。
─────ちょっと、苦手かもですね。
一緒に入学してきたアヤネちゃんとセリカちゃんが普通のいい子だっただけに、初対面ではそんな感想が胸を占めていた。
なぜ苦手なのかと聞かれても、なんとなくとしか言えない奇妙な感情。別にハキハキしているのが嫌だとか、動きがやかましいとかそういうのではなく。はたまた彼自身、なにも悪ぶっている訳ではなく。ましてや生理的に無理という訳でもなく。
性別だとか抜きにして、どうしてか苦手意識がそこにあった。
─────そして、始まった3人の歓迎会。3人の関係について掘り下げるホシノ先輩と興味深そうに頷くシロコちゃんに捕まって、アヤネちゃんとセリカちゃんはタジタジになりつつもなんとか取り繕って語り出す。
私は奮発して買ったショートケーキを小さくすくっては口に放り込み、1人離れた場所から3人の馴れ初めについて耳を傾けていた。その時だった。
「隣、いいっすか」
「えっ」
どこにいたのか、どこから現れたのか。声の方を見ると、横倒しになったショートケーキを載せた皿を片手に佇む彼がいた。
反射的にはいと言ってしまえば、私の座っているパイプ椅子の横に、近くから別のパイプ椅子を手繰り寄せては腰掛ける。
何故か、顔を見れない。話しかけることもできずにケーキをつつくと、彼は不思議そうにこちらを覗き込み。
「十六夜先輩、っすよね」
「はい。よろしくお願いしますね、柳ヶ瀬くん」
「柳ヶ瀬だと呼びずらいでしょうし、よかったらアイカのほうでお願いします!」
「そうですか。改めて、よろしくお願いしますね、アイカくん」
「うすっ」
微笑み返せば、真っ白な尖った犬歯を見せてニカッと笑う。そのままケーキをすくい上げると、大口開けて頬張った。
「んんっ、美味しいっすねこれ!」
「実は、私の行きつけのカフェのものなんです」
「カフェ、っすか。セリカとアヤネがいなかったら、自分には縁もゆかりも無いところだなぁ」
そう言って笑い、もう一口。美味しいぞとはしゃぐ彼は、なんだか無邪気な子供を相手にしているみたいだった。
なにか話題を。そう思った時、何となく口走ったのは3人の関係。
「アイカくん。セリカちゃんとアヤネちゃんの2人とは仲がいいんですね」
「そうっすね」
「仲良くなったきっかけとか気になります」
「あー、その。記憶喪失で行き倒れてたとこ、助けて貰ってからの付き合いなんすよ、俺ら」
「─────え?」
何気ない感じで話された衝撃のひと言。思わず4人が団欒していた方を見ると、こちらに聞き耳でも立てていたのか、あっと驚いた顔をするセリカちゃんとアヤネちゃんの姿。しかしホシノ先輩とシロコちゃんは聞いていなかったようで、2人の様子に首をかしげていた。
そんな中、肝心の彼はと言うと。
「─────このいちご、めちゃくちゃ甘いっすね」
ショートケーキの上に鎮座するいちごに舌鼓を打つ彼。呆気にとられる私たちだが、やがてこの空気に気がつくとあぁと声を漏らし。
「別に、そんなおおそれたことじゃないっすよ。俺には、アヤネとセリカがいてくれたっすから」
なっと手を上げると、照れくさそうにしたふたりが顔を見合せて笑う。本当に仲がいいようだ。
「ほら、十六夜先輩もそんな顔してないで、ケーキ食べるっすよ!」
また1口、今度は豪快にすくった大きな欠片を口にほおりこむ彼。曇りひとつないその笑顔が、どうしてか今度は少しだけかわいく見えてきた。
△
「─────俺、ノノミ先輩のこと好きなんすよ」
ある日の放課後の廊下。換気のために開けていた窓から入り込む砂を掃除していた時のこと。彼は、あぁそうだと思い出したようにそう言い放った。
「はへ?………………え?」
突然そんなことを言われても、口から飛び出すのは言葉にならないなにかであって。数秒じっくり考えて、そして今度は早まる鼓動にもう一度疑問の声を漏らす。
なにかのドッキリか。そう思って周りを見わたすも、当然ながら誰もいない。それに、そもそもこんなドッキリを仕掛けるような子はいない。
もちろん、彼だってそんな不誠実な真似はしないはずだ。それは、これまでひと月ほどの付き合いで少しづつ変わってきた彼に対する印象ゆえに。
─────じゃあ、なぜ突然そんなことを。
「告白、ですか?」
これまでに感じたことの無い妙な動機に胸を抑えつつ、何とか発するのは絞り出したような震え声。そんな私の声に、あっと声を上げた彼はズバッと頭を下げ。
「すんません。そういうんじゃないっす!」
─────それはそれで、失礼ですね。
にこやかに笑っているつもりだが、きっと今の私は引き攣った笑みをしているだろう。
そんな私の様子を伺うことはなく、彼は切羽詰まった様子で言葉を続ける。
「俺がノノミ先輩のこと好きってのは、すっげぇライクなんすよ!この1ヶ月、校舎だとか街だとか、ガチで色々世話になって。それに、シロコ先輩に絡まれてるとこ仲裁してくれましたし、セリカとアヤネが危ないとこ助けて貰ったりしたし」
「そうですか」
「そうなんす!でも、でもっすよ」
こちらに向き直り、手にしていた箒を立てかけて、そしてズンズン歩き出す。
真剣な顔で迫ってくる彼。思わず私は後ずさる。が、すぐに後ろは壁となり、1歩分の距離を離して彼が目の前に立った。
「─────ノノミさん、俺の事嫌いじゃないっすか……?」
「え─────」
彼の一言に、ドクンと先程よりも胸が大きく鳴った。
図星ではない。別に嫌いという訳では無いから。ただ、1人の後輩として、手放しに
そして、彼の目を見て、そして気がつく。彼の瞳は、雨の日に捨てられた子犬のようにすくみ、そして震えているのだ。
「あっ、ちがっ。そういう、わけじゃ……」
「─────な、なーんて、冗談っすよ!」
言葉にならない言葉をまとめていると、彼がぴょんと後ろに飛びのいた。なんてことのなかったように笑い、しかしいつも元気に揺れているしっぽは力なく垂れ下がっていた。
「でも、これ、すっげぇ伝えたくて。セリカとアヤネを守ってくれて、面倒見てくれて、ありがとうございます!それに、俺のことも。いっつも助けてくれて、ありがとうございます!」
それじゃ。彼はそう言ってそこそこ綺麗になった廊下を足速に駆けていく。
1人残された私は、そっと胸に手を当てて考える。
「どうして、私は……」
ずっと考えないようにしてきた、彼が苦手な理由。だが、後輩にあんな顔をさせてしまったのだ。もう、向かい合わなければならない。
「どうして……」
壁に身体を預け、しゃがみこむ。胸中に渦巻くのはなんでとどうしての2文字。
わからないのだ。どうしてこんなに、胸が痛むのか。
「ぁ─────」
そんな時、ふと思い出したのは少し前に流行った恋愛小説。
恋愛になんて興味はない。好きな相手なんてできやしない。ましてやあいつだけは絶対無い。そんなことを教室で叫んでいたヒロイン。でも本当は彼のことが本当は好きでたまらない。
しかし、彼にも別の好きな人がいると思うと。勇気をだして告白して、振られてしまうと思うと。そういった傷つくことへの恐怖がヒロインの想いに枷をかけ、そうして彼を嫌いにさせる。
─────私もきっと同じです。
「好き、だったのかもしれません。ずっと」
かっこいいのに笑顔が可愛くて。笑った時に見える犬歯が可愛くて。時々、……いや、それなりに見せるちょっと情けのない所が可愛くて。
そして何より、私を頼ってくれてる。そんな彼のことが、好きだった。
「それと同時に、最初から諦めてたんですね」
彼のそばにはいつも、セリカちゃんとアヤネちゃんのふたりがいた。それは今もそうで、これまでもずっと。あのふたりのことを考えると、告白しても振られるのが怖くて。そしてそれ以上に、あの3人の関係を私が壊してしまうのが、どうしようもなく怖かった。
だからきっと、私の心は嘘をついた。嫌いとは言えずとも、違和感がある、苦手だと必死に思い込み、無理やりにでも距離を取ろうとしていたのだ。
「……寂しいですね」
でもそれが、彼の心を傷つけていた。あんなにも、悲しそうな顔をさせてしまった。
「明日、謝りましょう」
ここがターニングポイント。もう、彼にあんな顔はさせたくない。私の気持ちにも嘘はつきたくない。
「─────彼に、振り向いて欲しいですから」
△
「ふふっ」
すやすやと眠る彼の髪をそっと梳いてみる。少しごわついた髪と、シロコちゃんそっくりな獣耳。
ぽっかり口を開けて眠る彼は、いつにも増して幼げに見えた。その様がなんとも可愛くて。……いや、愛らしくてたまらない。
「どうですかぁ、極上の枕は」
問いかける。が、もちろん寝ている彼から返事はない。聞こえてくるのは、穏やかで静かな寝息だけ。
「よっぽど気持ちいいみたいですね。
そう笑って、膝の上にある彼の頭へ手を伸ばしては髪を梳く。
初めて会った日のことを思い出した。彼のことを苦手だと距離を取っていたあのころのことを考えると、膝枕だなんてとてもじゃないが考えられない。
今では、こうして彼の寝顔を眺めているだけで、胸がぽかぽかして心地が良くて、とっても幸せだと言うのに。
だが、時間というものは酷く残酷だ。ずっと続けていたい現状も、あっという間にもう帰る時間。
でも、気持ちよさそうに眠る彼を起こすのは忍びなくて。なんて口実で、私はずっとこうしているのだ。1秒でも長く、彼と触れていたいから。この胸のぽかぽかを、感じ続けていたいから。
─────まだ、知らなくてもいいんです。
こうして眠っているみたいに、私の恋慕になんて気が付かなくたっていい。むしろ、気がついて欲しくない。
「でも、もう逃げませんよ」
─────だって私は、パワフルな初恋乙女なんですから♡
「絶対、私のものにしちゃいますから♣︎」
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